◇ディティック・ベル
こちらから殴り込みをかけるというのなら、その前に解決しておかなければならない事案がある。恐らくはオスク派・人事部門側の戦力を削ろうとしている相手。各地で魔法少女を攻撃しているという襲撃犯だ。情報を得るためには、これは聞き込みが早い。被害者に話を聞くべく、また別の、人事部門系列の治療施設に赴くことになる。
「失礼します」
そっと扉を開いて、ベッドの上の魔法少女に会釈をし、コートの内ポケットから名刺を取り出して見せ、ベッド横の小さいテーブルに置いた。魔法少女は手当のための包帯やらなにやらに塗れた、数日前のディティック・ベルと似たような状態にありながら、会釈を返してくれる。
「療養中のところ、失礼します。グラシアーネさん、ですね」
「そう、グラシアーネは私だけど……あ、えーと、そう、魔法少女探偵事務所の」
「はい。ラズベリー探偵事務所、ディティック・ベルです。ご存知でしたか」
「同じ人事部門の下請けだから。噂は聞いたことあるよ」
彼女の言う通り──グラシアーネはプフレに直接雇われていた。彼女の『遠方を見通す魔法の眼鏡』は非常に便利だ。後方支援にいるといないとでは、戦局の見え方が大いに違う。普段は、その甘そうな見た目通りのケーキ屋をひっそりとやっているらしいが、有事の際には引っ張り出されるのだろう。そしてその、引っ張り出す連絡が来る手前で、襲撃に遭った。残り2日では前線には出られない。それでも逃げ果せられるのはさすがプロか。そう、彼女は襲撃犯と顔を合わせて、生き延びている。中には命を落とした者も意識が戻らぬ者もいる中で、だ。
今日は襲撃犯の話を聞かせていただきたいという旨を伝えると、グラシアーネも頷く。
「これはみんなに伝えてることなんだけど……『青い魔法少女』。それと、ティアラのついた魔法少女」
「青に、ティアラ……」
やはりそうか、とひとりで頷いた。事前に、これまでの襲撃現場を回って、自身の魔法で建物に聞き込みを行っていたが、だいたい青い魔法少女が挙げられていた。襲撃犯はその青い魔法少女率いる連中に違いないだろう。
真っ先に思い浮かべるのはオールド・ブルー関係で、恐らくそれは間違っていない。ただ、『ラピス・ラズリーヌ』の門下生だけあって、彼女らはだいたい青い。そもそも名前からして、ブルー、ブルー、
「そう、氷の攻撃が連打して、本当死ぬかと思ったよね」
「氷、ですか」
ティアラの方について聞くとそう続いてきた。生徒やディティック・ベルが目撃したマスカレイドの中には氷属性はいなかったはずだ。ただ、マスカレイドはシャッフリンと同様に52人で1組。これなら氷使いくらい中にいるだろう。ティアラの方は参考にはなるまい。氷対策はすべきだが。
「そういうわけで、まだこっから動けないってわけね。あれは殺すつもりだった、間違いなく。そりゃそうだよ、目を潰すのは常道。私が一番わかってる」
「貴方が生きているのは連中にとっては誤算でしょう。こうして貴方がただ療養し続けていても、向こうからは監視されている可能性が拭えない。それ自体がプレッシャーにもなる」
「そういうこと。で、今回は動けないですって、上司には伝えといてほしいなって」
「そうですね。伝えておきます」
離脱はこちらにとっても痛手だが──せめて情報をくれたのはありがたい。礼を言って、次の現場へと移動しようと踵を返そうとして、丁度魔法の端末が鳴った。失礼、とグラシアーネに声をかけ、とにかく出てみる。電話の相手はシャドウゲールだった。
『……あっ! 繋がった! すみません、いきなり電話して』
「大丈夫だけど……そっちが大丈夫? 肩で呼吸してる?」
『えっと、さっきちょっと生死の境をさ迷ったので』
「はい?」
『とにかくよかった。お嬢にも連絡はしなきゃいけないんですけど、先にベルさんに連絡がついて』
実は、とシャドウゲールが続ける。何の事だと思っていると、『ついさっき、青い魔法少女とティアラの魔法少女に襲われた』……という言葉が飛んできた。証言者が来た。それも最新のだ。
「無事なの!?」
『はい、私は。パトリシアさんと……もうひとりに、助けていただきまして』
「そのパトリシアさんは?」
『凍傷は酷い感じですが、本人は平気だと。今はランタンさんのランタンで温まってます』
「……プフレに連絡は?」
『いえ、まだ……その、この味方というのが……ですね? 私の味方ではあるんですが、お嬢の敵といいますか。とにかく、今お嬢と顔を合わせると大変まずいことになりそうで』
複雑な事情をシャドウゲールがどう説明したものかと唸っているうちに、パトリシアの名が出たのを聞いて、グラシアーネの方が眉間に皺を寄せた。
「へぇ、パトリシアさん怪我したんだ? もしかして襲撃犯に?」
「そのようですが」
「じゃあ……次はみっさんとかダークキューティーかも」
──グラシアーネ、パトリシアと、プフレに直接指示を貰うような魔法少女が続けて襲撃に遭っている。恐らく人事との繋がりが割れている。同じような繋がりを持つ魔法少女が、今度は危ないと。通話を繋いだまま、ディティック・ベルはグラシアーネの方をずっと見ていた。
『私たちも合流した方がいいですよね。同僚さんのボディガードとか』
「……待ち伏せをしましょう」
襲撃犯はここで捕まえたい。戦力になる魔法少女を狙っているなら、逆に狙われた当人は協力でき、さらに処理しておかなければならないような人物だということ。囮役への同意はともかくとして、襲撃犯を捕まえるのなら最短だと思う。
「そっちは、パトリシアさんに聞いて、みっさんさん……」
「フルネームは『物知りみっちゃん』ね」
「物知りみっちゃんさんの方をお願い。私はダークキューティーさんの方に」
『わかりました』
シャドウゲールとの通話が終わる。ふう、と息を吐いた。そして、まずは待ち伏せするにしてもそもそもの場所を知らないと。
「ダークキューティーさんの連絡先等は?」
「え……いや、仕事の付き合いだし、私とあの人だと特に連絡とったりしないしなあ」
「……え?」
「仕事以外では出てこないらしいけど」
そもそもダークキューティーがどこにいるか、の方が問題だった。ダークキューティー、アニメ化魔法少女でかなりの有名人で、当人が裏社会でも名のある人物であるということは聞いている。いるのだが、彼女は日頃何をしているのだろう。付き合いのありそうな人物で、ディティック・ベルから連絡できる相手となると──。
「……これかあ」
以前広報部門と協力した時に登録した連絡先がある。思い立ったその時、ディティック・ベルはもうこの手しかないと確信していた。あるいはプフレ、という重い2択。ついでに言うと、プフレはプフレで、突入作戦への協力に集中してほしい、と個人的には思っている。選ぶなら、もう一方、か。
そして、やがて、電話の向こうからいくつものノイズが入りながら、繋がる。
『はいもしもしー? オルカちゃんだけど』
「……お忙しいところ、申し訳ありません。ラズベリー探偵事務所、ディティック・ベルです。お話を聞いても大丈夫でしょうか」
『うん、今は手空いたところ。へぇ、探偵ちゃんが? 珍しい』
「実は──ダークキューティーさんの連絡先を教えていただけないかなと」
『あのいけ好かない悪役女の? 知らないよ?』
「……」
確かにキューティーヒーラー関連といえども、広報部門に留まっていないうえ、恐らく人付き合いも限られているだろう彼女には、連絡をつけるのは至難の業かもしれない。そもそも出演作もストライプではなくギャラクシーだ。せめてアルタイルを経由することができればいいのだが。
「そ、そうでしたか、ごめんなさい」
『うん。オルカちゃんを頼ってくれるのは嬉しいけどー、あの女はー、さすがにー、無理かなーって』
どうすべきか考えている中、電話の向こうで、話し声がする。誰かが来たらしい。この声は──。
『オルカせんぱい? どうしたんですか?』
『んー? いやぁほら、あのプラりんのところの先生に、ダークキューティーの連絡先教えてーって言われて。オルカちゃん知らないんだよね』
『ショコラ、知ってますよ』
この声は確かにキューティーショコラだ。予想外ながら大きな助け舟が来た。是非教えて欲しいと飛びついて、ショコラは素直に『はい♪』と続けた。これで先へ進める。グラシアーネの方に指でマル印を作って見せ、彼女は頷いてくれた。