「……ん……僕、は……」
「あっ、起きたぁ、ちょっと、まだ動いちゃ駄目だよ〜」
トーチカが目を覚ます。頭を押さえ、まだ痛みが残っているだろうに、起き上がる。慌てて止めようとして、振り払われた。呆然とするプラリーヌに、トーチカからは一瞥もない。プラリーヌではない何かしか見えていないような素振りで、フラフラとした足取りながら、行ってしまう。
「……やらなきゃ。儀式の……続きを……作るんだ」
彼女の目がぼんやりと光を放つ。遺跡そのものに向かって魔法を使っているのだ。以前その魔法のことを少し聞いたことがある。トーチカが持つレシピの魔法は、あらゆるものの『作り方』を分析する。始まりの魔法使いがこの遺跡を作った時のことか、あるいはプク・プックが嘯く『救済装置』への道筋か。いずれにしたって、複雑な魔法儀式を必要とする。その分析と構築など、ひとりの魔法少女が耐えられるものではない。流し込まれる情報量に、精神が、いや、もはや肉体さえ耐えきれていないのだ。その限界が真っ先に鼻の血管に出たんだろう。
「トーチカ……そんなのやめようよ〜、そんなにずっと魔法を使ってたら、体がぁ……」
「……次は──起動領域のプロテクトを──」
こちらの言葉はまるで届いていない。目の前に立ち塞がっても、何かを呟き続けるだけ、かと思いきやふいに取り出した魔法のメモに何かを書きなぐり始めた。何かと思い覗こうとしたプラリーヌを、ラズリーヌが押さえ、メモを受け取る。儀式の続き……つまりトーチカの『レシピ』の一部か。彼女はメモを確認した後にしまい、さらにトーチカの魔法は続く。これが何度も何度も繰り返されているのだろうか。フラフラになって、倒れてもなお。このままだとトーチカは衰弱し、魔法少女といえどもいずれは死んでしまう。それは、どうしようもなく怖い。これ以上クラスメイトがいなくなるのは嫌だった。
「こう、なったら」
自身の魔法でどろっとした砂糖の流体が溢れ出し、生き物のように蠢いて、トーチカを引き戻そうと飛びかからせる。このまま、せめて遺跡から引きずり出して休ませなきゃ。トーチカ自身は傷つけず、でも動けないように全身を包もうとして、自分自身の警戒が抜けていた。
「何、してるっすか?」
腹部に突き刺さる衝撃。口から漏れる空気。目を丸くして視線を落とし、抉り込む拳と靡く黒髪を認識し、痛みが追いついてくる。立っていられるわけもなくそのまま仰向けに倒れ、地面に激突してまた衝撃を食らうや否や、さらに馬乗りになった彼女──ラズリーヌが拳を振りかぶった。まずい。避けられるだけの猶予はない。プラリーヌが操る流体も、硬化が間に合わない。
「先生っ──」
一か八か呼びかけようとして、そのまま殴りつけられて、プラリーヌは意識を手放す。視界が真っ暗になり──それから、主観では一瞬の後、目を覚ます。
「──はっ!?」
気がつけばそこは遺跡の中ではなかった。ベッドの上だ。目の前には青い──お嬢様スタイルの髪型。そこにいたのはラズリーヌではなく、思案だった。彼女はこちらを覗き込みながら、大丈夫ですの、と呟いた。腹は苦しいが、まだ動くことはできる。
「まだ大丈夫だけどぉ……それよりトーチカが」
「……トーチカ様は儀式の要。役目が終わるまで遺跡から離れられませんの」
「それじゃあ駄目、先にトーチカが死んじゃう」
「それほどに……消耗していると? お待ちください、それらを誰もが見過ごしている……?」
「そうだよぉ、だからこう言ってるし……というかぁ、誰に連れてこられたのぉ、これ〜?」
「ラズリーヌ様ですわ」
「……腹パンで気絶させといてぇ……」
ご丁寧にベッドまで運んで、ラズリーヌに遺跡の外までつまみ出された、ということか。殺されなかっただけ温情があるが、そんなことを言っても、死にそうなトーチカへの温情がない。本来の彼女だったら、あの状態のトーチカを見殺しになどしない。
「トーチカのベッドには宝石がついていた……ってことは、まずトーチカを連れ出すにはラズリーヌをなんとかしないといけないよね〜」
「ラズリーヌ様を……」
「ラズ先とは戦いたくないしねぇ。ていうか〜……勝てない」
そもそも、3班全員でかかってあしらわれ、ようやく1本取った相手だ。そしてここにはプラリーヌしかいない。勝ちの目は限りなく薄い。今何かを実行しにかかるというなら、まずは味方を集めるところから、だ。もちろん結界の中はプク派に、ライトニングと同じ顔のマスカレイド集団、そしてラズリーヌたちオールド・ブルーの一門と、到底協力の望めない者たちばかり。どうにかならないかと顔を上げ、思案と目が合う。
「私も協力はいたしますわ。トーチカ様を犠牲にするラズリーヌ様など見たくありません。師匠がラズリーヌ様に何かをしたというなら……元に戻す協力は、したいのです」
「師匠に背くのはいいのぉ〜……?」
「……皆様は師匠に大変恩義があることでしょう。私にはありません。あるのはラズリーヌ様への憧れだけ。今この結界の中で、あのお方を元に戻せるのは……私たちだけかもしれません」
あるいは、プク派が儀式のために招いた外部の魔法少女、とか。そんなものがいたとして、プク・プックやオールド・ブルーに背いてまでくれる者がいる確率は低い。それなら、オスク派の密偵でも襲撃でも待った方がいい。少なくとも今は、プラリーヌにとっては敵だらけだ。自分と思案だけでできることを考える。そもそも、ラズリーヌに起きていることを調べなければどうしようもない、が。
「心当たりがありますの」
早速、思案がそう口を開いた。
「私に任せてくださいませんこと」
「まぁ……私も何かあるわけじゃないし〜、頼らせてもらっちゃうけどぉ?」
「記憶を奪う魔法少女……ブルーベル様を狙います」
思案は真っ直ぐにプラリーヌを見ている。いや、プラリーヌのことは見られていない。その瞳には、やはりラピス・ラズリーヌしか映っていないのだろう。思案の中では燻っていたのかもしれない──なら、体良く使われてやろう。
「お話、聞かせてよ」