魔法少女育成計画Blue/Shift   作:皇緋那

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憧れを託す

 ◇玲透館思案

 

 結界と外との移動には、主にランユウィの魔法が使われている。移動系の魔法は探せばいるだろうが、オールド・ブルーの手元にあり、結界の強度を保ったまま、他の魔法少女にも使えるという点で、最も都合がいいのがランユウィなのだ。重用されている彼女はいつもより心做しかテンションが高い。おかげで普段よりもやりにくい。それでも、任務の上では一緒にいなければならない。

 思案はずっと、ランユウィの『どこでもドア』役だ。引き出しの意匠がついていたばっかりに、そのコスチュームを使うためにランユウィのパートナー扱いされている。ランユウィの補佐だけならもっと付き合いの長い他の弟子がいるだろうに。今日も、外へと向かっていた同門やマスカレイドの帰還を前に、ランユウィの魔法の有効範囲である結界の端まで移動、向こうの扉と思案の背中を繋げ、向こうから招き入れる。

 

「お疲れ様っす」

「お疲れー」

 

 出迎えた相手、ブルーベル・キャンディは魔法少女を抱えて、思案の背中を狭そうに通り抜けて、こちら側に降り立った。抱えられている相手は脚を砕かれており、血が流れている。ティアラにジュエル、マスカレイドか……と思ったが、顔立ちも違う、ジュエルの色も違う。淀んだ暗い青だ。このボロボロの彼女は、まだ別に計画で使っているというわけか。

 

「師匠に報告はあるっすか?」

「あぁ。ダークキューティーは取り逃しちゃったけど、それは自分で言いに行くって。あとはデリュージちゃんの最終調整と……その前に治療しなきゃ。ごめんねー」

「ランユウィ、その魔法少女、頼めますこと? 研究部門のところに」

「はいっす」

「いいって、私が担当してるし」

 

 今のブルーベルはただ単に、後輩に気を遣われて遠慮している、という感覚で話しているだろう。ランユウィも単純に先輩の仕事なら手伝って当然の感覚だ。それで自然に進むかと思ったが、向こうからの遠慮でうまくいかなくなる。もっと押しを強くする必要が出てきた。そこに思案が挟まるしかない。

 

「いえ、私が少し話したくて」

 

 ブルーベルの視線がまっすぐこちらに向く。候補生の中でも特別扱いされる彼女は直感力も師匠や2代目に比肩する。思案が何かを考えているのは見透かされただろう。おかげで、デリュージのことはランユウィに任せる、と決めたらしく、お姫様抱っこがそのまま手渡しされ、ランユウィは素直に離れていく。

 

「次もすぐ来るっすからね。早めに済ませるっすよ」

「わかっていますわ」

 

 隣にこそ居れど、ランユウィが何を考えているのかはわからない。ランユウィだって思案のことはただ一緒になっただけの相手、付き合いの長い他の候補生の方が気を向けるに値する相手だろう。彼女は考慮しなくたっていい。問題は、目の前にいる今回の目的、即ちブルーベル・キャンディ。彼女のことは師匠と同様に底が知れなすぎる。いや、だからこそ、大胆に、か。

 

「ブルーベル様の魔法のことを聞いたんですの! 色々な効果のキャンディですわよね」

「そう。名前からしてキャンディだしね」

「でしたらその、私にも恵んでくださらないかなぁと思いまして。飴、大好きですの」

「お菓子が欲しいならさすがに他を当たるべきだよ?」

「そ、それだけではありません! これから大事な儀式でしょう? ですから、私ももっとお役に立てるようになりたくて」

「それなら、私に頼るより本国の薬とか取り寄せたらいいと思うよ。効能が高いけど短いみたいな薬なら、収納の魔法と相性がいいと思う」

「え、えと、そうではなくて……いえその、もっと稽古が受けたいと言いますか。師匠はプク様のお側でお忙しいですから」

「みんな忙しいよね」

「できたらもう一度稽古を受けたいのですが……そのくらい効果のあるキャンディがあったらなあ、と」

「私、ネコ型ロボットみたいに思われてる?」

 

 もちろんそこまでがあるとは思っていない、それじゃあオールド・ブルーに弟子入りする意味が否定される。だがそんな無理難題で引っかかるとすれば、まだ手元にあるのなら、それは思案の目当てのものに違いないのではないか。ラズリーヌになるための稽古すべてが詰まっているなど、正式にラズリーヌを継いだひとりの記憶でしかありえない。それこそが作戦だ。

 

「ないこともないよ」

「ほんとですの!?」

 

 返事に目を輝かせる。嬉しいのは演技ではない本気でだが、リアクションはよりオーバーに、可愛らしい後輩として。それさえ手に入ればそれで任務は完了、次の段階に移るだけになる。とはいえ現実そうはうまくいかない。そうだ、すぐに出てこないのはわかっている。だが。

 

「だけど」

「……ですけど?」

「それで、いけると思ってる?」

 

 ──背筋が凍る。やはりブルーベル相手では通用しないか。ならばと身構えて、コスチュームの裾にあるポケットを収納に繋げて武器を、取ろうとした手を払われ、さらにそこからぽろりと飴玉が零れ落ちた。私は……何をしようとしていたのか。まさに茫然自失、思考が完全に止まり、抜け落ちたまま、ブルーベルが新たに青い珠を取り出すのを見ていた。

 

「欲しいものはこれ、でしょ」

「……え、えぇ、そう、そうですわ! それを……そうだ、下手な者の手に渡らぬように私の引き出しに保管を」

「だから……」

 

 咄嗟のでまかせが通じる相手ではなく、伸ばした手は軽く蹴り上げた一発で深い鈍痛で動かすこともできなくなる。一撃で骨と神経がやられたのか。驚きのまま後退り、ブルーベルが手の上でその青い飴を転がし、自らの口に入れようとするのを見ていた。

 

「あ、だ、駄目──」

 

 あれが抜かれたラズリーヌの記憶だとすれば、それを食べられてしまっては、本当に、希望が、憧れがどこかに行ってしまう。折られていない手を伸ばして飛び出して、しかし思案では間に合わない。間に合わせたのは、飛来する流体。透明な砂糖の塊が、指の間から飴玉を奪い取った。

 

「やらせない、よ〜?」

「ナイス! ですわプラリーヌ様!」

「やっぱり居たんだ、協力者」

「ひとりで裏切れるほど肝の据わった女ではないですもの」

「ふたりでも十分据わってるけど」

 

 プラリーヌの流体の中に浮く飴玉を奪い返すべく、ブルーベルは戦闘態勢になる。もしランユウィが戻ってくれば話がもつれにもつれる。それより先に決着はつける。いや、ブルーベルとつける必要はない。決着は、ラズリーヌと、だ。思案は駆け出した。プラリーヌが流体を一気に展開し、ブルーベルを閉じ込めにかかった。魔法の砂糖は固まればすさまじい強度を誇る砂糖細工になる。囲まれぬように立ち回りながら思案を追わなければならなくさせるのだ。

 そしてプラリーヌはその流体のうち一部を飛ばし、思案に届けてくれた。確かに受け取った。飴玉は即座にポケットの中に入れる。引き出しが砂糖でベタついても今は文句を言っていられない。そこへ来るブルーベルからの格闘攻撃をプラリーヌが砂糖水の壁によって受け止めて、さらに足元を固めようとして回避されていた。

 

「なるほど。でもそれでいいの? これ、キューティーヒーラー失格かもよ」

「元より協力してない相手に裏切りも何もないよ〜!」

 

 こうして足止めしている間に、遺跡の奥にいるだろうラズリーヌのところまで一直線だ。ここは結界の端で、遺跡は中庭の奥。校舎を突っ切らなければならない。まだマスカレイドやプク派には狙われないだろうし、プク派で作業中のルートを目指さなければ。

 

 校舎の内部はある程度知っている。旧校舎のマッピングをさせられていたプラリーヌほどではないにしろ、学級生活をしたぶんがある。廊下を駆け回り、窓をぶち抜いて、この先が中庭だ。中庭には防護結界があり、普通は近寄れない。中和するための工事がされていて、入口は正しい入口でなければ。そこまでの最短ルートを頭の中に思い描いた。研究部門が使っている区画を通り抜けることにはなるが、一門の者である思案なら他勢力から即攻撃はされないはず。逃走経路は固まった。後はそう、これを届けて、ラズリーヌを──! 

 

「そこまで」

 

 何も無かったはずのところから浮かび上がった影。同時に走ってくる痛み。折れている腕とは比較にならない、鋭利に響き、鈍く伸し掛る、そんな痛みだった。出処は、すぐにわかる。自分の腹だった。闇の中から突如として現れたその魔法少女は、見覚えがある。奈落野院出ィ子──本来ならば思案よりも先に、魔法少女学級に転入することが決まっていたはずの人物。ランユウィとは付き合いが長いらしい、ということまで知っている。この頃姿を見かけなかったが──どうして、ここに。

 

「……思案? 出ィ子? ちょ……何が」

 

 ランユウィ自身もまた、この廊下にいた。そうか、彼女が行っていたのもまた研究部門の区画か。自分を貫いた出ィ子の腕が引き抜かれるのを感じながら、思案はふらふらと、彼女に歩み寄って、目の前で力尽き、膝をつき、そのまま縋り付く。

 

「……どうせ……元より私たちの監視に着いていたのでしょう。彼女は職務を全うしただけ。私もしたいことをしただけ……ごめんなさいね、巻き込んで」

「意味、わかんないっすけど」

 

 そりゃそうだろう。いきなりこんな血まみれで、死にかけの奴に、縋りつかれるなんて。それでもだ。これだけは、話しておかなくちゃ。

 

「……これ……プラリーヌ……いえ、もし、ベル先生が現れたら……これを」

 

 プラリーヌであっても、ブルーベルに負ければそれで終わりだ。彼女も同じようにキャンディを抜かれる。そうなった時、プラリーヌの手に渡っても意味がない恐れもある。自分たちは失敗したのだ。そのうえで何かを残すというのなら。ディティック・ベル、いつもラズリーヌの隣にいた彼女がいい。

 

「は? ベル先生は、師匠が殺させたっすよ」

「……それでも……万が一、ですから……」

 

 ポケットから引っ張り出した飴玉を、ランユウィに握らせた。ディティック・ベルが生きていないのならそもそも意味はなく、絶対な安全はどこにもない。だけど自分たちが無理だったなら、救うことができるのはそのくらいだろう。憧れのブルーコメットなら……信じて、託す。ランユウィだって、クラスメイトの友達だったじゃないか。

 

「プラリーヌに何言われたっすか。ちょっと、思案、思案! 出ィ子! 粛清って、裏切りなんすか、これは!」

「任せ……ましたわよ、クラスメイトの……皆様」

 

 出ィ子は答えず、ランユウィが叫ぶ中、意識は沈む。体温が抜けていく。できるだけのことはやろうとした。後は、トーチカを、ラズリーヌを救えるのかは、学級の皆に懸かっている。

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