◇キューティープラリーヌ
思案の成功を祈りながら、ブルーベル・キャンディとの戦いに臨む。事前に彼女から聞いていた話によれば、触れられてはならないとのこと。一度触れられるだけで相手の魔法が起動、戦闘不能になるだろうとまで言われ、最大の警戒をしながらの足止めになっていた。ブルーベルに当てるのは砂糖だけ。固めた砂糖で作った剣を振るって攻撃を逸らし、受け、時間を稼ぐ。
思案が逃げ回れば騒ぎは広がっていく。ましてや目的地は遺跡の中。ブルーベルだけでも精一杯なのに、誰かに合流されればプラリーヌは終わりだ。それまでにどうか──思案にまた祈って、ブルーベルにどろどろの流体を纏った拳を叩きつける。受け止められたのを塊の破裂による衝撃で飛び退いて帳消しにする。着地の後、互いに見合った。ブルーベルにはまだまだ余裕がある。プラリーヌにはない。
「は〜い、そこまで〜♪」
そして対峙するブルーベルとの間、張り詰めた糸を弾くように、ふらりと現れるその声の主。知らないわけがない。可愛らしい白黒の衣装がひらり舞って、こちらに向かってウインクをしてくる彼女は、プラリーヌがここにいる元凶だった。
「ペンギン先輩……」
「バトルの時間はおしまい。ほら、こっちこっち」
助っ人に来た、という雰囲気じゃない。これまでどこで何をしていたのかもわからない相手だ。だがプラリーヌは素直に従う、それしかない。ブルーベルもまた、静かに戦闘態勢を解いて、矛を収めた。ペンギンが何を企んでいるにせよ、ブルーベルとこれ以上戦い続けるのは無理難題だ。連れられるがまま、校舎の方に歩いていく。廊下は静かだった。静寂だからこそ、その先に待っていたものが、プラリーヌに深く抉り込んでくる。もうすぐ研究部門の管轄だというところで、そこにはランユウィがいて、その傍らに倒れ、力尽きた思案がいた。もうひとり、あまり見覚えのない、フードで目元を隠した魔法少女もいる。彼女の手には返り血がべったりと付いていた。
「……え」
つまり、思案は失敗していた。ランユウィはもはや思案を呼び掛けもせず、腹部の孔からどくどくと血が流れ出す遺骸がそこにあるだけ。もう手遅れであることは明白だった。
「プラリーヌ……何が、何があったっすか」
「……それはぁ」
「私に襲いかかったから、裏切り行為だと看做されたってこと。監視役の出ィ子が手を下すのは当然のことだよ」
「なんでそんなこと」
「あの飴玉には2代目ラズリーヌの記憶が入ってる。大方、本人に戻したかったとかでしょ」
「どう? プラりん、合ってる?」
何も言えない。思案の手にあったはずの飴玉はどうなったのか。もし思案の魔法の収納の中だったとしたら、彼女が死した今、誰も手に取ることは不可能だ。つまり、ラズリーヌは元には戻らない。出ィ子というらしいローブ姿の魔法少女が思案のコスチュームを弄り、首を振った。魔法の収納は入口を失っている。飴玉は行方不明のままだ。無くなったのなら探すまでもないものだとして、ランユウィが思案を抱き上げた。
「師匠に言われてるっす。人死にが出たら……まず研究部門の区画に……」
「やっぱりそうなんだ。じゃあ……せっかくだから、友達がどうなるか、見て行ったら?」
──どう、なるのか。その言葉の意味はまるで理解できていなかった。思案を運ぶランユウィが先頭になり、その先にある、元々理科室や実験室だった部屋に入る。そこにはよくわからない器具やらが並んでおり、すっかり学校ではなく研究室だ。であると同時に、そこにいた魔法少女のうち数名がこちらを振り向き、見知った顔が目を丸くする。
「なんじゃ、また素材でも手に入っ……玲透館、思案……!? な、なぜその子が」
「遺体はここに、っすよね。はい……っす」
呆然とそこにある遺体を見つめるツインウォーズ。研究部門の元凶は彼女だったと聞いている。生徒の遺体ならば見てきたはずだ。それでも予想外の人死にには冷や汗をかいている。ベッド──というよりは、検死のための台の上に寝かされた思案を受け取り、ツインウォーズはもう少し奥の、魔法少女ふたりのところに運ぶ。白と黒のふたり組は、待ち焦がれた料理が来たかのようにはしゃいでいた。
「やりマシタ! 出番デス!」
「ギャシュリーは何もしないでしょう。これは私です、私がプク様の役に立つ時です」
「やだなあマーブル、ワタシだって動力源として頑張ってマスよ?」
マーブルというらしい白い方が抜き放ったのは鋏だった。何が行われるのか、最悪を想像する。目の前で行われる解剖、解体、それが考えたくもない最悪だったが──現実はさらなる地獄に至る。鋏が通ったのは、思案の顔だった。額からするりと刃が入っていき、そこから顔面全てを丁寧に、そして手早く切り取っていく。刃が入り皮が剥がされる僅かな音が、その手元を見ている魔法少女たちの息の音と、速くなる自分の拍動の音と合わさって、あまりにも不気味な時間だった。やがて剥ぎ取られた皮が、残った肉体と離され、今度はどこからか取り出した白い仮面に貼り付けられていく。出来上がる仮面は、プラリーヌには見ていられない代物だ。
「さすがマーブル! 職人芸デス」
「なかなかの出来ですね。素材も良い方でしょう。手放すのは少々勿体ないですが、仕方ありません」
「プク様のためデスからね!」
「プク様のためですから」
今度は黒い方、ギャシュリーがその仮面を手に取るや否や、その目の前にあった装置の方に仮面を置き、さらに残された思案の肉体の方も別のカプセルに詰め込み始めた。入り切らず、押し込めようとして、何か思いついたような仕草ののち、ギャシュリーは思案の下半身をその手で分離させてから押し込んだ。まだ体内に残っていた体液が散るが、彼女らは気にしない。ギャシュリーはスイッチを押して、何かの童謡の歌詞を『プク様』に変えた鼻歌を歌いながら、装置を駆動させる。
端的に言えば、装置はミキサーだった。すぐに回転が始まり、内部で魔法の力が強まり、そして思案の肉体を破砕していった。仮面は仮面で、こちらには薬液が充填され、沈んだ仮面はその液体に溶かされて輪郭から縮んでいく。
さらにその後、出来上がった液体はフィルターや圧縮のための器械により、次々と手を加えられていく。思案の肉体の原型は破砕された時点でなく、何度も似たような工程が繰り返される。その度に、救えなかった思案の、仮面に貼り付けられたその死に顔が脳裏を過ぎって、一度や二度は耐えられても、三度目にはプラリーヌも嘔吐しかけていた。
「……まさかぁ、これ」
「プリンセス・ジュエルの完成デス」
ツインウォーズは装置から飛び出してきたジュエルを拾い、眺めたあと、マスカレイド用、と書かれた容器にジュエルを放った。
想像を絶する光景ばかりだった。もはや現実味がなく、言葉が出てこない。最初に聞いたのは、囁くペンギンの声。
「どうだった? これが、プラりんが戦わせようとした友達の末路」
「……!」
「プラりんが無謀なこと言わなかったら……あんな死に方も、こんな亡骸の陵辱も、なくて済んだんだよ」
呼吸は速くなる。吐き気がまたしても込み上げてくる。わかっている、吐いたって何も変わらない。だけど、突きつけられた言葉は受け止められない。それじゃあ、まるで、プラリーヌが殺したも同然じゃないか。
「わ、私、は」
「トーチカちゃんもこのままじゃあ同じことになるよね。どうする? どうしたい?」
そんなことを聞かれても、吐き出したい本当の答えは言えるはずがない。救いたい、と叫んだって、ここにはプラリーヌの敵しかいない。あのギャシュリーもマーブルフェイスも、実力は並の魔法少女では歯が立たないほどと見える。同時に、ランユウィも、出ィ子も、ブルーベルもペンギンもいる。相手にできるわけがない。そもそも、ここで何をしたところで、トーチカのことは救えない。プラリーヌは答えられない。手が震える、だけだ。
「……違うっす」
「ん〜?」
「思案は自分の憧れのために死んだ……っすよ。プラりんのせいとは、関係ないっす」
「憧れ、ね〜。だってさ、それが幸せ〜、だと思う?」
ランユウィも言葉を続けなかった。プラリーヌだって、その答えは持っていない。友達の死に、死の後でさえ、何もできない。誰も助けられない。ひとり捕まったまま、嘔吐いているだけ。だったらもう、プラリーヌは──。
「──
呟いた途端に、脚から力が抜ける。立ってすらいられなくなって、溢れてやまない涙が、今になってやってきた。