◇ディティック・ベル
あとひとつ、この夜が明けたら決戦だ。
ディティック・ベルは新たに集った者たちと話をし終えた後、ようやく肩の力を抜き、深いため息を吐いた。消灯後、ひとりで休憩スペースに残り、カーテンを開く。月の明かりで、ゆっくりするには丁度いい。コーヒーサーバーで作ったインスタントを紙コップから啜る。この拠点のコーヒーは、ラズリーヌが淹れてくれるものに比べて苦すぎた。
迫る決戦の日を前に、魔法少女たちには緊張が立ち込めている。この拠点も騒がしくなった。スノーホワイトが治めるオスク派、プフレら人事部門、及びその協力者。あの学級で共に過ごした生徒たち。集まってくれた皆には、感謝してもしきれないだろう。
リオネッタからの連絡によれば、あちらの戦力も相当だ。中には本来プク派でもラズリーヌ一門でも、研究部門でさえない魔法少女まで混じっている、という。派閥と部門が手を組み、衝突する。それはつまり、空前絶後の総力戦となるということだ。
それと、ラズリーヌに外傷はないが、様子はおかしかった、とのことだ。精神的な干渉を受けているとしたら、真っ向から戦わなければならない状況になることだって有り得る。超規模の戦いに、ラズリーヌの敵対、それを考えるだけで心苦しくなってくる。
それでも手を伸ばさなければ届かないことは確実だ。もちろん、トーチカやプラリーヌ、皆の無事と、平和だって懸かっている。ふいに窓の外を眺め、月に向かって手をかざす。ディティック・ベルになくてはならない、青の輝き──必ず取り戻してみせる。
ふと、静かに決意を燃やす窓辺に足音がやってくる。視線を室内に戻すと、ちょうど月明かりでその顔が見えた。マスカット・マスケットだった。ここで訪ねてくるとは思わず、マスカット、と名を呟いたが、彼女は反応を見せず、ただ隣に黙って座った。これは、きっと自分から話せるようになるのを待つべきか。コーヒーを啜り、横顔を見ながら考えた。
「……私も」
そして絞り出されるのは、ディティック・ベルがずっと聞きたかった言葉だ。
「私、も……戦う。戦わせて。レモネーは……きっと、トーチカくんのこと、助けたいと思ってるはずから」
これまでずっと考え続けてくれたのだろう。レモネードは願いを残す暇でさえも奪われてしまったが、残された者には立ち上がるだけの時間と、理由ができる。ディティック・ベルにとって、生徒の思いは何よりも頼もしい。彼女らが団結すれば、難題も切り抜けられることは知っている。深く頷いて、ありがとうの一言を確かに伝える。
「……明日、他部隊が相手を引き付けて、アイたちに遺跡内部まで突入してもらうことになってる。そこに同行してもらうことになる」
「うん。トーチカくんのことを取り戻すよ。今度は絶対!」
「ふふ……やはりそうなりましたか。信じていましたわ」
「うん……ん? いつの間に!?」
いつの間にやら、マスカットのまた隣にはアイが座っていた。当然のような顔をしていて、しかもいつ用意したのか飲み物もしっかりとある。紙コップの中には……黄色がかった透明の、酸っぱい果実の匂い、これは飲み物の方のレモネードだろう。それがしかも2つ。一方はマスカットの手に渡される。2人して驚いたが、マスケットの手は確かにその紙コップを受け取って、口に運ぶ。一気にごくごくと飲み干して、息を吐いた。
「……酸っぱいね」
「ええ、それはもう」
「ねえ、どうして今ここに?」
「これは失礼いたしました。おうじさまの名が聴こえたものでして。ただいまの私、おうじさまには敏感ですの」
何日もトーチカに会えていないせいか、なんとなくアイもいつもの調子より元気がないように思える。それも今日が最後の夜だ。明日からは、トーチカ本人が何に付き合わされるかはともかくとして、抱えてしまった寂しさは、もう手放せるようにしてやらないと。
「カーテンが開いているのが外から見えましたがどうかされたのですかおっとマスカット久しぶりですねもう体調は平気なのですか」
「わっ、シンソニちゃんまで? 体は大丈夫、っていうか、体じゃなくて心だったっていうか、なんでここに?」
「夜の走り込みですいい具合に体力を使っておくことでより効率的に休息します習慣にするといいですよ先生も」
「そ、そうなんだ」
そしてさらにシン・ソニックが顔を出してきた。彼女は落ち着かなかったのか運動をしてきたようだ。となると、これで元1班、トーチカ救出班の主力が揃ったことになる。もちろん守りを突破するために他の魔法少女もつくが、遺跡に突入という任務の関係上、そう人数は増やせない。トーチカを直接迎えに行くのは彼女らの担当だ。
「明日はここにサポートを加えたのが遺跡突入班になる。別働隊として、確か、プフレたちが儀式への妨害工作をしようとしてるはず。できたら、そっちも協力してあげてほしい」
「聞きましたわ、おうじさまに無理な儀式をさせているのでしょう。止めなければ……!」
「よくわかりませんがとにかく悪逆非道の連中を逮捕するのでしょう腕が鳴ります最速で壊滅をさせていただきます」
「うん! 背中は任せて!」
通じているやらいないやら。トーチカもレモネードもいないとそれぞれ違う方向に突っ走って行きそうだ。が、今はその向いている方向が、全員トーチカの救出になっている。目指すところが同じなら、しっかり交わってくれる……はずだ。
「じゃあまた、明日」
ディティック・ベルは手を振り、自分の部屋に戻っていく生徒たちを見送った。明日には死地だとしても、取り戻す決意が強ければ、不安がる必要などない。
「……ん、連絡だ」
リオネッタからだ。通話をすぐに繋ぐ。
『失礼、こちらリオネッタですわ。約束の時は明日ですから、ご連絡を』
「結界の中の状況は?」
『儀式関係に目立つ変化はありません。進んでいるやらいないやら……遺跡以外は大方調べられましたが、トーチカの姿はなし。キューティープラリーヌはちらほらとそれらしき姿がありましたが、接触はしておりません』
「了解、ありがとう」
しかし、儀式とは何なのか、そもそも全貌が見えていない。そんな中で、せめて奪還だけはしなくてはならない。結界に閉じこもられては、調べられるのにも限界がある。どこかで、遺跡について一気に情報を得られたらいいのだが。
そう贅沢な方法が、簡単に見つかるとは思えない。ならば、やることはひとつ。力づくだ。
『では約束の時間にゲートを設定いたします。ラズリーヌのことは……』
「わかってる」
『……えぇ、私からの言葉は不要ですわね』
通話が切れたら、休息の前に深呼吸をする。ラズリーヌが隣にいない、拠点の、病室のベッドに横になる。目を閉じて、思い返すのはこれまでの日々のことばかり。