魔法少女育成計画Blue/Shift   作:皇緋那

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決戦開幕Ⅲ

 ◇ツインウォーズ

 

 結界内全域に騒動が広がっている。部下やマスカレイドからの報告も、「どでかいハムスターが」「地獄からフレイミィが蘇った」という意味のわからないものから始まり、「電撃とゼリーにやられた」「スノーホワイトに切り伏せられた」などといったツインウォーズでも緊急事態だとわかるものまで様々。向こうも戦力を全て投入しているのだろう。そして、全て投入しているということは……生徒たちもここに来ている。

 既に生徒の命を奪わせ、その肉体をジュエルに変えた、自分がクラスの裏切り者であるということは十分理解しているつもりだった。それでも、巻き込みたくないという中途半端な罪悪感は残っていて、来て欲しくなかった、なんて身勝手なことを思っている。

 

「なんだか外が騒がしいデスね? イチゴジャムパーティーでもしてたりして」

「プク様のためとはいえ、ここにいるのも退屈ですし。それに……死体がたくさんできているのなら、どんどん仮面にした方がプク様も喜びますよね」

 

 区画の中で作業だけをしていたはずの魔法少女2人組が外へ出ていこうとする。まずい、ツインウォーズはあれが何かを知らされている。ギャシュリーにマーブルフェイス、大陸を震撼させた連続殺人鬼(シリアルキラー)の魔法少女たちだ。オスク派が捕獲したにも関わらず脱走、そしてプク・プックが『お友達』になることでここに止め置いていたはずが、この騒ぎに乗じて出ていってしまったら。彼女らの無差別な殺戮が、生徒にまで及ぶ可能性は高いだろう。

 

「ちょ、ちょ、ちょっと待つのじゃ!」

 

 慌てて引き止める。ここの研究主任ということになっているツインウォーズなら、一応命ずる立場にはあるはず、と思っていたが、そもそも偶然協力してくれているだけの殺人鬼にそんなもの通用するはずがない。マーブルフェイスはその張り付いた無表情のままでこちらを睨み、視線に背筋が凍ると同時に、いつの間にかすぐ近くにギャシュリーが迫っている。

 

「お姉さん、邪魔する気デスか?」

「……っ! そ、そんな、つもりじゃのうて……」

「せっかく盛り上がってるのにお留守番なんて、つまんないじゃないデスか? マーブルだって! もっとたくさん仮面作れた方が絶対楽しいデス」

 

 いたずらっぽく軽くつんつんとつつかれる。その一突きにさえ、寒気がするほど。妖精を食らいすぎたがゆえに生まれた炉心となれるほどの肉体は、異常な身体能力を備え、このまま気まぐれで、人差し指だけで心臓まで抉ることだってできるだろう。いつの間にか、恐怖だけが勝っている。

 

「……おや。ギャシュリー、そこにいるのは何でしょうね」

 

 マーブルフェイスが指した先には、調整中のベッド。今は誰かがいたものかと目を向けて、思い出す。ブルーベルから預かった──プリンセス・デリュージだ。儀式のために憎悪と断末魔を飲まされ続けた彼女は、交戦で受けた傷の治療中だった。彼女のジュエルは既に儀式に必要なだけの力を蓄えていて、(からだ)そのものはもう不要なものだ。彼女自身を守ろうとする意味はない。ツインウォーズの罪悪感だって、先生だったという認識が産んだ齟齬のようなもの。なら、デリュージを見捨てることくらいで痛む心はない──と、思いたかった。

 デリュージにマーブルフェイスの手が迫る。鋏が差し出される。そして刃先が突き立てられ用という時、ツインウォーズは咄嗟にジュエルを掴み、彼女に向かって投げつける。マーブルフェイスはあっさりと対応して叩き落とすが、それはデリュージの体の上に転がった。彼女は目を覚ます。手に取った宝石を掲げ、何を理解したわけでなくとも、立ち上がるためにその言葉を呟く。

 

「……プリンセスモード・オン」

 

 巻き起こった冷気の渦に、マーブルフェイスは弾かれ、後方に飛ばされた。ギャシュリーが受け止めて、ダメージは与えられていない、がデリュージはよろめきながらも迫り、掴みかかる。もはや槍を使おうともせず、彼女はただ、殴りかかっていた。叩きつけられた仮面が軋み、マーブルフェイスの口から呻き声が漏れ、間にギャシュリーが入ってくる。渾身の蹴りで今度はデリュージが大きく吹き飛ばされ、壁に激突、機器を巻き込んで部屋を破壊する。

 

 ツインウォーズはその隙に、物陰に隠れることしかできなかった。デリュージの中に残っているのも行き場のない憎悪だ。なら、勝手に戦っているのを震えて待つしか。

 

「……そう、じゃ」

 

 そういえば──あのデリュージの関係者が、研究部門の施設で眠ったままだ。彼女をこの場に連れてこられたならどうだろう。ツインウォーズは端末を操作し始めた。戦闘の余波は飛んでくるが、矛先はこちらに向いていない。まだ、せめてこれさえ間に合って欲しい。

 

 

 

 ◇ランユウィ

 

 オスク派が仕掛けてきたことを知り、候補生たちの中でも報告が飛び交った。そしてその中には──あの、探偵の姿もあったと聞かされる。探偵の魔法少女なんてモチーフ被りはそうそう居ない。死んだと聞かされていたはずの担任、ディティック・ベルだ。おおかた、マスカットが急所を外したか、あの後必死の治療で助かったか。どちらでもいい。ここまで戻ってきている。つまり、思案に託されたものは、まだ散っていない。

 

 それを知ったランユウィは、ディティック・ベルに会いにいくよりも先に、まずはプラリーヌの下を訪れることとした。彼女が閉じこもっているのは校舎の中。旧視聴覚室だ。その部屋の実質的に主となっているキューティーペンギンは、計画に賛同しているのかいないのか、騒ぎをよそにスクリーンに何かのアニメ映像を映し出し、ひとりで鑑賞会をしていた。恐らくキューティーヒーラーの何かなんだろう。

 明るい音楽の横で、端に蹲る少女を見つけ、駆け寄る。

 

「……何ぃ……今更」

「たぶん、始まったっすよ、最後の。目撃情報があったっす。オスク派の勢力の中に、探偵の帽子をかぶった魔法少女が」

「……っ」

「あたしは確かめに行かなきゃっす。師匠からの指示も来ないっすから」

「好きに……すればぁ」

 

 掴みかかりそうになって、それより先に、言葉が続いた。

 

「私はぁ……キューティーヒーラー、失格だからぁ……」

 

 息を呑む。可愛らしいエンディングテーマが流れる中で、彼女は立ち上がろうともできない、諦めの笑みで吐き捨てた。

 

「プラリーヌ、完全に折れちゃったっすか。いつも、自分はなんてことないみたいな顔してたのに」

「そういう顔だけは……得意だったんだよぉ」

「あたしは、思案に頼まれたことだけは、やるっす。許されようとは思ってないっすけど……あの人の『ラズリーヌ』を確かめなくちゃいけないっす」

 

 ランユウィの思案にとっては、師匠のために、暗殺のための潜入だった。あの日々が嘘だったことは、誰よりもランユウィ自身が知っている。だがプラリーヌにとってはそうじゃないはずだ。だったら、守りたいと思ったっていいんじゃないのか。

 

「私には、守れないんだ」

 

 プラリーヌは顔を埋め、表情すら見せてくれなかった。

 

「……なら、いいっす。何もしないなら……あたしは、あたしにしかできないことをやるっす」

 

 思案は己の憧れのために殺された。思案は死ぬべきだったのか、出ィ子のように、それほどまでに冷淡なあの師匠にこのまま従うべきなのか、ランユウィにはわからない。声はかけた。プラリーヌが来ないなら、ひとりで行くだけのこと。

 

 

 

 ◇ディティック・ベル

 

 ──遺跡の深い先に、少女は待っていた。

 どれほど待ち焦がれただろう、その姿を。今すぐに抱きしめたいほどだ。けれど、向こうはそれを望むどころか、彼女らしからぬ警戒をこちらに向けている。初めて出会った時からずっと、疑いも何も向けてこなかったあの子が。初めて見る表情は、むしろ新鮮で、ディティック・ベルの心は、抱いた寂しさをその新鮮さで塗り潰そうとした。

 

「……ラズリーヌ! 迎えに……来たよ」

 

 けれど、できなかった。彼女はゆっくりと口を開く。そして──。

 

「──誰、っすか」

 

 ──そうなることまで、想像はしていた。プク・プックは精神に強く作用する魔法。それに何かを組み合わせれば、自我のほとんどなど奪ってしまえると。それはスノーホワイトから聞いていて、覚悟していたつもりだった。それでも、だ。大好きな人に、忘れ去られるのは、辛い。

 

「……はは。私は……」

「こんなところに部外者が立ち入るなんてありえないっす。師匠にもプク様にも、会わせないっすよ。あたしが通さないっす」

「……大丈夫? ここは、私が」

 

 気を利かせたスノーホワイトが刃を構えようとしたのを止める。ここは、私じゃなくちゃ意味がない。

 

「部外者、あぁそうだよ、部外者だ。だけど……関係ないとは言えないんだ」

「……? 何を言って」

 

 そっちが通さないつもりなら、こっちだって逃がすつもりはない。例えきみが全てを忘れていても、また初めて出会ってやる。

 

「私は──ディティック・ベル。こう見えても、探偵をしていてね」

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