◇ディティック・ベル
「……ははぁ。丁寧にどもっす。なら自分も」
こんな状況でもやってくれるあたり、それが彼女らしさなのか。いつものポーズを決めて、いつもの口上で。
「戦場に舞う青い煌めき! ラピス・ラズリーヌ!」
ここは決して変わらないというのが、寂しくもあった。彼女がラズリーヌであるという確信と一緒に、また名乗られるほど、彼女の中に自分が残っていないのだと突きつけられた気がして。それでも、そんな気は取り払って、ディティック・ベルはありがとうの呟きと一緒にステッキを抜いた。
「……いくよ、ラズリーヌ」
息を整え、まずは構えて飛び込んだ。突き出そうとするステッキの動きを完全に見切られて、あっさり弾かれて、その前提で繰り出す次の動きも軽く掌底を当て流される。踏みとどまって、もう一度、というところで、繰り出される拳に対応できずに鳩尾をやられ、重い衝撃を受け止めきれずに吹っ飛ばされた。やられた場所のせいで激しく咳き込みながら、なんとか立ち上がる。そしてステッキを構えて、既にラズリーヌは目の前にいた。
何度も近くで見てきたから、ラズリーヌの強さは知っている。身体能力では圧倒的に上。直感力、柔軟性、そして魔法、センス、ついでに人の良さ、どれを取ったって勝てやしない。勝算は最初から見えていなかった。ディティック・ベルが単身でラピス・ラズリーヌに勝つ方法はない。そもそも、戦う魔法少女と戦わない魔法少女、その差は天と地ほど開いている。
それでも、と──ディティック・ベルは、そう叫ぶためにここにいる。
「今のでわかんなかったっすか、もうお仲間さんに助けてもらった方がいいっす」
「……はは、お気遣いどうも。ごめんね、探偵は諦めが悪いのさ」
「だったら……諦めるまで痛くするっすよ」
握りしめたステッキを振り抜き、やはり空を切る。魔法を使わずとも読まれている。さらに足を払われて体勢が崩れ、そのまま自分の体重を利用されたパンチでまた腹部が衝撃に襲われる。表情は歪む。その拳を掴んで止めて、そのまま頭突きをお見舞いしようとし、あっさり抜けられ、膝蹴りを貰い、さらに追い打ちの肘を貰い、まだ下唇を噛んで耐えて、力を込めすぎて溢れた血を拭って、深い息を吐く。体力はもう既に限界だ。それでも立つならと、ラズリーヌはしっかり重い一撃を当ててくる。さすが、意識が飛びそうになるくらいだ。そんな一方的な、戦いとも呼べない有様の中、ラズリーヌはため息混じりに呟いた。
「このまま続けたら、死んじゃうっすけど。それでも、っすか?」
「……それでも、だね」
◇ランユウィ
ディティック・ベルは遺跡の方に行ったはずだ。視聴覚室を飛び出したら、ランユウィはまず、隣の教室へ入る扉に魔法を使った。中庭の近くまで一気にショートカットだ。しかしその先も確実に戦場、最大限の警戒をしながら、電撃に斬撃の飛び交う扉の向こうに飛び出した。しかし攻撃への警戒ではなく、怠っていたのはそこにいるのが誰だったかという方だった。マスカレイドと戦っていた魔法少女の中から、こちらを見るなり目を見開く者たちがいる。
「ランユウィ! 無事だったんだ」
無事も何も、自分は元々クラスメイトに危害を加える犯人側だ。どうして、ジュエリーゼリーが安心した顔をするのかわからない。答えようもなく、とにかく急ぐべく、ランユウィは背を向けようとした。
「ランユウィ!? あ、ちょい、待てや!」
アーデルハイトの声だ。そもそも、電撃の時点で彼女かプリンセス・ライトニングを疑うべきだった。元クラスメイトと顔を合わせたら、それだけ話がこじれるに決まっているのに。だったら話さないのが一番だ。それならまだ良い、なんて考えながら走っているうち、交戦中のマスカレイドが振るう刃の軌道の上にランユウィは立ってしまっていた。
「……っ!?」
ざくりと、肩に大きく傷が入る。すぐさまジュエリーゼリーが作り出したであろうゼリーが体を受け止め、衝撃を和らげてくれる。さらにゼリー本人が駆けつけ、応急処置をしようとしてくれる中、斬撃を飛ばした侍風のマスカレイドには雷撃と矢印の雨を伴って、同じ顔の魔法少女が襲いかかっていた。あの様子、クラスメイトに味方をしているならハートの9、班長だったプリンセス・ライトニングだろう。それにあの魔法、ベクトリアのジュエルを使っているのか。
「大丈夫? 痛いよね、平気、このくらいならなんとかなるはず。安心して、ゼラチンの力は偉大だから」
「平気っすから。離して、っす」
「……なんで? ランユウィ……」
ジュエリーゼリーの視線は純粋だ。やらなきゃいけないことがある、ディティック・ベルのことだ、なんて全部話してしまえば、彼女らは協力してくれるだろう。だけど、頼っていいわけがない。だって、ランユウィは決めたはずだ。最初から、師匠のためだけに嘘をつきつづけると。
「いいから……! あたしに構ってる場合じゃないっすよね!? ほら、だったら!」
「っ、危ない!」
ジュエリーゼリーのことを半ば振り払おうとして、戦闘の余波が飛んでくる。今度は止めてくれなかったら半身が飛んでいたに違いない。ライトニングもアーデルハイトも奮戦しているが、遠距離にも斬撃を起こす相手にうまく対応できず、さらに襲ってくる魔法少女型の風船人形への対処も強いられている。風船には電撃が、ゴム質ゆえに通じないのだろう。アーデルハイトは軍刀で斬りあっているが、横から構えだけで飛んでくる斬撃は避けきれず、体に傷口が増えている。ジュエリーゼリーだってランユウィに構っている暇はない。ゼリーを当てて、彼女らのサポートに徹しているその最中だったのだ。なのに。
「……っ! そこ! 繋ぐっす!」
廊下の一点、窓枠を指し、叫んだ。ふたりにも聴こえただろうか。そうでなくとも、アーデルハイトのしているヘッドギアが何か反応してくれたらしい、彼女が向きを切り替える。窓枠を扉に見立てて、繋ぐ先は侍のマスカレイドが立っているその場所だ。視界の外から攻めてやればいい。アーデルハイトは食らってきたエネルギーを一挙に集め、居合の構えをとり、しかし居合ではなく、軍刀そのものを射出する。
「
雷鳴とともに走る閃光が、マスカレイドの背後からその首筋を撃ち抜き、喉までぶち抜いた。いくらマスカレイドが戦闘用にデザインされていると言えど、あれで生きていられるわけはない。これでこの場の絵札は風船遣いだけだ。ランユウィも息を吐きながら、ライトニングの操る矢印がアーデルハイトに軍刀を届け、アーデルハイトからのサムズアップがこちらに向けられたのを見た。どうしてわざわざ味方をしているのやら。
「待って! まだ! だってこいつ……!」
ライトニングの声で皆が身構えた時には遅かった。風船遣いの姿を探し、今しがた倒したはずの侍のマスカレイドの傍らに見つけることになる。それはつまり、その遺骸に魔法を使ったということに他ならなかった。侍は立ち上がり──そして、こちらに刃を突きつけた。
「あ──」
ランユウィは理解が追いつかなかった。ただ、既にまた、ジュエリーゼリーに突き飛ばされていた。今度は間に合わない。斬撃は直線上、斬るという過程を飛ばして現れる。その先には、ジュエリーゼリーの小さな体のほとんどが捉えられていた。迸るは血液。先程とは比べ物にならない量。漂うゼリーが赤く染まり、ランユウィは立ち尽くしそうになり、ハッと気づいて、それらをかき集めて彼女の傷口に押し当てる。
「な、なんで、こんなこと」
「……大丈夫、助けるって……安心して、って……」
「自分、裏切り者、っすよ」
「それは……殴るのは、一緒に帰ってから……できるから。ランユウィが……したいこと、あるんでしょ」
血は止まらない。酷い怪我だ。今ここを離れれば、ジュエリーゼリーは命を落とす。だけど。ランユウィは届けなくちゃいけなくて。でも、でも、どうすれば──。
「行きなさい、ランユウィ」
来てくれたのは、ライトニングだった。手にはいくつものプリンセス・ジュエルがある。他のマスカレイドたちから強奪したものの数々だろう。
「他のプリンセスの力を使えば、もしかしたらなんとかできるかも。何倒したかとか全然わかんないけど」
「……!? 人の命、そんな、ランダムに賭けるっすか!?」
「大丈夫……ゼリーは死なないから……」
「死にかけてる当人は喋らないで……! あぁ、もう、私は!」
「行って。やるべきこと、あるんでしょ? 私とアーデルハイトだもの。負けないし、死なせないわ」
ライトニングはそう言った後、思い出したように付け加えた。
「班長命令よ」
──そういえば、そんな立場だったか。ランユウィは手を離す。ライトニングはとにかくそれらしきジュエルを漁り、目まぐるしく姿を変えながら、治療に手を尽くそうとし始める。後は任せるしかない。
「あぁもう、頼んだ、っす──!」
星のように輝く真っ赤なゼリーを背にして、ランユウィは駆け出した。きっと、最悪は避けられることを信じるしかない。走り出すのは、自分じゃなきゃいけないんだから。