◇ディティック・ベル
何度目のクリティカルヒットだろう。受身をとることすら覚束無い中、ラズリーヌは吐き捨てる。
「探偵って……こんなことやる仕事なんすか?」
その言葉を受けて、ふいに思い出した。いつか、彼女と現実の世界で初めて会えた日、ディティック・ベルは探偵とは何たるか、語って聞かせていたらしいことを。酔っ払っていた勢いだ、どうせろくなことは語っていない。だけどまあ、間違いなく、こんなことをするとは言ってないだろう。笑えてくる。
「あぁ……そうだよ。探偵はこんな仕事じゃないさ。これはただの……私の、我儘だ。そうだ、なあ、聞いてくれよ、ラピス・ラズリーヌ」
あの日のカラオケで、夜を更かしたように。ディティック・ベルは朦朧とした意識を酩酊に見立てたままで、好き勝手に語り始める。真実がなくては眠れない者だっている、だとか。全てを明かすからこそ、見られる笑顔がある、だとか。そのほとんどがフィクションからの受け売りで、それでも良かった。自分の殆どは、そんなフィクションの探偵に憧れたところから始まってるんだから。
「……探偵は、私の憧れなんだ。謎を解いて……誰かを救う。それができたらいいと思ってたんだ」
まだ息は絶え絶えだ。無理やり喋ったせいで、体力は戻っちゃいない。そんな体で、縋り付く。
「それができたんだよ、君となら」
強く手を握った。ラズリーヌもまた、己の拳に力を込めて、手を震えさせていた。
「……でも、あたしには……今更、立ちはだかられたって! そうっすよ、敵、プク様の敵、なんすから、この……っ!」
振り上げられた拳を、ディティック・ベルは受け入れた。脳天で食らって、耐えてやった。互いに目線が合う。ラズリーヌの目は今でも綺麗な彗星の青だった。
「──ベル先生ッ!!」
そこへ飛び込んでくる、誰かの声。遺跡の複雑な意匠のひとつをくり抜くようにして、外らしき空間から現れるひらひらの少女。ランユウィ、か。どうしてここに、と言う間もなく、彼女は懐から何かを取り出して、投げてくる。
「これ──ッ!!」
あれは、飴玉、だろうか。ラズリーヌがその隙に手を振りほどいてくる。ディティック・ベルは体勢を崩して膝をつき、なんとか立て直しながら、宙を舞うその青い玉を追った。そして、手で取るのが叶わぬと見るや否や、深く考えもせずに口で受け止めた。甘酸っぱいベリーの味が口の中に広がる。
ラズリーヌを振り返った。これがブルーベルの魔法のものならば、相手に食べさせなきゃいけないものだ。ステッキを手に取り、そして放り投げる。そちらの対応に気をとられかけたラズリーヌは回避が遅れ、手を掴まれる。そこからも逃げようとして、咄嗟に瞬間移動の魔法を使われた。しかしここにある宝石はただひとつ。ディティック・ベルの髪飾り、他ならぬ彼女にもらったこれだけだ。
姿が消え、目の前に再び現れて、困惑する彼女を捕まえた。そして、この口の中の飴玉を食べさせる最短ルートを選ぶ。つまりはそう──口から、口へ!
「むぐっ……!?」
頭を逃げないように抱え込んで、唇の向こうに飴玉を舌でねじ込む。そのまま吐き出したりされないよう、自分の口で蓋をし続けた。ラズリーヌはもがいた後、噛み砕いて、その時はじめて、抵抗が消えた。それを確認して、ディティック・ベルも力を緩める。
「も、もうっ! なんでこんな、口移しなんすか、
「……ラズリーヌ? 今、ベルっちって、私のこと」
「え? ベルっちはベルっちっすよ……? あれ、あたし、なんでベルっちのこと殴ったり蹴ったりこんな──」
もうほとんど抱きつくような格好だったのに、思いっきり抱きつかずにはいられなかった。ラズリーヌ自身はまだ記憶が混濁しているようだったが、生来の彼女らしく、とにかく抱き返してくれる。暖かい。ようやっと、深く息が吐けた。後ろの方で、安堵のせいか、どさりとその場に座り崩れるランユウィの姿も見えた。
「──ごめん、ラズリーヌ、迎えに来るのが遅くなって」
「もう、ベルっちってばぁ……! うぅ、本当に本当によかったっす〜!!!」
「はは、だって、私撃たれたところでお別れだったしね。あれは死ぬかと思ったっていうか、ちょ、ラズリーヌ?」
「ベルっちぃ〜!!! ひどいことしてごめんっす〜!!!」
「なんか顔近いよ? えっ、ちょ、またするのむぐぅっ!?」
また抱き締め合った、かと思いきや、そこにラズリーヌがお返しとばかりに唇を唇で塞いでくる。スノーホワイトもランユウィも見ているんだぞと抗議しようとして、そもそも見られているのに口移しを選んだのは自分の方で、思い返すと言い返すことはできず、受け入れるほかになかった。
「……ぷはぁっ! と、とにかく……ラズリーヌ、記憶も戻った……ってこと、だよね?」
「はいっす!」
「じゃあその……また私の助手に……なってくれる?」
「何言ってるっすか! 当たり前っすよ! あたしとベルっちで、探偵ラズベリーっす!」
そうか──あの飴玉の味、ラズリーヌの思い出が閉じ込められたあの味は、ラズベリーの味だったのか。なんだか合点がいって、ディティック・ベルは笑えてさえきた。よくわからないのに、ラズリーヌも一緒になって笑っていた。
「あ……そうだ! ユウィっち! 大丈夫っすか!」
はっと思い出す。飴玉を届けてくれた功労者への感謝を忘れるところだった。彼女のところに駆け寄ると、彼女はスノーホワイトが優しく寝かせていた。体力の限界か、それとも背中に負った怪我のせいか、いずれにせよ無理はさせるべきではないだろう。
「ランユウィ……それに、スノーホワイトも、ありがとう」
「私はなにもしてない。それに、喜んでいられるのは……今だけかもしれない」
スノーホワイトが指したのはさらに奥。そうだ、遺跡の先にはまだ難敵がいる。ラズリーヌさえ連れ帰ればいいわけじゃない。トーチカやプラリーヌを安全に帰すためにも、プク・プックとオールド・ブルー、その脅威を取り除かなければ。
「奥には師匠と、プク様がいるっす。相手にするとなると……とんでもないっすよ」
「……そうだよね。でも……頼める?」
「ベルっちとみんなのためなら! 相手が師匠でもなんとかするっす!」
「プク・プックは私がやる。そう、ラズリーヌはオールド・ブルーをお願い」
この先が本当の最終決戦だ。再会を喜ぶのは、全てが終わってからにしなければ。ラズリーヌと顔を合わせて、頷いた。