◇プリンセス・ランタン
「──そうだ。時に、プリンセス・ランタン」
車椅子を走らせながら、ふいにプフレから話しかけられる。横顔はあまりにも美しいが、ぼんやり彼女を見ていると頭の中の声が荒れ狂い、なんだかランタン自身まで腸が煮えくり返りそうで、なるべく視界から外していた。なるべくシャドウゲールの様子を確認しつつ、前方にも最大の警戒を向けてきたつもりだ。なのだが、話しかけられたからにはそちらを見るしかない。そして彼女から、こう聞かれる。
「君の中のエーコは、私のことを何と言っているのかな」
そう言われても。荒れ狂っている部分をそのまま出していいのだろうか。相手は護ちゃんの主、人小路庚江。泣く子も黙る人小路家の娘だ。とんでもない無礼に当たりまくるのでは。
「えっと……」
「あの、無理に答えなくても……」
「いいや、聞かせてくれ。オブラートには包まなくてもいい」
そう言われて、ようやく口に出す。
「『おのれ人小路』『ぶっ殺してやる』……ですかね」
包み隠さない本当のことだ。言い難いにもほどがある。
「うん、なかなか予想通りの反応だ」
「あの人常にそんな感じでしたもんね……」
エーコとして一度、プリンセスとして一度、彼女は庚江を襲撃している。それも全力で叫びながら。そんなことが二度もあったせいで、庚江から見たランタンは完全に襲ってくる敵、だけど護にとっては味方、という複雑な存在になっているだろう。
「それでも平然と答えてくれるということは、主導権は完全に君にあるもののようだ」
自分の評価が気になっていた、というわけはない。つまりは、主導権の確認だったのだ。以前の強制的に変身させられた時とは違い、今度はシャドウゲールのため、エーコに力を貸してもらっている。きっと意識を自分のままでいられるのもそのお陰だろう。本人もなるべくプフレを攻撃しようとしないように頑張ってくれている、気がする。
「さて、どうやらこの辺りがそのようだね」
「見るからに、そうですね」
そうこうしているうちに、行き止まりだ。奥は広場のようになっており、その辺には無造作によくわからないがらくたが転がっている。これらは主に魔法の国で作られているアイテムたちのようだ。儀式のために用意されたが使われていないものがほとんどではないか、とプフレは推測し、そのうちいくつかを手に取り、動いていないことを確認していた。
「では、護」
「はいはい。そうなると思いましたよ」
広場の奥まで、シャドウゲールは近くにあった椅子を引っ張って持っていく。中央に鎮座していた人魚の像を通り過ぎて、その先にあった横たわった棚の上を作業台にして、ハサミとレンチを抜いた。
「何を……?」
「あの子の魔法さ」
何をするのかと思い見ていたが、始まったのは周囲のがらくたを使った、改造と言うべきか、工作と言うべきか、そんな作業だ。何が起きているのか、手元を注視していても全くわからないが、魔法とはそういうものだと頭の中のエーコが教えてくれた。手元は見ないことにし、頑張っているシャドウゲールの横顔の観察にシフトする。いつもより緊張している雰囲気だが、この謎の機械いじりをすることによって、自分が初めて見る安心の表情も併せ持っているように思える。あれもこれもと案を出して考えながらの作業を続けるシャドウゲールは、ずっと観察していても飽きそうにない。
「せっかくなので遺跡全体がイルミネーションをするように……」
「待ちたまえ。そもそも目的を覚えているかな?」
「あっ、いや、わかってますよ。遺跡のコントロールができる装置を作れってことくらい。でもどうせトーチカさんより時間かかるんですから。いくら魔法のアイテムばっかり使っても、こんなの私の幸運を使い切るくらいしないと無理です」
「最低限機能すればいいとも。例えば非常時の強制遮断機能、とか」
「まあ……それは作りますけど」
ガチャガチャと改造は続いている。やっぱり、ハサミとレンチではできない動作ばかりが連続している。そのネジはどこから出てきたネジなのだろうか。先程手に取っていたラジオなんて、今は全く別の形に変わって組み込まれている。それにあの──計算機、が数字キー代わりに採用されて、数字を打ち込んでいきながら改造するというやり方に代わっている。見ている側はなんとなく凄いことしかわからない操作をこうも続けていると、護ちゃんも天才エンジニアにしか見えない。そのコスチュームの、そう、帽子……黒い帽子が、頭の良い証のようにも思え、頭の中で別の帽子もきっと似合うんだろうなと何気なく空想し、自分の中の解釈に頷いた。
「あれ」
ふいに護ちゃんが声を出した。
ところで、どうして私たちはここにいるのだったか。この魔法のアイテムの群れは何なんだ。倉庫……そうだ、分かれ道の先、倉庫があると言われて、彼女のためにこちらに来たのだ。車椅子に座る彼女には、そのための考え、秘策があったらしい。ただの護衛であった自分は、ただそれについてきただけで、遺跡──遺跡? ここは、遺跡の洞窟、いや、それで正しいはずだ。なんだろう、何かが、そう、あの木を積み上げる玩具のように、ひとつひとつ引き抜かれてしまっている、ような──。
「私、何してました?」
カラン、と、彼女の手から、器具が落ちる。両方とも金属音を立てて転がり、いつの間にか立っていた、その姿を焼き付けた。淡い緑の木漏れ日を思わせるコスチュームに、真っ赤な瞳が印象的な魔法少女だった。彼女はシャドウゲールに向かって小声で囁き、くすりと笑う。
「ようこそ。私の名無しの森へ。全部、全部、忘れてここで過ごしましょう」
敵だ、と本能が認識する。しかし、何をすればいいのかわからなかった。頭の中の声が叫んで、初めて動く。手にしていたこの長柄の武器を振るって、とにかく殴りつけようとした。駆け出して、振り抜いて、先端の灯火から光線が飛び出す。それは確かに、突如現れた魔法少女を貫こうとしていたが、しかし触れなかった。手応えがない。景色が歪んで、着弾したのかも判断できないまま、私はどうしてこれを振りかぶったのかも忘れていた。
「……! まずい! この森は──、この森は……とにかくだ! ここから逃げ、逃げる……のか?」
「逃げてどうするの? この場所はもう私の、プリンセス・フォレストの庭。忘れてた?」
「そうか、手中……か」
頭が切れるはずの車椅子の魔法少女でさえも、その言葉を続けられず、口ごもる。そこへ、ゆらりと護ちゃんが立ち上がる。金属の器具を拾い上げ、こちらに向かってくる。様子はおかしい。いつもの彼女ではない。攻撃するつもりでは、と直感、駆け出した。振り上げられた器具を柄で受け止め、押し返す。身体能力ならこちらが上で、あっさり押し返された彼女は、それでももう一度向かってくる。
「そうだよ。そのリングさえあれば、あなたは私の言葉に逆らえない」
「……お嬢……」
見れば、確かにリングを着けてしまっている。あれさえなんとかすれば、すれば──どうしてリングをなんとかしなきゃいけないのか。駄目だ、理由も、すべきことも覚えていられない。体を思考より先に動かすしかない。しかし、その力をくれたはずの頭の中の声は、もやがかかって頭で理解できない。混乱の中にあるその間に、彼女は既に私の横を通り過ぎていた。
「あ──」
止めなきゃと思い立ち、灯火を振った。しかし彼女には届かなかった。ならばとこの森の主に叩きつけようとして、しかし効果がない。ぼんやりと視界が歪むだけで、手応えはまるで無い。
「何が起きている? プリンセス・フォレストとは──」
「お嬢」
「──護?」
器具を振り抜き、叩きつけられた彼女はその座面上から弾き出されて、地面を転がった。思いっきり転がっていって、どこまで行くのか、かなり離れていってしまう。その道なりには血が滴って、軌跡ができてさえいた。こうして振るえば、あの器具なんか完全に鉄の塊、金属の鈍器だ。そんなもので殴られた魔法少女は鼻が折れる、どころか潰れているかも。もっと悪い可能性でいえば、今の一撃で、意識、あるいは命まで。
動かない魔法少女に、護ちゃんは呆然とした後、狼狽えた。またしても器具を取り落として、自分の手を眺めて、震えている。
何がそんなに悲しい、恐ろしいのだろう。もう彼女自身も、この数秒のせいで覚えていないかもしれない。けれどそこに、笑い声が響き渡る。
「……いや、そうか。そうだ。思い出したとも。やってくれるじゃないか、オールド・ブルーも」
立ち上がった彼女は、なぜか潰れた鼻からたくさんの鼻血を流しながら、笑っていた。
「プリンセス・ランタン」
名前らしきものを呼ばれ、私は思わず自分か確認のため、自身を指さした。彼女は頷いた。
「それを構えて、私の真似をしたまえ」
「何をどうしたって無駄だよ。見たでしょ? ここは私の森。私は名無しの森そのもの。倒すことはできない」
「君は知っているかな。そのプリンセス・ジュエルが誰からできているのか」
「誰、から?」
「答え合わせは決着の後で、だ──さあ!」
急かされて、反射的に、彼女と同じように構えた。手にしていた武器を振り上げる。そして、そのまま──下に向かって振り下ろす。目の前には何も無い。ただ、地面に響くだけ。だが魔法は不意に出てしまった。同時に光線が地面を抉り、光を放つ。床を──砕いて、その先にあった小さな空間に進む。
「……えっ?」
首を傾げたのは、プリンセス・フォレストもそうだった。これまでどの攻撃も通じなかったはずの彼女の胸に、風穴が空いている。
「そんな、あっけなく、この私が」
「プリンセス・フォレスト……いや。フォーロスト・シーの身体能力は最弱クラスだ。エーコの光線は耐えられないとも。だから幻影に任せ、己は隠れなければならなかったんだ」
「どうして……私が隠れてるって」
「大事なことを失念していたじゃないか、君は」
「私が……何を」
少女は自分自身を指した。
「私は以前、フォーロスト・シーを殺したことがある。クラムベリーの試験で、ね」
「……あはっ、あははははっ、そう、そっか、そんなこと、覚えてるなんて、ひどいヒト! あははははっ! あはは、あは、あはははは……全部……忘れちゃおうっと」
フォレストの幻影がぐにゃりと歪み、やがて人の形を保てなくなり、うねった末に消えてなくなった。絶命、したのだろうか。そのおかげか、不鮮明なものだらけだった頭の中がようやくまともに戻る。プフレ、シャドウゲール、遺跡、ああよかった、思い出せる。何を忘れたかもわからず動けなくなっていくあの感覚は、恐怖でしかない。
『あー、あー、聴こえるかい?』
「あ、はい」
『やっと通じた。しかし、人小路の鼻を折るなんて、さすがマモリだね』
「あれでいいんでしょうかね……あっ! リング!」
思い出した。ランタンは慌てて、灯火から精密に極細の光弾を放ち、いつの間にかしていたシャドウゲールの手のリングを撃ち抜き、破壊する。シャドウゲールも解放され、彼女は深いため息を吐いた。
「よ、よかった……お嬢のこと、殴り殺してしまったのかと」
「結果オーライだったね」
「……フォーロストって、もしかして……あの試験のですか」
「あぁ。そう言っただろう。私が殺した魔法少女候補生のひとりだったよ」
「……あの。お嬢」
「なんだい。これから君は儀式妨害装置で何人も救うんだ。ここで止まってる暇はないよ」
「そう……ですかね」
シャドウゲールが作業に戻る様子を、ランタンはずっと観察していた。今し方起きた魔法少女による襲撃を受ける前よりも、彼女は複雑な気分でいるらしい。その全部までは、数年の護ちゃん観察歴を誇る私でもわからなかった。