◇マスカット・マスケット
ふたりいたマスカレイドのうち、一方はシン・ソニックに任せた。彼女は早口であれが監査部門の殉職者であることと、先輩からその活躍を聞かされていたことをノンストップで述べた後、超高速の格闘戦に身を投じ、今も殴りあっている。彼女の得手は圧倒的なスピード。誰よりも速いという魔法を使い続け、敵魔法少女の繰り出す攻撃を捌き続けている。シン・ソニックの拳は確実に敵を抉っている。しかし、相手は己を完全な形に戻す魔法を使う。ダメージが蓄積するのはシン・ソニックだけで、しかし援護に回ろうにも、あの空間では銃弾でさえ遅すぎるだろう。アイの援護は通じるだろうが、マスカットでは介入できそうもない。
マスカットにできることは──目の前の彼女にケリをつけることだった。
「さあさあさあ! 止めてみせなさいよ! 姉なんでしょう!?」
目の前の魔法少女からばら撒かれる大量の果実。袖口から、スカートの裾から、いくらでも現れる数々の、全てが爆弾だ。癇癪を起こしたレモネードでもここまで後先考えずに爆弾まみれにはしなかっただろう。戦場の真ん中で、マスカットは冷静に武器を構える。誘爆のルートを予測し、術者自身へと繋がるよう、ひとつひとつ確実に撃ち抜いていく。引き金に力を込め、弾丸が爆弾と出会い、そして爽やかな香りとともに弾け飛ぶ。轟音が何度も響く。その中で、ひとつ撃ち抜くたびに、思い出す。
「……そーそー。レモネーは、私の双子のおねーちゃん。小さい頃からずっと一緒。双子だもん、ずーっと、一緒」
投げつけようと手元に出現したリンゴ型のヘタを確実に貫く。引き抜こうとしたピンがなくなったことに続いて本体が貫かれ、弾けるように消滅していく。攻め手を潰す。無差別での爆発でさえ、私と彼女の間だけで終わらせる。班員には手を出させない。
「一緒にいたのに、何もできなかったんだ。何も……何も!」
「っ、そういう割に、姉の魔法、読み切ってるじゃない!」
「そうだよ、妹だもん。双子だもん。貴方にも何もさせてあげない、じゃん」
スカートの裾をそもそも掴ませない。新たな果実を出現させようとする手には威嚇射撃で動きを読み、からの本体を即座に撃ち抜く。袖から転がり出るものは軌道も読みやすい、潰すこと自体は、ずっと隣で見てきたマスカットならできる。ならば後は。この引き金で、この弾丸で、終わらせるだけ。隙を作ることはできる。現に今、投げようとした爆弾を相殺した。衝撃で体勢が崩れている。額に照準を合わせれば、すぐ、だ。銃口を向ける。向けて、力を込めようとして、その檸檬色の髪に、ふわっと笑いかけてくれたあの子を重ねた。
「……あはっ、何、止まってるの!」
躊躇いのせいで、トドメは刺せなかった。反撃に檸檬が来る。咄嗟に撃ち抜くことはできず、マスカットは爆炎を受け入れる。幸い、苦し紛れの爆弾だ、大きな爆発じゃない。けれど檸檬は果汁が酸だ。浴びたマスカットの肌は、火傷も合わせて爛れていく。ヒリヒリと痛むのは、マスカットの罪の証明だ。姉を弄んだ者に、決着をつけることすらもできなかった。
「でも……」
マスカットには──どうしても、撃てそうになかった。フラッシュバックしてしまうのはあの子の無惨な姿。思い出すだけで呼吸が荒くなる。銃士ゆえに心を落ち着けることはできる、看守見習いとして訓練をした、はずなのに、やはりこびりついて離れない。照準が合わせられない。私は、私は──!
「震える必要はないでしょう」
ぴたり、と。目の前でレモネードの動きが止まった。そして、マスケットの持ち手に手が添えられる。この手と声は、キュー・ピット・アイだ。シン・ソニックの方は無事なのかと思考が逸れるが、すぐに戻す。狙う先は、胸元の宝石。あれがマスカレイドの力の本体だ。あれさえ砕けば、レモネードの姿をした少女の血を見ずには済む。だけどそれでも、レモネードから作られたものを壊すのは、彼女を壊すことに他ならないように思えていて。
それでもなお、やらなければならないことだと、手を添えたキュー・ピット・アイがぐっと手に握ってくる。わかっている。進むために、決着をつけると決めたのだ。
「……レモネー」
ごめんね、ありがとう、おやすみ、レモネードにかけられるならかけたい言葉が溢れ出して、どれも声にはできなかった。そのまま、そっと指を引く。贈る弾丸は正確に宝石を撃ち抜いた。宙を舞い、檸檬色は砕け散る。
「さようなら、私の
アイは立ち上がり、変身の解けたマスカレイドに躙り寄ると、そっと首を掻き切った。もう動くことはない。これで──レモネードは、どこにもいなくなった。それでもどうしようもなく、マスカットは吹っ切れられなかった。一番大きな欠片だけでも拾い上げて、コスチュームの中にしまい込んだ。
「……はっ! シンソニちゃん! 大丈夫!?」
慌てて振り向くと、そこはまさに決着の瞬間であった。上回ったのはシン・ソニックだ。傷だらけになりつつも、ほとんどダメージのないように見えるマスカレイドの、心の臓。中心を確かに、シン・ソニックの拳が貫いていた。
「ぐ……っ、美しい、この私が……」
「誰にも見えなくては美しくないそれが美しさだけを求めることの限界だけど私に限界はないどこまでも速くそれが私の美学で美徳で美しさだから結論はただひとつ速くあればいい」
シン・ソニックの傷は深刻で、そちらも瀕死の重傷。自慢の脚には大きな切り傷があり、立っているだけで負荷がかかって血が絶え間なく流れている。
「……なる、ほど。そうね……その美しさ、認めるわ」
マスカレイドはそう残すと、シン・ソニックに光を浴びせる。最後の攻撃かと思いきや、そうではない、らしい。輝きが彼女を包むと、傷が綺麗に消えていく。その治療が振り絞った最後の力だったらしい。彼女は力尽き、その場に倒れ伏した。シン・ソニックは彼女に手を合わせ、祈りを捧げると、こちらを振り返る。
「さすがは監査部門の伝説級魔法少女の力ねとてつもない強敵だったけどやっぱり美しさだけを求めては私のスピードにはついてこれなくなるからね私の美しさは速くあることそのものだからそれは」
「はいはい、お疲れ様ですわ」
「なにそれもっと話聞いてよほらさっきの啖呵とか敵にも認められるくらいカッコよかったでしょ」
「まあ……私が動きを止めても『静止画でも私は美しいの』だとかで無敵になった時はどうしようと思いましたけれども」
「そうそう! ひとりで倒しちゃうなんて、めちゃくちゃすごいよー! ありがとう!」
倒れているマスカレイドは、シン・ソニックの倒した彼女が『ハート』の『キング』。レモネードは『クラブ』の『クイーン』だった。ここまで来るとやはり上位の絵札たちが待ち構えている。他の皆の心配がありつつも、ここまでやってしまえば、あとはトーチカのところに一直線だ。シン・ソニックは見た目だけでなくしっかり回復しているらしく、多少なりとも消耗したマスカットに、特に求めていないが移動手段としてなら受け入れるアイを両脇に抱え、再び走り出す。
そして、最奥。行き止まりに、彼女はいた。
「……! おうじさまっ……!」
歓喜の表情を隠そうともせず、アイは真っ先に駆け寄っていき、抱き着いた。シン・ソニックも一番乗りは自分だと言わんばかりに続く。が、マスカットは少しだけ、立ち止まった。
トーチカを使って儀式をしているのなら、根幹となるトーチカは最重要魔法少女だ。マスカレイドの絵札がふたりいたとはいえ、ふたりだけ、なのだろうか。
その疑問の答え合わせはすぐにされる。
「……おうじ、さま?」
トーチカは何も言わなかった。何度も魔法を使っていたせいで、彼女もほとんど限界だったせいだろう、と思っていた。実際、そうなのかもしれない。だが、それだけなら、この状況は有り得ない。マスカットの目の前で、トーチカは包丁を持ち、確かに己の意思で、アイの腹を刺していたのだから。
「え──」
「誰だ、
姿を現すのは新たなるマスカレイド。いや、雰囲気からして別格、どころか別物だ。高貴な立ち振る舞いに、その手で弄んでいる尖剣。そして頬に刻まれたダイヤのマークと、『A』の文字。
真っ先に危険を嗅ぎとったシン・ソニックが動く。彼女に向けての攻撃を繰り出そうとし、速度に対応され、反撃の突きそのものは躱しても、その余波、さらに当身を食らって吹き飛ばされていく。彼女が壁に激突し、土煙があがる中、ふらつきながらマスカットのところまで後退りしてきたアイを受け止める。包丁の傷は深い、動かさない方がいい。
「そ、そんな、おうじさま、なぜ……」
「……王子様? ここにいるのは……プキン将軍閣下だけだよ」
プキン。聞き覚えはある。宿舎で、だろうか。かつて封印刑に処されていた囚人で、護送の際に事故で死亡したとされる魔法少女。そして中世のおとぎ話の中では、極悪非道にして、実力は最高峰。それがマスカレイドに使われ、そして恐らく、その強烈な自我ゆえに、ダイヤのエースを乗っ取っている。さしずめプリンセス・プキンと言うべきか。
「おうじ、さま……」
「……アイちゃんは、動かないで」
全快だったはずのシン・ソニックも戻ってこない。アイは大怪我で、何よりトーチカにやられたせいで放心状態。トーチカ自身は、恐らくあいつに操られている。マスカットは銃を構える、しかない。