◇フレイム・フレイミィ
戦いは熾烈を極めた。グィネフィリアを始めとした同門を含む、腕利きの雇われ魔法少女。過去の強力な魔法少女を模した、プリンセス・マスカレイド。どちらも強敵だった。だが、その殆どはフレイミィへの対抗手段を持っていなかった。炎の中を行くフレイミィに攻撃を浴びせられる者はおらず、渦巻く炎の中で平然と立っていられる者もいない、まさに独壇場。ここに炎をものともせずに飛び回るパナースの操る双龍に、炎から逃れた者を即座に制圧してみせるフィルルゥの存在が合わさっている。本来ならばもっと苦戦するだろう何人もの魔法少女たちが炎の中に沈み、パナースの龍に救出され、フィルルゥに縛られ運ばれていった。戦果は上々。有象無象を相手に、フレイミィたちが負ける理由はない。
「人事部門長さんから、遺跡内部に突入成功だと連絡が来てます」
フィルルゥ曰く、突入組は無事に遺跡まで辿り着いたらしい。現状、深刻な被害は報告されていない。電光石火で攻め入ったお陰か、敵の虚をかなり突いているのだろう。
残存勢力が遺跡の中へと入っていかないように暴れ回っているのはチェルナー・マウスの仕事だ。彼女は海賊船と激しい取っ組み合いの末、さらに巨大系の飛行機の魔法少女が現れ、怪獣映画のようなバトルを繰り広げている。さらにその向こうでは、魔王らしき魔法の使い手と、公爵夫人がその怪獣映画に負けないスケールで戦いを繰り広げており、誰も近寄れないでいる。
トットポップとミルキーウェイは、機器が破壊されたことで放送は聞こえなくなっているが、攻めきれないことに業を煮やした相手がこちらに流れ、炎でダウンする、なんてケースがあった。恐らくは無事に戦果をあげている、そのはずだ。
「囮役もそろそろ惹き付ける相手が減ってきたな。我々も動くべきか?」
「そうですね……戦力の薄いところで言えば、ずっと後方ですが、ゲートの方ですとか」
フィルルゥの言葉で思い出す。そういえば──退路を確保するために動いている、先に潜入していた魔法少女たちがいる。あちらは無事だろうか。
「……私が、必要か……?」
「フレイミィさんですか? えっと……あの、ゲートの方はさすがに火の海にしたらまずいのでは?」
「確かにな。フレイミィは行かない方がいいんじゃないか」
それは……一理あるかもしれない。とはいえ、フィルルゥかパナースなら大きな力になれるだろう。そちら側に向かってもらうことに異論はない。そういえばあのチームには人形遣いがいたはずだ、フィルルゥなら近い魔法同士でコンビネーションが組めるだろうか。何気なく考えて、瓦礫の上をふらりと歩き、丁度そこに、いきなり人影が降ってきた。フレイミィは咄嗟の回避も間に合わないと判断し、炎を引っ込める。受け止めた相手はプク派魔法少女であるらしかった。ダウンしていて明らかに殴られた跡がある。顔を上げると、いくつもの影が通る。
「悪いわね、どいて、急いでるの!!」
魔法少女たちの大所帯だ。10人前後はいる。それを見たパナースとフィルルゥはそれぞれ声をあげた。
「あれは……屋台常連の!」
「今の、リップルさん……?」
「しかし、青い魔法少女、あれは確か襲撃事件の……?」
言われてみれば、中には見覚えのある忍者がいた。リップルといえば、フレイミィが一度脱獄した時の事件で、最終的にはスノーホワイトと協力していた魔法少女、のはずだ。つまり味方、だろうか。
「……こちらはこちらで……」
「だな」
フィルルゥとパナースは顔を合わせた。フレイミィは後は任せたと言われ、ふたりに揃って置いていかれそうになり、慌てて引き止める代わりに炎で止めざるを得なかった。
「……待て……置いていくのか……私を……」
◇リップル
どこもかしこも破壊痕だらけ、瓦礫だらけ。中には死体も転がっている。魔法少女の大規模な抗争だ、当然そうなってしまう。こんな凄惨な現場に、またスノーホワイトは舞い戻ってしまっている。そう思うと、それを今日まで知らなかった自分に腹が立つ。戦場の地面を蹴る脚に力を込めながら、先を急ぐ。中庭まではそれなりに近い、魔法少女の走力ならすぐだ。問題は、それを妨げる魔法少女が多数いること。立ちはだかろうとする者を、前を行くメルンとソイエ、そのやや後方のさららがすぐさま退かして、立ちはだかられたとしても歩みは止めずにいた。
「……ね、ねえ、大丈夫……?」
「……大丈夫な、わけ……」
後ろを走っていたたまが声をかけてくる。リップルは思い詰めた顔をしているのだろう。誰だってそうなるじゃないか。そんな意味を込めて返し、たまはだよね、と作り笑いをしていた。遺跡の周辺はまた戦闘も激しく行われているらしく、巨大と大規模がいくつもあって、爆発音がひたすら聞こえてくる。そんな中、中庭に近づくと、さららが何かに気づいて歩みを止めさせた。そのまま、ソイエに耳打ちをする。ソイエは少しの間考え込んだ後、顔を上げた。
「……いや。我々は遺跡の中に直行する。ジュエリーゼリーなら、何食わぬ顔で帰ってくるだろうさ。遺跡の内部には、さらなる相手がいる」
ソイエの言葉に、さららは言葉を飲み込んだ。代わりにその綺麗な水色の髪を指で少し弄っていた。何かの魔法を使ったらしい。彼女らの用事はそれで終わり、あとは中庭、口を開けた入口に飛び込むだけだ。
「……ルールー?」
「ん? あぁ、いや、なんでも」
端末を眺めてぼうっとしていたルールーには、話しかけると我に返った。リップルが真っ先に駆け出したら、それに皆が続き、奥へ、奥へと進んでいく。
「これは……」
「こっち」
意外にも案内役になったのはルールーだった。最初こそ先導していたのはリップルだったが、自然と彼女が前に出てきて、別れ道やぐるぐると回る道を超えていく。植物まみれの内部は入り組んでいる。まさに遺跡、という雰囲気で、戦場とは打って変わって、静かで、誰の気配もない。
「別れ道だね」
「ルールーさん、次は……?」
さららも髪を伸ばして知覚はしようとしているが、この先に何があるかは、ここまで誘導をしてきたルールーしか知らないだろう。三又の道を前に、ルールーは深く息を吸って、吐いた。
「覚悟は、してる?」
「……」
なんのことかと聞き返すまでもなく、リップルは視線だけで答えた。続いてたまに目が向いて、彼女は周囲をきょろきょろ見回した後、ぐっと両手に力を込めてから、頷いた。
「いいの? 正解の道で。突きつけられる用意はある?」
続くメルンにも、返したのは肯定だ。
「あ……繋がりました。こちら側にいる人事部門長さんから……ええと、横の道には学生の救出班が、真ん中の道には……スノーホワイトさんがいる、みたいです」
「……そう。こっちが聖詠の広間に繋がってる。最悪の奴もいる」
リップルが行くべき道は決まっている。たまもそうだ。それ以外に選択肢はない。そんなことはわかりきっていたのか、ルールーはだよね、とだけこぼして、後はついてきてくれた魔法少女たちに言葉を向けた。
「あんた達は学生を助けてあげて。こっちは、生きて帰れる保証もないし、スノーホワイトのことは手出しされたくなさそうだし。その方がいいよ」
「……なるほど。いいわ、そうしましょう」
メルンは頷き、ソイエが続いて受け入れ、さららもそうすることとした。スノーホワイトの所へは、リップルたちだけが進む。
「ありがとう」
「いいって。こうしたかったんでしょ、最初から。師匠も」
ルールーの言葉には、リップルではわからない意味があるのだろう。覚悟は最初からしている。それしかないのなら、誰かの命を天秤にかけてでも──。
そうして、選んだのは正面の道。景色はずっと変わらない。だが奥から、少しだけ何か……歌? 音楽のようなものが聴こえるのと、それよりも大きく、話し声がする。なんとなく覚えはあるが、リップルとはそう深い関わりのあるものではないだろう。一方のたまは犬の耳をぴこんと立てて、鼻をしきりに動かしていた。彼女は正体を掴んだらしい。が、それがスノーホワイトでないなら、なんだって構わなかった。
そして──ついに、追いつく。暗い遺跡の中、赤い衣装、白いベール、どちらも記憶の中の彼女とは違っていて、それでもその姿は彼女に違いなかった。
「……スノーホワイト」
「リップル。久しぶり」
懐かしい顔だ。その顔を見た時、確信した。間違いない、スノーホワイトだ。とにかく駆け寄って、抱き着こうとして、踏みとどまる。いや、スノーホワイトであると本能までも認めている、それなのに、その先が踏み出せない。
「スノーホワイト……何を、されたの?」
「……何の事?」
「……だって、そのコスチュームも、何から何まで……まるで、別の魔法少女みたいに」
「私は……強さを貰った。それだけ」
微笑みが消えたその時、リップルからも安堵が消え去った。あれはスノーホワイトの顔ではなく、『魔法少女狩り』の顔だ。冷徹に、冷酷に、己を押し殺している。その手には刃が握られていて、可愛らしかったあのヘアバンドの上には、
「リップルこそ、どうしてここにいるの? それに……たまちゃんも連れて」
「それは……スノーホワイトを探して!」
「これから全てに決着をつけるの。邪魔、しないで」
──リップルは、刃を抜いた。
「待ってリップル、それじゃあ」
「いや。あれはスノーホワイトだけど、スノーホワイトじゃない」
「……行かせられない。それは、小雪の意思じゃない」
「──姫河小雪は、もういない」
「……ッ、そんなの……!」
『待つぽん! スノーホワイトは、今は現身としてできることをしてるんだぽん!』
割り込んできた電子音声、ファルが叫んで説明しようとしているが、もはやリップルには聞く耳はない。構えた刃の切っ先に、わずかに光が映る。ルールーが手にした宝石の放つ光だった。
「強制励起──私がサポートするから、なんとか抑えて」
「で、でも」
「あの子、本気でかからないと話し合いもできないよ」
たまはルールーの警告で始めて構えた。あれはどうにかしなきゃいけない。スノーホワイトを助けなければ。使命感がリップルの中を満たしていた。