◇アルメール
入学式の日から、早いものでもう1週間。中学校の授業にも慣れ始め、勉強も習慣づけられてきた。そしてやってくる、魔法少女学級として最初の行事。それは『宿泊研修』だ。貸し切った施設で二泊三日の合宿を行う、というものだ。まずは、同じ学び舎になった者同士、親睦を深めるために用意されているものだそうだ。アルメールとしては、あの班員たちと二泊三日も過ごすと、廃人になれる気がする。念の為胃薬は買ってきて、リュックの中に忍ばせてあった。
今日は教室ではなく、バスの前に集合。運転手も魔法少女らしく、特にその辺の思慮はいらないようだ。点呼の後、荷物を車両の収納スペースに預け、やたら多い荷物を持って現れたベクトリアやプラリーヌのせいで出発がやや遅れたりしつつ、他の生徒ともども並んでバスに乗り込んでいく。席順は成り行きで決まり、なんとなく班で固まろうとしたがなんだかぐちゃぐちゃになり、いつの間にか隣にはプリンセス・ライトニングが座っていた。窓側の席から外を眺めながら、彼女はつぶやく。
「これがバス移動なのね。初めて乗ったわ」
浮世離れした容姿だが本当に浮世離れしているらしい。ただこんなのが日頃から公共交通機関にいたら、彼女が普段使う便だけ混雑する事態になりかねないため、それで合っているのかも。
「本当! こんな景色でしたのね!」
後ろの席から同意してくる青髪のお嬢様は玲透館思案。そしてその隣から、まくし立てる早口が追加される。シン・ソニックだったか。
「まったくなぜこのような魔法少女より遅い乗り物に乗らなければならないのか理解に苦しみますね移動時間を節約さえすればその時間を授業でも何にでもあてられるでしょうに魔法少女学級であることを理解しているのでしょうか」
そんなことをアルメールやライトニングに言われてもしょうがない。にしても普段から本当にこんなに早口らしい。ひとしきり言い終えてから深く息を吸い込むのを聞き、苦笑いで流して、出発の時間を待った。
「なあ我らが班長、しりとりでもせえへん? 魔法の端末のお絵描き機能使って」
通路を挟んで向こう側、アーデルハイトからのお誘いだ。そのさらに奥ではジュエリーゼリーがなぜかサムズアップ。確かに移動中の時間は暇かもしれないが、せっかく隣がライトニングで比較的落ち着けるのだから、この後の授業に備えるためにも寝たかった。が、やはり現実はそうはいかない。逆側からの声に驚かされる。
「いいわね、やりましょうか」
「え。あんたもかいな。まあええけど」
「人数は多いほどいい。あまりにも多ければお絵描き伝言ゲームに変更も可」
「じゃあ他の人も誘いましょうか?」
後ろを向く。思案はこちらを見ていない。目が合っているようで合っていない、前の席で話しているディティック・ベルとラピス・ラズリーヌを見ている。話しかけていいのか微妙だ。さらに隣のシン・ソニックも、目を閉じて腕を組みやたら速いリズムで貧乏ゆすりを繰り返していた。こっちも話しかけにくい。
「……あ、あの」
「やりますけど」
「え」
「挑戦状ですよねどうせ絵が下手だと思われているんでしょうそんな安直な予想におさまるわけないじゃないですか見せてあげますよ私の絵心いいですか監査部門には似顔絵を書く担当の人がいて犯人の似顔絵を書いているんですそれが監査部門です私は監査部門所属ですからそのくらい」
「……似顔絵とは関係なくないですか?」
とにかくやる気があるのはわかった。思案の方はというと、ライトニングにつつかれてようやくアルメールが振り返っているのに気がついたらしく、恍惚混じりから、ぱっと明るいいつもの表情になった。
「あらっ、どうされましたの? 私になにか?」
「いやその、移動中の暇つぶしで、みんなやらないかって」
「あら。でも大丈夫ですわ、私の目の前には最高級のエンタメ、即ちラズリーヌ様のお姿が映っているのですから!」
よくわからないがやる気はないということか、と思いきや、向こう側でジュエリーゼリーがなにか手招き。アーデルハイトに耳打ちし、それから話がラズリーヌのところへ。「面白そうっす」の声がして、さらにそこからこっちに話が戻ってくる。
「えっと……ラズリーヌ先生も参加みたいです」
「私もやります。ええ、元々お絵描きゲームは大の得意でございますもの。実力、見せてさしあげますわ!」
思案は勢いよく引っかかった。いや、ラズリーヌの参加自体は本当かも、あのラズリーヌ先生だし。それはそれとして、今の食いつきはすごかった。これが本物の魚と釣竿だったらさぞ気持ちよく釣り上げたことだろう。
「わぁい楽しそう! レモ姉もトーチカくんもやろー!」
「……うん……がんばる……」
「ぼ、僕も?」
「これもまた舞台芸術。さあ! 存分に描き、作り出そう! お絵描きでもボクが主役だ!」
前から後ろへ、さらに次々とクラスメイトたちに伝染。最後に残ったのは、序盤に後方の座席を陣取ったプラリーヌとランユウィだった。プラリーヌはわざと答えを保留し、ランユウィが自ら言い出すのを待つ。当のランユウィは遠くからずっと奥、ラズリーヌを見ようとしている。思案と同じようで、その視線の色が違う。あれは憧れではあっても、もっと貪欲な何かだ。
「……あたしも、やるっす」
「はーい、じゃあ自分も〜。興味出てきちゃった〜」
プラリーヌが乗ったことで、車内の少女(と少年)たちはみんな魔法の端末に目を向ける。パーティーゲームの経験が比較的多いらしいジュエリーゼリーとプラリーヌが中心になってサーバーが立てられ、次々とログインしていく。参加者は13名。生徒全員と、ラズリーヌだ。ツインウォーズとディティック・ベルはさすがに準備があるのか別件で端末をいじったり、どこかに電話をしていたり、忙しそうだ。力になれるとすれば迷惑にならないこと。生徒は生徒で、移動時間を楽しむ。それが一番だ。
ゲーム画面が起動、タイトルと簡単なルール説明が書かれている。初めてらしい者はそれらを熟読、高らかに読み上げようとしたベクトリアは隣のマスカットに「そこはただのルール説明だよ〜」と宥められ、やがて皆が準備完了のボタンを押した。このお絵描き伝言ゲームは『出されたお題に沿って絵を描き、次の人はそのお題がなんであったかを推測し、次の人に伝える』のを繰り返していく。流行っていた時期に動画で見たことがあるが、やるのは初めてだ。
まずはお題を集めるところから始まる。こういうのはそれなりにめちゃくちゃになるが、難しすぎないものがいい。いいのだが、急に言われても難しい。皆が知っているものに表現しにくい要素を追加してみるといいかもしれない。皆が見ていそうなもの……そうだ、現役のキューティーヒーラーがいるわけだし、放映中のキューティーヒーラーのマスコットキャラにしよう。『ショコラに宿題を押し付けられるカッカオ』……うん、いい感じ。それなりに、次の人が困ってくれるのでは。
やがて次の画面に切り替わる。今度はアルメールが描く側だ。お題は──『レモンの入れもん』、ダジャレだ。単純にレモン型の容器を描けばいい。すいすいと指を走らせ、枠の中を黄色で塗りつぶし、次に送った。
時間が来ると今度はお題当てだ。来た絵は……なんだろう、これは。動物……? 足が、七本ある。七本? 奇数? 顔も、犬か猫かタヌキか熊か判別がつかない。とにかく動物がメインで書かれている。辛うじて耳の形から犬、恐らくは小型犬。ついでに顔の横に着いた謎のエフェクトが汗かなにかであると判断し、『走り疲れたチワワ』としてなんとか次に回す。
「なるほど……どうすればいいんだそれ」
「はぁ!? なんやそれ!?」
「そんなお題になることある?」
このゲームの醍醐味はこのノンストップ加減だ。誰が何を言おうと、どれだけかけ離れようと無茶振りが止まらない。そしてアルメールのところに届いたのも無茶振りだ。『なんかめっちゃぐにゃぐにゃぐにゃ! ってしてる外国の美術的なやつ』……抽象的すぎる。なんのことだ。外国の美術なんて無限にある。ぐにゃぐにゃ、抽象、まさかキュビズムか。答えがそうだったとして、恐らくはこの時間でゲルニカを描けということだろう。最大限まで簡略化し、よく目立つ牛や人をメインに配置、残りはぐにゃぐにゃで済ませた。さあ、次が来る。
「ぶっ!?」
吹き出したのは次に回ってきたのが高クオリティの絵だったからだ。この短時間に指で描いたとは思えない可愛らしい少女。この帽子に髪飾り、確かこれはディティック・ベル先生の魔法少女姿だ。授業の時に見たことがある。
ただし問題として、その衣服はほぼ紐だった。水着のていを成していない紐だけを着用し恥ずかしがる先生が描かれている。しかも、しっかり肋骨の影まで。まさかクラスメイトとのお絵描きゲームでエッチな絵を見せられるとは思わず、周囲を見回した。プラリーヌと目が合った。彼女は親指を立てた。なるほど、犯人か。素直に『マイクロビキニのディティック・ベル』と書いて次に送り、それからそして──。
「さて。結果発表〜」
お絵描きとお題当てが一周して終わり、ジュエリーゼリーが彼女にしては大きめの声で、バス全体に告げた。彼女の合図で、画面をタップ。結果を見る画面に移る。結果はどれも惨憺たるものだった。
序盤に来たあの犬だかなんだか判別のつかない生き物はプリンセス・ライトニング作『ピ〇チュウ』だった。
アルメールが必死になって回したゲルニカはそこまでは正解だったが、次のランユウィがゲルニカの名を出せずに牛の説明をしすぎて次からはひたすら牛の絵が描かれていった。
唯一、ディティック・ベルはほぼ崩壊せず、最後まで行ったらしい。エロを仕込んだプラリーヌの他にも、お絵描き担当に当たったジュエリーゼリーや思案がいい感じにデフォルメ絵で繋げ、途中でベクトリアが余計な口上を入れまくり、ラズリーヌがさらにヒントを抽象化したことで、結果終着では『舞台上でほぼ裸にマントを背負って堂々とするディティック・ベル』をレモネードがしっかり書き上げ、無事本人には見せられない感じになった。
どのお題でも誰かが爆笑、または赤面し、時間は過ぎていく。ラズリーヌを巻き込んだまま、その先もまた別のパーティーゲームが提案され、移動中、アルメールも余計に頭を使い続けていった。隣に座る我儘なプリンセスも、退屈の顔をすることなく、バス車内は皆和気あいあいとした雰囲気にあったのである。