魔法少女育成計画Blue/Shift   作:皇緋那

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幕切──幸せをさがして

 ◇アークプリンセス・スノーホワイト

 

 ──時を少し遡る。

 

 無事仲間に復帰したラピス・ラズリーヌは、心の声も彼女らしい、というよりディティック・ベルへのラブコールでいっぱいになっていた。もうすっかり元に戻ったらしい。そのディティック・ベルは体力を使い果たしてヘロヘロな様子だったが、今は気力を振り絞ってランユウィの手当をしている。懐に包帯を忍ばせておいてよかった、と自分もダメージは深いだろうに笑っていた。ラズリーヌがあたしの仕事っすよと言っても譲らず、そんなところにもまたラブコールが深まっていた。

 あの別離からこうも微笑ましく着地してくれて、スノーホワイト自身も嬉しくなる。

 

「そういえば、っすけど。ベルっちってばぁ、あたしに会うためにたっくさんの魔法少女集めてくれたんすよね? いやぁ、照れちゃうなあ」

「スノーホワイトの目の前でキスしておいて今さら照れることなんてないと思うけど」

 

 それはそうかもしれない。結局何回キスしていたのだろう。無理やりにでもキャンディを食べさせるのが目的だったはずなのに。ついでに言えば、あの時は気まずくて目を逸らそうと思ったはずなのに、なんだか気になって一部始終はしっかり見てしまった。状況が状況だけにそれで済んだものの、そうでなければどこまで続けていたことやら。

 

「……よし。これで……ごめんね、もう少しここで休んでいて」

 

 ランユウィは壁に寄りかからせて、先を急ごうとする。けれど、ラズリーヌは歩き出すより先に構えている。ほぼ同時に、スノーホワイトの魔法が声を伝えてくる。現れるのは──この先に待っていると言われていた相手。ラズリーヌがディティック・ベルを庇って身構え、スノーホワイトもまた袋の中から刃を抜き放つ。そうして迎えたのは、柔和な笑みに、敵意の感じられない魔法少女だった。

 

「戻ってこないと思ったら。なるほど、そういうことですか、ラピス・ラズリーヌ」

 

 オールド・ブルーだ。現身に次ぐ脅威であり、研究部門系の動きは彼女の手引き。最大に警戒すべき()。しかし、仕掛けてくる気配はない。

 

「ラズリーヌなのは師匠もじゃないっすか。わざわざなんすか」

「ふふ、いえ。その子の頑張りでしょうか」

 

 警戒するラズリーヌに対して、ランユウィを一瞥するオールド・ブルー。ボロボロの彼女に、かけた意識はそれだけだった。すぐに振り返り、こちらを先導するような姿勢をとってくる。

 

「どうぞ、こちら聖詠の間へ。プク様はあなた方を歓迎します」

 

 ラズリーヌの記憶が戻ったことは、彼女にとってはどちらでも構わないことだったのだろうか。それとも、プク・プックの魔法を最も近くで浴び続けているがゆえか。歩いているうちに答えは出ず、先程同様の広場に出る。聖詠の間という名らしく、きっちりと整備されている。それも、大理石の舞台が用意され、そこに数多の飾りでデコレーションが施され、ついでにラジカセが置かれ、音楽が流れているくらいには。その音楽に何か仕掛けられているかとも考えたが、違う。音楽そのものには何もない。ただ、それに合わせて舞台の上で踊る、プク・プック自身の存在こそが本命の仕掛けだった。

 

「どうぞ、こちらへ」

 

 観客席のように配置されたソファに、オールド・ブルーが座るように勧めてくる。やはり敵意や裏は読み取れない。純粋に、客人をもてなそうとしているようにしか聞こえない。怪しみながら、ディティック・ベルはソファを軽く調べ、ラズリーヌもディティック・ベルの代わりに先に座って異常がないことを確認し、ついに皆がソファに並ぶ。前を見れば、舞台と、その向こうに広がる樹のような物体が目に入る。

 プク・プックは決められた振りのない、思いつくがままの踊りと、意味のない歌詞による歌を響かせ続けていた。ふいに音楽が間奏に入ると、こちらに気がついて、ぴょんと跳んで舞台を降りてくる。手にしたままの刃を握る手に力が籠る。

 

「はじめまして、スノーお姉ちゃん」

「……初めまして」

 

 相手もまた現身。この体になってから初めて出会う同格の存在だ。そしてその魔法は聞いている。誰とでも仲良くなれる、そのように印象を塗り替える、それが固有の魔法だ。レーテから嫌というほど聞かされた。よって、この聖詠の間に着いてからずっと、聞こえてくる声を遮断しようとする。プク・プックから否が応でも響いてくる心の声は都合のいいものばかりで、聞いていられない。

 

「スノーお姉ちゃんとは仲良くしたいんだ。グリムハートちゃんみたいに」

「……」

「スノーお姉ちゃんならわかってくれると思うの」

 

 わざわざ、スノーホワイトの隣の空きに、プク・プックは座ってくる。そうして、大袈裟な身振り手振りを交えながら、自らの希望を語り出す。そんなものを聞いている暇はなかった。すぐにでも刃を抜き放つべきか。だが、彼女らにはまだどこにも敵意がない。そもそも、敵として見られてもいない。

 

「プクはね、魔法の国を救いたいんだ。みんなが幸せになるために、この遺跡を使う」

「この遺跡が起動し、プク様が儀式を完遂させれば、魔法の国は在り方を変えるでしょう」

「魔法の国を……」

 

 この遺跡は三賢人システムを運用するために動いている。その現身に欠員が出れば、その魂はこの遺跡に戻り、新たな果実、その中の種として宿り、結実し、そして実が落ちた時、弾けて新たな現身に魂が宿る。本来は、そういう挙動をするはずだ。それを強制的に起動させて、何が起こり、何が救えるというのか。皆のためという聞こえは良くたって、そのために誰かが踏みにじられるなら、そんなことあっていいはずがない。

 

『大丈夫。私たちならできる。全ての魔法少女を、ひとつにすることだって』

 

 そう囁きが聞こえ、プク・プックの顔を見た。本当に、ここまで阻止するために来て、協力すると思われているのか。隣のディティック・ベルもラピス・ラズリーヌも、プク・プック当人を目の前にして、相手が最大の敵であるということが抜け落ちているようにしか見えない。オールド・ブルーには警戒していても、プク・プックには好意的な反応しか向けられていない。だというのに──。思考を回し、眉を顰め、顔を背ける。が、ふいにプク・プックの顔が視界に飛び込み、埋めつくした。その顔がぐいっち近づけられ、その瞬間、視線が重なった。

 

「ねえ、スノーお姉ちゃん」

「……」

「聴こえたんだ。プクの声。そうだよね。スノーお姉ちゃんはグリムハートちゃんじゃない。それに──もう、()()()()()()()

 

 突如として放り込まれた言葉に、息を呑んだ。現身として宿ろうとした魂を、自分は拒絶した。その代償だ。先の現身であるグリムハートの魔法は、不完全になっている。もう既に、スノーホワイトの中にはオスクは残っていない。

 だからこそ、プク・プックの心の声に耳を塞ぐことはできなかった。

 

『早く遺跡を起動しなきゃ。儀式を終わらせて、みんなを幸せにしてあげなきゃ。幸せ。そう──プクと、新しい魔法少女の世界のために、宝石にしてあげなきゃ』

「──ッ」

 

 オールド・ブルーの心の声も、同じだった。全くの善意だ。プリンセス・ジュエルによる魔法少女の保存。そしてマスカレイドにより、必要ならば出力を行う、という。そもそもマスカレイドは複製が可能であり、そんな彼女だけをこの遺跡によって繰り返す存在に変えてしまえば、全ての魔法少女がジュエルとして生き続けられる、と。マスカレイドだけを残し、マスカレイドだけが生まれ変わり続けるのなら、なるほど今の『賢人転生のための魔法の力の不足』は解決されるだろう。

 あれは本来一人用で、三人が転生を繰り返せば、エネルギーが枯渇する。だがそれがひとつになるのなら、枯渇の問題は解消される。されたとして。

 

「そんなの……誰も幸せじゃない」

 

 オスクではなく、スノーホワイト自身の言葉だった。プク・プックはくすりと笑った。

 

「残念。じゃあ」

 

 ──来るか。武器を構え、臨戦態勢に入る。しかし彼女は攻撃どころか、立ち上がって遠ざかっていくと、ラジカセのスイッチをつけた。そうしてまた、リズムに乗せて歌い始めた。今度は魔法の国の圧縮された言語だ。つまりそれは詠唱。これは、魔法の儀式に他ならない。止めようと飛び出しかけて、スノーホワイトを引き止める者がいる。今度はオールド・ブルーだった。

 

「遺跡は間もなく起動するでしょう。最後の仕上げに必要なのは──『仮面師』と『憎悪の結晶』、このふたつはジュエル化と、マスカレイドに必要なものです。そして『現身の大事なもの』は、遺跡の最終起動に必要な刺激でしょう」

「現身の、大事なもの……?」

「本来ならばこの術式は三賢人の誰かが死していなければ起動していませんから。誤認させるために必要なんですよ。生贄が」

「……! そんな、まさか」

 

 そうこうしている間に、プク・プックの歌に呼応して、遺跡全体がゆっくりと蠢動を始める。絡み合った植物が、そして後からつけられたような道や舞台はそれ以上に軋み始める。

 

「起動の最後の鍵は、おあつらえ向きにご用意いたしました」

 

 生贄は、プク・プックが捧げるのではない。『()()()大事なもの』だというのなら、それはスノーホワイトのことでも成り立ってしまう。そのうえで、オールド・ブルーが用意できるものと言えば。

 

「まさか──」

 

 リップル。たま。共に生き残ることができた、大事な友達。

 それだけ、ただそれだけは駄目だった。現身となってから、オスク派のことには巻き込まないようにしてきたはずだったのに。思わず飛び出そうとして、プク・プックがこちらを指し、同時に術式の樹が蠢き、こちらに枝を伸ばしてくる。完全に不意を突かれ、避けきれずに手の甲に傷を貰う。そのわずかな傷のせいで、脳裏に響いてくる。

 

『プク・プックの方法なら魔法の国を救えるかもしれない』

「……うるさい」

『そのために差し出すのなら、安いものでしょう』

「っ、うるさい!!!」

 

 これは自分自身の心の声だ。この肉体にこびりついた、オスクの残滓の声でもあるのだろう。振り切って、来た道を駆ける。プク・プックもオールド・ブルーも追ってはこない。だが、心の声は拾いあげた。こんな遺跡の奥へと近づいてくる、しかも想像していた最悪の、今だけは会いたくない、己を呼ぶその声。それが近づいてくるのは明らかにわかっていた。ランユウィが寝かされている横を通り過ぎ、その先で、ついに出会ってしまう。

 

「……スノーホワイト」

「リップル。久しぶり」

 

 いつかまた会いにいけると信じてここまで来たのに。今だけは会いたくなかったのに。そこにいたのは、確かに大事な友達だ。

 だからこそ短く。この先へと進んでほしくないがために、息を整えながら、突き放したつもりだった。

 

「スノーホワイト……何を、されたの?」

「……何の事?」

「……だって、そのコスチュームも、何から何まで……まるで、別の魔法少女みたいに」

「私は……強さを貰った。それだけ」

 

 この体になったことは、後悔だけはしていない。小雪に戻れないのは辛くても、ナイトが、朱里と颯太が取り戻してくれた体だ。己の首筋に残してある傷を撫でる。

 

「リップルこそ、どうしてここにいるの? それに……たまちゃんも連れて」

「それは……スノーホワイトを探して!」

「これから全てに決着をつけるの。邪魔、しないで」

 

 ──リップルは、刃を抜いた。

 

「待ってリップル、それじゃあ」

「いや。あれはスノーホワイトだけど、スノーホワイトじゃない」

「……行かせられない。それは、小雪の意思じゃない」

「──姫河小雪は、もういない」

「……ッ、そんなの……!」

『待つぽん! スノーホワイトは、今は現身としてできることをしてるんだぽん!』

 

 だから引き返してくれ、と彼が伝えるよりも先に、リップルとたまの傍らにいた、覚えのない青い魔法少女が宝石を構えていた。あれは──心の声を探る。その正体はプリンセス・ジュエル。他の魔法少女を加工し、魔法を封じ込めた代物だ。あのジュエルに篭っているのは、『他人の気持ちを揺り動かす』魔法。揺さぶられたリップルは止まってくれないだろう。たまも、今は口を開いていないが、その目はスノーホワイトに対する同情と、善意からの使命感のものだ。あれでは通じない。

 

 スノーホワイトは、今度こそ刃を構え、呟いた。

 

「……ごめんなさい」

 

 それを知ってか知らずか、リップル、たま、両名が同時に動く。リップルは忍者の魔法少女にして、必中の魔法の持ち主。たまは修行を積み、犬の嗅覚に必殺の魔法を合わせてくる。加減など、できそうにない。ならば、もう。

 

「『手を挙げて、動かないで』」

 

 咄嗟の命令に、逆らえなかった魔法少女たちは手を挙げた。投擲も爪も、もはや自分を守るものにはならない。硬直したまま、信じられないものを見る目で、彼女らは振り下ろす(ルーラ)を見ていた。すっ、と、刃先が通り抜ける。手応えは無い。この体では、魔法少女の肉体さえ、当たり前のように切れてしまう。現実味のない一瞬の後、それぞれ胴体に浴びせられた斬撃の跡が赤く染まり、そして溢れ出す液体によって乱れた。

 

「え──っ?」

「そん、な、なんで──」

 

 倒れ伏すふたり。青い魔法少女が、宝石を持ち替え、治療のために飛び込んだ。その光景を狙い通りだと思う自分に、心を殺しきれず、スノーホワイトは深く息を吐く。その中に少しだけ、嗚咽が混じった。

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