◇マスカット・マスケット
銃口を突きつける。引金に力をこめる。何度も繰り返してきたはずの行為だ。マスカットの葡萄の弾丸はプキンを狙い、しかし彼女はことごとくそれを、当たり前のように回避した。悠々と、ただ歩み寄ってくる。対するマスカットは必死に、包丁が突き刺さったままのアイを庇いながら、銃撃で応戦するしかない。銃口から飛び出した弾丸が弾け、葡萄の弾幕となって敵を包囲する。だが、プキンは優雅に尖剣を構えると、そのひとつひとつを切っ先に串刺しにしてしまい、まるでフルーツバイキングのよう。葡萄でいっぱいになった剣を振り突き刺さった実は地面に転がして、その動作の最中を狙って撃っても、やはり当たらない。
「それだけか」
吐き捨てた言葉に背筋が凍る。あの様子では多少弾速を上げても意味がない。弾丸を大きくするのは以ての外。もはや付き合っている必要もないと断じられている。苦し紛れに放とうとした弾丸は、飛び出すその瞬間切っ先に射抜かれており、まともに撃つことすら許されない。ここまで助けに来たのに、もうマスカットでは駄目なのか。言葉が出ず、息が漏れて、その時、風がひゅんと通り抜ける。誰よりも速い拳だ。プキンの腕には防御されているが、それでも衝撃は相当なもので、半歩よろめかせている。
「ごめんなさいこの私が遅くなるなんて一生の恥ねマスカットは必死にみんなを守ってくれていたのに吹っ飛ばされたままなんて」
「シンソニちゃん……怪我は大丈夫なの!?」
「大丈夫じゃないけど大丈夫だから心配しないで私は班長だから耐えられるの」
いつもの調子の早口で、そのままプキンに向かっていくシン・ソニック。あの剣捌きについていこうとできるだけの速度が彼女にはある。援護に放った弾丸は空を切るが、プキンの動きを制限して、躱した先にはシン・ソニックの拳。しかし刀身で受けて流され、首を狙った斬撃が繰り出され、ぎりぎりで身を躱す。そのまま攻撃の手は緩めない、右ストレートの次は左、左の次は蹴り、剣はそれを受け流し、反撃の刃をシン・ソニックも受けぬように身を逸らし、また攻撃に踏み込む。マスカットの動体視力でも捉えるのにギリギリの攻防だ。いつ引金を引くのか、迷ってすらいられない高速の戦場。彼女ならもしかして、と希望を抱かずにはいられない。
しかし、ふいにプキンが打ち合いを放棄する。ひらりと身を躱して、赴くのはトーチカの隣。肩に手を回し、立ち尽くしていた彼女に指示を下す。
「吾輩がやるまでもない。後は従者の仕事だ」
「……はい、将軍閣下」
もう1本さらに包丁を抜き放ってくるトーチカ。さすがのシン・ソニックも彼女とは戦うわけにはいかず、攻撃を避けるものの、こちらから殴りにはいけずにいる。……マスカットもそうだ。ここで弾丸を放てば、それがどうなるのか。ディティック・ベルの件で知っている。そして既に、アイが深い傷を負っている。これ以上瀕死の重傷者が増えてしまっては、治療がきっと追いつかない──。
「……!」
そんなトーチカの動きが止まった。まさかと思い振り向いた。真っ直ぐにトーチカへと視線を向け、己の傷口から血が流れ出そうと真っ直ぐな目のキュー・ピット・アイがそこにいる。アイの魔法がトーチカに使われているのだ。これで彼女は動かない。
「……どうした? 吾輩を動かすか。従者の分際で。プク様のご意向で貴様の首は繋げてやっているというのに──」
その手でくい、とレイピアの刀身を曲げ、弄ぶプキン。まだ余裕に満ちている。対するシン・ソニックは疲れが見えていた。あれだけの高速で動き続けるには、どれだけ魔法を使い続ければいいのだろう。マスカットには計り知れない。
「そうはいかない! "
そこへ躍り出る魔法少女。旗を掲げ、その旗を武器に、プキンへと向かっていく。誰だかわからないが、プキンとの剣戟戦に持ち込んだ。彼女の鮮やかな剣捌きに、大振りな旗では間に合わず、しかし押されながらも持ち堪えている。シン・ソニックと一瞬、互いの目を合わせた。マスカットは再び銃を構える。狙うはプキン。旗の魔法少女が注意を惹き付けてくれている今こそが好機。
「っ、く! なるほど、これがエース級……!」
「吾輩についてくる者が一日の間に何人も現れようとはな。そうまでしてプク様に立ち塞がりたいらしい」
「決まっているでしょ友達を助けに来たんだから逃げるなんて以ての外だからお前は倒して行かなきゃいけないんだって」
「なるほど、やはりゼリーはいいクラスメイトを持ったな」
「もしかして、ゼリーのチームの?」
「ああ! 私はソイエ! そしてもう一人、頼れる仲間のさららだ!」
そのさらら、と言うらしい魔法少女の姿は見えない。しかし直後、プキンの腕に絡みつく水色の糸のようなものがあった。あれは、髪の毛、だろうか。プキンは即座に剣を持ち替え刃にて切ってしまうが、その拘束がさららによるものであることはすぐに理解する。そしてその拘束で生まれた一瞬の間に、マスカットやシン・ソニックのところまで同じ水色の髪が伸びてきていた。振動で音が伝わってくる。糸電話ならぬ髪電話だった。
『ボクと隊長さんで隙を作ります……その間に、怪我人を連れて逃げてください』
「待って。あの子が、トーチカが……洗脳、されてて」
『……洗脳……いえ、ボクの見立てでは、あの剣……魔法のアイテムだと思うんです。最悪、奪い取らなくちゃ洗脳は解けないかも……』
「……! じゃあ!」
「私がやるから奪い取ってみせる旗の人も髪の人も手伝って」
「ああわかった! ならこうだ、"
ソイエが旗を振ることによって、力が湧き出てくる感覚がある。皆を導くための、旗手の魔法だ。シン・ソニックは再びプキンへと向かっていく。プキンはソイエの旗を捌きながら、シン・ソニックの速度にも対応してくる。剣を狙うシン・ソニックの動きに合わせ、舞踏のように避けてみせ、そして最後、彼女が着地すると同時にその脚に向かって踏み込んでくる。ばきり、嫌な音がして、硬質のコスチュームごと踏み砕かれるのが見えた。
「……ぁ、シンソニちゃん……っ!」
「痛い痛いけどこのくらい平気だからまだ片脚でも走れるから」
「ならばその片脚も潰してやろう」
プキンのヒールは容赦なく、軽い足払いからの踏みつけで残っていた脚もへし折ってしまった。シン・ソニックの口から押し殺した悲鳴が盛れる。それでも食いしばり、殴り掛かるシン・ソニック。ひょいと避ければそのまま倒れ込み、蹴り付けられた彼女は腹の中の息を吐き出して、数メートルを飛ばされる。
プキンはそのうえ、直後にソイエが突き入れる旗にも掴んで対応してくる。危うくソイエの頸に刃が迫る瞬間、水色の髪の毛がわっと集まり、壁になってソイエのことを守り通した。
「……っ、すまない」
『隊長さん……合図、出します』
「……わかった、頼む」
「何を1人で話している」
振り下ろされる刃を旗で受け止めたソイエ。狙いは彼女に向いている。ソイエの額に冷や汗が滲んでいる。なんとかしなくちゃ、そう思うマスカットが構えても、やはり届かない。やがてさららの合図のおかげか、後方から今度は鞠と炎の魔法が飛来し、さらに突っ込んできた魔女風の魔法少女は進入禁止の標識を振り回し、ソイエと共に長物使いとしてプキンと張り合った。
「まったく! 不意打ち担当のはずだったわよね!」
「あぁそうだメルン嬢、本当にすまない」
「いいわよ。そんなこと言ってられない相手なんでしょ! それだけ気引き締めるから! そうよねみんな!」
現れたのは魔法少女四人組。しかしソイエと話していたメルン以外、誰からも返事は無い。どころか生気がない。鞠使いも標識使いも魔法使いもそれぞれに攻撃手段をフルに用いて、ソイエの援護に回る。対するプキンはそれぞれを切り裂きながら、歯を食い縛っていた。それが前兆だとは、マスカットにもわからなかった。それはソイエの繰り出した突きを止め、そのせいで飛来した標識に頬がひとすじ傷ついた時であった。
「──死人が。吾輩に縋るな」
優勢かと思われた戦況が崩れる。一閃、その瞬間に鞠使いと魔法使いが刃を受け、大きく切り裂かれた傷口からは綿が溢れた。さらにソイエも防ぎきれず、片腕を落とされ、血がしぶく。しかしプキンの本命は残る魔女風の標識使い。メルンはとにかく標識を切り替えて攻撃を受け止めようとし、床を殴り停止線を引いて、プキンはそれを蹴りつけて砕き、踏み越えて斬撃を浴びせた。体が裂けて、しかし飛び出してくるのは赤でなく綿の白。ぬいぐるみ、なのか──呆然とする暇はない。いや。これは好機だった。さららからの髪電話が振動する。構えたままだったグリップを握り直して、引き金に指を戻し、そして再び尖剣が振り上げられた時、さららが仕掛けた。またしても髪による拘束。それがコンマ数秒あればいい。マスカットは指に力を込めた。
「お願いレモネー……力を、貸して!」
失敗の許されない一撃。選んだのは檸檬型の弾丸、だった。プキンはさららの拘束から逃れると同時に、弾丸を認識し、ふ、と鼻で笑うように、切りつけた。そこまで、読み通りだった。
切り裂かれた途端、炸裂する果汁。広がる苦い檸檬の匂い。弾丸が爆発を起こしたのだ。プキンの手が砕ける。そして放り出されたその魔法のレイピアが、放物線を描き、宙を舞った。すぐさま追いかけようとするプキン。けれどレイピアは転がった。
──アイの、目の前に。
◇キュー・ピット・アイ
きっとその選択は、アイが逃げたかっただけなのだろう。トーチカが拒絶の目を向けてくるのが、アイ自身で思っているより苦しかった。眩しく受け入れてくれた彼が、いなくてはいられなくなっていた。ああそうだ、今までなら偽りの運命だったのだと諦めていたくせに、トーチカを諦めたくなくて、こうしている。
これは初めての共同作業。ウエディングケーキに刃を入れるように。彼が作った傷跡に、同じように、刃を埋め込むのだ。焼け付くような感覚は、表裏一体の多幸感を齎して、アイの命を震わせた。そのあまりの
止まっていた、彼の時が動き出す。そのすぐ後から、彼はアイを見て、手を伸ばした。引き止めてくれようとしていた。
──教えてください、おうじさま。私に選ばれて、苦しくありませんでしたか。私は、幸せ者でしたか。私は、愛を、見つけられましたか。
「アイさん──っ!!」
声が聴こえた。ような、気がして。
◇トーチカ
止まっていた時が動き出して、全てを理解した。キュー・ピット・アイはプキンの剣を自分自身に突き刺して、おかげでトーチカは魔法の対象から外れた。彼女を傷つけ、そのうえでさらに自らの腹を切らせて、ようやく意識の戻った自分が恨めしくて仕方なかった。
無我夢中で手を伸ばし、彼女を受け止め、魔法を使おうとする。アイを救う方法を探す。どれだけ、脳が焼き切れそうになるほど処理を重ねても、出てこない。どんな儀式も間に合わない。手を握られた。血に、命の熱に塗れた手だった。
「……アイ、さん」
けれど偲ぶ暇もない。トーチカの側頭部に激しい痛みと衝撃が響く。プキンだ。蹴りつけられるがままに倒れ込み、息を止めたアイの体から、強引にでもレイピアを奪い返そうとする彼女を見た。咄嗟にやめろと叫ぶ。プキンの顔がこちらに向く。体が勝手に動いた。それは彼女が選んだ最後だ。汚してほしくない。だからプキンに飛びついて、力でどれだけ劣っていようが止めようとした。プキンは刃を振りかぶる。
「罪人め。同じ刃で、同じ場所に送ってくれる」
ああそうだ、僕は罪人だ。きっとアイさんと同じ、一番深くの封印刑のところまで行ける。だからやってみろよ。プキンを睨み返す。彼女はただ、そのまま衝動に任せて、振りかぶり、振り下ろしてくる。しかし、振りかぶった。その前にも、わざわざ罪人に声をかけた。その1秒にも満たぬ隙は、皆を動かしている。
──それでもたかが突き、たかが拘束、たかが弾丸、たかが死体。どれも割れた手の内ばかり。斬り伏せるにはコンマ1秒すらかからない。プキンはそう、己の中で思考を切り捨てていたに違いない。だから忘れていたのだ。
ここには、誰よりも速い魔法少女がいることを。
「──な」
風を切る音すら置き去りに、折れた脚の代わりに腕で地面を殴りつけて。少女は己を弾丸とし、
響いた轟音。立ち上る土煙。その向こうから、己の体を引きずって──それでも立ち上がっていたのは、プキンだった。頭蓋は砕けている。美しかった顔立ちはぐちゃぐちゃだ。それでも立ち、尖剣はこちらに向いている。こちらに向かって突っ込んでくる。トーチカは握らされていた包丁を、とにかく振り回した。向かってきたプキンめがけて──そして髪の毛がぐっと、その進行を止めた。お陰で、一撃が頸を捉える。
頸が転がった。残った体が崩れ落ちる。ようやっと、プキンは動かなくなっていた。それと同時に──アイもまた、動くことはない。包丁を握ってなどいられなくて、その場に取り落として、トーチカは目を閉じた彼女に縋りついた。
「……ねえ、トーチカくん」
声がして顔をあげると、マスカットがいる。彼女はボロボロのシン・ソニックを背負って、無理をして笑った。
「帰ろう、レモネーも、アイちゃんも、一緒に」
返事をしようにもうまく声が出なかった。何度も嗚咽が出て初めて、トーチカは自分が泣いていたことを理解した。