◇リオネッタ
「アハハハッ! さあどうしました、逃げるだけですか!」
恐るべき触手の一撃。魔法少女の限界を超えた威力を放つそのひと薙ぎで、リオネッタの腕は砕け、叩きつけられた全身には亀裂が走り、動く度にキイキイと軋む音を立てるほどだった。この人形の体でこれならば、那子が受ければ肉体が吹き飛ぶ。自分自身を操り糸で引っ張って、触手が迫る中、必死に戦おうとする那子を突き飛ばして射程から外す。
「……! ちょ、ボロボロデース!?」
「死ぬよりずっと良いですわ……」
チロリと名乗ったマスカレイドは傍らに魔法少女を捕まえたまま、薄気味悪い笑みを浮かべ、弄ぶように触手を伸ばしてくる。彼女は宣言通り、遊んでしかいない。話が通じるわけがないような相手だ。現にあの捕まった魔法少女の怯えようとパーカーにこびりついた血、何人かはやった後だろう。
「ひぃっ! や、やめて! うるるは美味しくないんだよ!」
「おや、そうなのですか? それはそれで気になるものですねぇ」
「なんでぇ!?」
その狙いの先に、糸で縛られたままのうるるがぴょんぴょん跳ねて逃げている。見捨てるか考え、脳裏にあの子が過り、仕方なく飛び出した。同時に瓦礫の人形を動かし、気休め程度の盾として到来を遅らせ、自分の到着を間に合わせる。使い物にならない片腕から鉤爪だけを引っ張り出し、糸を切るのに使った。
「えっ……いいの?」
「無差別に暴れられては貴女達も困るでしょう」
「……! ねえ、幸子を助けて。あの子は……うるるの大事な」
「ああもう! 停戦した途端に注文ですの!?」
だがあの震える魔法少女のことを助けてやりたいのは本当だ。とにかく狙われている状況から抜け出そうと、那子には逃げるよう片手で必死にジェスチャーしながら、うるるを抱えて動く。いや、リオネッタの人形躯体は限界に近い、むしろうるるに支えられている。時間を稼ぐどころではないか──顔を上げ、突っ込んでくる気配に振り向いた。クランテイルだ。半身を馬に変え、全速力で突撃してくる。触手が迫ってくると同時に変化、棘に覆われた体──恐らくハリネズミとなって丸まり防御、そのまま体当たりでチロリに仕掛けていく。その背中にしがみついていた魔法少女が飛び出して、クランテイルの上半身めがけて伸びた触手に対抗して蹴りを放つ。クランテイルを守ることはできてもその片脚は肉が抉れるが、顔を歪めても戦意は消していない。この化け物の出現に、彼女らも停戦しなければまずいと察したのだろう。
確かソラミ、といったか、脂汗を滲ませる彼女に、うるるは血相を変えて心配の声を吐き出した。
「ソラミぃ……っ!!」
「いちいち叫ばないでくださる!?」
見かねたリオネッタは糸を伸ばし、近くの布を巻き上げると、巻き付けて止血代わりとしてやった。ソラミは振り返り、しかし感謝を述べる間もなく次が来る。ハリネズミのクランテイルを強引に押し返して、刺さったままの針にまみれながらも触手はうねっている。ソラミは猫に変わりひらり着地したクランテイルと顔を合わせ、繰り出される次の一撃に合わせて合図。ぎりぎりのところで回避し、彼女らはこちらにまで合流する。
「ソラミ! あ、足……足が」
「私のことはいいから。幸子姉を助けなきゃ」
「ソラミ……」
リオネッタより強い魔法少女が増えても、向こうは次元が違う化け物。対抗するには化け物しかない。それだけの戦力といえば、と思考を巡らせ、地響きがして思い出す。チェルナー・マウスなら──。
「あぁ。あの大きな獲物も……今頃、分裂した私の触手と遊んでいるでしょう」
「……っ」
視線を読んだのか。チェルナーにも既に魔の手が伸びていて、この地響きがそもそも彼女とチロリの分裂体が交戦している証だ、と──。
「ワタシが行きマス。考えがあるんデス」
「……信じますわよ」
リオネッタには希望は見えていない。それならいっそ那子の考えに賭けるべきだ。那子は強く頷き、駆け出していく。チロリも見逃さずに殴りかかろうとしたのを、クランテイルが半身をセンザンコウに変え、鱗甲に亀裂を入れられ血がしぶきながらも耐え抜いた。
「……皆は守る」
「クランテイル! これを……!」
リオネッタは自身の体に仕込んでいた刀を展開し、彼女に投げ渡した。受け取ると同時に放つ剣閃がぬめる触手を切り裂く。初めて傷を浴びせたものの、真っ二つになったはずの触手はピタリと閉じただけで再生し、まともにダメージになっている気配がない。クランテイルは矢面に立ち一身に攻撃を惹き付けてくれている。ソラミはそのサポートに、片脚のえぐれた身でありながら飛び出していく。そのくせ、リオネッタはまともに動けそうにない。即席の人形をどうにか作り繰り出しても、壁にすらならず吹き飛ばされるだけだ。
「いいですよ、たくさん足掻いてください。そして思い知ってください。全部、無駄だってことを!」
◇プレミアム幸子
目の前はずっと最悪の光景だった。この触手に絡みつかれているだけでも頭がおかしくなりそうなのに、うるるが、ソラミが、他の関係の無い魔法少女が、幸子の招いた状況のせいで傷ついていく。クランテイルというらしい半獣の魔法少女は目まぐるしく下半身を様々な獣として、手にした刀で抵抗しているが、その額に汗が滲み、次第に息が上がっているのが見えている。ソラミは受けた傷のせいで、そもそも早く治療しなければ死んでしまうかもしれない。それでも戦っている。こうなりたくないから、隠れていたのに。望んでしまったせいだ。幸子が、チロリに騙されてしまったから……。
「幸子が爆発するよ! 離れて!!!」
──え? 私?
うるるの声で芯から冷えるような感覚がした。私、爆発、って──死んで──。
しかしその感覚、焦りに背筋を凍らせたのはチロリも同じだった。触手が解かれ、体が放り出される。景色が見えないほどに速く流れている。思いっきり投げつけられたらしい。爆発するにしても、叩きつけられるにしても、幸子の体じゃ耐えられない。涙が出る間もなく、幸子は思考をやめてしまおうとした。けれど、もふっ、と、ふかふかの感触に全身が包まれる。これは……ぬいぐるみ? いや、違う。魔法少女だ。遠くからでも姿の見えた、あのとっても大きな魔法少女。ぽわんと跳ね返った幸子は、そのまま宙を舞い、空中でソラミに受け止められた。
「あれ? 爆発は……」
「うるる姉の魔法! でも離れなきゃいけないのは本当だから! っていうか幸子姉すっごいヌメヌメしてるけどー」
「そ、それはあのチロリの汁だよ!」
ソラミが離脱すると同時に、今度はチロリに向かって、あの超巨大魔法少女が動き出す。踏みつけ、殴りつけ、周囲の校舎の瓦礫ごと根こそぎ破壊していく。何度も轟音と衝撃が走り、頬がビリビリとし続ける中、いつからか中には笑い声が混じっていた。そして、チェルナーの攻撃が止まる。触手6本で、彼女の拳が受け止められていた。
「質量が増せば当然威力も上がる……ですが、今の私にそれだけでは通じない」
「チェルナーは負けないもん……!」
押し合いになるチェルナーとチロリ。そこへさらに、突っ込んでくるものがある。あれは、船、海賊船だ。上空から飛来した船は派手な音を立てながらチロリに激突、バランスが崩れチロリはチェルナーの拳と海賊船の瓦礫に押し潰されていく。
「あ、あれって味方なんじゃ」
「先に攻撃してきたのはあのタコだから。雇い主とか関係なく、アイツはやらなきゃ大変よ」
海賊の魔法少女とステージマジシャンの魔法少女のふたり組が海賊船から脱出、そしてマジシャンの彼女は海賊船のマストに使う太い縄を、帆だった布で隠すと、次の瞬間、広げた布の中からチロリの触手が飛び出した。見ていた幸子の背筋は凍り、触手だけでも動いていたが、海賊の魔法少女がサーベルで斬り捨てるとやがて動かなくなる。
そして瓦礫から這い出てくるチロリ自身は、腹部にあった6本のうち1本が、根元からちぎれていた。
「……何が起きたのか……わかりませんが……1本程度で取った思わないことですね」
「思ってマセーン! でも数が足りなくなったら!?」
「何を……なっ!? これは私の……分裂体!?」
突如、チロリにチロリの触手が巻きついた。違う、あれはあの巫女の魔法少女が従えている別の個体だ。
「那子さんの魔法は動物を従える。分裂体はギリギリ動物だったみたい」
分裂体というだけあり、触手の力は同格。しかし触手を1本奪われたチロリには数が足りていない。振りほどこうとしても、なかなか離れない。そしてそこへ、飛び込んでいく魔法少女たち。海賊の魔法少女はどこからか持ち出した大砲を連発、チェルナーは思いっきり踏みつけ、そして最後に、下半身を蛸に変えたクランテイル。その全ての触腕に、リオネッタの人形に仕込まれていた刃物がしっかりと握られている。上半身も合わせて九刀流。次々と浴びせられる斬撃。再生する間もなく切り刻まれ、チロリから笑い声が消えていく。
「は、離せ、この、私のくせにっ! こんなところで! 私は外に出て、もっと! そうだ、ダイスが! ダイスを──」
「……サイコロなら、ここですよ」
そう告げたのはマジシャンの魔法少女だ。チロリが斬撃を浴びもがきながら取り出したのはただのお菓子で、彼女は愕然としたまま、その頭部に一閃を浴びた。最後の一言を告げることもなく、クランテイルの放った斬撃がクラブのエースのマークを割いて、バラバラに飛び散らせた。肉片が飛び散り、そこから動いてくるかと警戒し、けれど何も起きない。その静寂の緊張を破ったのは、那子だった。
「……やりマシタよね? やっ……と!!! 勝てマシター!!!」
「ちょっと! 抱きしめないで! うるるはぬいぐるみじゃないよ!」
「でも今のリオネッタ抱きしめたらバキバキに砕けちゃいマース」
「……まあ。その通りですけれど……」
チロリが現れる前は戦っていたとは思えぬ雰囲気。力が抜けて、深く息を吐き、そんなことは忘れて、ソラミへの心配が勝った。