◇ディティック・ベル
遺跡の最奥に作られた聖詠の間。スノーホワイトがなぜだか飛び出して行った後も、ディティック・ベルとラズリーヌは劇場めいた座席についたままだった。大した会話があるわけでもない。プク・プックの邪魔になってしまう。何気なく、目だけを動かして周囲を見回す。
やはり、ここは他の、例えば植物の壁や石畳なんかに比べると遥かに新しい。学級をやっている間に作った、のだろうか。その真新しいステージの上で、プク・プックは歌い踊っている。これがつまり聖詠で、そのための場所だ。何気なく手拍子をしながら、次は傍らに座るオールド・ブルーに目を向けた。
ディティック・ベルはこの状況に違和感を覚え続けていた。その正体はオールド・ブルーに違いない。
例えば、プク・プック自身は──戦意がない、本当に敵だと思っていないとしても、納得できる。魔法の国を救う儀式のためで手一杯なのか、戦う必要を感じていないのか、相手は現身だ、そのお考えはディティック・ベルにわからなくても仕方のないことだ。
問題はオールド・ブルーの方だった。彼女がどこまで、何を考えているのか。敵意がない、のはおかしかった。散々、学校を襲い、ラズリーヌの記憶を奪い、数々のマスカレイドを配置して、奥まで来たディティック・ベルとラズリーヌを歓迎するなんて。おかしな話じゃないか。
そう考えているのはラズリーヌも同じで、オールド・ブルーに向かっては明らかに警戒の目を向けている。
それでもオールド・ブルーは一切動じず、プク・プックの舞踏を見ているだけだった。ふいに、ラズリーヌから言葉を投げかける。
「師匠は、本気で思ってるっすか」
「……何のことでしょう?」
「だって師匠、世界を救うとか、そういうタイプじゃねーっすよね」
「プク様のお考えに賛同したまでですよ」
「それが変なんすよ。これって、なんの儀式なんすか」
「……ふふ。あなたは本当、私の教えた通りに育ってくれましたね」
「なんすかいきなり」
オールド・ブルーが笑う。大事なことははぐらかして、ラズリーヌはそれにむっと眉の皺を寄せる。それから少し溜めて、睨みつけるように。
「師匠は……なにがしたかったんすか?」
「──そうですね」
一瞬、息を飲んで、目を逸らして、考え込むようにしてから、静かに答えた。
「私も忘れてしまいました」
その言葉を聞かされて、ラズリーヌの拳に強く力が籠る。何かを言いたそうにして、それを飲み込んで、言葉は続かない。会話が途切れ、またプク・プックの無邪気な歌声だけが響く中で、言葉をなくした師弟は並んでいた。
そこへ、水気を含んだ足音が響いてくる。スノーホワイトが駆け戻ってきたのだ。血に塗れたまま、プク・プックの方を睨みつけ、その姿を見たプク・プックは踊りを中断した。そしてスノーホワイトが手にしている武器の刃先から、鮮やかな赤が滴っているのを目にして、気の毒に同情するような顔を見せ、スノーホワイトが反抗した。
「ここにはリップルも、たまも、来ません」
リップル。たま。わざわざその名が出るということは、つまり──嫌な予感と予想が脳裏をよぎり、そしてそれは恐らく当たっていた。今のスノーホワイトを傷つけられる者はまずいない。つまりあれは返り血だ。誰の血か、なんて、それはもう今名を挙げられたふたりなのだろう。スノーホワイトと彼女らは同じ最後の世代の、かけがえのないもののはず。それなのに──どうして。それを聞く間もなかった。今度はプク・プックが舞台から飛び降りて、ずいと顔を近づけている。
「そっか! そう、したんだね。スノーお姉ちゃん、そうするんだ」
くるりと振り向き、彼女の目線は今度はこちらに向いていた。ディティック・ベルでもラズリーヌでもない。先にいるのはオールド・ブルーだ。互いに視線を交わすと、頷き、ゆっくり立ち上がってくる。
「時が来ましたか」
「ごめんね……ブルーちゃん」
「いえ。そういうものでしょう」
歩き出した彼女を、ディティック・ベルは止められなかった。ラズリーヌは止めようと動いたが、それは遅かった。既に遺跡は、プク・プックの声に反応しその枝を動かしていて、オールド・ブルーもまた、そこへ迷いなく飛び込んでいったからだ。押し寄せ、伸びてくる枝が、オールド・ブルーを貫いた。
「っ……!?」
魔法少女たちは愕然とする。貫いた枝はその肉体から流れ出た血で塗れている。重力に従い、その肉体はずるずると落ちていき、最後には苔の中に沈んでいって、遺体すら見えなくなってしまった。この局面で身を投げるわけがわからない。彼女が何を思っていたのか、スノーホワイトなら聴こえていたのか。振り向くが、その時には別の問題が起きている。遺跡そのものが、鳴動している。
「まさか……オールド・ブルーを『大事なもの』として生贄に……」
「隣にいてくれた大事な友達だったけど……みんなを救うためだから」
プク・プックは悲痛な面持ちで、対するスノーホワイトの表情は魂が抜けたようだった。呼吸は荒い。驚愕、呆然から、次第に怒りに染まっていく。
「……なんで。あんなことまで……したのに」
力が籠るや否や、スノーホワイトはプク・プックに向かって刃を突きつけた。止めるにはもはやこれしかない、と。プク・プックもまたそれを受け入れ、残念だとこぼす。一触即発、しかも現身同士の戦い。そんなの普通の魔法少女が介入できるわけがなく、ディティック・ベルはそれよりもしなければならないことを弾き出した。
「ラズリーヌ! みんなを連れてプフレたちと合流する! お願い!」
「わ、わかってるっす」
まともに話もできないままあんな形で師匠と別れたのは衝撃だろう。だけど今は、この遺跡をどうにかしなくちゃいけない。プク・プックのことはスノーホワイトに任せ、今度はディティック・ベルとラズリーヌが並んで来た道を引き返す。
「いた……! ランユウィ、ごめん、ちょっと揺れるけど我慢して!」
道中、体力を使い果たしていたランユウィを背中に乗せて、分岐点まで戻ろうとする。けれどその前に、来た時はなかった血の跡に出会ってしまった。
「あっ! ルールーっち!」
「え? あ……2代目!? あぁいやいるのは当たり前か、それにランユウィもボロボロだし」
「っ! たまちゃん……!?」
「やっぱりそういうことか……」
ルールーと呼ばれた青い魔法少女、恐らくはオールド・ブルーの門下生であろう彼女は、恐らくは彼女自身の宝石を使った魔法により、倒れているリップルとたまを手当しているところだった。深い切り傷だが、呼吸は安定している。
「というかこれ何!? この地響きは!?」
「遺跡が起動した……んだと思います。このままだと、もっと大変なことに」
「大変なことって」
──遠ざかった今なら、スノーホワイトとプク・プックが話していたことをようやく咀嚼できる。あれは──おぞましい計画だ。
「プク・プックは全魔法少女を宝石に変えようとしてるんです。そのためにオールド・ブルーが自ら生贄になりました」
「はぁ!?」
「とにかく! 怪我人は逃がす、みんなと合流する! 初めましてだけど、手伝って!」
ルールーは頷くまでもなく、リップルをどうにか持ち上げようとしていた。その間にラズリーヌがひょいとたまを背負って、全員がそれぞれ怪我人を背負いながら駆け出した。ルールーとラズリーヌの速さに、ディティック・ベルは全速力でようやっと置いていかれずに済んでいた。