魔法少女育成計画Blue/Shift   作:皇緋那

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地獄の外はきっと明るいところ

 ◇プリンセス・デリュージ

 

 目が覚めて、噴き出したのはやり場のない怒りの群れだった。心の奥を埋め尽くす憎悪。理由さえももはやわかりようもない。これが自分自身の気持ちだという確証すらない。それでも、どこかに矛先は向けなければならなくて、襲い来る魔の手に向かってとにかく叩きつけた。溢れ出す冷気は自分自身すら凍てつかせるほど。氷を纏いながら、ただひたすらに抵抗し、殺すつもりで槍を振るい続けた。

 そのたびに頭の中で誰かが叫ぶ。それでこそ奈美ちゃんだ、と。

 

「へぇ。よく頑張って立ってマス。特別に聞いてあげマス。名前は?」

「……」

 

 息を吸って、肺が凍りつくように傷んで、そのうえで吐き出す。名前──見知らぬ誰かの名がいくつも浮かんでは消えた。それは私じゃない。いつからだろう、自分すらもよくわからなくなったのは。このジュエルのせいだろうか。

 

「答えてくれないんデスか? それならそれで。どっちにしろ、本が決めなくてももうダメそうデス」

 

 全身の痛みは酷かった。片腕は骨が粉々でもう動かない。抉れた脇腹は焼け付くよう、ちぎれた耳はむしろ冷えた感覚。割れそうな頭痛は、本当に頭蓋骨が割れているのだろう。

 だけど立っていたのは、彼女が来て、支えていたからだった。ずっとそうだ。なにもかも失ったデリュージを支えようとしているのは、彼女──ブルーベル・キャンディばかり。

 

「いきなり出てきマシタね? 何者デスか?」

「さあね。私にもわかんないよ」

 

 仕掛けたのはブルーベルの方からだ。しかしギャシュリーは並大抵の魔法少女ではない。繰り出した拳を受け止め、へし折ってくる。寸前で振り払うブルーベル。

 

「なんなんデスか! 鬱陶しいっ!」

 

 圧倒的な身体能力を持ったギャシュリーに対し、彼女はその攻撃をことごとく逸らし、己が受けるダメージを潰していた。デリュージのこの粉砕骨折と複雑骨折はギャシュリーによるもので、まともに受ければこうなるのをわかっていてああしている。しかし敵はギャシュリーだけでなく、マーブルフェイスの手も迫っている。いや、そのはずが──姿が消えていた。ブルーベルに襲いかかったのは見知らぬ魔法少女だった。その魔法少女の鎌を掴んで受け止め、その隙を突いてブルーベルが頬を撫でる。ぽろりと飴玉が溢れ落ちると同時に、見知らぬ魔法少女が鎌ごと消え、マーブルフェイスが現れた。

 

「なんですか、どういうことですかこれ」

「へぇ、一か八かだったけど、それ剥せるんだ」

「それなりにお気に入りの仮面だったのに!」

 

 マーブルフェイスは激昂したまま斬りかかってくる。ブルーベルには当たらない。紙一重で躱す、一方のブルーベルも触れられたらまずいと割れた以上、マーブルフェイスも回避を優先してくる。

 

「マーブルの仮面に! なにしたんデスか!」

 

 ついでにギャシュリーもまた、その圧倒的な身体能力を存分に振るってくる。ブルーベルはふたりからの敵意を一身に浴び、普通の魔法少女ならまるで対応できない猛攻の中にあって、なお捌き続けていた。デリュージはよろめき、しかし構える。全て引き受けてくれている彼女だけに任せていてはいられない。背中を見せたマーブルフェイス、今なら──貫けさえすれば、この冷気も晴れるかもしれない。折れた脚を凍らせ、無理やりにでも床を蹴って、振りかぶって、ギャシュリーが割り込んだ。

 

「あなたは要らないデス」

「……っ!!」

 

 打ち込まれた蹴り、内臓がひしゃげたのか、喰らった腹から一気に血の反吐が込み上げた。わけもわからぬまま吐き出して、口元を拭う余裕もない、きっと今の自分は酷い顔だろう。倒れかけて、やはりブルーベルが助けてくれる。

 

「そのジュエルを手放して。一緒に来て。もう戦わなくていい、だから」

「だけど……っ、げほ、げほっ……!」

 

 残った血反吐を吐き散らして、言葉を振り絞った。

 

「無くしてばっかりで……私は……私、は……っ」

 

 自分でもどうしたいのかすらわからない、氷霧の中。このまま死んでしまえたならどれだけ楽なことだったろう。ブルーベルだって立ち尽くしていた。迫るふたりの魔法少女は、こちらを明らかに狙っていて。

 

『──ねえ、奈美ちゃん』

 

 誰の声だ。憎悪の奥底から、響いてくる。

 

『地獄の底でもいいから、あの子と一緒にいたいんだよ、ね?』

 

 それは私の知るあの子たちが重なったような声。テンペスト、クェイク、インフェルノ、そして、私が死なせたクラスメイト──ゲヘナ(落果)。そうか。このジュエルの中に、ずっと彼女が混ざり込んでいたのだ。おかげで理解した。全てを失った後悔、これ以上手離したくない、取り戻したい欲望。それがこれまでも、これからも、自分を動かしている。デリュージは叫んだ。声にならない声で、その叫び声に呼応して、溢れ出した闇が襲い来る魔法少女を遮った。

 

 そして、そこに闇があるならば──降り注ぐ、光がある。

 

「え……?」

 

 天井をぶち抜いて、降りてくるのは光を纏う少女。浮遊する鏡が4つ、それぞれのエレメントに姿を変えて、ギャシュリーとマーブルフェイスに降り注ぐ。彼女らを後退させたその光は、ただ目の前にやって来てくれた。

 

「……チェリー? チェリー……なの?」

「ごめんね、遅くなって」

「目、覚めたんだ」

 

 頷くプリズムチェリー。その姿は、あの時見せた、フォーシーズンズと重なり合ったプリンセスとしての彼女だ。

 

「……へぇ。綺麗な顔ですね。剥ぎ取ってもいいですか?」

「マーブルのメガネに適う子が向こうからやってくるなんて! さっさとあの子たち片付けて、もっとパーティにしまショウ!」

「そうですねギャシュリー、せっかくですから、もっと良い顔を剥ぎたいです」

 

 それでも一切引かないのがあの魔法少女たちだった。しかし味方はチェリーだけじゃない。マーブルフェイスが新たな仮面を取り出し、己に被せようとした時、どこからか飛来した白い物体が、こつんと当たり、擦れ、仮面が消えていく。

 

「──はい?」

 

 二度も仮面を無理やり奪われて、嵌めるより先に、疑問が勝っていた。そして姿を現すは白い魔法少女。手に構えていたのは、消しゴムだ。

 

「今度はなんデス!?」

「──MyName所属! 六奈子! 逃げ遅れた魔法少女がいるって聞いて、助けに来たよ!」

「ナナマエ……へぇ、ナルホド、Nのページは……」

 

 ギャシュリーが開いた『N』のページ。しかし名前は一向に描かれない。目を細めたギャシュリーが首を傾げた頃、駆けつけた奈子も首を傾げる。

 

「……あぁ! 私、名前が7つあるんだよ。全部知らなくちゃ、知ったことにならないんじゃない?」

「……意味が、わかりません。私の仮面を……奪っておきながら!」

 

 もはや動けぬデリュージは、ただその様を眺めていた。光が弾け、消しゴムが飛び回り、白と黒の闇を祓うように──けれど、同時にブルーベルが呟いた。

 

「……まずい」

 

 その声で初めて、今この状況に意識を向けた。地面が揺れている、地下の奥底で何かが動いている……のだろうか。ブルーベルの背中に乗せられながら、朦朧とする意識で感じ取ったその異変は、やがて目の前に姿を現した。

 ──地下から現れる、大量の植物、蔦の塊となって。

 

「な、これは──」

「なんデスか、この、変なところ触るなデス──!?」

 

 その中央にいたギャシュリーとマーブルフェイスは一瞬にして包み込まれ、飲み込まれてしまった。奈子とプリズムチェリーは距離を置いていたから巻き込まれなかったが、向こうからふたりが這い出してくる気配はない。しかし地鳴りは止まず、第二波が現れる。

 

「遺跡が起動しちゃったんだ。こいつらの狙いは……デリュージのジュエルだ」

「どうして、これを」

「そういう手順だから……としか私には言えないけど、感情エネルギーを溜め込んだ器が必要だって」

「とにかく逃げなきゃ!」

「みんな! 捕まって──っ!?」

 

 再び飛び出してくる植物の塊。しかも飛び出して終わりではなく、執拗に追いかけてくる。消しゴムに先端を消されようが、光線に焼かれようが、それでも進んでくる。デリュージを捨てていけばそれで済むだろうが、ブルーベルにそうするつもりはないらしい。逃げ惑い、部屋から飛び出して、しかし廊下の逆側からも迫っている。チェリーが校舎を突き破るため天井を狙う。けれど破壊した天井の向こうからは植物の壁が迫っている。

 

「これは……みんなと、思い出の……」

 

 このジュエルは手離したくなかった。ずっと奪われて、ようやく残った後悔と傷跡が、ここには詰まっている。巻き込まれた者すべての断末魔と憎悪も連れて、デリュージは生きていかなくてはならない。もう一度、闇に頼ろうとしても、声は聞こえない。残っていたのはあれだけだったのだろう。だとしたら、抵抗する術は。

 

「……それ、貸すのじゃ」

 

 ふらりと現れたのは、小柄な少女。誰かと思い、記憶を探っても出てこない。けれど、彼女から敵意は感じられない。むしろ、罪悪感、罪滅ぼしのような、苦しみを抱えた目がそこにある。そして彼女がデリュージのプリンセスジュエルに触れると、もう一方の手に、いつの間にか全く同じ淀んだジュエルが握られていた。

 

「わらわの魔法は……なんでも二刀流で使うものでの。複製魔法のようにも使える」

「……まさか」

「頼まれてくれんか。魔法少女学校の生徒に会ったら……伝えてほしいのじゃ。『ごめんなさい』……と」

 

 魔法少女は一方的にそう言って、迫り来る植物の壁に向かって飛び込んで行った。彼女が同じジュエルを握っていたせいか、植物はそちらに釣られ──少女を飲み込んで、止まった。

 

「……助けられちゃったね」

「ごめん……ありがとう……! いくよ、合わせて!」

「はいっ!」

 

 奈子とチェリーが同時に攻撃を仕掛けたことで、壁が切り裂かれ、脱出口が開けた。ブルーベルの背中で、ようやく見えた青い空に、デリュージは動かない手を伸ばそうとして、やはり動かないままだった。

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