◇アークプリンセス・スノーホワイト
鳴動する遺跡。突きつけられた現実は、聖詠の舞台の奥に滴るオールド・ブルーの血が突きつけていた。スノーホワイトがしたことは無駄でしかなく、この手に残る感触はただの罪の感触だった。
そこから先は無我夢中だ。怒りで自分自身を塗りつぶして、とにかく刃を振り抜いた。けれどプク・プックを切り裂くには至らない。彼女は皮膚を裂かれながらルーラの刃を掴んで止め、血が流れながらも変わらぬ笑顔で笑いかけた。
「スノーお姉ちゃんもお友達になろうよ。魔法の国を助けたいって思う子もいっぱいいるよ。力を合わせて、この儀式でみんなを助けてあげようよ」
蠢きだす植物の壁。遮ってくるその根の群れに、愚直に刃を当て、切り裂いて、けれどその先のプク・プックに届かない。いや、自分自身がおかしくなっている。ほんの少し流れたあの血を怖がっている。刃を向けることを嫌がっているのだ。自らの心に遮断をかける。だがプク・プックから流れ込んでくる心の声は強力で、閉ざそうにもやはり効きが悪い。スノーホワイトはグリムハートにはなれない。誰かの身を案じてしまう。自分で切りつけたくせに、リップルとたまのことだって不安だ。飛び出していったディティック・ベルたちの身も案じて、仲間たちの誰もが傷つかないことを夢見ている。その夢は、プク・プックに屈すればあるいは叶うかもしれない。彼女は誰かを傷つけようとはしていない。ただ──少し、魔法少女では、どころかヒトではなくしてしまうだけ。
三賢人の維持システムを放棄し、全ての魔法少女の肉体を分解して遺跡の運用に使い、そしてジュエルという形に作り直し、記憶や人格だけを再現したマスカレイドに与える。心の声からはそんな計画が窺える。資源を無駄にせず、あるいは外野から見れば同じ形で世界が運営され続けるだろう。
それが、どんなに残酷か。
この遺跡は、プク・プックの描く『救済』を容易く実現するほどの力を持つ。そのぶん複雑な手続きを要していても、それは既に達成され、起動されてしまった。この先はどうしても阻止しなくてはならない。これまで積み重ねられてきた儀式によって変質した遺跡を止めるには、まずプク・プックを止めなくてはならない。
頬の内側を自ら噛みきった。痛みがあれば、少しでもプク・プックの声を振り払える。レーテから聞いたやり方だ。傷つけることへの恐怖を、振り切って、ルーラの刃をぶつける。叩きつけた刃はプク・プックが両手で挟み受け止めてきた。試算において、現身同士ならば、グリムハートを巻き込んで設計されたスノーホワイトの方が膂力で優る。現実もその通りになる。しかし、プク・プックの眼差しに、スノーホワイトは心を閉ざすどころか、力を緩めようとする自分がいることに気がついた。
「プクとスノーお姉ちゃんなら、世界を平和にすることができるよ」
「それは……私の欲しい平和なんかじゃない!!!」
叫んで吐き散らして、正気を保つ。遺跡はどうなっているだろう。プク・プックに斬りかかって、受け止められ、押し合いになり、ふいに蹴りあげられた小石がぶつけられてよろめき、その壁に触れた時、どうなっているかをオスクを通して認識した。
遺跡は既に結界内部全域に拡散している。全てが揃い、柱が展開され、あとはその内側を術式が満たすだけ。簡単に言えば、遺跡から溢れ出した『苔』が、全てを溶かして、宝石に変える。既に始まっていた。皆、抵抗しているのは変わらないだろう。遺跡の柱は全て攻撃されており、しかし破壊されたとて形成にかかる時間は数秒。術式は充填され、じきに内部から溢れ出す。
皆は勝ち取ったはずだった。それなのに、スノーホワイトが届かなかったせいで、全てが終わる。
一際大きく、遺跡が鳴動する。
◇ディティック・ベル
負傷者を連れ、せめて脱出するためにプフレたちのところに急いだ。ほぼ同刻、分岐点に到着したらしいトーチカたちの姿もある。トーチカの救出には成功している。深く息を吐き、しかし安心はできなかった。アイの姿がないのは──飲み込むしかない。
「ベル先生! どうすれば!?」
「脱出! あとは……プフレ達か!」
プフレもシャドウゲールもランタンも、見回してもいない。既に脱出できたか、それともまだ残っているのか。端末に着信がある。
『すまない、作業が難航していてね。ついでに護衛も欲しい。こちらに合流してもらいたい』
「……! 正気!? これ、脱出しなかったら、みんな石になっちゃうんだよ!?」
「あの……すみません……脱出しても、もうこの遺跡が起動してしまっていたら……もう……」
「……さらら! なんてことを言うんだ」
「でも……」
プフレの言葉には耳を疑った。しかし、索敵に魔法を使えるさららが言うことは事実なのだろう。プフレは足掻くことを選んでいる。ならば、そうするしかない。
「……ごめん、みんな。付き合って……くれる?」
「もちろんっす」
ラズリーヌは誰よりも早く即答した。頼もしい限りだった。
「僕のしたことです、どうにかできるなら僕はなんでもする」
「トーチカくんがやるって言うなら、手伝いたいよ」
「だったらリーダーがいないと駄目よねみんなをまとめないといけないしどうしてもって言うなら付き合ってあげる」
「……あ、みんな行く感じ?」
頷かぬ者は──0・ルールーはやや遅れてだったが──いなかった。負傷者も連れていくしかない、苦肉中の苦肉の策でしかない。それでも急ぐ。倉庫エリアの奥、そこにはやたらと仰々しく色々な配線が繋がり、ほぼ全域を埋め尽くすような装置が作られていた。シャドウゲールは何かの作業を続けていて、こちらを振り向いたのはプフレとランタンだけだ。特にプフレは車椅子を漕ぎ、すぐさま指示に移った。
「来たね。けが人はそちらに。何が来るかわからない。トーチカ、魔法はまだ使えるかい」
「……はい」
「視えるかな、遺跡の止め方は」
トーチカも満身創痍の様子であるはずが、しっかりと遺跡に向かって魔法を使ってくれる。よろめきそうな体はマスカットが支え、ぶつぶつと呟き続けていた言葉が、やがてしっかりとしたものになる。
「中で自己融解を起こせば……術式そのものが結晶化して止まる……かも」
「だそうだ護、どうかな」
「はい!? 何か言いましたか!?」
「遺跡のコントローラーに、術式の対象を自分に変更する機能を着けてくれ」
「今やってます!!! あとそうだ、遺跡そのものへの接続なんですけど、くっつけられる場所が見つからなくて、あっ、材料が──」
「はいこれ! なんでもいいから使って!」
「えっ、宝石!? あっ、魔法が込められてるってやつですね。使わせてもらいます!」
0・ルールーが自身の宝石袋をひっくり返し、シャドウゲールにとにかく渡した。作業中の場所に魔法の宝石が組み込まれ、改造は加速していく。固唾を飲んで見守るしかない、ないのだが、一方でその足掻きを咎める者もいる。突如として飛来する光線。シャドウゲールを狙ったそれを、ランタンが飛び出して杖と自身の光線で相殺して防ぎ、構える。現れたのはポーズを決めているマスカレイドに、他にも2名。見覚えのあるコスチュームばっかりだ。
「遺跡を止めようとしても無駄ですよ。ここで終わっていただきます」
「こいつ……師匠!?」
「なるほど。オールド・ブルー本人にマジカルデイジーに……クラムベリーか。どうやら、ここまで誘い込んでから全滅させようという魂胆だったとみえる」
「ここまで追い詰められるのは想定外でしたが。保険としてエースを残しておいて正解でした」
「師匠……自分勝手に生贄になったくせに! 今更出てくんじゃねーっすよ! この……っ!!!」
ラズリーヌたちが仕掛け、戦闘が始まった。飛び交うビームはランタンがビームで止め、装置を狙うクラムベリーは、ルールーがステッキをぶつけて引きつける。オールド・ブルーはラズリーヌと、目にも止まらぬほどのスピードで拳を交わす。衝撃波が押し寄せ、ディティック・ベルは怪我人を庇おうとして、その波を食らって吹っ飛ばされた。床に唇が触れる。
そうだ。私は遺跡そのものと接触、できるじゃないか。振り向くと、やはりそこには光に包まれた人影が立っている。彼女を視界に収めているだけで、またしても情報が頭に流れ込んできて、脳が潰れそうになりながら、現れた人影に向かって叫んだ。
「お願い、あなたを止めたい! どうすればいい!?」
答えない、そりゃあそうだ、建物は持ち主が不利になることは答えてくれないのだ。だったらそうだ、実力行使でもどうにかなるかもしれない。とにかく掴みかかろうとして、触れようとした途端に電撃が走ったような感覚に襲われ、弾かれる。この状態でも防護の魔法に包まれているのか。ディティック・ベルでは、触れられない──。
「……っ!!」
飛び込んできたのはたまだった。彼女は自分の爪で人型に触れる。電撃はその接触を阻む、がたまの魔法は起動する。一瞬、防護が乱れた瞬間を傷とみなし、その術式に『穴を開ける』。そうしたら、触れられる。そしてすぐ後に、リップルが掴みかかり、人影を投げ飛ばした。投げられた先には──シャドウゲール。
「えっ!? ちょっ、な、何ですか!?」
「そうか! わかった、接続だ! 組み込んじゃって!!」
ディティック・ベルの魔法で顕現したあれは遺跡そのもの。それなら装置に突っ込んでしまえば、接続の心配はなくなるはず。シャドウゲールはとにかく手を動かす。
ソイエが旗を振り、さららが髪を伸ばして皆のサポートに回り、マスカットはトーチカを支えて方法を探る。マスカレイドたちとの戦いは激戦となり、ルールーの砕かれた魔法の宝石の破片が宙を舞い、それを利用したラズリーヌが仕掛け、さらにランタンが光を乱反射させて、猛攻は止まらない。防戦一方のマスカレイドたちによる反撃はこちらにまで届かないのだ。
「……! はい! できました! 起動します!!」
「よくやった護! 操作には私もつく、すまないが皆は守り通してくれ!」
起動用の宝石を最後に嵌め込んだ。かちり、と音がして、装置全体が駆動する。プフレとシャドウゲールが次々と操作盤に手を躍らせ、それも必要なコードは短く、しかしここに来て遺跡全体が揺れ動いた。激しい揺れは操作席からシャドウゲールを振り落とし、倒れ込ませる。
「護……っ!」
振り返るプフレ、しかし起き上がってからでは遅い。ディティック・ベルは飛び込んだ。装置にもキスをする。規模は小さいが、これでもきっと建物だ。現れた顔に操作方法を聞き、答えられるがままに操作を続けていく。そして最後に──実行のボタンを、殴りつけるように押した。
「これで! どう!?」
──状況はすぐには変わらない。いや、変わっている。地鳴りが止んだ。どこからか、パキパキと音がするようになっている。これは、術式が遺跡本体に作用する音ではないか。咄嗟に振り向く。魔法少女たちとマスカレイドの戦いは続いている中、その通り、壁が次第に、キラキラとした宝石に変わっていくのが見えていた。やった、と喜ぶ暇はない。その壁が、急速にひび割れている。
「っ、まずい! 皆、ここから脱出を──!!」
叫ぶが、その方法はない。そもそも足止めのマスカレイドがいる。この場で最速のシン・ソニックの脚だったとして、ボロボロの彼女では脱出しきれないだろう。だが、方法はひとつだけ存在した。
「……みんな。こっち、に……!」
立ち上がっていたのは──ランユウィだった。彼女のすぐ横、崩壊してできた穴の先に、外の景色が広がっている。ランユウィの決死の魔法を、無駄にはできない。ディティック・ベルは叫ぶ。こっちだ、と──その叫びで振り向いた少女たちは、一斉に駆け出した。マスカレイドたちにはランタンが光線を、ルールーがひときわ大きな衝撃波を浴びせ、後退させた隙に飛び込んでいく。ひとり、ひとり、確実に退避して、しかし崩落は始まっている。ランユウィの魔法も維持しきれず、扉が縮んでいる。ディティック・ベルは飛び込む直前、先にランユウィの手を思いっきり掴んで、通ると同時に引っ張り出した。これで遺跡の中にいるのは──マスカレイドたちと、ラズリーヌが最後まで残っていた。
「ラズリーヌ!!!」
「ベルっち……っ!!!」
「逃がす、ものですか──!」
掴みかかるスペードのエース。もはやただの悪あがきだ。そのコスチュームらしくない姿に、ラズリーヌは吐き捨てた。
「……あたしの憧れた『青い魔法少女』は、そんなんじゃねーっすよ」
瞬間、魔法が起動する。スペードのエースの手の中から、ラズリーヌが──ここ、ディティック・ベルの隣まで、一瞬のうちに移動していた。消えつつあった扉は、追い縋ろうとするマスカレイドの姿を映し、そのまま通すことなく閉じていった。
◇アークプリンセス・スノーホワイト
遺跡が狂いつつあった。宝石に変わっているのは遺跡そのものの方。プク・プックは周囲を見回し、そんな、と声をこぼしていた。何かが起きている。彼女にとっても想定外のことだ。ディティック・ベルたちが何かを成功させたのか。この好機を逃すわけにはいかない。ひときわ強く口の中を噛み切って、痛みを弾みに、踏み出した。力を振り絞り、ルーラを突き入れようとした。ルーラは手で払われる。転がっていって、武器が失われる。まだあるはずだ。腰に下げた魔法の袋に手を突っ込んで、最初に掴んだのは、ナイトが使っていた騎士剣。大きさを変えられる刃をどこまでも小さく変えて、突き立てると同時に伸ばす。プク・プックの身体はあまりにも頑丈だ。けれどスノーホワイトも負ける訳には行かない。叫びながら、思いっきり沈めて、ようやく肉を貫いた。
「──ねえ、やっぱり──お友達になろう? 遺跡は、もしかしたら、邪魔されちゃったかもしれないけど、他にもいくらでもやり方があるから、ね?」
やはり潤む目に悪意はない。だからって──許せないのは、変わらない。これはスノーホワイトの、姫河小雪のエゴだ。これほどまでに被害を広げておいて、その先に肉体の消失なんて最悪の未来を描いておいて、救済なんて。
「あなたの手は……借りない」
壁ごと、プク・プックを貫く。噴き出した液体は、その小さな体を飲み込み、必死で手を伸ばす彼女は壁の向こうへと消えていった。……スノーホワイトもじき、同じようになるだろう。後は、このヒビの入った遺跡と運命を共にするだけ。
『何言ってるのさ』
『……未来を任せるって、言ったよね』
誰かの声がした。手に握っていた剣が、勝手に大きく伸び始める。どこまでも、上に向かって伸びていった剣は、崩壊しようとする宝石の壁を貫き、その先に──誰かの姿を見つける。ここで初めて、袋の中からファルが激しく信号を出していたことと、上から地面を掘り進めて、助けに来ようとしている、友達がいたことを知った。
「たっ、助けに、来たよ……!」
「スノーホワイト──! 手を──!」
伸ばされたふたつの手。細く長い指に迎えられ、ふわりとした肉球に支えられ、ぐっと、引っ張り出される。日が高く登った、青空の方に──。
次回から、エピローグです。