◇プフレ
目を通していた資料を閉じ、机に放る。軽く紅茶を啜り、一息を吐いた。オールド・ブルーが干渉していた部門の研究室から回収した資料を漁っていたが、やはり計画の方向性はプフレと分かたれていた。人造魔法少女計画には、初めこそ共同での計画となる予定だったが、いつからか一方的に打ち切られた。思えば、あの時から、プク・プックが既にオールド・ブルーへと目をつけていたのかもしれない。
魔法少女を再度魔法少女に変身させる、プリンセス・マスカレイドというシステムは、魔法少女の歴史においては革命的なものだろう。死人をわざわざ再現して造ることなく、しかも柔軟な兵団として用いることができる。生憎、ジュエルの増産が確実に可能になるよりも先に戦いが始まり、このような形で決着してしまったがゆえに、そんな運用はできもしなかったが──これを手にする者が、例えば以前のシフル・エンブラスカのような者ならば、再び人死にの出る事件が起きてくるに違いない。
「これも外れだね」
どれもプフレの目的を満たしてくれる成果ではない。いつかこれを利用しようとした時、オールド・ブルーならば背後から刺してくるようなものが混じっていても納得する。ならばこの技術は廃棄してしまった方がいい。既に、原型は貰い受けている。
「あれ、お嬢、こんな遅くまで。何を……ってあぁ、あの資料ですか」
「例の、ね。念の為、儀式や遺跡関連についても、目を通しておいているのさ」
「後処理、どうなるんですか?」
「もっとお偉いさんが来るまではわからない。それだけ今回の事件、遺跡は魔法の国にとって大事なもののはずだった」
「え。それ、壊れるように改造したの私ですよね。大丈夫なんでしょうか。弁償とか」
「大丈夫だとも。君は元から身柄を狙われてばかりじゃないか。いつも通りさ」
「……それって大丈夫じゃないじゃないですか!?」
──そんなことは百も承知だ。プク・プックやオールド・ブルーはシャドウゲールのことを知っていた。そのうえでトーチカを選んだのだろうが、トーチカという手段が取れなければ、どうなっていたことか。その先の憂いを断つには、根本をどうにかしなければならない。本当は、そのためのマスカレイドだったのだが。
「次に期待するとしようかな」
手はひとつだったわけじゃない。マスカレイド計画がここまで漕ぎ着けたなら上々だ。プク・プックとオールド・ブルーがまとめて消え、想定外に味方も増えた。やりようはいくらでも用意出来るはず。プフレはティーカップの中を飲み干して、端末を開いた。
◇プリンセス・ランタン
「はぁ……またずっと悪巧みしてますよ、お嬢」
人事部門長がゆえの多忙、以外にも色々あるらしいプフレの部屋から戻ってきて、シャドウゲールは深くため息を吐き、ランタンの向かいに座った。こうして気苦労に押されている、いつも通りの護ちゃんが、こんな至近距離で見られる。このポジションに収まった自分の幸運と、頭の中にいる彼女に感謝した。
先日の事件があった後、プリンセス・ランタンは改めて魔法少女としてそちら側の世界に残ることを決めた。プフレの好意から、色々と体の検査を受けることにはなったが、やはり健康そのもの。一度変身し、共鳴したおかげで、本来なら投薬して維持しなければならない『才能』が移ったのではないかとか、色々言われたが、よく覚えていない。
重要なのはこのポジション。即ち、シャドウゲールの従者という新たなる役職であった。観察者から直接の関係者という次元を飛び越えるレベルでの昇格。現実味はいまだにない。
「平気ですか? 絹乃宮……あ、えっと、ランタンさん。従者の従者って、居心地とか変じゃないですか」
現実味はないし、護ちゃんが近すぎるこの状況も居心地どころではないが、不満はない。慌てて首を振り、私はこれでいい、と答えた。あるとすれば……頭の中の彼女の方は、大変居心地が悪いようで、呻いている。縛られるのが嫌で家を出たのにだとか、そんな声がする。それはそれで可哀想な話だが、護ちゃんに近いのを手放せるわけがない。抵抗を抑え込む。話題を変える。何気なく、大学の話を振った。
「そうですよ。魔法少女のせいで欠席数がかさんでるんです。お嬢は……なんだかんだなんとかするんでしょうけど……」
自分たちは庚江のようにはいかない。あれは明らかな外れ値だ。こちらはこちらで頑張らないといけない。そんな護ちゃんの姿を間近で応援する、なんてのも、魔法少女になってからの急接近のおかげ。あの日、友人と共に攫われたその時から、数える程の感謝できることだった。
◇アークプリンセス・スノーホワイト
某所、カラオケ店の一室。
都会のカラオケにはコスプレルームなんかもあるらしく、魔法少女も時折たまり場として使っていると聞いた。実際、一般人にしてはやたら華やかできらびやかな者が来ても、特に騒ぎにはなっていない。なったとしても、スノーホワイトの魔法ならなんとかできる、はず。
それらをいいことに、スノーホワイトは今日の用事を終えたあと、拠点へと戻る前に、こうして利用していた。流れるメロディは懐かしい魔法少女アニメのもの。握るマイクを変身アイテムに見立てて、画面の中の魔法少女とポーズを重ねながら、メロディに乗る。歌の最中に挟まれる台詞ももちろん忘れない。
向かいのソファで、たまがぽむぽむと両手の肉球で手拍子をしてくれている。さらにリップルはタンバリンを、膝を上手く使い、片腕でも不自由なく叩いていた。1曲を歌い終えると、拍手とタンバリンの両方がこだまして、気持ちよくアウトロを迎える。
「すごい……!」
「……さすが。アニメの演出、完コピ」
「ギャラクシーは何回も見たから!」
ちょうどそんなところで扉が叩かれて、店員さんが飲み物を持ってくる。スノーホワイトは出されたジュースにストローを差し、甘味で今日使ってきた頭を回復させ、一旦、歌うのは休むことにする。画面上では今どきのアーティストが新曲の宣伝をしているが、今どきのアーティストはいまいちこの場では受けが悪い。ここ1年は、人間社会の音楽は聞けていないわけだし。
「今日はありがとう。わざわざ護衛に来てもらっちゃって」
「ううん。私たち、スノーホワイトの直属の魔法少女、ってことになってる……んだった、かにゃ? だから!」
「自信なさげだけど、そうだから」
あれを機に、スノーホワイトは現身を自らが継いだことを公表し、オスク派の代表として動くことを決めた。そのお付の魔法少女として、リップルとたまを雇ったのだ。本当なら巻き込みたくない彼女達だが、スノーホワイトをひとりで戦わせない、と強く主張され、レーテがそれに乗り、押し切られた形だ。こんなオスク派の用事にも来てもらって、やっぱり悪いとも思う。──思いつつ、それを利用して一緒にカラオケには来ていたのだった。変身を解くことができなくなった関係上、もはや学友と帰り道、なんてシチュエーションは存在しないせいだ。
「なんだか魔法少女狩りだけじゃなくて、ふたりも色々知られてきてるみたい。なんだっけ、異名で呼ばれてたよ、必殺の懐刀、みたいな」
「やめて……」
「音楽家殺しよりはいいと思うにゃぁ……」
「……あ、それは……そうだよね」
警備に駆り出されていた親衛隊の魔法少女たちは、緊張して顔に威圧感が出ていたリップルに対し並々ならぬ闘気を感じ取っており、戦ってみたいなんて思っている魔法少女もいたり、怖がっている魔法少女もいたり、色々だった。一方のたまはやはりクラムベリーを倒したことがひとり歩きしており、話に聞くよりも小さいとかもっと凶悪なのかと思われていたりして、それはそれで驚きの目を向けられていた。
魔法少女狩りの名は利用価値もあったから容認していたものの、自分たちは魔法少女。つくとしたら、もっと可愛い二つ名でもいいのではないだろうか。自分ではどうしようもない問題に、スノーホワイトは苦笑いをした。ふたりも釣られて笑う。それでも声は大きくない。カラオケからの音には負けそうなくらいだった。
『スノーホワイト、着信ぽん』
そこに響いてくる、カラオケにも負けない電子音。端末に着信だ。電話だということで部屋の外に出て、応答する。
『レーテだ。スノーホワイト、今どこに?』
「カラオケ。リップルと、たまちゃんも一緒」
『……カラオケ? 寄り道とは、感心しない、な』
「いいでしょ。用事はちゃんとやったんだから」
『用事というか……公務、な』
それがカスパ派との会談だったとはいえ、仕事終わりには違いない。ラツムカナホノメノカミとは、全面ではないがそれなりに協力してくれることが決まった。プクは倒れ、オスクは消えている。遺跡は崩落していて、残るはラツムの中にいるカスパのみ。そんな彼女の協力は、恐らくこの先、改革にしろ運営にしろ必要にはなってくる、はずだ。
『まったく、寄り道するくらいならいいが、あまり遅くならないこと。危ないことはしないこと。それから』
「はいはい。そろそろ戻るから切るね」
『あ、ちょっと、スノーホワイト! まだ話は──』
レーテからの着信は一方的に切った。現身の貴重な息抜きだ。少しくらい、放っておいてくれたっていいと思う。ファルには『よかったぽん?』と聞かれるが、別にいいよ、とだけ答えてポケットにしまった。ファルも真面目で、レーテも合わせて母親かと言いたくなる言動が増えている。こちらはこちらでちゃんと考えているのに。ちょっとだけ怒りが出てきて、スノーホワイトは頬を膨らませた。けれど室内に戻ると、その時には忘れていた。
「ただいま。そうだ、ねえ、リップルも歌ってよ」
「……歌うの? なんだかイメージにない……」
「そう。凄く上手なんだよ。ね、ほらほら。はい! 『手放して』、『受け取って』!」
「……魔法使うのは反則……チッ。仕方ない……」
「やったぁ!」
タンバリンを無理やり、命令の魔法でマイクと交換させて、歌う番を交代させてやった。実際リップルは歌が上手い。その寡黙な口数とは裏腹に、しかし強気な彼女のイメージ通りに、とても力強い歌声が出てくる。スノーホワイトはそれも聞きたくなったのだ。リップルはスノーホワイトに合わせてくれたらしい。選曲はアニメソングだった。曲が始まると、イントロのほぼない歌い出しに合わせて思いっきり息を吸いったのが見えた。タンバリンを構えたスノーホワイトは、わくわくしながらその瞬間を迎える。やっぱり、リップルは歌も上手だ。