聖夜の最速
◇シン・ソニック
12月も後半。魔法少女学級は冬休みに入り、学業は一旦お休みということになった。であればシン・ソニックが集中すべきことは決まっている。本来、魔法少女シン・ソニックの所属は監査部門である。監査部門に休みは無い。日夜、悪の道へと踏み外してしまう者を取り締まり、健全なる社会を保つため、常に目を光らせなければならない。シン・ソニックはそのために部門へと舞い戻り、早速依頼を受けた。何かないかと聞いた時の上司の顔は微妙だったが、シン・ソニックなら危険な任務であっても問題ない。何せあの『美しき伝説』や『御伽噺の怪物』と戦ってまで生還しているのだから。久しぶりの仕事に、渡された……衣服? 恐らくは潜入・変装用の衣服を手に、指示された場所へと向かった。シン・ソニックのセールスポイントはキレとスピードだ。貰い物を破損させないギリギリまで加速し、数分後には到着した。待ち合わせ場所には既に、見慣れた顔が待っている。監査部門の先輩、下克上羽菜だ。
「あ。シン・ソニックさん、お疲れ様です」
「お疲れ様です下克上先輩今日もますます正義を執行なされていると存じますが日々精進を」
「どういう時候の挨拶ですか……?」
しかし確かに、兎耳に優しげな顔立ちとそこに秘めた熱い正義の気配は羽菜に違いないが、コスチュームの雰囲気が違う。いつもより赤い。
「もしやそちらクリスマスのコスチュームですかよくお似合いですさすが下克上先輩監査の顔になりつつある方ですこの間も撮影お疲れ様でした缶バッジホログラムバージョンが出るまで買おうと思います」
「表に立てるのが私くらいなだけですよ、それにこの服、皆さんこれですよ」
首を傾げたシン・ソニックは、直後、支給された服のことを思い出した。
「すみません支給制服を失念していました今すぐ着替えますどこか物陰を」
「羽織るだけだから大丈夫だと思いますよ」
「では失礼させていただきます」
先輩がいいと言うならここでさせてもらおう。袋をひっくり返し、中に入っていた布を広げる。赤い。白いフワフワがついている。サンタクロースの衣装であることは、完全に身にまとってから気がついた。ちょっと丈が短い。なるほどこれがいわゆるミニスカサンタ、か。元々インナースーツがあるコスチュームのシン・ソニック的には恥ずかしいという感情はあまりないが、人によっては恥ずかしいのではないか。ついでに正義の味方監査部門のパブリックイメージとはやや異なるのではないか。そうは思っても、わざわざ言うことでは無いかとやめておく。
「可愛い! 似合ってますよ」
「そのようなお言葉勿体ない光栄ですが恐縮ですしおそれいります」
下克上羽菜からは今回の仕事をざっと説明される。手の空いている監査部門関係者で、クリスマスイベントの手伝いをしているそう。治安悪化中のこの地域でのパトロールを兼ねたサンタクロース運動だというわけだ。各地で作業中だったりして、サンタに扮装した部門関係者たちがいるとのことである。
「そうだ。まだ開始まで時間はありますし、せっかくですから、少し頼まれていただけませんか?」
「はい喜んで先輩のためならどこへでも走ります」
「そこまで重要ではないんですが、忘れ物のお届けです」
下克上羽菜から渡されたのはよくわからない小袋だった。中身にはよくわからない小物がいくつか入っている。魔法使いが儀礼用に使うもの、であると教えてもらった。この忘れ物がすごく壊れ物というわけではなく、このコスチュームも魔法少女向けの服屋で仕立てられた頑丈にできているものだということまで聞いて、シン・ソニックは心に決める。そしてすぐ後には飛び出した。直線上に積もりつつあった雪をすべてスピードと音速の衝撃波で吹き飛ばして置き去りにし、目的地を目指す。と、いったところで目的地がどこかまともに聞いていないと気がつくが、もうこうなれば止まれない。下克上羽菜が魔法使い系のアイテムを渡すとするならば間違いないと一点に絞り、上空に飛び上がって索敵、魔法使いっぽいローブまたはサンタクロース衣装を探し、見つけた先に空気の上を走って直行。この間約7秒。目的地に到着した。ついでにソニックブームで、目当ての彼女もひっくり返った。
「な、なんだお前は! 非常識にも程があるだろ!」
「失礼しましたマナ先輩こちらお届け物でございます」
「いきなり……ん? これは……あぁ、確かに私の忘れ物だが……」
下克上羽菜に頼まれたことを話すと、彼女、監査部門の魔法使いであるマナはため息混じりに頷き、それから何かを思いついたようだった。横に置いてあった大きな白い袋の中から、何かを取り出し渡してくる。
「これを七丁目通り担当に渡して来い。そしてこっちには戻ってくるな。いいか?」
「七丁目通りですねわかりました確実に迅速に最速で届けてまいりますですがちなみに壊れ物でしたか」
「壊れ物じゃない」
「では最速で」
駆け出した。今度は迷わない。七丁目通りだ。今いる場所は……そういえばどこだか知らなかったが、走っていればどこかに住所の表記があるはずだ。あった。一瞬止まり、魔法の端末を調べ、軽く方角を調べた時点で再始動。途中で歩行者めがけてスリップしかけていた車を体当たりで止め、転びそうな老人を受け止めつつ、雪の通りをとにかく走り抜ける。今度の記録は約11秒。人助けを含んだ関係で一桁とはいかなかったが、なかなかの好成績に満足しつつ、そこにいたサンタの格好の誰かに話しかけた。
「こちらお届けに参りました監査部門のシン・ソニックですが」
「……? 届け物ですか? 私に? 善行の末のサンタクロース、というやつでしょうか」
作業着風の露出度が高いコスチュームの上からサンタクロース衣装を纏い、おかげで普段の格好よりも暖かそうなこの先輩は、同じく監査部門所属の魔法少女、中でもかなりの先輩、フットホールド先輩だ。この頃は新人教育も担当しているらしい、シン・ソニックは学校があった関係からそこまで関わりはないが、尊敬すべき先輩の一人には違いない。マナから預かった荷物を渡す。フットホールドはその包みを解き、中身に目を細めた。魔法がかかった何かの紙だったらしい。読み終えると同時に火がつき、すぐになくなってしまうを
「……なるほど。把握しました。ご苦労様です。ああそうです、せっかくなのですから、これを踏み台に次を」
「次ですかお安い御用どころかお早い御用ですが」
「こちらを、あちらの方を踏み台に、見える先で作業をしておられます、トットキークさんに」
トット……? 聞いた事のない名前だが、聞いたことのある名前のような気がする。トット、トット……まあいい、思い出すより走った方が速い。なぜなら私はシン・ソニックだ。言われた通り、建物の壁をかけ登り、上から見ると、確かにその先にサンタ帽子の魔法少女らしき姿があった。あれだろう。とにかく突っ込んでいく。今回は道中のトラブルはない。建物の上だからだ。ついでに落ちたら危険そうな氷柱を蹴り砕く、などの余裕も見せつつ、記録は約5秒で到着だ。ブレーキに地面がうなりをあげる。
「わわっ!? びっくりしたのね。トットに何か御用なのね?」
「トットキークさんですねこちらお預かりしているお荷物ですが」
「わ! 誰かと思ったらシンソニちゃんなのね。トーチカちゃんはお元気なのね?」
「はい元気であると存じていますがいったいあっまさかトットポップさんですかあの先日出所されたと聞いておりますトットキークさんってもしかしてトットポップさんの」
「そうそう、トットなのね」
「お弟子か姉妹でいらっしゃるのでしょうか」
「トット本人なのね」
曰く、1度監査部門で色々あった時、ついたあだ名のようなものだという。こうして監査部門のお手伝いをすることになったということで、前科持ちのトットポップのままでは通りが悪い、というより前科持ちであればあのフットホールドが凄まじい足踏みの圧で追いかけてくるだろうことが予想されるため、あだ名で作業中だとか。
「トットは見ての通り順調にサンタ中なのね。ほら袋も、んー、ちょっと、ちょっと減ったのね。シンソニちゃんはどうしたのね?」
「お預かりしているお荷物ですが」
「あっそうだったのね。わざわざありがとなのね」
「いえ全く問題ありません先輩からの頼まれごとでしたし監査部門の若き新星いえ
「ふんふんなのね? じゃあどれだけ速いか聞いてもいいのね?」
「もちろんですとも今回の記録は前回の記録と比べてもちろんコースによる難易度差はありますがそれを加味してもかなり順調に進むことができたコースだったのではないでしょうかハプニングもなく運にも恵まれていて5秒の記録を」
「5秒! すげーはやいのね。それならここで頑張ってるみんなに会うのもすぐなのね!」
「もちろんですともできることであれば全員にお会いしてお菓子を配り戻ってくることも可能ですもちろん1分でいえ30秒で終わらせることもできますともただしクッキーなら粉々になってしまいますが」
「そりゃあしゃーないのね。でもクッキーならちょっと割ってあったほうが食べやすかったりもするのね」
「そうですね割れているのも風情食べやすさ感じ入るところはもちろんあるということになるでしょうねそれに」
──この時点で、既にサンタ着用ここまでの合計秒数の倍をゆうに越すタイムが経過していると気がついた。下克上羽菜は時間があると言っていたが、シン・ソニック担当のサンタ活動はいつ始まるのであろうか。ハッと一瞬正気に戻り、聞いていないことに気がついた。一旦戻るべきか。考えて、トットキーク改めトットポップが助け舟を出した。
「あ、サンタ活動はみんなもっと夜からでもいいって話なのね。トットは早めにやってるだけね」
「なるほどありがとうございますでは私は」
「だったらこれ頼みたいのね。あっちの方で頑張ってる葱乃ちゃんに──」
「もちろんです最速で届けてみせます壊れ物の保証はできませんが」
──それから先も、シン・ソニックは走り続けた。次から次へ、届け物から届け物へ。その最中、なぜかラーメンの配達を手伝わされ、こぼさぬように駆ける高難度や、なぜか始まった列車系魔法少女とのプレゼント配りレース対決、鉄扇使いの先輩と共に認可外のプレゼントを配るどころか売りつけようとしていたならず者の確保、雪を降らせる担当をさせられていた先輩への差し入れを終えた。
しかしかと思えば、またしても起きそうな事故の防止、魔法の国のクリスマス会へのメインディッシュの忘れ物、大事な財布、またしてもトットポップ宛の荷物、そして今度はスペシャルバージョンのぬいぐるみなど、その他諸々とたらい回し。さすがのシン・ソニックであっても、戻ってくる頃には夜が深まっていた。そして最後に、下克上羽菜宛だと聞いて預かった手紙を手に走り、最初の場所にまで戻ってきたのであった。下克上羽菜は寒い中、通行人にポケットティッシュを配っていたらしく、こちらに気がつくと手を振ってくれる。息を整え、深く吸ってから声を出した。
「お疲れ様でした」
「大変遅くなりました夜もこんな時間となってしまいああそれとこちら下克上先輩宛のお手紙を預かっていまして戻ってきたのもこれを届けるためだったと言ってはなんですが」
「はい。開けて見てください、それ」
羽菜が手元の手紙を指した。開けるのか、私が。恐る恐る開くと、中にはクリスマスらしいメッセージカードに、明らかに狭そうな文字サイズの寄せ書きがあった。クラスの皆からだ。何がどうしてここにクラスの皆からのメッセージカードがあるのかはわからないが──。
「こちらも渡してと言われてます。シン・ソニックさん宛です」
受け取った包みはその続きのようだった。ここに来て、同年代のクラスメイトに、クリスマスプレゼントまで貰ってしまうとは。首謀者、と言えば聞こえは悪いが、主催者は……トーチカ、らしい。彼の文字が真ん中にきている。ありがとうの文字と一緒に、最新のレースゲームが入っていた。
思わず息を呑む。声が出なかった。
「サンタさん、来ましたね。次のサンタさんは私たちといきましょうか」
──この事業が、確かに正義の味方であることを理解した。シン・ソニックは頷き、下克上羽菜から受け取った大きな白い袋を手に、雪の町を駆け回る。
◇ジュエリーゼリー
「……よろこんでもらえたかな、サプライズ」
喜ぶ友達の顔を想像して、雪の窓辺でかぷかぷ笑う、水色半透明の魔法少女。トーチカから最初は相談を受けて、MyName、そこから繋がる人事部門、そこから繋がるオスク派、そこから繋がる監査部門、という連想ゲームのような経路を通して、クラスメイトたちに渾身のサプライズを仕掛けてやった。参観日の時のある種のお返しとして、いつかはやろうと思っていたけれど、なかなかやれないでいたこんな仕掛け。我ながら、うまくやったんじゃないだろうか。
それにこれは、もしもの話だけど。
──ベクトリアなら、褒めてくれたろうか?
──アルメールなら、驚いてくれたろうか?
きっとどっちもそうだ。そうに違いない。
ジュエリーゼリーは自分のところに来る、ちょっと生姜の香るサンタのことを想像して期待しながら、布団に潜り込んだのであった。