魔法少女育成計画Blue/Shift   作:皇緋那

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『魔法少女育成計画DonutsHole』のお話が始まるよりも前のお話です。


雑草の生え方

 ◇ミントール・トローチ

 

 私──種田千草は何をやってもうまくいかない人生を送っている。恵まれている方だとは思っている。家庭は絵に書いたような一般家庭で、過度な束縛もなく、むしろ長男だと期待をかけられている兄の方が傍から見れば可哀想だ。……自分自身からすれば、自分の方が可哀想だ。

 それもそのはずだ。スポーツ、勉強、何にしたって、最初はそれなりにできるのだが、最終的に指導役を怒らせ、放棄されて終わってしまう。自分では全くそのつもりはないのだが、必ずどこかでうまくいかなくなるのだ。そもそも駄目な千草を指導してくれるという時点で無理をしてもらっているのだから、限界が来たのなら仕方の無いことだ、と、毎度自分を納得させている。多分、何かが逆鱗に触れているのだが、わからない。この間も、家庭教師に一方的に辞められてしまった。会う度に気になってしまった口臭の問題を、直接言うのもなんだしメモとしてまとめて提出したのがいけなかったのだろうか。

 反省はしていた。千草は、雑草だ。部屋の隅の湿度の高い部分でひっそり生えているのがお似合いである。

 

 魔法少女ミントール・トローチも一緒だった。本来なら植物を操ることができる汎用性の高い魔法で、花を咲かせて人をいい気分にしたり、あるいは果物や野菜でも人の助けになると思う。なのだが、そんなものは作れない。ミントールが操るのは、名から外れぬミント系だけ。花畑にしようとすれば最後、やたらと爽やかな異臭が周囲を埋めつくし、そして自分にも制御不能な大量の植物が土地を侵食する。なりたての時にはやらかしたことがある。最終的に自ら火を放った。

 この、どこからか制御不能になってしまうのは本当に自分の嫌な癖で、それなら最初から何もすべきでない、という結論に至り、こうして魔法少女としても素朴に生活している。深入りはしない、首を突っ込まない、を信条に、日々細々と魔法少女ライフを送っていた。

 

 そんなミントにも、憧れの人がいる。キューティーヒーラーだ。人々の負の感情から生まれた怪物や、悪夢の結晶、異世界からの侵略者、そんな人類の大敵に、時に可愛く、時に物理で立ち向かう。アニメのモデルになった本物がいると聞いた時は興奮し、眠れなくなった。ようやく眠れた後は、夢の中でサインを貰いに行った。

 けれどキューティーヒーラーなんて簡単に会えるはずもない。ファンならどこにでもいる、溢れかえるほどいる。そういう魔法少女のコミュニティを見つけて、なんとか入ろうとした。コミュニケーションはまともに取れた覚えはなかったが、キューティーヒーラーの名言とスクリーンショットで受け答えしてさえいれば基本的に間違いはなかった。

 

 そして今日は、その筋の人に会う日だった。待ち合わせ場所である喫茶店の端の席で、チーズケーキの上に乗っていた葉っぱを齧り続けながら、うぅ、と声を漏らす。チーズケーキ自体には、まだ手をつけられなかった。

 

 待ち合わせの相手は、サリー・レイヴンという。こんな千草、及びミントール・トローチでも、仲良くしてくれる稀有な魔法少女だ。どうやら同年代らしく、キューティーヒーラー仲間として知り合い、そしてキューティーヒーラー仲間として仲良くさせてもらっている。それ以上の話はなるべくしないようにしていたのだが、先日魔法少女部門、中でもとりわけ広報部門系の話となり、色々あった末に、作戦会議という名目で会うことになった。

 

 そして彼女が現れた時、慌てて水で口の中の葉っぱを流し込み、背筋を伸ばし、席を思いっきり詰めて出迎える。

 

「お待たせ。待たせちゃったねぇ」

「い、いえ、雑草も今来たところで、その、席取り用の荷物だと思っていただければ」

「……なんで詰めてるの? 向かいに座るからいいよぉ」

「そ、そうでしょうかすみません」

 

 余計な気遣いをしてしまったのが無性に恥ずかしくなって、より一層縮こまっている間に、サリーは注文を決め、そして目がこちらに向く。魔法少女がゆえ容姿端麗なのは当然としても、纏う明るい雰囲気に輝いて見えて、雑草はむしろ日陰の方に伸びるべく仰け反った。

 

「それでなんだけど、今度広報部門の募集が色々あるみたいでねぇ」

 

 作戦会議は始まった。広報部門が求める魔法少女像を昨今の流行りとキューティーヒーラー事情から考察する、という主題で、アニメ化魔法少女の歴史を、キューティーヒーラー以外も交えて考察してゆく。ミントはまだ見ていないアニメが多くそこはついていけなかったが、最近のキューティーヒーラーの部分は逃さずに、しゃべり続けるサリーに挟む形で言葉を繋げていった。ポツポツと出る言葉はうまく会話になった気がしない。けれど、ギャラクシーやストライプについては食らいついた。やはりダークキューティーという闇の存在から、ペンギンのように可愛さとは裏腹なキャラクター付けまで、近年はキューティーヒーラーも挑戦的になっているんじゃないか、魔法少女多様性の時代だ、などと話し、そもそも魔法少女は全て多様性まみれであることを忘れた会話を繰り広げた。

 

「ふぅ……ちょっと疲れたねぇ、水取ってこようか」

「そ、そう、ですね」

「あ、ちょっと電話が……こ、これ! ごめんねえ、席外すねえ」

 

 一瞬見えた画面、何か大事な連絡そうだと直感し、ミントは静かにその場に残され、ようやっとチーズケーキにフォークを入れる。ケーキは美味しい、けれどやはり、なんだか煮え切らない。サリーが頼んだショートケーキが眩しく見えて仕方がなかった。

 

「手を挙げろ! 強盗だ!!」

 

 その時である。ガスマスク姿の少女四人組が突っ込んできたのは。喫茶店は一気に騒然となる。しかし見れば、凶器らしきものは持っておらず、迷惑なコスプレ集団だと油断する者もいる。違う。あれは魔法少女だ。現に舐められているのを察知したのか、うちひとり、防寒具を着込んだ魔法少女は手元で何かを爆発させて脅しとした。

 

「下手なことしたらボン、やからな」

「革命のための礎だ。悪く思うなよ」

「最近銀行は張られてるからねっ☆」

「金目のもの……出して……」

 

 目的は間違いなく強盗だ。しかし相手は四人いるうえ、爆発物やら、恐らくネズミ魔法少女の持っている大振りの鍵も武器なんだろう。その気の相手が四人もいる、ということは、せめて応援を──。

 

「……でも」

 

 サリーの電話はきっと大事な用事。彼女の邪魔にはなりたくなかった。しかし電話が終わるまで待つ余裕はきっとない。ミントがやらないと。でも。私がやっても失敗するだけだ。失敗したら、周りに迷惑がかかって、被害も出てしまう。

 

「……! ねえあなた、今何しようとしたの? 撮影? 通報? どっちでもいいけど……この子がどうなってもいいの?」

 

 ぐずぐずしているうちに、レジ近くの席に座っていた親子が標的になってしまった。母親からスマートフォンを奪い取ったネズミの魔法少女は、怯える子供に鍵を突きつける。彼女は手にした人形にぎゅっと力を込めていた。あの人形は──。

 

「助けて! キューティーヒーラー!」

 

 叫びが、聞こえた。

 

「キューティーヒーラー? そんなの来るわけ……」

「はぁ……っ!!」

「んぎゃあっ!?」

 

 思わず飛び出して、気づいた時には手が出ていた。思いっきり殴りつけられたネズミの魔法少女は転がっていき、真っ赤になった頬を押さえてこちらを恨めしそうに見ている。一方、開放された親子は呆然とミントを見上げた後、安堵した様子だった。一方のミント自身は、正直勢いで出てきただけで、後先は考えていない。

 

「エンプリちゃーん! くそぉ、よくもエンプリちゃんをっ!」

「なんだ貴様は! 痛い目を見たいようだな!?」

「なんや自分……4人に勝てると思っとるんか!?」

 

 防寒具の魔法少女はカイロを突きつけてくる。先程爆発したのはこれだろう。カイロといえども爆発物は爆発物、まともに喰らえば重傷ではすまないかもしれない。それが向くのがミントでよかった。失敗するなら失敗するで、時間は稼げるだけ稼ぎたい。不思議と恐怖はなかった。

 

「やれるものなら、やってみてください。それとも、人を害する覚悟もないのに、こんなしょうもないことをしているんですか……?」

「……っ! 舐めおって、どうなっても知らんでぇっ!!」

 

 完璧に怒らせた。カイロが目の前で赤熱し、膨らみ、そして破裂する。焼け付く感覚、吹き飛ぶ視界。片目が抉られたのがなんとなくわかる。頭蓋もダメージが大きい。比喩でなく、文字通り頭が割れる痛み。レジに血が飛び散っている。だが、その流血を糧に、既に種が芽吹いていた。種は根を伸ばして傷口を縫い止め、そして実をつける。まるで、ミントの潰れた眼球そのもののように。

 

「……は? なんや、なんで、まだ立ってぐへぇっ!?」

 

 繰り出した拳はダウンジャケットの上からでもダメージになったらしい。ぶっ飛ばされた彼女は彼女でまだよろめいているネズミの隣に転がった。

 

「イロハちゃんまでっ! このぉ、元気吸っちゃうよ〜☆」

 

 下着以下の布面積の魔法少女が、ガスマスクを外してストローを咥え、何やら吸い込み始めた。確かに何かが吸われていく感覚がある。だがそれ以上に、種が芽吹く生命力は強く、むしろ増していく。みるみるうちに彼女の腹は膨れ、もう無理、とだけ呟き、その場にひっくり返った。

 

「……これであとは」

「ひっ!? わ、わかった! こ、今回はここまでにしておいてやる! 皆、撤退だ! てったーい!」

 

 リーダーらしき画家風の魔法少女は、ひっくり返った下着の魔法少女を引きずり、ついでにネズミとダウンジャケットは互いに支え合いながら逃げていった。ミントはさすがに緊張の糸が解け、その場にへたり込む。すると強盗が逃げていったことを知った人々は、ワァーと歓声をあげ、中でも助けられたあの子供が駆け寄って、声をかけてくれた。

 

「かっこよかった! お姉ちゃん、本物のキューティーヒーラーみたい!」

「……そ、そんな、雑草なんかにそんな、畏れ多いです……」

 

 けれど、それ以上の褒め言葉は無い。ミントはこれまでの人生にはないくらい、一番、とびきりにニヤニヤしていたと思う。電話を戻ってきたサリーと話している間も、ずっとニヤニヤしていたのだった。

 

 

 

「──と、いうことがありまして……」

「へぇ、すごーい! ミントちゃん、生粋のヒーローじゃん!」

 

 そして現在。初めてしたヒーローらしいこと、という話題で、同じショコラティエ〜ルの同僚に昔のエピソードトークとして話し、満たされてはいけない雑草の自己肯定感が満たされる。と同時に、あの後、オルカにスカウトされた時のことも思い出していた。

 

 選ばれたことは嬉しかった。しかし、脳裏を友人のことが過ぎる。彼女は地道に、広報部門への売り込みのための自分磨きから始めていた。何もしていない自分が、雑草が、それを飛び越えてしまっていいのだろうか。

 いや、いい。それでも、掴めるチャンスなら、掴むしかない。雑草は雑草なりに、伸びていくしかないのだ、と。

 ミントールは魔法の端末を操作した。サリーの連絡先を選び、長押し。それから、削除の項目を選んだ。彼女との連絡はこれきりにしよう。彼女がどう思うかは、二度と考えないことにしよう──。

 そこまでを話して、同僚の面々は驚いた顔をしていた。それもそうだ。自分でも、めちゃくちゃなことをしていたなと思う。

 

「え、連絡、してないの?」

「はい……なんだか、負い目が……」

「いきなり途絶えてびっくりしてるんじゃあ?」

「驚いたとは……思います。でもその、雑草がこんな……」

「ってかそのサリーちゃんって、この子? ほら、広報の、同年代の……来年、キューティーレイヴンになるって」

 

 キューティーショコラが見せてきた画面。それはどこかで見たことのある、自撮りのアイコン。一度だけ参加した大きめのオフ会だ。その端には、僅かながらミントが映り込んでいた。間違いない。サリー・レイヴンだ。

 

「え、じゃあ挨拶しに行っちゃおうよ。仲直りだ」

「え……でも……」

「そんな事言わないで! 現場で顔合わせ……っていうのもロマンだけど、やっぱり友達とは仲良く! ね?」

 

 会って、いいのだろうか。抜け駆けしたこんな、雑草が。頭の中で、ぬいぐるみに囲まれた恩人が『いいんじゃないの』と背中を押した。何をやってもうまくいかない人生だけど、今の雑草なら、雑草なりに。

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