『Blue/Shift』と『Beyond the Bullet』の間の、丁度真ん中くらいのお話です!
◇ジェリーマリー
昨年、ジェリーマリーが所属する研究部門の体制は大きく変わってしまった。──らしい。
らしい、というのは、雲の上の出来事で、単に雇われただけのジェリーマリーとは特に関係がなさそうだったからだ。なんでも、『外部のアドバイザー』だという話で研究部門に出入りしていたお偉いさんが、プク派主導の儀式の事故で、そのプクの現身ごと亡くなってしまったんだとか。
その関係で、部門長も副部門長も変わったり変わらなかったり色々して、いくつものプロジェクトが休止または打ち切り。ジェリーマリーもいつ首を切られるか……とヒヤヒヤしていたが、そこはそんなことはなかった。学生時代と同じく、魔法少女活動の傍らM市の研究施設に務め続ける生活。むしろ他のプロジェクトがなくなったぶん、施設が大きくなり、お給料が上がった。それだけあれば自ら学費を払っても貯蓄ができる。管理する水槽と飼育する魔法の魚類の数が増えたことで仕事の量は増えたが、それでもキャンパス帰り、大学の課題なりレポートなりを進めながらの勤務でも間に合う程度だった。
そこへ持ちかけられたのが、今回の話だった。
まず、研究部門も関わる『魔法少女学級』という事業がある。そこには選りすぐりのエリート魔法少女たちが送り込まれ、さらなるエリートになるための教育を受ける……という、これもまた雲の上の事業だ。部門を跨いでいるということは、魔法少女界を挙げての事業だ。研究部門の端っこで続けられているジェリーマリーの水産研究所に対して、明らかに大きすぎる。そんなVIPのお嬢様学生たちが、この施設に『職業体験』に来る……という。
今回は幸い、温度管理のトラブルはない。ただ偉い人の視察に比べ、単純に職業体験そのものの労力があった。学生たちに何か言われたら、研究部門に直で伝わり、今度こそ本当にジェリーマリーの首が飛ぶかもしれない。そんな大役がいきなり回ってきて、目を回した。
今日はその当日である。今回は、助けを求める相手もいない。ただ落ち着いて、ちゃんと見学と、軽く作業を体験してもらうだけでいい。幼い頃に行った水族館のバックヤードツアーを思い出しながら、あんな感じにやれば大丈夫だと言い聞かせた。そして、約束の時間になる。
「たのもー!」
勢いよく開く扉。そこにいるのは半透明のコスチュームの魔法少女。モチーフは……ジェリーマリーと同じ。クラゲだ。警備員からさすがに一報くらいあるだろうと思っていたジェリーマリーは不意を突かれて、目を丸くした。クラゲの隣には、金魚なんだろうな、という白と赤のひらひらした魔法少女もいる。来る学生はふたりだと聞いていた。彼女らで間違いないだろう。
「やっぱり責任者の人にサプライズはやばいっすよ」
「だったかな。本当に申し訳ない。受付に人がいなかったので、そういうものなのかと思いそのまま来てしまった」
「あ、あぁ、大丈夫ですよすみません」
ちょうど警備員が不在の時に来てしまったらしい。驚きはしたが、こんな水槽しかない場所に見学に来るくらいだ、水の生き物系魔法少女でそれなりにシンパシーがある。激しいタイプの子でもなさそうだ。ひとまず、根拠も薄いのに安心して、確認する。
「えっと、魔法少女学級の職業体験の方ですよね」
「2年A組2班、ジュエリーゼリー。本日はご指導ご鞭撻をば」
「同じく2年A組、3班のランユウィっす。よろしくお願いしますっすよ」
「私は担当のジェリーマリーと申します。よろしくお願いします」
「ジェリーさん? マリーさん? そんな私はジュエリーさんでゼリーさん。イェー」
「呼ぶ際はどちらでも構いませんよ」
相手が妙にフランクなのもきっとクラゲ仲間だからだ。ジュエリーゼリーは年下。なんかやたらコスチュームの雰囲気が近いせいで、年下の親戚を相手している気分だ。ジェリーマリーに妹がいるわけでもないのに、謎の姉気分になる。肩の力を抜いて、こちらにどうぞと歩き出した。普段ならそれなりに研究員が動いているのだが、職業体験が来たせいかいない。静かな廊下に靴音がコツコツ響いている。
「ここは何の施設っすか? あ、水産研究所ってことは聞いてるっすよ。だから、もうちょっと詳しく聞きたいっす」
ランユウィは気を遣って話しかけてくれたようだ。詳しい沿革……とかは、ジェリーマリー自身はよく知らない。研究の目的……も、よくは知らない。
「えっと、魔法のお魚について研究してます」
よって、説明できたのはこのくらいだった。続きがあると思ってくれていたらしいランユウィはしばらく間を空けて、なるほどっす、と頷いた。これしかなくて申し訳ない。けれど早速、最初の水槽に到着した。
「お魚だ」
「こちら魔法のイワシです。回る時のエネルギーから魔法のエネルギーを取り出せないか研究中みたいです」
「すごい、たくさん」
「すごいですよね。一匹に見えるように群れを作るみたいです。魔法ですね」
「それ元からじゃないっすか?」
そしてこのイワシたちは一匹一匹がやられた時にも魔法のエネルギーを産むという。イワシタービンと名付けられた研究だが、それがうまくいっているのかは定かではない。
「これは?」
「増えるウナギ……だそうです。いくらでもウナギを食べられるようにする研究だとか」
「確かにすごい長い……」
「絡まってないっすか?」
「ヌルヌルしてほどけないんですよね……酷い時は頑張りますけど、カバンの中で放置したイヤホンみたいで……」
「それは……無理っすね」
「知恵の輪」
ウナギは仕事量が増える一端である。再生するなら絡まった部分を切った方が早いのだが、まだ不死身ではないらしく、ハレの日以外は禁止されている。あと、前回切った時は肉の量が多すぎて、調理しきれず何日間も夕食がウナギだった。個人的にウナギはもう食べたくない。
次の水槽は、最古参の……鮫? だ。昔からいる顔なじみでもある。当初から比べると、大きく成長してきていて、水槽も大きい。そうだ、と思い立つ。ゼリーとランユウィ、ふたりを連れて、バックヤードへの扉をくぐり、階段を登った。
「おお……裏側こんな感じなんすね」
「さすが、海のにおい」
「エサやり体験、してみませんか」
ジェリーマリーはこの子の餌用の魔法の魚、その入ったバケツを用意した。ふたりは顔を見合わせて、それから大きく頷いた。
「楽しそうっす」
「それじゃあ……!」
バケツを渡す。水槽の上から、すでに待機している影の方に投げてもらう。激しく水しぶきをあげ、どばっと出てきたかと思うと、しっかりと口の中におさめて、再び水しぶきとともに水面に帰っていく。魔法少女たちの間で歓声があがる。
「すごい! 生きてるって感じ!」
「おぉ……迫力すごいっすね」
「美味しそうに食べてる……これ美味しいのかな、食べてもいいかな」
「なんでサメ側に感情移入してるっすか」
「食べたら身の安全は保証できませんが……」
「味はともかく食べたらまずかった」
「誰がうまいこと言えと……」
「味だけに」
よかった。ウケている。ジェリーマリーは胸を撫で下ろした。特にジュエリーゼリーの方は表情があまり変わらないから、これでいいのか不安だった。よし、この方向性ならいけそうだ。普段ジェリーマリーがやっていること……といっても、水槽の掃除とかになってしまうけれど……をやってもらえば!
「この子は名前とか、どういうのとかあるんすか?」
「ええっと、それは……」
そこはわからない。研究担当の方に聞かないと。というか、誰か説明役を呼んだ方が早いのではないだろうか。そういえばこの裏は研究室だ。声をかけたら出てきてくれるだろうか。
「あれ……? 研究員さーん?」
……あまりに不自然だ。研究員と警備員はどこに行ったのだろう。普段ならいつもここに詰めているし、そもそも何人か水槽の前にいたり、行き来しているはずなのに。まさかと思ったその時、不穏な地響きがした。ジェリーマリーの背筋が凍る。来客がある、こんな時に──。
「今の……」
「外! 見て!!」
施設の壁の外、すぐ横の岸に、何か巨大な影がある。その上に立っているのは、魔法少女……だろうか。真っ赤な格好、モチーフは……ザリガニ? だろうか。彼女が立つ乗り物も、ザリガニがデザインされており、ハサミが生えている。
「ふははは! 研究部門の成果を、人員ごといただく! これが我が魔法の潜水艦と! 魔法のカプセルで可能な大略奪作戦だ!!! 手始めに研究員全員回収してやったぞ、これで完全犯罪だ!!!」
「何してるんですか!?」
大きな声で明らかな犯罪宣言をしていた魔法少女。完全にこの施設に襲撃をかましている。まずい。外に飛び出し、叫ぶ。
「魔法少女が残っていたか……お前たちもカプセルに閉じ込めてやる!」
魔法の潜水艦とやらから、ロボットアームが伸びてくる。ジェリーマリーは地上での行動は得意ではない。一か八かで海中に飛び込もうとし、間に合いそうにない。そこへ飛び込んでくるのは──職業体験に来た学生たちだった。ロボットアームにそれよりも大きなゼラチンの塊を掴ませ、弾力で押しとどめてくれている。ジュエリーゼリーの魔法だ。さらにその間に、ランユウィが近くの扉を開け放つ。建物の入口だが扉の先がいつもの景色ではない。この奥には、カプセルの中に詰め込まれた人影がいくつも見える。これはあの潜水艦の中だ。ランユウィが魔法で扉を繋げたらしい。その中央で、カプセルに何かしている様子だった魔法少女は振り向き、大いに驚いていた。
「こいつの仕業っすね? 魔法、どうやって解除するっすか?」
「だ、誰が教えるか──」
「なら殴るだけっす」
重たい一撃。ランユウィの鋭いハイキックが、彼女の脳を貫いた。殴られるまでもなく蹴りだけで倒れる魔法少女。素人のジェリーマリーにも見るだけでわかった。さすがエリート……。
隣ではジュエリーゼリーがロボットアームを跳ね返し、ゼラチンに乗って突撃をかましていた。
「WOW! WOW! 釘ゼリー!」
「ぶべっ!!」
「時代はクラゲでプリンでゼリーだよ。だる〜」
さらに釘型のゼラチンをザリガニの魔法少女に叩きつけたかと思うと、殴られた魔法少女は空中で追加の衝撃を食らい、何度かそれを繰り返した後、波打ち際にべちゃと落ちた。ジェリーマリーは水中を経由して彼女のところにまで行くと、自分の触手でしっかり拘束する。
その間にランユウィが物理でカプセルを破壊、研究員たちを救出。すでに監査にも通報済みだ、とのことで、制圧は終わった。ジェリーマリーだけでは明らかにどうにもならなかった事案だったが、こんなにも早く終わるとは。正直まだジェリーマリーは状況をうまく飲み込めていないまであった。
「な、なんだったの、今の……」
「ん、制圧完了。マリーさん、怪我、ない?」
「は、はい……すみません、助かりました」
「困った時はお互い様っすからね」
なんていい子たちなんだろう。……魔法少女、かくあるべし。だ。ジェリーマリーは気を取り直した。
「ぃよし! 次は魔法のイルカショー! 次は魔法のペンギンのお散歩です!」
「やったー! 水かけてもらおう! 水を得たクラゲになろう!」
「……もうただの水族館っすよね?」
◇パペタ
「なるほど……ね」
渡された報告書に、ぱらぱらと目を通し、気になる部分があれば戻って確認する、目の前の魔法少女。人事部門長──プフレ。その様を、とにかく不安な気持ちで見守り続ける。この人事部門に、研究部門の報告書と看板を背負って来るなんて、正直ありえない話だ。後ろ盾であるプク派が現在半壊状態、対して人事はカスパ派にも関わらず最大勢力オスク派と組み、後始末と称して改革を進めている立場だ。仮にここで研究部門に宣告が来るとして、それを真っ先に受けるのがパペタになる。
(なんてこと任せてくれたんですか〜〜っ)
この大事な局面に、『私と彼女は相性が悪すぎる』と全部押し付けた上司ジューべに、心の中で恨み言を吐き、しかしその気持ちもわかる気がしてくる。目の前に座る彼女の風格というか、纏う雰囲気というか。ジューべに似ているようで、似ていない。そしてこのタイプは、どう考えても共存が不可能だ。理解はした。納得は、無理だ。
「これで……研究部門の残存プロジェクトはあらかた確認した。マスカレイド計画関連はしっかり凍結、どころか破棄されているようだね」
「そ、そうなんですね〜……」
マスカレイド計画? パペタの知らない、関与していない話が出てきた。そういえば研究部門の『外部アドバイザー』が、プク派と一緒に色々と何かしていたとは聞いた。その人はもういない。
「まだ整理しなければならないことは多数ある。オールド・ブルーの置き土産。ついでに、君の上司の食べ残し」
「食べ残し……ですか」
「あぁ。丁度そろそろ1年前かな。F市の結界関連のことだ。私も関わっていないとは言わないが……あっただろう? 色々と」
どきりとした。こちらはパペタが関わっている。その1年前の出来事を思い出し、プフレから目線を逸らす。
「人死にが大勢出たと聞いている。当然我々……人事に監査からもだ。ついでに広報部門の乱入のせいで、内部の
「そ、その件は、嫌な事件でしたね」
「だがこうも聞いているよ。研究部門が死体を回収し、素材として流用した。そして──」
死体? 回収? いや、それはパペタも聞いていない。『外部アドバイザー』の仕業か。あるいは広報部門とその『外部アドバイザー』が組んで、そうなるように仕向けた、とか。それらはパペタの憶測でしかないが、だとしたら彼らレジスタンスはそんなことのために殺されたとでも。思考が巡る中、プフレの口から続きが語られてくる。
「──魔法少女ひとり分。それも最もお目当ての魔法少女の遺体が、足りなかったそうじゃないか?」
「……あ、あはは、さて、なんのことやら〜……」
「君がわからなくても、君の上司に伝えればわかることさ。そしてもうひとつ」
彼女の目には、目の前のパペタではなく、その後ろにある研究部門の看板、いや、むしろジューべ個人が映っている。もはやそれは交渉というより脅しでしかなかった。
「その魔法少女を探す、いや、引っ張り出す用意がある……と。伝えておいてくれたまえ」
人事部門は何が目的なのか──パペタには量れない。いや、量るべきですらないのかもしれない。