某外国酒輸入メーカーのリモートアルバイター   作:うにくろ

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眼鏡河童のラブロマンス

 

 

 

 

 

 

「……はぁ…」

 

 大きく息を吸い込むのでさえ、心底嫌になるような茹だる夏の暑い日。

 気休め程度にと買い求めた経口補水液の封を、今まさに空けんとしていたその男。……切り揃えられた短髪と銀縁眼鏡がトレードマークでありその実、この世に蔓延るどんな悪徳企業よりも過酷な21連勤を終えたばかりであるらしい【風見裕也】は道すがら、街路樹の隅の小さな植え込みに踞る、これまた小さな人影を目にした。

 

「ん?」

 

 汗ばむ指先で眼鏡のブリッジを押し上げ、目を凝らしてみてもその小さな踞りの近辺に知人らしき影はない。

 こういう時、自身直属の歳下上司である彼なら、もっと上手く立ち回ることが出来るだろうが……。

 

(……俺なら、即変質者扱いされそうだ…)

 

 冗談半分内心でそうボヤきながらも、男自身の体躯は既に___それがさも当然であるかのような___自然な流れを持ってして、その人影の方を向いていた。

 幾ら彼の顔面構造が、超理数系インテリゴリゴリの眼鏡河童を彷彿とさせる、加圧的な縁取りをしていたとしてもそこは、…そこだけはどうか許してあげてほしい。他の何より代え難い彼自身の正義が、日本国という法治国家に捧げられているのだから。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

「…大丈夫ですか…?」

 

 付かず離れず触らず傷つけず。……風見の知り得る最大限。最も相手を刺激しないであろう鉄の4か条を、慎重その身に再現しつつ声を掛けてみた。

 

「本当に緊急性を要するなら、救急車を呼びますが……」

 

 すると、返ってきたのは酷くか細く、線の細い声。

 

 

 

「…………お心遣い、ありがとうございます」

 

 

 

 

 この瞬間彼の生存本能。全神経。細胞という細胞の総ては___ほぼほぼ言葉通り。非常に厄介なタイプではあるが比喩表現では断じてない___雷に撃ち抜かれたような未知なる体験に出くわすこととなる。……何故なら…。

 

「!」

 

 何故なら、小さな子供かお年寄りだと思っていたその黒々しい人影が実は女で、尚且つその容姿が風見裕也30歳独身。現在秘密裏に彼女募集中の、ストライクゾーン直球ど真ん中を颯爽と撃ち抜く、超絶小顔小動物系くりくり二重美女だったから!

 

 

 

「は、はぅうううううっ…!!!」

 

 

 

 ……己を貫く衝撃の大きさに一瞬。ほんの一瞬だけ、非常に面妖な奇声が我慢ならず漏れ出て身を捩らし、そのインテリ倍増素敵レンズに、謎の亀裂が入った気がしないでもない。…が、その後、神速コンマ数秒世界で誠秘かに取り行われたという、彼自慢の表情筋管理再構築スピードに免じて許してあげてほしい案件。その2です。どうぞよしなに。

 

「…あの…」

 

 …ちょ、おまっ、…えっ?…待って。………とりあえず落ち着け。降谷さんのポーカーフェイスを思いだせ。全身全霊を持ってしてトレースするんだ俺の脳細胞。…あれ?俺ってもしかして重症度Ⅲの熱中症に罹ってる?幻覚オチとかそういうんじゃない筈だよな?…えっ。じゃあ何?今、俺の目の前に居る、俺の動く理想3D。

 顔ちっっっさ!睫毛なっが!髪の毛つっやつや!目ん玉くっりくり!………マジでヤバいぞこれは。大事件。

 

「……あのー……?」

 

 下界に迷い込んだ天使とか?…うん。まだそっちの方が納得出来る気がしないでもない。だったら尚のこと、この悪意だらけの濁りきった世界は御身に猛毒。早急かつ丁重にお帰りいただかねば。……あぁ!でも、もし叶うならあと数秒、俺の、この理想の具現を目に焼き付けておきたいような……。あぁぁあぁ!おさまれ!ひっこめ!あとかたもなくきえてなくなってしまえ!おれのぼんのう!

 

「…あのー、…だいじょうぶですか?…………声を掛けて頂いた、わたしが聞くのもあれなんですけど…」

「えっ?…あっ、いや!あの!すみません!……自分、決して怪しい者などではなくっ!踞っておられるように見えたので、その、この暑さですから、体調でも崩されたのかと思い、居ても立ってもいられず……」

「……ふっ。…ふふふっ。はい。それは大丈夫。分かってます。なんとなく」

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 天使の話を要約するに、どうやら彼女は___この下界の、汚染されまくり空気に中てられたという訳では断じてなく___自身定期通院の帰り道中、決して軽くはない類の貧血を起こしてしまい、動けなくなっていたらしい。

 とりあえず直射日光が避けられる場所に、と移動した先のベンチで事の次第を理解した風見は、その日の己が何の因果かたまたま(・・・・)手にしていて、尚且つこれまた何の因果かたまたま(・・・・)未開封 のままにしていた経口補水液。それを心底申し訳なさげに受け取る彼女の、青白く頼りない手首が目に留まり、眉間の皺を深くせずにはいられなかった。

 

(……あぁ!もし俺が彼女の血中ヘモグロビンになれたなら、例え頼まれなくとも全身を駆け巡り、貧血という不可視の脅威から絶対守ってみせるのに!)

 

 ……こーんな極めて犯罪臭い、変態眼鏡の暴走思考回路はひとまず置いておくとして。

 たかが貧血。されど貧血。…大凡ひと月に7日から10日。順々巡ってくるものがあるという世の女性達にとって【それ】は決して軽んじることのできない___訂正。彼の直属歳下上司曰く決して___軽んじてはいけない症状の1つであるらしい。

 これぞまさしく道聴塗説。若干の我が物顔が語るに痛いがまぁ及第点。風見裕也30歳独身現在彼女募集中。(おとこ)見せます!いいかな?いいともー!

 

 

 

「貴女は!何も悪くないじゃないか!」

 

 

 

「……え…?」

「…あ、……いや。急に大きな声を出してしまって申し訳ない。…それ、飲んでください。丁度いいタイミングで持っていてよかった」

「……でも、この経口補水液はあなたが飲みたいと思って買ったものですよね…?わたしが受け取ってしまったら、それこそあなたにご迷惑が…」

「迷惑だなんてとんでもない!…えぇっと…、そう!実は自分には【人命は何に変えても尊ばれるべし】っていう呪い、…じゃないな。縛り、…というか絶対遵守の社訓が。今この状態の貴女を坐視した挙げ句、置き去りにするような事態になれば、俺が上司に怒られてしまうんです!」

「………あなたが?上司さんに?」

「はい!だからもし、自分の為を思ってくれるのなら飲んでください!ぐびっと!一発!」

「…ふっ。……ふふふっ。…怒られちゃうのが分かっているのなら、それは避けなきゃですよね。…ありがとうございます。じゃあありがたく」

 

 絶対遵守の社訓だなんて、この上なく聞き苦しいだろう取ってつけたような言い訳を、天使のような微笑みを持ってして優しく包みこんでくれた彼女は、ある程度こくりこくり。本当に小さく喉を鳴らし終えると目深に被られた、その黒キャスケット帽を取り払い、改めて真横の眼鏡にと礼を口にする。

 

「……助けて頂いて、ほんとうにありがとうございました」

「そ、そんな!頭をあげてください!…自分はあくまで、この日本国に生きとし生きる国民の1人として!当然のことをしたまでなので!」

「でも、わたしがお礼を言いたいんです。……わたしを助けてくれた、他の誰でもないあなたに」

 

 

 

 ずっっきゅーん!!!

(以下隠れオタ風見裕也の全思考回路大暴走につき、各方面アニメで放送された名台詞オマージュ。それの乱れ打ちが予想されます。くれぐれも、流れ弾被弾にご注意ください)

 

 

 

 怪盗でもなんでもない筈の彼女は、とんでもないものを盗んでいきました。……それは、俺の心です。

 

「…あ。お名前、伺ってもいいですか…?もちろん、ご迷惑じゃなければ、ですけど……」

「かっ!」

「か?」

 

 ……あぁ!言いたい!言ってしまいたい!不肖貴女に一目惚れしまった、目の前の男の名は風見裕也だと!俺だって彼女が欲しい。癒やされたい。ラブラブしたい。目の前の天使を逃がしたくはない。……だがしかし今の俺は公安警察。他の何より正義が勝る!

 

「 ………自分、飛田男六と言います。飛行機の飛に田んぼの田。性別を指し示す男女の男と、漢数字の六で」

「ひだ、…だんろくさん」

 

 ちょ、…待って!タンマ!誰か今ここに、俺のスマホかボイスレコーダーを!現着要請大至急ー!

 

「だ、だいじょうぶですか?飛田さん。どこか痛いの、我慢されてたりするんですか?顔、真っ赤ですよ?」

「………大丈夫!自分、元々が赤ら顔なので!問題ありません!全然まったくこれっぽっちも!」

「……でも…」

 

 華奢な超絶小顔美女と、最早茹で蛸状態寸前風見のこうした赤面問答は、彼が手近なタクシーに___万札をちらつかせ___彼女を彼女の自宅まで送り届けるよう申し送る、その時まで続いたそうな。

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

「…ふぅ…」

 

 そして。……数時間前とは打って変わり、それはそれは充足感に満ち満ちた顔で遠ざかるタクシーを見送っていた風見は、ふとある衝撃的事実に気づくこととなる。

 

 

 

(………あ。俺、あの天使(ひと)の名前聞いてない)

 

 

 

 さぁ!___実は密かに女難の相持ち___風見裕也の明日はどっちだ!?

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