某外国酒輸入メーカーのリモートアルバイター   作:うにくろ

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キルシュ・イズ・プロファイル

 

 

 

 

 

 

「それで?首尾の方はどうなの?シュウ」

「?」

「だーかーらーぁ!年齢不詳性別不明な組織のニューフェイス【キルシュ】について何か、新しい情報は掴めたかって聞いてるの!」

「…あぁ。それについてはまだなんとも…。如何せん、顔を突き合わせて同じ仕事をするどころか、今流行りの、AI音声越しでしか会話を成立させたことがないんでね」

「………やめて。聞きたくなんかないわ。他ならぬ貴方の口からそんな、ネガティブフレーズばかり」

「正直な印象を述べているのだから仕方ない。……敵は正しく測り、正しく恐れなければ」

「…でもっ…!」

「まぁまぁジョディ君。……小難しい話は一旦そこまでにして、今はただ純粋に喜ぼうじゃないか」

 

 不肖我々の再会を、ね?……おおよそ。大半の人間が仲睦まじく酒を呑み交わしているだろう今この場に置いて、それ以上声を荒げるのは果たして如何なものか。…とくとくと無言、注ぎ足されていく()のが酒にそういう、戒飭的意図があるのだと読み取った女は、大層深いため息を1つして大人しく椅子に座り直す。

 

「もぅ!私達のボスであるジェイムズが、そんな悠長な事ばっかり言ってるからシュウだって!……一体どう責任取ってくれるんです!?」

「ははっ…。相も変わらず手厳しいな。キミは」

「1日も早い組織壊滅に、より積極的なだけの優秀捜査官だって言って褒めてください!心外だわ!」

 

 気心知れた仲であるらしい2人の男女。金髪ショートの女【ジョディ・スターリング】は初老の男【ジェイムズ・ブラック】をそう諌め、自身目前に並々注がれた、琥珀色のそれを一気に流し込む。

 

「……ふっ…」

 

 そしてそんな女の、暴走気味かつ敬われるべき正義感に笑みを深くする男の影が、この場にもう1つ。

 

 

 

「…明日は本国に呼ばれているんだろう。…深酒は程々にしておけよ。ジョディ」

 

 

 

 ……この長髪隈男こそ、某巨大犯罪組織の撲滅だけをただ純粋に願い果たすため、(おの)が感情に蓋をする鋼鉄精神力の持ち主。FBI捜査官【赤井秀一】その人である。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 そこは老いも若きも貧しきも。…より幅広い層が楽しむためにと開かれた、某国某所の大衆酒場で。

 本当に多種多様な文化と人種。言語が、それこそ1秒たりとも留まることなく飛び交い続けているこの場所での会話なら、取り敢えず盗聴されていたとしても後で何とか誤魔化すことが出来るだろう。……そんな楽観的とも取れる憶測が、根底にあって漸く集まること叶った3人は、数ヶ月ぶりにもなるその再会を___三者三様。それぞれ反応の差に違いはあれど心の底では___喜んでいた。

 

「……しかし…。同じ幹部クラスであってもコミュニケーションツールは電話だけ。顔も突き合わせる機会がないとなると、その実態を掴むのは___FBIたる___我々の力を持ってしてもかなりの根気と時間。そして覚悟を必要とする作業のようだ」

 

 美味しく楽しく酒は呑めども、すべき話はちゃんとする。……その辺りの緩急。所謂飴と鞭配分は、心底天晴の一言に尽きるのでうちの上司は本当に侮れない。…赤井が、そう内心舌を巻いたのを知ってか知らずか。いい歳こいた野郎相手に、可愛いウインクなぞ無遠慮飛ばして来ていた___ややチャーミングさが過ぎる___ジェイムズは、自身の部下にその言葉の続きを求めていて。

 そのバトンを無為にするのは己の立場上、些か推奨されない悪手である。……ため息混じりに足を組み直した赤井は、渡された話の主導権で改めて握りなおすが如く、肺に大きく酸素を取り入れた。

 

「えぇ。……でもこの話の、芯たるところはそこじゃない」

「「?」」

 

 最初からその総てを理解し、掌握し、弄んでいたかのような冷静さに定評のあるこの男が、こんな物言いをするなんて珍しい。……固唾を飲んで次を待つ、2人の同僚に告げられた現実はあまりにも残酷で。

 

 

 

「……今回の捜査対象であるキルシュ自身が、敵味方含め俺の知り得る限り、……最もその才に溢れ、最も近づくべきではない。そんなハッカーだという事実です」

 

 

 

「ちょっとシュウ!それってまさか…!」

「…安心しろ。まだ俺の正体に感づかれてはいない。……今はまだ、な」

 

 【今はまだ】……幾らジョディが感情先行型の、フルスロットル捜査官と言えど重苦しく告げられたその言葉の意味を、正しく理解出来ない道理などなく。

 景気よく酒を仰いでみせた、つい数分前の勢いは一体絶対どこへやら。…すっかりしおらしくなってしまった彼女の肩に手を置き慰め、話題を引き継いだのは、親子程歳の離れた初老の上司だった。

 

「……深淵を覗く時、深淵もまたこちらを覗いているという…。ほんの1つの小さなミスが言葉通り。即命取りとなりうる我々にとって、キルシュという存在は、それ程までに警戒すべき危険な相手だと言うことかね?赤井君」

「That's right.…残念ながら」

「………ふむ。他ならぬキミが、そこまで言うのだから仕方ない。…ジョディ君。非常に残念だが我々外野の人間は、戦略的撤退を決め込むとしよう」

「そんなっ!ジェイムズ!」

「事を急いて、積み上げてきた全てを台無しにする訳にもいくまい。そうだろう?」

「……………了解よ。ボス。…その判断に従うわ…」

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

「……いっくら直接。面と向かって会ったことがないって言ったって、普通の電話で意志の疎通ぐらい、図ったことはあるんでしょー…?」

 

 呑まなきゃこんなのやってられるか!……新しいメンバーの身辺調査という、ある種での組織壊滅糸口を断たれたことが余程悔しいのだろう。…今日はジェイムズの奢り。それ即ち無礼講なのだと大きな酒瓶に手を出したジョディは、ほんの少しだけ身の丈以上なアルコール摂取過多につき、若干その頬を赤らめながら隣の長髪隈男___つまりは現同僚。元彼氏___を相手取り、頗るタチの悪い絡み酒をおっ始めようとしていて。

 

「………勿体ぶってないで素直に教えなさいよぉ…!一体どんなフザけたヤローなの?キルシュってぇ…っ!」

 

 こうなればもう後の祭り。適当な相槌を打ちつつ好きに飲ませ、眠ってもらう他道はない。

 ジェイムズが3人分の会計精算と帰路用タクシー確保の為、席を離れてから早十数分。……自身の有能さが最早仇となり、接待の【せ】の字も知らずのびのび育ってしまった赤井としては実に御免被りたい、そんな状況に追い込まれていたのだった。

 

「野郎、か……。まだキルシュの性別が男だと、決まった訳じゃないんだが」

「経緯はどうあれあの組織の、コードネーム持ちにまで成り上がったくせに、自分の顔どころか、声すら機械じかけしなきゃ他と接することも出来ないなんて!一体どんな了見よ!?……そんなフザけたヤツ、ヤローで十分だわ!」

「……ふっ。…まぁ、本人が本当にふざけているのかどうかは別にして、かなり目敏く堅実な財布係を、喜んでやっているのは最早疑いようのない、自明の理だがな」

「?」

 

 

 

「キルシュは自分のことを【金勘定純利益計算ぐらいしか出来ることがない、経理担当リモートアルバイター】だと称していたぞ」

 

 

 

「………ハァ!?ナニソレ?…私のこと、おちょくってるんじゃないでしょうね!?」

「とんでもない。どんな人間なのか教えろ、とせがんで来たのはお前だろう」

「…そ、それはそうだけど……」

「あとは、そうだな…。預かり知らぬところで組織の金が動くこと。それが心底気に食わんらしい。……例えば俺が俺の金で、俺が放ってしまった無駄弾の自己補填をしようものなら烈火の如く怒られたよ。【社会人絶対のホウ・レン・ソウ】【次からはちゃんと領収書を切れ】ってな」

「ハァァアア!?もう意味分かんない!………犯罪者の思考回路なんて、理解したくもないけど!」

 

 こうして今日も愛する祖国の御が為。苦虫潰す連邦捜査局員らの夜は更けていくのだ。……金髪美女の不満げ断末魔をBGMに…。

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