仮面ライダーラプラス(リクエスト作品:ドライブ+リバイス オマージュライダー) 作:大島海峡
その男との待ち合わせは、とある総合病院のロータリーだった。
そこは患者相手のボランティアで大道芸人も出入りしているため、そこに紛れられると踏んだのだが、
「……ずいぶんとイカれたカッコしてんな、お前」
やはり無理があったようで、悪目立ちしていた。
「はぁい、ドク。メッセ以外だとはじめまして、ね」
と、クスミは手を振った。
無論、待ち合わせが病院だからといって本物の医者ではない。傍目からもそうには見えない。強いて言えばその所以は、肩に被せた白いツナギから連想される愛称であり、本業は機械相手の修理工だった。
サービス業にしては無愛想でぶっきらぼうながら、腕も見識も確かなものだと、今までのやりとりで知っていたし、その力量も、シフトロードライバーの設計思想を完璧に理解し、再現したことで確認済みだ。
「急ぎでってハナシだったんで、手っ取り早く持ってきてやっただけだ」
そう言うや彼は、自らのものらしきバイクの後部にくくりつけた小ぶりのトランクをクスミへと無造作に投げ渡した。
さっそくそれを開いてみれば、第一号とも遜色ない、見事な仕上がりのシフトロードライバーがある。
「万一のスペアだ。それ以上は無い。作る気もねぇ。これ以上深入りするつもりもねぇ。ただしばらく仕事を絶ってたから、錆落としついでに請けた気まぐれだ」
「へぇ、気まぐれ起こす程度には、何かしらの心境の変化があったわけだ」
さぁな、と乾いた声で『ドク』は返した。
「色々、あったんだよ」
反応こそ曖昧だが、それ以上は踏み込ませるつもりはない、という明確な拒絶の意思が表れていた。
「『ユーザーの承認のもとにその質量をもとにデータを物質化させる』なんて馬鹿げた装置を、どんな手駒を言いくるめて何に使うつもりか知らないが……道具に情を寄せれば、いつしかそいつにも心が生まれる。さらに情が沸く――こともある、らしい。それだけは忘れんな」
「ハードなあんたにしては、ずいぶん感情的な意見だけど……ま、ご忠告感謝するよ」
肩をすくめて、バイクで去っていく彼を見送る。
「そもそも、この身体自体が
自嘲気味にそう呟くとともに、クスミは天へと向かって腕を、そして触手を突き上げた。
〜〜〜
そこは、一般病棟から少し外れた場所に、特例的に設られた、彼女だけの病室だった。
そこには、無数の機材があり、そこに繋げられた管が無数に交錯している。
そしてそれらと痩せ細った華奢な身体が、接続されている。
かつてその少女は、天才、あるいは神童と消された。
あるいは、プログラミングの申し子、鬼子とも。
彼女が長じれば、いずれは情報技術に革命をもたらすことは間違いないとさえ言われていた。
だが運命の皮肉か、神の嫉妬か。
凡人の数十年分以上に匹敵する資質の持ち主は、その命数さえも過密に凝縮させた。
十代半ばにして奥に一人という難病に、彼女は倒れた。
徐々に身体に力が入らなくなり、内蔵器官が萎縮し、劣化した。
やがて起き上がることさえ困難となった。
それでも機械の補助で、それさえ満足に動かせなくなっても、指先と目の動きで必死に抗い、かつ打開策を己でも探り続けてきた彼女だったが、ついにその甲斐なく、植物人間になった。
甲斐なく……というのが、周知のストーリーだ。
開放された窓から、爽風と共にその悪魔は部屋へと入った。
髑髏の面を外し、髪を振り乱す。
長い睫毛、細い眉。理知的な切れ長の目。
その奥に沈むがごとき瞳の赤。頬の肉付きと血色。それら差異こそあれ……眠れる姫とその悪魔の顔は、瓜二つだった。
それに、手を伸ばす。
だが触れようとしたその瞬間に、静電気をより強烈にしたかのような痛みが『彼女』を襲い、指先に刺すような刺激が跳ね返ってきた。
だがこの痛みに、落胆はない。
その同一性を認めたからこその
(けども)
絶えず透析を必要とし、血液を体の内外で往復させる。その赤い管で繋がれた肉塊は、上から覗き込めば
(まるでタコだな)
と笑いたくなる。いや、少し考えればとても笑える状況ではないが。
本当に、Vtuberとは知らずとも一路はよくも揶揄してくれたものだ。
魂は
(それでも――)
タコはデビルフィッシュ。あらゆるものに変化する。
悪魔と契約したというおぞましき一族の電子の秘法。そんな眉唾物だった下法に縋り、完全に身体が機能しなくなる前に、掠め取った技術を以てままならぬ肉体を捨てた。人為的にマリスチケットならびにアルタールを作成し、そこに我が精神を容れ、電脳の海へと解き放った。いつか、本当の身体を完治させる術を探るために。
それこそが彼女の――唯一許された生存戦略だった。
ふいに、緩やかな足音が扉の外から聴こえた。
再び外へと躍り出て、窓の外へ。その直下へ身を隠す。
そして中を覗き込めば一人、日本人の女性が入ってきた。
その骨格は細く、両腕に抱えたプロテアの花束にさえ押し潰されそうで、今日に至るまでの苦労を想わせる。
誰が来たのかは分かっていた。今ここを訪れる見舞客など、二人……いや、一人しかいない。
もしかしたら会えるかもしれない――そう思っていたからこそ、ここへ来た。
母だ。
「あら、良い風ね」
と、クスミの去り際に吹き込んだ風を感じ、物言わぬ娘にそう語りかける。
「ごめんね、また私だけで来ちゃって」
そう侘びながら、萎れた花瓶の花と、手持ちのそれを差し替える。
その動作の合間、何かに思い至ったように短く声を漏らした。
「でもね、最近お父さんと仲良いのよ? ちょっと前まではお仕事のこととかお家のこととかで、ずっと辛そうで無言だったけど、今はとっても明るいし、シヨンのことも気にしてくれるみたい。やっぱ、ちょっと距離を置いた方が良かったのかな」
そう呟いてから、ハッと息を呑んで軽く慌てて、
「で、でもね。別に貴女と距離を置きたい訳じゃないのよ? お父さんもお母さんも、シヨンのことはとても大事。いつか、三人で」
そう言いさした母は、涙で言葉を詰まらせた。
「ごめんなさい、ダメなお母さんで」
俯いて口を押さえて声を震わせる。
そんな彼女にかける言葉もなく、またその資格もない。こんな姿では――まだ一言さえ語らうことも許されない。
「――そんなこと、ないよ……」
と物陰で、分厚い壁越しに手を這わせ呟くことが、膝を抱えて一緒に俯いてあげることが、今できる精一杯だった。