『放課後、葵先輩に伝えたいことがあります。屋上の貯水タンクの前に来てください。
東雲つむぎ』
「うーん……」
朝のホームルーム前の教室。
几帳面な字体で書かれた文章を、三角葵は難しい顔で見つめていた。
(今朝下駄箱に入っていたけど……これって告白、だよね?)
星柄の可愛らしい封筒に入っていた一枚の手紙。
あまりにも容易に要件が想像出来てしまうがゆえに、葵は内心頭を抱えた。
あのつむぎが──と差出人のことを考え始めた矢先、背後から「おっはよー!!」と弾けるような挨拶が飛んできた。
「みすみん何見てるの~?」
「うわあぁっ!?」
慌てて机に手紙を突っ込み、葵は瞬時に後ろを振り向く。
優美な金髪をなびかせた彼女──藤沢柚子は、その反応を見て子供のように小首を傾げた。
「どしたの?」
「いや、これはその! 奏坂の将来ってどうなるのかなって思って、私なりに色々と考えてたの! 何か読んでたわけじゃないよ!?」
早口になるあまり余計なことまで喋ってしまったが、柚子は「みすみんヘンなの~!」と無邪気に笑って自分の机へと行った。
(あ、危なかった……)
心臓がドクドクと早鐘を打ち、冷や汗が滲み出る。
柚子がこのカードを見たが最後、彼女は間違いなくつむぎに根掘り葉掘り聞き出すだろう。そんな事態があってはならない。
(……はぁ。どうしてなの、つむぎ?)
葵は深いため息をつき、窓の向こうに建つ中等部の校舎を眺めた。
東雲つむぎ。
いつも冷静で物腰丁寧な「マーチングポケッツ」のメンバーだ。
シューターフェス決勝戦で対峙した時の第一印象は「落ち着いていて良い子」だった……のに、何故か敵意を向けられた挙句へんてこ呼ばわりされ泣かれるという散々な事態だった。
その後はなんやかんやで仲直りし、手をつないで一緒に花火を見ることが出来た。
皇城セツナの手先として立ちはだかった時には、自分たちのオンゲキを見て考えが変わったと聞いてとても嬉しかった。
その後も何かと頼りにされているとは思っていたが──まさかこんなことになろうとは。
(うぅ、どんな顔して行けばいいの……気が重いよ……)
キリキリと痛くなり始める胃を抱えながら、葵はどうにか授業を受け続けた。
途中で星咲あかりに「葵ちゃん、なんか元気ない?」と心配されたり、どこからともなく表れた柏木美亜に「そう、例えるなら日陰で育つフサスグリ! 物憂げな葵先輩もニャーベラス!」とニヤニヤされたり──これは平常運転か──と色々あるうちに、気づけば帰りのHRが終わっていた。
教室から他の生徒がいなくなるのを待ってから、葵は慎重に屋上へと進んだ。
……なんて言われるんだろう。
緊張と困惑の中に、どこか嬉しさが混じっている自分がいた。
返事の言葉が何一つ思いつかないまま、ゆっくりと屋上のドアを押す。
ギイ、と古びた音と共に視界が開けた。
フェンス越しに、普段通っている駅周辺の風景が広がっている。
向かって右側には、貯水タンクが無機質に置かれている。その前には、紺のベレー帽から細いツインテールをなびかせた、凛とした佇まいの少女がいた。
声をかけようとする前に、彼女──東雲つむぎがこちらに気づいてパッと顔を明るくさせる。
「葵先輩!」
今まで見たことが無いほどの笑顔に、思わず胸がドキッとする。
パタパタとこちらへ駆け寄ってくるつむぎを前に、葵の心拍数はさらにヒートアップしていく。
「今日は来てくれてありがとうございます。急に呼び出してすみません」
「だ、大丈夫! それで、話って……?」
いつものように丁重な言葉遣いで頭を下げるつむぎ。
いつ本題に入るのかと葵が身構えると「話って程でも無いですが」と返された。
(…………え?)
「実はこの間、給食で出たピーマンが全部食べられるようになったんです! まぁ、時間はだいぶかかってしまいましたが……その後のオンゲキもうまく出来ましたし、私も立派な大人ですよね! なんてったってコーヒーだってお砂糖とミルクを減らして……」
まさか全部勘違いだったの? と脳内が真っ白になる葵をよそに、つむぎは意気揚々と話し続ける。
内容がほとんど頭に入ってこないままに相槌を打っていると、途端につむぎは話すのを止めた。
照れたような、喜びを内包したような微笑みが向けられる。
「あ……」
短い声が零れる。
どうしてここに来たのかさえも忘れてしまいそうな、不思議な時間が生まれていた。
そんな葵の様子を慮ってか、つむぎは少し待ってから、ゆっくりと口を開いた。
「葵先輩。私、先輩のことが好きです。私と、お付き合いしていただけませんか?」
そよ風が二人の間に流れる。
お互いの髪がゆらゆらとなびき、部活に励む生徒たちの声が聞えてくる。
空はあまりにも青く、曇一つない快晴だ。
──始まりの合図が、どこかで響いた気がした。
「──はい。よろしく、お願いします」
考えるより先に、葵は言葉を紡いていた。
色々な感情がない交ぜになったせいで、きっと頬は真っ赤になっているだろう。
なんだか恥ずかしいな、と思った瞬間、つむぎが泣きそうになっていて驚きに塗替えられた。
「ほ、本当ですかっ……!?」
顔をぐちゃぐちゃにして涙目を浮かべるつむぎに「なんで泣いてるの!?」と反射的にツッコミを入れる葵。
「な、泣いてなんかいません……泣いてなんか……!!」
強い口調で言い返す間にも、つむぎの瞳からはポロポロと涙が落ちていく。
しかし、それが悲しみによるものではないことは、葵にはすぐに分かった。
「もう、強がらなくていいのに……そんなに嬉しかったの?」
「だ、だって……私、もしかしたら葵先輩に嫌われているんじゃないかと思って……! 酷いことも言ったし、素直じゃないし、生意気で可愛げがなくて、子供っぽい私なんかが」
嗚咽しながら自分を卑下するつむぎを、葵は優しく抱擁した。
「さっきの言葉は噓じゃないよ。私は真面目で冷静で、大人になるためにいつも頑張っているつむぎが好きだよ」
「せ、せんぴゃぁい……」
つむぎは震え声で葵を見上げた。
「とりあえず、今日は一緒に帰ろっか。その……恋人同士だし、ね?」
「……はい! ありがとうございます!」
真っ赤になった目を輝かせるつむぎに「まずは顔を拭いてね?」と葵はハンカチを渡した。
(や……やってしまったぁぁーー!!)
夕方に駅へと向かう帰路の途中で、葵は内心で頭を抱えていた。
(女の子同士……女の子同士って大丈夫なの!? 何か揉めたりしない!? ついOKしちゃったけどこれからどうなるの……?)
「先輩?」
「はいっ!?」
くわっと目を見開いて返事すると「え……」とつむぎは少し引いていた。
「えっと、手を繋いでくれませんか……?」
「う、うん。いいよ」
もじもじと差し出された右手を、同じくもじもじとしながら握る。ぎこちなさが少し歯痒い。
(……つむぎの手、ちょっと冷たい)
シューターフェスの時もこんな感じだったなと思い返す。
関係性が変わっても、以前と変わらないものもあるんだと葵は少し懐かしみを覚えた。
「先輩の手、あったかいです」
「そう? なら良かった」
つむぎは嬉しそうに口元を緩める。
「それにしても、今日は普段通りの談笑からさりげなくって感じで、とても大人な告白が出来たと思います! まるでプロポーズじゃないですか!?」
「え? あの手紙はどうみてもラブレターじゃ……」
「ええっ!? だって、葵先輩と話をするならちゃんと短い手紙を書いて下駄箱にってみゃーから教わったのに……!」
「アテにする人を間違ってるでしょ!」
思わずツッコミを入れてしまった。
「じ、じゃあ先輩は最初から全部分かっていたってことですか? うぅ、恥ずかしいです……」
「ま、まあ結果オーライじゃない?」
つむぎがうつむく一方で、葵も脇へと目をそらす
(プロポーズ……も、いつかする気なのかな……?)
まだ打ち解けきれていない二人の背中を、淡い夕陽が長い影として地面に落とした。
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第2話以降もなるはやで執筆致します。