「リーダーさん、お願いします!」
詩帆は入室するや否やそう告げて、鼻息荒く席に着いた。
「詩帆はさ、コーヒーを淹れたり料理が得意だったりするけど、きっとご両親の影響なんだよね?」
「はい。小学生の頃から友人に振る舞っていましたし、評判もすごく良かったんですよ」
「でも、詩帆の悪いところが出ちゃって、引っ越さなきゃいけなくなった」
「はい……」
「その後、ご両親がせっかく喫茶店を開業して順調だったのに、灰のせいでまたダメになってしまった。詩帆にとっては帰る場所を二度失ってしまったということになるんだね。この経験が詩帆の思いに根付いてるんだと思う」
「そうかもしれません……」
詩帆は帰る場所に強いこだわりを持っていて、メンバー間に亀裂が入ったときに家事や食事で繋ぎ止めようとした。それが詩帆に重い負担を強いていたが、詩帆には他にどうすべきかわからなかったのだろう。
詩帆の強い思いを詩帆自身に思い出させてやるためには、一体なにがしてやれるだろうか。
「詩帆ってさ、思い込みが強いし、かたくななところがあるよね」
「……えっ?」
「あ、ごめん、悪口じゃないんだけど、悪口に聞こえちゃうか」
「いえ、大丈夫なので続けてください」
「ありがとう。詩帆のかたくなさは芯の強さでもあるし良いところなんだけど、そうしなければならないっていうレールを自分で敷いちゃってると思うんだ。みんなが帰る場所はなんとしても守らなくてはならない、だから自分が料理を作ってみんなの帰りを待っていなければならない、みんなは帰ってきて一緒に食事をしなければならない、みたいにね」
「私はみんなに理想を強要していたんでしょうか……?」
「うーん。実際ご飯はおいしかったし、すごく助かったのも事実。ただそのせいで詩帆が疲弊しちゃったじゃない。それじゃ意味がない」
「はい……。その節は心配をかけてしまってすみませんでした……」
「いや、こっちこそ何も気付けなくて申し訳なかったよ。ところでさ、詩帆は料理を作っているとき、義務感だけしかなかったのかな?」
「……」
「大丈夫だから、言いたいことを言ってもいいんだよ」
「実は、楽しかったんです」
「うん」
「料理を作っているときは誰のことも頭になくて、気になっていた料理を作る時、一発で味が決まったとき、美味しく作れたとき、すごく楽しくて、もっともっとって思っていました。こんな風に言うと私の趣味のためにみんなを利用していたみたいで心苦しいんですが、作ったものを美味しいって言ってもらえると、自分の腕前が認められたみたいな気がしてなんだか嬉しくもあったんです――あ、もちろん喜んでもらえたことも純粋に嬉しかったですよ」
「そういう後ろめたさが詩帆をかたくなにさせた原因になっていたのかもしれないね」
「今から思い返すと、そうかもしれないですね。お父さんとお母さんのお店が好きだったので、あの雰囲気をなんとか再現したいと思っていたんですけど……。私はまだまだ未熟者です」
「詩帆は本当にご両親のことが好きなんだね。どんなお店だったの?」
「はい。いつもいい匂いがしていて、あったかくて、お父さんもお母さんもお客さんも笑ってるんです。そこにいると心がすごく落ち着いて、全部許されているような気がして、どんなに嫌なこともがあっても頭からすうっと消えていっちゃうんです。本当にすごいんですよ! 私はこんななのに、お父さんとお母さんはすごく優しくて、私がどんなに悪くても全然怒ってくれないんですよ。絶対に許してくれるのが嬉しくて――悲しいんです」
「うん、そうだね」
「私はお父さんとお母さんにありがとうって言いたいです。生んでくれて、育ててくれてありがとうって。二人は正しかったよって証明したいんです。私はお父さんとお母さんみたいになりたい!」
詩帆が力強くそう言った。その瞬間、大きな地震が起こり、空気が割れるような音が響き渡った。窓の外を見ると、波打ち際から沖に向かって線路が伸びていて、その先に水に沈んだ駅や街並みが浮かんでいた。
「これは――!?」
「おめでとう、詩帆。きっとあの先に詩帆のフラグメントがあるんだね」
「……」
「どうしたの。怖い?」
「はい、少し。でも……」
詩帆は立ち上がった。曖昧だった輪郭はいつの間にかほとんど実体になっていた。
「私は会わなくちゃいけない」
「いってらっしゃい」
「……リーダーさん。実は私には密かな夢があるんです――もっともっと料理が上手になりたい」
「うん。できるよ、詩帆ならきっと」
「そうしたら、一緒に食べてくれますか?」
「もちろん。楽しみにしてるよ」
詩帆は言ってから、自分がいま何を口走ったのか理解したようで、詩帆の顔は耳まで赤く染まり上がった。そして、いってきますと言い残し、逃げるように部室を後にした。