リユニオン   作:やわらかな土

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高岡由紀子

「次は私の番だね」

「うん。よろしくね、由紀子」

「なんだかこういうのって、あらたまった感じがして苦手だなあ……」

 

 頬を掻いて、由紀子がはにかんだ。

 

「あのさ。これって私の思ってることがリーダーにバレちゃうって認識でいいんだよね」

「それで合ってる」

「うう……。嫌だなあ。緊張する」

「あはは。じゃあ始めようか。まず由紀子は自分のことをよく陰キャでコミュ障だなんて自虐的に言ったりするけれど、俺は由紀子のことをそんな風に感じたことはないんだ」

「ありがと! リーダーこそイケメンで優しくて頼り甲斐があって、すごくいい人だと思うよ!」

 

 由紀子は表情を変えずに早口でまくしたてた。本当の自分に触れられそうになると、つい話題を変えてしまうのが由紀子の癖だった。

 

「由紀子は覚えてるかな。俺たちがこんな風に仲良くなったきっかけって小説だったよね」

「そうだったっけ?」

「そうだよ。由紀子が読んでた小説をたまたま俺も読んでてさ、そこから話が広がったんだよ。覚えてないの?」

「嘘。ちゃんと覚えてるよ。リーダーも同じ小説を好きだって言ってくれて嬉しかったなあ」

「やっぱり覚えてた。それまで大して親しくなかったのに急に早口で話しはじめるんだから。よっぽど好きな本なんだなと思ったよ」

「そこは忘れてくれていいのに……」

「あのとき由紀子が嬉しかったのって、俺と共通点があるから話しかけられるって思ったから?」

「うっ……。正直それもあるけど、小説のことを話せるのが嬉しかったのも本当だよ」

「うん、俺も」

「あのときはこんな陰キャの早口に付き合わせちゃってごめんね」

「またそれだ。俺は本当にそう思ってないって。もうほとんど皮肉になってるよ?」

「皮肉じゃない! 仕方ないじゃん、癖なんだから!」

 

 由紀子は生まれたときから免疫に問題があって、そのせいで学校を休みがちだったらしい。誰かと遊ぶのも注意が必要だったし、食べ物だって気を遣わなくちゃいけない。だから由紀子の友達といえばもっぱらネット上の相手のことを指すのだ。

 ネット上では普通に振る舞えても、リアルだと予防のために体に染みついた癖や、そもそもの対人関係の経験の少なさからつい自分を卑下してしまう。由紀子は見た目や態度以上に自分に自信がないのだ。

 

「でもさ、由紀子はネットでは有名人だったらしいじゃん」

「黒歴史。そんなことまで掘り返されるのかー」

「黒歴史ってどういうこと?」

「だから! 本当に悩んでる他人様に、ネットで聞きかじった知識で偉そうに講釈垂れてたのよ。こんな世間知らずの陰キャがね。思い出すだけでも冷や汗出ちゃう」

 

 由紀子が思い切り顔を横に向けた。赤くなった顔を髪で隠す。それから目だけをこちらに向けた。

 

「これは否定してくれないんだ?」

「さすがにそこはね」

「ひどいなあ」

「あはは」

「前言撤回。やっぱりリーダーは優しくない! 鬼畜生だ!」

「由紀子はさ、俺のことが好きなんだよね」

「きゅ……急になに!?」

「うーん、話の導入かな」

「小説かよ」

「みたいなもの。じゃあたとえばさ――」

 

 俺は机の上に置かれた由紀子の手に自分の手を重ねた。由紀子は手を緊張させたが、振り払うことはしない。

 

「ほら。由紀子は俺を受け入れる」

「まあね。悪い?」

 

 俺は指の腹を使って由紀子の指の間をそっとなぞった。由紀子はされるがままで、表情は変わらなかったが、喉だけ上下に動いたのが見えた。

 

「由紀子は俺とのセックスを考えたことはある?」

「は……はあ!?」

「別に答えなくてもいいよ。イメージするだけで」

 

 由紀子は口を真横に引き締めて、瞳孔が開いたような黒目になった。由紀子の脈が強く打つのを手のひらに感じた。

 

「俺のなにが好き?」

「顔」

「即答かい」

「あのねえリーダー。顔の良さの持つパワーを舐めたらダメ。好みの顔って抗えないんだから。あと匂いも好き」

「そっか。俺は由紀子とセックスできるよ。したい?」

「もし……。もしそれが本当なら……」

「本当なら?」

「夢みたい。すごく嬉しい」

「でも、そのあとは?」

「そのあと?」

「そう。そのあと。由紀子って俺のなにが好きなんだっけ」

「……」

 

 由紀子は答えない。質問の意図がわかってきたようだった。

 

「由紀子は俺の何を知ってるの?」

「それは付き合っていく中で知っていけばいい。誰だって同じでしょ?」

「うん。そうなんだよね」

「じゃあ――」

「付き合うって具体的になに?」

「さっきから抽象的だなあ。試されてるみたい」

「あはは。ごめんね」

「私なりの考え方になるけど、一緒にご飯食べたり、お喋りしたり、時間があるときはデートしたりして一緒の時間を過ごすことかな」

「同感。それを俺とでイメージできる?」

「まあ一応は」

「で、たまにセックスするんだ」

「付き合ってるんだからそうなるでしょ。さっきから何?」

 

 由紀子はイラついたように言った。お互いの手はもう離れていて、由紀子は不満そうに指先で机をコツコツと叩いている。

 

「ああ、ごめんごめん。じゃあ本題ね。いま言った内容ってさ、別に付き合わなくてもできるよね?」

「付き合ってもいない人としちゃダメじゃない?」

「食事も、おしゃべりも、デートも、俺たちは普通にしてたでしょ」

「でもエッチは違う」

「違わない。由紀子はそれを知ってるでしょ」

「私はそれじゃ嫌」

「それは何故?」

「嫌に決まってるでしょ! 普通は嫌だよ。私だけを見て欲しい」

「うん。それが正しいと思う。でさ、その感情って本当に俺に向いてる?」

「リーダーを独占したいかってこと」

「うん」

「もちろん。私だけのものにしたい。できるならね」

「嘘はダメだよ、由紀子」

「……」

 

 俺の知る由紀子は、他人を押し除けてでも自分の欲望を叶えるようなタイプじゃない。由紀子の思慮深さは長所であり短所でもある。こと人間関係においては由紀子にとってネガティブにはたらくことが多かったというだけだ。

 

「きっと今のまま付き合っても恋に恋するだけで終わっちゃうと思うんだ」

「リーダーはさ! 本当にいっつも痛いところばかり突くよね!」

「まあね。今の状態だと、誰かに取られる前に手をつけておくってだけの関係だよ」

「だとしても、リーダーとの未来に可能性を残したいの!」

「もうあるよ」

「えっ? 可能性が?」

「可能性というか、さっきからその話をしてるんだけど」

「え、あるの?」

「うん。少なくとも俺は考えてるよ」

「そっか。そうなんだ……。えええー! 嘘……。嘘だあ……。絶対嘘だよ」

「一緒の時間を過ごして、キスして、セックスすれば信じられる?」

「それならまあ、信じられるかも」

「逆に言うと、今の由紀子はそうやって証明し続けないと信じてくれないんだよね」

 

 由紀子は驚いたように目を見開いて、拳を口元に当てたまま少し考えるような仕草をした。

 

「確かにそうかも。リーダーって残酷」

「俺はもっと自然体でいたいんだ」

「……あのさ、この話ってもしかしてリーダーの自己紹介でもあったりする?」

「お。やっと気付いてくれたんだ」

「遅ればせながらね」

「だってさ、由紀子はずっと俺の見た目のことだとか、付き合い方だとか、外側のことばかり気にかけるからさ。自分が陰キャでコミュ障とか、俺が陽キャなパリピだとかさあ。関係ないでしょそんなこと」

「仕方ないじゃない。そういう風に育ってきたんだから!」

 

 由紀子の子供時代は、きっと家と病院を往復するのが当たり前だったから、たまに学校に行ってもクラスでちょっと浮いた存在だったのだろう。だから人との繋がりをネットに求めた。けれど、由紀子の心の支えになったものはきっとそれだけじゃないはずだ。そして、それはもうほとんど判明している。

 

「由紀子の心の支えってなんだったの?」

 

 思い出して欲しい。由紀子は本来どんな人間だったのかを。

 

「本。私は本が好きだった。本であればなんでも良かった。一ページ、一文、一単語にすら新鮮な驚きがあった。想像力が刺激されて、次の瞬間にはもう世界の色が変わってる。閉め切られた六畳しかない私の世界は、本のおかげで限りなく広がった。百年前にも百年先にも自由自在。深海から宇宙の果てまで私は旅をすることができた。本の中に私は無限を感じていた」

 

 そう語る由紀子が輝いて見えた。早口ではなく饒舌に語る由紀子は自信に満ち溢れていた。いま由紀子の中を占めているのは多幸感と知的好奇心と渇望だ。

 

「私は本が好き。私は物語が好き。文字は時空を超えて、どんなにありえない世界であってもこの世にそれを出現させる」

 

 由紀子が確信に満ちた顔で言った。大地が揺れ、大気が鳴動する。そして、沖に由紀子のココロトープが現れた。

 

「これが私のトープ?」

「そうみたいだね」

 

 俺たちは二人して窓の外を眺めた。由紀子のココロトープは巨大な図書館と病院がぐちゃぐちゃに融合した、古城を思わせる建築物だった。

 

「じゃあ私は行ってくるけど、もし行っちゃったら、私とリーダーの人生はクロスして通り過ぎちゃうかもしれないね」

「そんなこともあるかもしれない。それもまた人生だよ」

「そんなの嫌だな」

「安心してよ。俺は由紀子のことがちゃんと好きだからさ。きっと由紀子が俺から離れていくんだよ」

「……それがリーダーの答えなんだね」

「うん」

「わかった。でもきっとそんなことにはならない」

「期待しないで待ってるよ」

「待っていてはくれるんだ」

「もちろん」

「じゃあ、いってきます」

「いってらっしゃい」

 

 由紀子は安心したような顔を浮かべた。それから扉に手をかけて、部屋から出る前にこちらを振り返った。

 

「……リーダー?」

「うん」

「私だってちゃんと好きだからね」

「うん。俺も好きだよ」

 

 由紀子は軽く頷いて、それから前を向いて扉を閉めた。足音が遠ざかっていき、やがて何も聞こえなくなった。

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