リユニオン   作:やわらかな土

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瀟 美岐

「リーダー、本題に入る前にちょっといいか?」

 

 美岐は部屋に入るなり開口一番そう言った。そして返事を待つことなく、

「集団戦での振る舞いはリーダーの指示から学んでいるが、少人数での私の判断がまだ甘いと感じているんだ。私は前衛だから菜々花やアレシア、かんなであればそれなりに動けるが、ユキ以外の後衛と組むとなると不安が残る。だから意見を仰ぎたい」

 と、美岐は俺の返事を待つことなく喋り始め、喋りながら椅子を引いて席に着いた。

 

「相棒が前衛なら一緒に切り掛かるから問題ないんだが、そうでない場合、私がまず攻めて、相棒にフォローさせる立ち回りになってしまう。呼吸を合わせることができればいいのは自分でもわかっているが、咄嗟にうまく口が回らなくて、つい一人で切り込んでしまう。これは私がみんなの能力についてよく知らないことに起因しているからだと私は思うんだ」

「だから、彩未ときららの能力について俺の視点からアドバイスが欲しいということかな」

「そうだ。私が合わせることさえできれば、あの二人に無理なフォローをさせることも少なくなると考えている。もちろん他のメンバーとのことだってアドバイスが欲しい」

 

 そこで美岐は言葉を区切って顔を俯かせ、溜めた呼吸を吐き出すように言った。

 

「私は今までメンバーを何度も危険な目に合わせてきてしまった。一歩間違えば死んでいたかもしれないことだって一度や二度じゃない。後から考えればもっといい方法なんていくらでもあった。すべて私が至らないせいだ。こんな自分がみんなから信頼されないのは当然だ。それでも、私は前に進みたいんだ」

 言い終えて美岐は呼吸を整え、背を伸ばして俺のことをまっすぐに見た。

 

 正直、美岐はリーダーとして申し分ない資質を備えている。

 もし俺のボスが美岐だったとして、俺ならもっと上手く立ち回る自信がある。けれどそうはならなかった。あのときチームはメンバーをほぼ同時にふたり失い、信頼を築く暇もなかったから心の痛みはそれぞれの内に隠されたままだった。そんな中で補充要員としてきらら、詩帆、そして俺がリーダーとして赴任してきたのだ。

 全部ゼロになった状態からの再スタートを美岐は何度経験してきたのだろう。美岐はリーダーとしての資質を発揮する前に俺と交代させられたのだ。

 

 出雲校が史上最弱と揶揄されるのは理由があった。

 出雲校は危険地帯であるコズミックタワーに最も近い場所という立地上、戦闘員が頻繁に失われるからだった。

 後からわかったことだが、最前線は本来なら新人が配備されるような場所ではない。なのに次々と新人が配備されるのは、重工系と製薬系の政治によって、いたずらに犠牲者を増やす目的があったからだった。

 そんなことを知らない美岐は、仲間を死なせないよう必死に戦っていたのだろう。誰かに頼ることもできず、たった一人で。

 

「まず、なんで俺がリーダーに選ばれたのか、その理由から話す必要がありそうだね。美岐も薄々わかってはいるだろうけど、俺のエーテルフェログラムは仲間の能力を向上させるもので、本来の役割はサポーターなんだ。そんな俺がリーダーを任されるには条件がある。それは『メンバーが全員強い』ということだ。なぜなら俺は戦えないからね。けれど俺がいればみんなの力が増幅される。つまり、俺に求められていたのは司令塔としてのリーダーなんだよ。他校や、たとえば広島校で俺が挙げた成果とは、つまりそういうことなんだ。単純にみんなが強かったからなんだ。事実、広島一帯が安定してしまえば俺は用済みになった」

 

 美岐は俺の話に真剣に耳を傾けていた。けれど、咀嚼するのに少し時間が必要だろう。俺は立ち上がって、詩帆が落としておいてくれたコーヒーを美岐の分も注いで勧めた。

 

「そんな俺が最弱と呼ばれていた出雲になぜ来たのか――政治だよ。美岐も知ってると思うけど、三石日ノ杜学園高校はその名の通り三石グループ傘下の学園で、つまり重工系にあたる。けれど司城先生は製薬系のグループに属していた。

 元々は重工系からリーダーを赴任させる予定だったらしいけど、おそらく司城先生の工作で重工系でも製薬系でもない俺が選ばれたというわけ。俺はちょうど用済みになっていたからね。

 その後は美岐も知っている通り、俺たちは期限として設けられた三ヶ月で地域を取り戻し、俺は出雲に据え置きという形に落ち着いた。あの頃は俺も必死だったし、そんな政治のことは知らなかったけれどね。

 もし俺が赴任しなければ、おそらく駒川さんあたりが赴任してくる予定だったんだろう。まあ、結局来てしまったけれど……」

 

「やっぱりリーダーはすごいな。私なんかそんなこと考えもしなかったし、それどころか、ぽっと出のヤツにリーダーの座を奪われて腹まで立てていた――気を悪くしないでくれ、あのときはそうだったというだけで、今は違う。心から尊敬しているよ」

「ありがとう。美岐だってちゃんとリーダーだよ。美岐から学ぶことも多かったしね」

「お世辞でも、そう言ってもらえると救われるよ」

「本当にそう思っているんだけどね……」

 

 美岐はどんなに評価されても、いつも悲しそうな顔で首を振るばかりだ。自分で自分のことを認めていないから、そんな態度になるのだろう。

 

「話を戻すけど、美岐はなんでそんなに自己評価が低いんだ?」

「そんなの決まっているだろう。私はリーダーよりも劣っているからだ。こんなことを言わせないでくれ」

 俺はちゃんと尋ねたつもりだったが、美岐はまるで皮肉を受け入れるように卑屈に笑った。

 

「俺と美岐は戦闘能力でいえば比較にならないし、さっきも言った通り俺の能力はそもそもバフだ。適性でいうなら美岐のほうが向いている。あとは自分の意識の問題じゃないのか?」

 

 そう尋ねると、美岐は悲しそうに笑って首を振った。

 

「向いてないんだ、私は。本当の私は孤独で心が狭くてみじめな人間なんだ。そんな自分をごまかしているだけなんだ。こんな私がリーダーになんてなれるはずがない。私がリーダーから外されたのは正当な評価だったんだよ」

「俺が思っているのと違うなあ。美岐はいつだって冷静で勇ましく、目の前のことに集中していても視野が広い。それに情が深くて誰のことも見捨てない。怒りで我を忘れることもないし、誰の協力がなくたって任務をやり遂げる強さがある。俺は美岐の背中を見て学ぶことが多かったよ」

「褒めすぎだろう」

「けれど、戦場を一旦離れれば、可愛いものに目がなくて、子供みたいに目をキラキラさせる女の子。俺から見た美岐はこんな人なんだ」

「……」

「美岐は上手く隠せていると思っていたかもしれないけど、俺を含めてみんな知ってることだよ。美岐が過剰に恥ずかしがるからあまり触れないだけで、そりゃあもうバレバレ」

「そ……そうだったのか……」

 

 美岐は面と向かって告げられたことがあまりにショックだったらしく、後頭部を殴られて朦朧としたように目を泳がせた。恥ずかしさや後ろめたさからくる表情でなかったのが意外だ。

 

「ずっと気になっていたんだけど、美岐は可愛いものを前にした時に複雑な表情を浮かべるだろう? 感情を隠しているのはわかっていたけど、あれは本当に恥ずかしがっていたのか?」

 

 試しにそう尋ねてみる。すると美岐は目を閉じて深く息を吸い、覚悟を決めたように目を開けた。

 

「リーダーにはちゃんと打ち明けなくちゃな。恥ずかしさもあったが、それはこんな自分みたいな人間が可愛いものの虜になっているだなんて公言できないと思っていたからでもある。けれどそれ以上に、本当に好きなものは隠さなくちゃいけないと心の奥底に刷り込まれているからだ。これは呪いなんだよ」

「呪いとは?」

「育った環境の問題だ。私は幼い頃に母を亡くしている。それはリーダーも知っているだろう?」

 美岐の問いに俺は頷いた。

 

 以前、美岐が寮の中庭でラジオを聴いていたことがあった。そのとき美岐はラジオが好きだということを知った。同時に、その趣味を恥じていることも知った。恥じるような趣味ではないと思ったが、そのときの俺は美岐の心に踏み込むことはしなかった。その後、美岐は自分がホストとして声を配信する、擬似的なラジオ配信に興味を持ち、俺はそれに協力した。その配信は主に美岐が自分のことを語る場であり、その日出会った可愛いもの、感動したこと、興味のあることをつれづれと語った。自分のことを話すスピーカー越しの美岐は饒舌で、自分を曝け出すことになんのためらいもないようだった。目の前に誰もいないが、どこかで誰かが聴いている――そんな距離感が美岐を饒舌にさせたのだろう。美岐は心の中にこれほどまでに語りたい思いを秘めていたのかと驚いた。同時に、それに気付いてやれなかった自分の不甲斐なさを痛感した。

 やがて美岐はメンバーにも聴いて欲しいと言い、ある日、メンバーに配信のことを打ち明けた。そして、俺たちは揃って美岐の配信を聴いたのだ。そこで語られたのは美岐の亡くなった母親についてのことだった。美岐は母親に感謝と愛を告げ、自分はいまここで元気に生きていると言って配信を閉じた。

 美岐からの母親のメッセージは、きっと母親への別れの言葉だったのだろう。そして、俺たちに対する美岐の自己紹介でもあった。

 その日を境に美岐は配信をやめた。きっと美岐の中で何かが変わったのだろう。

 

「私が物心ついたときには父親はすでにいなくなっていた。母が女手ひとつで私を育ててくれたが、病気で亡くなった。私が五歳のときだ。それから私は親戚をたらい回しにされて育った。親戚とはいえ決して裕福ではなかったから、私への当たりは強かった。甘えることの許されない環境だったから、私はいついかなるときも強くあろうとした。舐められたら絶対に許さなかったし、殴られたら必ず一発多く殴り返した。当然、女の子みたいな趣味なんてもってのほかだ。弱みになりそうなものは片っ端から拒否したんだ。だから、灰病になり私がイローデッドだと知ったとき、私は選ばれた、あいつらとは違うんだと、心の中では喜んでいたんだ――浅ましいだろう?

 だから、こんな私がリーダーになるなんてあってはならないことなんだよ」

 

 美岐は言い終わると自分を嘲るような笑みを浮かべて、コーヒーに口をつけた。

 

「美岐。俺は、いや、俺たちは君がどんな人間なのかを知っているよ。お母さん思いの優しい娘だ。強くて優しい君はとても魅力的だよ。戦場で鬼と呼ばれた人物が、日常では可愛いものに目がなくて戦士になんか全然見えない、というような人物はそんなに珍しくない。むしろ逆なんだ。人は二十四時間ずっと戦ってはいられない。人には色々な側面があっていい」

「それはなぐさめだよ、リーダー」

「違う。事実だ。君は俺にとって大切な人だ。だから、自分を否定する理由を探し続けるのはやめて欲しい」

「ふふ、さすがリーダーだな。そう言われると温かな気持ちになる。自分が価値のある人間のように思えてくる。その優しさに身を任せてしまえればどんなにいいだろうと思うよ」

「この話のはじめに美岐はきららや彩未の能力が知りたいと言っていたね。それだけでなく、メンバー全員と連携が取りたいと。つまり美岐はみんなともっと仲良くなりたいんだ。美岐に本当に必要なのは自分を卑下して距離を取ることじゃない。彼女たちともっと打ち解けることだ」

「打ち解けると言っても、どうすればいいのか私にはわからないんだ」

「そのまま伝えればいいじゃないか。みんなと仲良くなりたいけど、どうすればいいかわからないって」

「そんなことが言えるわけないだろう」

「じゃあ俺が言っておいてあげるよ」

「やめてくれ!」

「無理無理。言ったろ、俺は『サポーター』だってね」

「そのロジックは卑怯だろう。私はそんなこと望んでいないんだ」

 

 美岐は困ったように言った。けれど、未知のことを前にただ困っているだけのように見える。

 

「美岐はみんなと仲良くなりたいと思わないのか?

 本当に?

 自分の心に誓えるか?

『自分のような人間が心を開くなんて許されることでないし、ましてや友達ができるなんてあってはならないことだ』って?」

 

 俺は少し強く問い詰めてみた。案のじょう美岐は口を引き結んだ。まるで自分の心が口から溢れていかないよう無理に閉じているようにしか見えなかった。

 

「美岐。この際だからはっきり言うけど、リーダーとしての資質なら美岐は満点で満たしているんだ。矢面に立てる、責任を取れる、いるだけで皆を鼓舞できる。何よりチームにとってベストな選択ができる。それに、不確定な再構築を前にしたこんな状況にあってなお、君は諦めることなく先を見ている。美岐はあるのかもわからない未来を見ているんだ。リーダーは君しかいないよ。いいかげん自覚してくれ」

 

 俺は突き放すように言った。煽る意図はあったが、どれも本心からの言葉だ。このチームのリーダーは美岐を置いて他にいない。

 

「本気で言っているのか?」

 

 美岐は喉を上下させ、絞り出すように言った。俺は黙って頷いた。

 

「私がリーダーに?」

「はじめからそう言ってる」

「私がリーダーになってもいいと、認めてくれるのか……?」

 

 遠くの空で雷が閃いた。

 黒雲が急激に垂れこめて、冷たい風が吹き抜けていった。海が大きくうねり始めて、空気がビリビリと震えた。

 俺が再度頷くと、大地が今までにないくらい強烈に揺れた。まるで大きな槌で打たれて、足元から突き上げられているようだった。雷が何本も海に落ちて、空気を切り裂く音が断続的に響き渡った。黒雲から雨がスコールのように激しく降り注ぎ、いくつもの竜巻が海の上で逆巻いた。雨が窓を激しく叩いた。床はまるで波のようにぐらぐらと揺れ続けている。沖に見えていた巨大な津波が迫り、あっという間に校舎を飲み込んだ。その一瞬、世界は暗闇に包まれた。波が引くと、黒雲を掻き分けるようにして何本もの条光が海に注がれていた。空に天使の梯子が掛かっているように見えた。雲はすぐにかき消され、青い空が広がった。水に濡れた世界は光を受けてきらきらと輝いて、新たな生命の誕生を祝うように風が鳴った。そして、沖に美岐のココロトープが現れた。

 

「嬉しいよ、リーダー……。その言葉だけで本当に嬉しい」

 

 美岐は世界の変貌に気付いてすらいないようだった。止まっていた時間がたった今動き出したみたいに、瞬きをせわしなく繰り返し、頬を上気させ、満たされたような笑顔を浮かべていた。

 

「美岐、見てごらん。あれが君のココロトープだよ」

 

 俺は沖を指差した。

 美岐は世界が変化したことにようやく気が付いて、俺の指す先に目をやった。

 そこにはパステルカラーで彩られた巨大な遊園地が建っていた。国内有数のテーマパークを模しているような、それでいてどれとも違った姿をしていた。敷地内には見たことのあるもの、ないもの、たくさんのキャラクターがひしめき合っていた。いたるところで風船が浮かび、花火が打ち上がり、甘い匂いと楽しげな喧騒がここまで届いてきた。

 美岐は、自分のココロトープに歓迎されていた。美岐はその光景に目を見開き、その美しさに心が奪われていた。不意に、その姿に少女のような姿をした美岐が重なって見えた。 

 

「リーダー! 私はあそこに行ってもいいのか!?」

 

 美岐が我を忘れたように興奮して叫んだ。ココロトープから目が離せないようだった。

 

「もちろんだよ。楽しんでおいで」

「……私は一人じゃなかったんだな」

 

 ココロトープを見つめている背中は泣いているようにも見えた。けれど、きっと悲しい涙なんかではないはずだ。

 

「今頃か……いや、やっとわかったんだね、美岐」

「うん!」

 

 美岐が振り返った。今までに見たことのないほど無垢な笑顔を浮かべていた。ずっと心の中に閉じ込めていたもう一人の美岐はこんな顔で笑うんだ。

 美岐が手を差し出した。それを受けて握手を交わすと、美岐は俺を抱き寄せて、俺の背中を力強く叩いた。

 

「ありがとうリーダー。会えて本当に良かった」

「俺もだよ」

 

 ぐっと強くハグを交わし、俺たちは離れた。美岐の顔にはもう何の曇りもなかった。

 

「じゃあいってくる!」

「いってらっしゃい」

 

 俺は駆け出した美岐の背中に声を投げた。美岐は足を止めることなく片手を上げ、廊下を駆けて行った。

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