リユニオン   作:やわらかな土

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星谷かんな

 しばらく待っていると、廊下を走る足音が聞こえた。足音は、私はさも忙しいのだといわんばかりのせわしなさで部屋の前を右から左へ通り過ぎて行った。そして、再び左から足音がし――戻ってきて、部屋の前に差し掛かったところで、しかし早足で右へと通り過ぎて行く。右に抜けて行った足音は、どこかで折り返して再び部屋の前を通り過ぎる。そんな風に足音が何往復か繰り返したところで俺は立ち上がって扉の前に立った。それから耳を澄ませ、足音が扉の前に来た瞬間に思い切り扉を開いた。

 

「ひゃっ! お、お兄ちゃん!?」

「かんな。さっきから何してるの」

「なにって……。かんな忙しくて、いま大変なんだよ」

「嘘つけ。いいから早く入って来なって」

「えー。どうしようかなあ。かんな、やることいっぱいだし、お兄ちゃんに構ってる暇なんてあるかなあ?」

「取引するつもりか? わかったよ、終わったらいちごパフェ奢ってあげるから」

「お兄ちゃん、話がわかるねー。それじゃあ仕方ない。かんなが一肌脱いであげましょう」

 

 かんなはそう言うと顔をほころばせて、部屋の中に入ってきた。

 

「今の感じ、なんだか懐かしいね」

「覚えてたんだ。かんなは俺が頼み事をするとたいてい交換条件を出してくるからな。いちごパフェは俺の初任務のときだっけ」

「もう忘れちゃった。なんだかすごい昔のことみたい」

 

 俺が席に着いてもかんなは椅子の前に立ったまま、気まずそうにもじもじとしている。いいから座れと俺が手で示すと、かんなはようやく椅子に腰を下ろした。けれど、かんなはちらちらと俺の顔に目を向け、目が合うと慌てて逸らすということを繰り返す。

 

「かんな」

「ひゃっ! は、はい!」

「一応説明するけれど、俺たちの目的は世界の再構築で、そのために世界の礎となる雫世界を作らなきゃならない。雫世界をコモンへと成長させるために俺たちは自分の思いと向き合う必要がある。そこまではわかるよね?」

「……うん」

 

 かんなは顔を曇らせながら頷いた。

 

「つまり俺たちの世界を再構築するために動いているんだけど、かんなはそのことにちゃんと納得できてる?」

「もちろんだよお兄ちゃん。さあ、さっさと始めよう」

「かんな。雫世界を作るにはかんなのココロトープが必要なんだ。だから思っていることをちゃんと言葉にしなきゃダメだよ」

「あ、そうだ! しりとりしようよ、お兄ちゃん! じゃあかんなからね! 『りんご』」

 

 かんなが顔を輝かせ、叫ぶようにしりとりの開始を宣言した。

 

「はぁ。じゃあ『ゴリラ』」と俺。

「『ラッパ』」とかんな。

「『パリ』」と俺。

「『リンス』」とかんな。

「『スリッパ』」と俺。

「『パン祭り』」とかんな。

「『立派』」と俺。

「ぱ……『パンチェッタ』!」とかんな。

「『短波』」と俺。

「『パパ』!」とかんな。

「『パイナップル』」と俺。

「『瑠璃』」とかんな。

「『リンパ』」と俺。

「……あー、もう。参りました! かんなの負け! じゃあ次お兄ちゃんからね」

「そうだなあ。じゃあ『友達』」と俺。

「『チーズケーキ』」とかんな。

「『記憶喪失』」と俺。

「『罪と罰』」とかんな。

「『強がり』」と俺。

「『輪廻転生』」とかんな。

「『裏切り』」と俺。

「『理解』」とかんな。

「『生き地獄』」と俺。

「苦しいよ……」とかんな。

「『世を忍ぶ仮の姿』」と俺。

「助けてなんて言えないよね」とかんな。

「『願い事』」と俺。

「『遠い世界』」とかんな。

「『生きている意味』」と俺。

「『みんな』」とかんな。

「『涙』」と俺。

「『騙して欲しい』」とかんな。

「『嫌だ』」と俺。

「『抱いてよ』」とかんな

「『世も末』」と俺。

「『えっち』」とかんな。

「『違う』」と俺。

「『嘘つき』」とかんな。

「『君が大切だ』」と俺。

「『だって忘れたくない』」とかんな。

「『生きるんだ』」と俺。

「『大好きな人たちと離れたくないよ……お兄ちゃん』」と、絞り出すようにかんなが言った。

 

 かんなから笑顔が消え、一転して沈んだ表情になってしまったので、ひとまず休憩がてら二人分のコーヒーを淹れてやった。そして、適当に雑談してるうちに落ち着きを取り戻したようだった。

 

「かんなはさ、俺たちの世界を再構築することに理解もしてるし納得もしてる。けれど、モヤモヤしたものが残ってるんだよね?」

「そんなことないよ。かんなはもう決めたから」

「そうやって自分に言い聞かせてるようにしか見えないんだよなあ」

「ううん。本当に大丈夫だから」

「じゃあさ『元の世界のことは忘れました』って言える?」

「言えるよ! 『忘れました!』」

「だからさ。それがもう嘘っぽいんだよ。ふつう忘れられるわけがないだろ」

「どっちだっていいじゃん! お兄ちゃんの世界を選んだって言ってるんだから、いちいちうるさく言わないでよ」

「こりゃ重症だな」

「なにが」

「かんなは元の世界の仲間のことがよっぽど大事だったんだなって」

「もう忘れたってば」

「かんなはそんな薄情な女じゃないだろ。そんな風に目を背けるのは、前の仲間に悪いと思ってるからじゃないのか」

「そんなこと思うわけないじゃん」

「罪悪感があるから頑固になるんだろ。だから、ああしなきゃいけない、こうしなきゃいけないって、ほとんど義務感で動くから視野も狭くなる」

「はいはい、その節はすいませんでした!」

「かんなはこの世界を乗っ取る目的で動いていたけど、その目的にすがっていないと、寂しくて気が変になりそうだったんじゃない?」

「そんなことないよ……」

「俺はかんなの目的のことも疑ってるからね。別の世界線に飛ぶ技術の適合者がかんなだけだったから、かんなには飛んだ先の世界を乗っ取って元の世界を再構築する使命があるということだったけど、なんか話が出来すぎてるように感じるんだよ」

「どういう意味?」

「気を悪くしないで欲しいんだけど、世界の命運を託す相手がかんなって無理あるでしょ」

「なにそれ、ひどい!」

「違うんだ。そもそも誰か一人に命運を託すことが無茶なんだよ。逆に考えて欲しいんだけど、この世界が滅ぶとなって、世界線を飛び越える技術が開発されました、ただし一人だけですとなったとき、かんなはメンバーの誰かに世界の命運を託せる?」

「……」

「違うよね。かんなだったら選ぶ基準はきっと世界を救うためじゃなくて、その人を助けるために技術を譲るよね。その人が適合者だった、世界をお願いって嘘をついてでもね」

「違うもん……。かんなは世界の命運を託されたんだもん」

「その目的だけどさ、かんなが勝手にそう思ってるだけじゃない? だってさ、『俺たちのために飛んだ先の世界の人間を皆殺しにして世界を乗っ取ってくれ! 頼んだぞ、かんな!』と言われたということになるけど、俺だったらかんなにそんなこと言えないよ」

「ちゃんと言われたもん!」

「だとしたら、そんなクソなやつら滅んで正解だ」

「みんなのことを悪く言わないで!」

 

 かんながもう限界だとでも言うように机に拳を叩き付けて叫んだ。怒りに燃える目が少し潤んでいた。

 

「悪かった、言い過ぎたよ。かんなが大切に思う人たちなんだから、きっといい仲間だったんだろうなってのはわかってる。でも、だからこそ一人で戦えなんて本心から言ったりしないんじゃないのかな。俺たちだってかんなには生きて欲しいと思っているし、かんなの仲間だってその気持ちはきっと同じだ。それに、俺たちは実際かんなのことを敵だなんて思ってなかったんだから」

 

 死者の本心など、今となっては確かめる術はない。だからかんなは仲間を助けるという思いに囚われてしまったんだ。その思いはほとんど呪いだ。

 

「もうわかんない。なにがなんだかわからない」

「うん」

「本当に大好きだったの。でもこの世界のみんなのことも大好きなの」

「無理に忘れなくていい。忘れるなんてどうせできっこないんだから。でも、きっといつか忘れてしまう。けれど、それは消えてなくなったのではなくて、かんなの一部になったということなんだ」

「よくわかんないよ」

「今はわからなくてもいいよ。かんなはかんなのまま、そのままでいいよって言ってるんだ」

「……」

「だから、かんなの世界の仲間たちのこと、もっと俺たちに話してよ」

「いいの?」

「いいよ」

「かんなのこと嫌いにならない?」

「ならないよ」

「かんなは裏切り者なんだよ。お兄ちゃんたちを切り捨てようとした」

「それはかんなが優しいからだよ」

「新しい世界になっても、かんなはまた裏切るかもしれないよ? それでも信じられるの?」

「今のかんなを作ったのは元の世界の仲間たちだろ。かんなを信じるということは、かんなの仲間たちのことも信じることでもある。だから、どんな人たちだったのか聞かせて欲しい」

「みんなのこと覚えていていいの?」

「いいよ」

「かんなのこと許してくれる?」

「許す」

 

 そう言うと、かんなの目から涙が溢れた。それに呼応して大地が大きく揺れ始めた。沖に島がせり上がり、虹の橋が掛かる。島には日ノ杜によく似た学校が建ち、時計台から鳩が飛び立った。

 

「ココロトープが出たね。あれがかんなのいた世界か。きっと大切な人たちがあそこにいるんだろうね。さあ、みんなと会っておいで」

「……行きたくない。もう誰かと離れ離れになるのは嫌。みんなが私を忘れてしまうのも嫌。もう繰り返したくない。ねえ、お兄ちゃん。かんなずっとここにいたいよ。ここでいいじゃん。ねえ?」

「俺は嫌だよ。前に進みたい。みんなにも聞いてみるといい」

「……」

「かんなが今思っていることをみんなに伝えて、それからゆっくり考えればいい。かんなはもう一人じゃないんだから」

「うん……」

 

 かんなの背に手を触れたが、足取りは重かった。

 かんなはきっと俺たちを選ぶだろう。いつだって死者より生きて触れられる人間の方が強い。死者を蘇らせる物語がうまくいった前例などない。死者のためにこの命と仲間の未来をくれてやるつもりもない。この思いを伏せてかんなを送り出す俺は卑怯者だ。けれど、それでいい。かんなを生き地獄から救い出すためだなんて綺麗事を吐くつもりもない。

 向こうの世界のリーダーがどんなやつなのか知らないけれど、きっと俺と似ているのだろう。俺は、そいつらとちゃんとお別れを言わせるために、かんなを送り出すんだ。

 かんなは廊下を一人でとぼとぼと歩いて行く。向かう先にはみんながいる。俺の仕事はここまでだ。俺は歩いているかんなに背を向けて部屋に入り、扉を閉めて自分の席に戻った。

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