彩未と入れ替わりできららがやって来た。まるで機をうかがっていたようなタイミングだ。
「やっときららの順番になった。リーダーは人気者だからきららはいつも後に回されちゃう」
「待たせて悪かったよ。埋め合わせはするから今回は許して」
「先っちょが乾く暇がない?」
「そんな言葉をどこで仕入れてくるんだ?」
「でもいいの。きららとリーダーはプラトニックな関係だから」
「別になにも始まってないだろ」
「ハッ!」
「今度はなに!?」
きららは口を三角に開いて大袈裟な声を出し、ぱたぱたと足音を立てて部屋から出て行った。そして閉めた扉の向こうに立ち、こんこん、とノックする。
「どうぞ!」
俺は投げやりな気分で返事をする。待たせてしまったのだから小芝居にくらい付き合ってやらないと、そんな気分だ。けれど、こんこん、と再び扉が叩かれる。
「入っていいいよ!」
――こんこん!
しかしきららは俺の声に被せるように扉をノックしてくる。俺に開けろと言っているのだ。正直気が進まない。が、このままでは埒が明かない。すりガラス越しにきららの姿がぼんやりと透けている。どうにでもなれという気持ちで扉を開けた。
「来ちゃった♡」
扉の前できららが上目遣いで言い放つ。頬を染め、前髪で隠れていない方の目まで潤ませる周到さだ。
「なにが」
「だから、来ちゃった♡」
「わかんないって」
「お。みにくくあがく浮気男のロールプレイ。リーダーも乗ってくれてきららは嬉しい」
「なに言ってるかわからないし、俺は別に乗ってないし。っていうか浮気男って」
「リーダー、中に入ってもいい?」
きららは俺を無視して体を左右に揺らし、俺の体の脇から室内を覗き見ようと激しく動く。これではまるで中に入らせまいと、俺がきららを食い止めているみたいじゃないか。
「だから、なんのつもりなんだ?」
「急にやってきた彼女のまね。リーダーは部屋に愛人を連れ込んでいるから、これから修羅場になる。リーダー、たのしみだね」
「なんだよその嫌なシチュエーション。最低なイベントだな……って、いいから早く入れって」
「くんくん。なんだかこの部屋から知らない女の匂いがするわ!」
「そりゃあするだろうな」
「リーダー、正直に言って。きらら以外の女を抱いたの!?」
「しないって、うるさいなあ。いいから早くはじめるぞ!」
「他の女を抱いた手できららに触らないで!」
「言いたい放題か」
「ハッ――! 悪い男に力で無理やりわからされてしまうシチュエーション……惚れた女の弱み……それもまたいい……」
「馬鹿な妄想でみなぎってるんじゃないよ」
「ほんとにしちゃう?」
「しないから。さっきからどうしたんだ? もったいぶるような真似ばかりして、きららも自分と向き合いたくない系か?」
「ううん、違う。きららには必要ないから、はじめたらすぐに終わっちゃう」
「どういうこと?」
「こういうこと」
そう言ってきららが沖を指差した。その瞬間に大地が鳴動し、海から巨大な鳥居が迫り上がってきた。鳥居に続いて巨岩が、そして深い森を携えた急峻な山がそびえ立つ。
「きららは神様と深いところで繋がっている。だから同じチャンネルで神様に話しかければ、こんな風になるのも予想ができる」
「そういえばきららは本物の巫女だったね」
「きららは純潔だよ。リーダー、嬉しい?」
「それは好きな人のためにとっておきなよ」
「リーダーは若いのに感性がおじさん。若い子はそんなこと気にしない。知ってた?」
「きららが聞いてきたんでしょうが!」
「リーダーは穴ならなんでもいいのねッ!?」
「さっきからセクハラ三昧じゃないか。ココロトープが出せるならさっさと行って来いって」
俺はあえて軽く突き放すように言った。きららが何を考えているのか、なんとなくわかってしまった。別れを惜しむ気持ちは俺も同じだ。きららは黙って席に着き、椅子に座れと俺に目で合図した。
「リーダーは大丈夫?」
「大丈夫って、なにが?」
「きららはリーダーがいなくなったらさびしい」
「静かになってせいせいしますよ。まあ、その後でちょっとさびしくなるかもね」
「お手紙たくさん書くからね」
「そういえばサンタさんへの手紙はフィンランドに送るらしいね」
「神様にお願いするから大丈夫。きっと届く。リーダーも神様にお返事するんだよ」
「まあ、たまには」
「きららたちはみんなリーダーのことが大切」
「俺もそうだよ」
「だからさびしくないはずがない」
きららが席を立ち、俺のとなりに立った。俺はなんだか拗ねたような気持ちになっていて、きららを突き飛ばしたい衝動を感じていた。
「いいこ、いいこ」
きららが俺の頭に触れた。
「いつも通りでいてくれてありがとね、リーダー。よくがんばりました。もうなんにも心配いらないからね。大丈夫だから、あとはきららたちにまかせて」
「なにが」
「ぜんぶ。ぜんぶ大丈夫。これからなにが起きても、リーダーは大丈夫だよ」
不意に、俺の目から涙が落ちた。なんだこれ、と言おうと思ったが、声にすると嗚咽になってしまいそうで、俺はなんとか首を縦に振った。