ライスシャワーとそのトレーナーは、インタビューから控室に戻るまで無言だった。お互いに、どう声をかければいいのか掴めず、ただその歩調だけが並んでいた。
「……ひとまず、ライス。菊花賞勝利おめでとう。色々言われたが、君が勝った事実は変わらないんだ。」
「うん……。ありがとう、お兄様。」
控室での会話も、どこか曖昧な笑顔を浮かべてでしかできなかった。勝利の感動を、歓喜を、もっと味わえるものだと思っていた。
トレーナーとしてはもう少しメンタルケアの為にも話しかけなければいけないと分かっていたが、それ以上にショックが大きく、結局いつも通り体調の確認を行い、いつも通りストレッチを行った。
「じゃあ、ライブの振り付けの確認だ。センターのだからな。」
「うん。間違えないようにしなきゃね。」
トレーナーとしてはあの記者達に怒りはもう浮かんでいなかった。まさかこのレースの世界でさえ、空気を読まなければいけないのか……。こういう時に勝つことはいけないことで結局、大人たちのシナリオをなぞらなければいけないのか……。思い返してみれば、菊花賞の宣伝文句も「ミホノブルボンが無敗の三冠へと挑む!」とかミホノブルボン一色だった。ダービー二着、その後2レースも二着。ミホノブルボンのライバルは役不足だと思っていたら、まさか誤用のほうでの役不足扱いされてしまうのだから、もう何をやっても無敗の三冠という看板には適わなかったのだろう。ライスも俺も世間へ露出が少なかったのも悪かったのか……?公式のウマッターなりウマスタなりやっておけば、ファンも少しは増えていたはずだ。……あぁ、反省しかない。
椅子に腰かけて無理な体勢で天井を見上げるトレーナーを尻目に、ライスシャワーは黙々とライブの為に振り付けを確認していた。もちろんライスシャワーだって思うところはある。レース後にはミホノブルボンにもマチカネタンホイザにも、誰にも声をかけられなかった。観客席のがっかりしたような声だけが聞こえた。記者達から三冠阻止について聞かれた。お兄様も困っていた。その事実は、どうしても思い出さずにはいられない。もしかして勝ってはいけなかった?ライスは邪魔者なのか?現にお兄様は呆然としている。いつもなら「今日のレースはここがこうだったな。次も頑張ろう。」みたいな軽い反省会があった。もしかしてライスがインタビューであんまり答えなかったからちょっと怒ってるのかな……。ううん、ライブに集中しないと。やっと一着になれたんだ。ファンの皆さんに応えなきゃ。
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レース後のウイニングライブで、トレーナーは前列のほうで見ることができる。関係者中の関係者だから当然の措置ともいえる。クラシック三冠の最後のレースだけあって、会場は満員になっている。だからこそトレーナーの耳には、あまり聞きたくない言葉も多くあった。
「ミホノブルボンのセンター見たかったなぁ」
「タンホイザのセンター見たかったなぁ」
「三冠見たかったなぁ」
「センターだけ小っちゃいとなぁ」
トレーナーは主に最後の奴に掴みかかりたくなるほどの怒りを抱いたが、まさかこんなことで評判を下げる訳にもいかない。自分を落ち着かせた。落ち着かせたが、やはり納得いかない。ちょうど後ろから聞こえたので、後ろの人に前を譲る形で一人分、また一人分と後ろに下がっていった。
そうしているうちに、歓声が上がる。トレーナーが振り向けば、バックダンサーたちが入場してきていた。
そして、センターの三人が出てきたとき大きく歓声が上がった。が、しかしライスシャワーの顔は歪んでしまったのを、トレーナーは見逃さなかった。当然だ。上がった歓声の中に、彼女を呼ぶ声はない。聞こえないだけなのかもしれないがそれなりに前のほうにいて、それがあり得るわけがない。
慣例として入場してセンターが一言二言喋って、暗転して、ライブが始まるという形になっている。
なので暫くして歓声が止み、恐々とマイクを持った。
「き、菊花賞を見に来てくれた皆さん。今日は、応援してくれてありが―――」
「してねーぞー」
「───と……う……」
歪んだ顔を笑顔に戻し、なんとか話し始めたライスシャワーに飛んできた野次で、完全に止まってしまった。2階席からの声で、大方聞こえないだろうと思って言ってしまったのだろう。しかし会場は静まり返っている。ウマ娘の聴覚なら、聞き取れないはずはない。
さすがに周囲のファンたちもそれに気づき、野次に非難するような囁き声での会話が起きた。これによってざわついた会場。
ライスシャワーの精神状態の中でこの非難のささやきが、自分に向けられていると思ってしまい、一歩後退ってしまった。
両脇にいる二人もさすがに声をかけようとするが、こんな事態に陥ったことが無く不安な顔のまま動けなくなってしまっている。
だから、その声は必然だった。
「ラァイスシャワァーーーーーー!」
「お兄……様……」
二人の声が会場に響き、注目は一気に叫んだお兄様呼びされた男へと向かった。
「頼りないトレーナーでごめんな!力のないトレーナーでごめんな!もっと早く一着をとれていればこんなことになってなかった!もっとファンを作るような動きをしてれば、こんなことになってなかった!ライスを!君をそんな顔にさせずに済んだ!」
ステージの前から離れたことで、その思いは反響して会場中に響いていた。最初こそ迷惑そうにしていた周囲の観客も、彼が担当トレーナーであることを知って自分の心無い言葉を反省していた。
しかしレース後のライブで、スケジュールもある。近くにいた警備員が彼を止めようとする。
「あの、ライブが始まりますので……」
「うるさい!俺はお兄様だぞ!それにお前、あんな顔でライブなんかできる訳ないだろうが!見えるだろあの怯えてる顔が!それともなんだ!?お前もライスシャワーなんか眼中にないってか!?」
「い、いえ、その……」
お兄様ってなんだ……?という疑問も、あとに続く言葉でかき消された。警備員はあくまでトラブル解消のために配置されているわけで、演者達の様子まで細かく把握しているわけではない。彼が指をさした先にいたセンターの彼女は、少なくとも歌えと言われて歌える表情はしていない。
「なんだよお前らもそう思ってんのか!?俺とライスの会話なんてどうでもいいのか!?ミホノブルボンのセンターが見たいんだもんな!?これで脇にはけてくれたらセンターだとでも思ってんだろ!なぁ!」
彼が周囲を見渡すと、若干離れられていた。向けられている視線は困惑や反省、気まずさなのだが頭に血が昇った彼は気付かず、ライスシャワーへの非難の延長だと思い込んでいた。
「ふざけやがって!大体レース終了後のあの落胆の声もなんなんだよ!揃いも揃って!こっちだってダービー二着なんだぞ!前の2レースも二着だったが、まさか勝ったほうが悔しくなるなんて思いもしなかった!あのインタビューもなんだったんだ!ミホノブルボンの無敗の3冠を阻止して嬉しいかだって!?そんなもんは関係ないだろうが!誰もがそれぞれ夢に向かって走ってんだぞ!それがぶつかることだってあるだろうが!そもそもこっちはダービーを阻止されてるんだぞ!おあいこだろ!ミホノブルボンは今まで無敗の凄いウマ娘だ!そして菊花賞では俺のライスのほうが強かった!それだけだろうが!そこに後付けのストーリーを付けるな!」
そして彼は2階席を指さした。
「顔こそ見えなかったが、声は覚えたからな!お前が応援をしていないのはいい!だがそれを理由に野次を飛ばしていい理由にはならないからな!次に応援以外の声を飛ばしてみろ!今度こそその面拝んでやるからな!」
「すいませんでしたぁ!」
凄まじい怒気で、2階席にいた彼は直接指さされたような気分になりノータイムで謝罪し、その場で頭を下げた。
「見えた!トレーナー舐めんなよ!顔上げろ!二度とすんじゃねぇぞ!」
頭を下げた彼は実際下げる直前で目が合った気がして頭を上げられなかったし、周囲の人も少しだけ同情した。
トレーナーは一度深呼吸して、ステージ上でなぜか落ち着きを取り戻している彼女たちに向かって声をかけた。
「ライス!一着おめでとう!ミホノブルボン!次も勝たせてもらうからな!タンホイザ!気まずくしてごめんな!俺からは以上だ!最高のステージを見せてくれ!」
あ、貴方が言うんだ。そんな会場の雰囲気を吹き飛ばすようにライスシャワーは笑顔で言った。
「お兄様、ありがとう!ブルボンさん、タンホイザさん、準備はいい?」
「はい」「むん!」
「それでは聞いてください!winnig the soul!」
ウイニングライブは盛況に終わった。
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会場にいた人たちのウマッター投稿で、「うるさい!俺はお兄様だぞ!(原文ママ)」「そういえば『俺の』って言ってたよな……?」「ウイニングライブよりライブ感あった」「2階席の人間の顔を一瞬で覚えるな」「やっぱマスコミにはイラついてたんだな」「本当に申し訳ないと思っています」
などなどライスシャワーへのトレーナへの投稿が相次ぎ、インタビューとのギャップもありお兄様ファンクラブができるなどしたし、トレーナーは一週間ぐらい同僚にからかわれた。
おまけ
ステージ上でなぜか3人が落ち着いていたのは、トレーナーに視線が集中している間にタンホイザが2人に話しかけたから。
まさか日刊(加点式・透明)に乗るとは思っていませんでした。
改めてウマ娘とライスシャワーのコンテンツとしての強さを実感しました。
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シチュエーションが思いつく限り書いていきたいと思います。