ファンファーレから3分と少しが過ぎた頃。京都レース場には例年とは違うどよめきが生まれていた。2年連続で絶たれた無敗の三冠記録に、落胆の声だけが蔓延していた。勝ったはずのライスシャワーに掛けられる声ももちろんある。あるにはあるが、それでもやはりレース場の雰囲気には負けてしまっていた。
いつもなら声援に対して手を振り返すライスシャワーだが、観客が自分に向ける目。そしてミホノブルボンに対して向ける目。それがなんだか、レース、いや、ウマ娘とも違う何か、別のモノを見ているような気持ち悪さを感じて、すぐにバ場を降りた。
観客席にいたトレーナーも異様な雰囲気を感じて、すぐに控室へと戻った。
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トレーナーが控室に戻ると、ライスシャワーが浮かない表情で座っていた。彼自身もそんな表情だったが、まずは勝利を祝うべきだと思い笑顔に変えて話しかけた。
「ライス、菊花賞おめでとう。間違いなくこれまでで最高の走りだった。」
「ありがとうお兄様。……でも、ライスが勝ってよかったのかな……」
なぜ勝ったこの子がこんな思いをしなければならないのか。思いつめた顔をしているライスシャワーに、トレーナーはそんな疑問を抱いた。彼自身も気付いていなかったが、それは怒りだった。
彼は椅子の隣にしゃがみ込み、頭に手をのせた。
「いいかライス、勝っちゃいけないウマ娘なんていないんだ。皆必死に走ってきた。トレーニングしてきた。努力してきた。それが報われちゃいけないウマ娘なんて誰一人だっていないんだ。もちろんその中に、ライスだって入ってるんだ。それに、ライスがミホノブルボンに気を使ってレースに負けたとして、ライスだって悔しいし、向こうだって気付く。譲られた勝利は、誰だって嬉しくないよ。」
「……そうだよね。ライスがわざと負けても、ブルボンさんは喜ばないよね。」
そんな風にして二人は、勝利を分かち合い、喜び合った。
「そろそろインタビューでーす。移動お願いしまーす。」
扉の向こうから声がかかる。初めてのG1でのインタビュー。先輩たちからも色々と聞いているし、今日のレース場の雰囲気からするともっと苛烈だろう。
それでも、走り切った二人は目を合わせて頷いた。
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会場につくと経験したことが無いほどカメラと記者が大勢並んでいた。これが国民的スポーツエンターテインメントの最高峰、これがクラシック三冠。覚悟していたとはいえ二人は余りの圧の強さに怯んでしまっていた。
「それではインタビューを始めていきたいと思います。菊花賞を制しました、ライスシャワーさんです!」
「よ、よろしくおねがいします!」
「よろしくお願いします。」
勢いよく頭を下げるライスに、トレーナーは帽子が落ちないか心配だった。
「まずは率直に勝った感想をお願いします。」
「えーっと、勝てて良かったです!ダービーでも前走でも2着だったので、やっと1着がとれて嬉しいです。」
「トレーナーさんもお願いします。」
「はい。ライスシャワーの言う通りダービーも前走もかなり惜しいところで逃してきたので、この菊花賞で勝つことが出来て嬉しく思っています。」
その後もインタビュアーからの質問は続き、いよいよ記者達による質問タイムとなった。
「○○放送です。よろしくお願いします。ライスシャワーさん勝利おめでとうございます。ミホノブルボン陣営に言葉をかけるとするとなんておかけしますか?」
「菊花賞勝利を目指すに当たって一番の難敵でした。次も勝たせてもらいます。」
当然のようにトレーナーだけ答え、数秒待ってもライスシャワーがニコニコしているだけなので、困惑の空気が広がった。
「えー、次の方お願いします。」
記者がライスの言葉を待っていると、トレーナーがそんな風に言った。インタビュアーも「いいんですか?」みたいな目でライスシャワーを見ている。
当事者にそのつもりは無かったが、レースだけでなくインタビューすら乱す存在だとこの瞬間記者達に認識された。
このインタビュー後は、どっちがインタビューを乱しているんだという話になるし、世間からはその答えは明白だった。
「えー、週刊▲▲です。よろしくお願いします。えー、ライスシャワーさん勝利おめでとうございます。えー、先ほどのインタビューの中で、ライスシャワーさんの脚質が長距離向きだという話がありました。ミホノブルボンさんの脚質と比較すると勝って当然というイメージだったのでしょうか。」
「そんなことはありません。先ほどもお答えしましたが、菊花賞勝利にあたって最大の難敵はミホノブルボンさんでした。彼女の脚質は日本ダービーで意味を成さないものなのは身を持って実感しましたし、彼女と彼女のトレーナーなら菊花賞を勝てるぐらい仕上げてくると確信していました。」
「えー、わかりました。ライスシャワーさんはどのようにお考えでしょう。」
「お、トレーナーと同じです。さっきのブルボンさんもすぐ後ろだったし、脚質とかは関係なく、ライバルとして見ています。」
「では、次の方お願いします。」
インタビュアーも記者も待たずに、トレーナーはそう発した。
「月刊■■です。よろしくお願いします。トレーナーさんは随分お若く見えるんですが、失礼ですが何年目なのでしょうか」
「え、あ、今年で2年目です。」
「2年目でG1を勝利に導くとは天才的じゃないですか!お聞きしたいのですが、ミホノブルボンさんのトレーニングを天才トレーナーから見るとどう感じますか?」
うまい。そんな風に周囲の記者は思った。直接的な質問のせいで2人の雰囲気が悪くなっている。その中で、トレーナーを上げることにことによって気分は良くなるし、天狗になったトレーナーをすっぱ抜くことができる。現にトレーナーは意表をつかれて一瞬取り乱した。いける、そんな空気が記者達に流れた。
だが、そんなことは起こりえなかった。
「天才って、なんの根拠があって言ってるんですか?」
「えーっと……その……」
まさかピッチャー返しが来るとは思っておらず、記者はもろに喰らってしまった。周囲の記者達も質問に質問で返してくるとは思っておらず、絶句していた。
「まさか、2年目でG1を取ったら天才なんてことは決まってたりするんですか?」
「い、いやそうではなく。他のトレーナーの方だともっと年数があったりして、貴方は早いほうだったので。」
「それはおかしくないですか?じゃあG1を取れないトレーナーは凡才だっていうんですか?」
「そ、そういうことではなく……」
「そもそもレースを走るのはウマ娘なんですよ?なんでそれがトレーナーの手柄になるんですか?」
「そ、それは。ほら、今年のミホノブルボンさんも、脚質こそ短距離向きですが、菊花賞でも2着だったじゃないですか。それはトレーナーの指導のおかげでは?」
「ではミホノブルボンは他のトレーナーであればここまで来れなかったと?それはさすがに彼女に失礼では?」
言葉尻を捕らえ、変な仮定を置き、無礼者認定する。まさかこの場で、自分たちにされると思っていなかった記者達は黙り込むしかなかった。
「彼女は3冠という目標に対して貪欲にハードワークを重ねていました。それはトレセンにいる誰もが知っています。あくまで私たちトレーナーは、ウマ娘の目標を、夢を共に追いかけるために手助けをしているに過ぎません。……次の方、どうぞ。」
一瞬にしてアウェーになった記者側は、手を挙げる者が一気に減った。それでもまだ貶めようとする気概のある記者がいた。
「はい、指名有難うございます。先ほどから思っていたのですが、ライスシャワーさんの勝利インタビューなんですが、何故トレーナーさんばかり話しているのですか?」
グダグダになっているとはいえ国民的スポーツエンターテインメント。テレビなど各メディアに生中継もされている。このまま記者が攻撃されていてはトレーナーの人気ばかりが上がってしまう。
トレーナーのマナー違反を問い詰めることで、視聴者に「それはそうだ。なんなんだこの若者は」と思わせたい。
だがやはり、そんなことは起こりえなかった。
「えーと、すみません。所属を聞いていないのですが。どこの記者さんですか?」
初歩的なミスに記者は冷や汗がどっと吹き出た。攻撃しようとするあまり、名乗りを忘れてしまった。マナー違反を指摘するつもりが、逆にされてしまった。
「すみません申し遅れました●▲新聞の□□です。改めてお聞きしたいのですが、なぜライスシャワーさんの勝利インタビューなのに、トレーナーさんばかり話しているんですか?」
「●▲新聞の、□□さん、ですね。それでは、ライスシャワーに質問をしてくれませんか?」
「ええと?」
わざと早口で言った所属を改めてゆっくりと確認されてしまい動揺が隠せない中、意図を掴めない質問返しで固まってしまった。
「先ほどから皆さん、どうしてかミホノブルボンさん関連の質問をされていますし、月刊●●さんなんて私の経歴を質問してきたじゃないですか。□□さんだって、私を無視してライスシャワーに直接聞けばよかったじゃないですか。ライスシャワーに関する質問は、それはもちろん彼女に答えてもらいますが、それ以外の場合は私が答える。そういう風に2人で打ち合わせていたので、先ほどから私が質問に答えています。」
「……わかりました、ありがとうございます。」
「あーすいません□□さん、それを聞いて、記事を書くとき何を書くつもりだったんですか?勝利者インタビューって、もっと本人の喜びとか、気持ちとか、次走とかについて深掘りされるものだと思っていたんですけど。」
●▲新聞の記者はもう逃げ出したかった。マナー違反の指摘をするつもりが、記事の内容を確認されてしまってはもう何を話せばいいか全く分からない。聞いたことを記事にする。そんな当然なことだが、この会話は今配信されている。明日の新聞に何を載せても話題にされる気がする。
「そ、それではお時間となりました。勝利者インタビューは以上になります!ライスシャワーさん!トレーナーさん!おめでとうございました!」
記者達にとってはいつも試合終了のゴングであったそれは、危機を知らせるサイレンにしか聞こえなかった。
控室に戻ったあと、「かっこよかったよ、お兄様」「ありがとうライス。」という会話があったとかないとか。
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おまけ
「痛快!これほど綺麗に記者達を言い負かすとは素晴らしい!」
「前々から切り取られた発言の記事には悩んでいましたが、こうも清々しいとどうやって切り取るのか気になりますね。」
トレーナー(フランスにいる黄色いパーカーの人の配信みててよかった……)
土日しか書けませんがネタが切れない限り毎週上げていきます。(自分への呪い)
感想ありがとうございます。
返信機能あるのは分かってるんですけどもうタイミング逃した感があって返信しづらい……。