京都競馬場にはいつものようなレース後の歓声が無かった。重苦しいその雰囲気は一度経験したものであったが、慣れるものではなかった。決して慣れたくないし、そもそも起きてほしくない状況だが。
メジロマックイーンの天皇賞春三連覇。その偉業がかかった京都競馬場は、5か月前の菊花賞の熱狂と、その後の落胆をそのまま再現していた。
ライスシャワーは走った。ミホノブルボンの故障を知り、その分も受け止め走った。見ている人に、幸せを届けるために。出会った頃にライスから聞いた「しあわせの青いバラ」の話を思い出す。
どうしてだ?なぜこんなことになる?確かに彼女は間が悪い。でもだからってなんでこんなことになる?彼女が不幸だと、なぜそう信じさせるようなことばかり起きる。
おかしいだろ……なんでライスがこんな目に遭わなきゃいけない……。握っている拳に爪が食い込むが、そんな痛みなんて彼女に比べたらなんてことはないはずだ。
ターフの上で立ち尽くすライスシャワーの、今にも泣きそうなあの顔を見て確信した。
「ライスシャワー!おめでとうー!」
観客席とはいえ最前列からだ。届いているはずだ。届いていてくれ。ライスシャワーの勝利を称えさせてくれ。
「ライスちゃーん!おめでとー!」
「ライスさん!」
応援に来てくれたハルウララもゼンノロブロイも声をかけてくれてはいるが、届いているのだろうか……。
そうは見えない。多分聞こえていない。心優しいあの子が、何故こうも悪意にさらされなければならない。菊花賞の時もそうだ。たしかにミホノブルボンはすごい記録の目前だった。それを阻止したという言い分は立つ。トウカイテイオーの分もこめて応援していた人が多いのもわかる。でも、それだけだ。
「ハルウララ、ゼンノロブロイ、応援に来てくれてありがとう。学園に戻ったら、直接祝ってあげてくれ。」
「うん!ライスちゃんによろしくね!」
「はい……それでは。」
二人に礼を言ってライスの元へ向かう。ハルウララはともかく、ゼンノロブロイも心配してくれている。ライスはいい友人に恵まれているな。
ライスが頑張ったんだ。今度は、俺の番だろう。
───────
控室に戻り、ライスシャワーの勝利を労う。俺に「ありがとう」と笑顔を向けてはくれたが、心からの笑顔に見えなかったし、俺自身もまっすぐ祝えているようには思えなかった。
一度深いため息を吐く。
「ライス、改めてお疲れ様。俺は、君の走りに勇気をもらったよ。」
「お兄様……?」
「さすがに俺も我慢の限界なんだ。ライスの走りが、想いが否定されているような現状に、納得なんてできない。インタビューでは、ちょっと耳を倒しててくれ。」
「……うん!」
今、自分はどんな顔をしているんだろうか。鏡を見る気にはなれなかったけれど、ライスが信じてくれている。そう思うと、口角が上がった気がした。
そしていよいよ、勝利者インタビューが始まる。
すごい数のカメラと記者達だ。これも全部メジロマックイーンの為に集まっていたのだろう。そう思うとなかなかいい気分になる。全部ひっくり返してくれてありがとうな、ライス。
「天皇賞春を制しました!ライスシャワーさんとトレーナーです!率直なお気持ちは!」
「え、えぇと、なんとか差し切ることができて、勝つことができて良かったです。」
「ライスシャワーなら勝てると信じていました。とても嬉しいです。」
答えている間は無いものの、色々と野次が飛んできているな……。ライスの勝利を祝福するものもあるが、それでもやはり大部分はメジロマックイーンのファンからのものだ。彼女は悪くないし、ファンも「マックイーンお疲れさまー!」とかそういう、攻撃的なものではないが、それでも京都という土地の特性もあってか、疑り深くなってしまう。 ライスの曲解癖が移ったのだろうか。
「勝利のポイントなどはあったでしょうか」
「えぇと、トレーナーさんの指示通りにメジロマックイーンさんが仕掛けたタイミングで動き出せたところだと思っています。」
「ライスシャワーは以前のレース結果もあり大舞台ではメンタル面の課題が多かったのですが、今回はミホノブルボンが応援してくれたということもあり、心技体揃った形でレースに臨めたところだと思っています。」
以前のレース結果。そう、以前の京都レース場での菊花賞だ。あの時の勝利後に浴びた落胆の声は簡単に忘れられるものではない。
「マックイーンを見せろー!」「マックイーンの仕掛けに合わせて潰したのかー!」「マックイーンの三連覇ー!」
急になんだ?なんでこんなに雰囲気が悪くなるんだ?特にマックイーンに言及したわけでもないぞ。
「ほんとにミホノブルボンが応援してくれたのかー!?」「お前らが奪ったのにかー!?」
そういうことか!どっちに触れてもどっちも恨んでいるファンがいることに変わりないのか。しくじった。年が変わって過去のレースとなりつつあった菊花賞を、わざわざ掘り返してしまった。俺たちは忘れていなくても、向こうは覚えてなんかない!
ふざけやがって。やってることがガキのいじめっ子と変わりないぞ。
余りの野次の多さに、インタビュアーも戸惑っている。
「すみません、インタビューの途中なんですが、少しいいですか?」
マイクを通さずに、聞くと頷きが返ってくる。どこか申し訳なさそうだ。あの時と違っていいインタビュアーだな。
「ライス、耳を。」
「……うん。」
横を見るとライスが俯いていた。声を掛けても返事は小さいが耳は畳んでくれた。
見ていてくれ、なんてこっぱずかしくて言えないが、あんな鬼気迫る走りを見せてくれて、俺が何もしないわけにはいかないんだ。菊花賞のあの時、気が動転してなにもできなかった俺とは違う。君と同じように、俺も強くなってるんだ。
「いい加減に黙りやがれ!こっちが黙って聞いていればメジロマックイーンメジロマックイーン!お前らが見に来たのは確かにメジロマックイーンなのかもしれないが!この天皇賞春を走って!勝って!ここに立ってるのは!ライスシャワーだろうが!それをいつまでもガキみたくメジロマックイーンを呼びやがって!」
観客席をよく見てみると、ある一つのことに気がついた。
「そもそもお前ら半年前とそんなに顔ぶれ違わないな!ただURAの広報に流されて偉大な記録とやらを見に来ただけのミーハーだろうが!お前らが応援してるのは記録でしかないんだから、そりゃ見えもしないわな!目の前にいるウマ娘が!この子がいまどんな気持ちでここに立ってると思ってるんだ!」
よく考えればレース場で野次飛ばすような奴なんて延々とレース場にいる評論家気取りでしかないだろうが、実際のところ解説を聞いて分かったようになっているミーハーに違いは無いはずだ。レース場での解説を聞いてトレーナーになれるんだったら誰も苦労しない。
「菊花賞の時もそうだ。お前らは覚えてないかもしれないが、こっちは覚えてるぞ!ミホノブルボンミホノブルボンって!あのあとライスシャワーがどんな表情してるか知らないだろお前ら!気の毒に思ったミホノブルボンとトレーナーがわざわざ俺たちに謝りに来たんだぞ!あの人たちは何も悪くないのに!悪いのは全て、勝利を称えようとしないお前らみたいな奴だ!」
しかも、謝りに来てくれたのは故障が発覚したあとだ。こちらも一応三冠を止めた身で、気まずいったら無かった。
「メジロマックイーンはたしかに凄いウマ娘だ!菊花賞も勝って、大賞典も勝って、天皇賞春も2連覇してきた!間違いなく名ステイヤーだ!でも、今日!このレースを勝ったのはライスシャワーだろうが!それを、それを───」
「そう言ってもらえるのは嬉しいですが、貴方に言われると複雑ですわね。」
「───お前、ら、は……」
「マックイーン……さん……」
誰だ?いや、分かる。メジロマックイーンだ。いや、なんでだ?なんでここにいる?
俺もライスも、思わず後ろからの声の主に振り向かざるを得なかった。ライスなんて耳どころか尻尾までピンと立っている。インタビュアーの人も、唖然としており固まってしまった。
「ライスシャワーさん、トレーナーさん、今回のレースお見事でした。今回は、私のファンが失礼しました。」
マックイーンはそう言って、頭を下げてしまった。気まずい、いや、なんでここにいる。彼女のトレーナーは?どこに?
「や、辞めてください!」
「そうは言われましてもね……さすがにこの栄えある天皇賞の舞台で、このような事態が起こることは私も望んでいません。」
メジロの誇り。それを取れなかった、他でもない彼女にこんなことはさせたくない。
「頭をあげてくれメジロマックイーン。君がライスシャワーの勝利を称えてくれる。それだけで十分なんだ。……会えるなら、また秋に会おう。」
その言葉にバッと頭をあげた彼女は、
「えぇ。その時は、譲りませんわ。……ライスシャワーさん、改めて勝利おめでとうございます。」
「うん!ありがとう!マックイーンさん!」
そう微笑んでインタビュー会場から去って行った。
……ありがとう、メジロマックイーン。
「それでは、インタビューのほう、再開お願いします。」
今日こそは、ライスシャワーのファンに勝利と幸せを届けたい。
すみません。おまけは無いです。
早速前話あとがきの呪いに苦しむとは思いませんでした。
こんな小説書いてるのに昨日までライスシャワーのグッドEND見たことない投稿者がいるらしい。