俺がアリウスをハッピーエンドにすると決意してはや数日。
アズサに関しては、入学の為の書類の偽装はあらかた済んだ。早ければ一週間後にも入学が出来るだろう。アズサ自身もとても真面目に取り組んでくれている。少し感性がズレてる感じはするけど。
ナギサは少し怪しんでいたが、俺とミカが徹夜して作った完璧な書類を見て、最終的にOKサインを出した。
「やってやったぜ」とミカにアイコンタクトをしたら、꒰ঌ(๑≧ᗜ≦)︎︎bグッ とサムズアップされた。可愛いけどやめろバレるだろ。
逆にセイアが何も言わずに二つ返事でOKしたのが気掛かりだ。こういうイレギュラーがある時は、いつも何かしら言ってくるので不自然だ。
しかも俺とミカの事をジト目で見てきた。流石にバレてないと思いたいが、コイツ予知夢あるからなぁ……。
……そして、俺はあれから2回カタコンベに足を運んでいる。監視カメラでもあるのか、応対してくれるのはいつもサオリだ。
サオリからはやはり警戒心も敵意も解かれてはいないし、何なら殺意さえ感じる瞬間もある。けれど差し入れのご飯やお菓子は受け取ってくれるから、信じてはいないものの利用しようくらいには思ってくれているのかもしれない。
それでいい。今の俺ではそれくらいしか出来ないのだから。それで少しでも虚しさを紛らわしてくれればいい。
……ただ、昨日言ってた「この雑誌を買ってこい」ってのは何だろうか。サオリもああいうの見るのかな。
「─── カさん、ルカさん! 聞いていますか!?」
「ん? あぁ、すまん。考え事してた。で、何の話だっけ?」
「ルカ、キミまた徹夜をしてる訳じゃないだろうね? だとしたらインターバルが短か過ぎるよ」
「あ〜、ほら! 最近エデン条約とか転校生とかで、色々ゴタゴタしてたからさ! ちょっと疲れてただけだよ!」
今が会議中だって忘れていた。だいぶ精神的にキてるな。帰ったらリラックス用のお茶でも煎れよ。
「それで、何の話だっけ? ゲヘナがうんたらの所までは聞いてた」
「殆ど聞いていないじゃないですか……! ……ふぅ、この前お話しした、ゲヘナへの使いの者の話です」
ナギサ、紅茶をグビグビ飲んで気持ちを落ち着かせるの、やっちゃうのは分かるけど辞めなね。トイレ近くなるぞ。
「その話か。誰にするのか決めたっけ?」
「それを今さっき決めたからルカさんに意見を求めたのですよ! ホントに何も聞いてないじゃないですかロールケーキぶち込みますよ!?」
「どうどうナギサ、落ち着きたまえよ。それはそれとして今のルカには糖分が必要そうだから、遠慮なくぶち込むといい」
「セイアちゃんてそんなルカ君に容赦無かったっけ? ナギちゃんのアレ、結構苦しいんだよ? 1回やられてみたら?」
「多分私が食らったらそのロールケーキが最後の晩餐になるだろうね」
仲良く話してないで助けて欲しい。今息できてないから。クリームに窒息死させられてるから。
水責めならぬロールケーキ責めを突破し、お腹を摩りながら今一度さっきの話し合いの結果を確認した。
「……で、誰が行くことになったの?」
「……場所はゲヘナですから。ある程度の戦闘力があり、且つ落ち着いて正確な判断の出来る聡明な生徒です」
「ほうほう、と言うと?」
「ハスミさんです」
やっぱり紅茶ガブ飲みはやめられないよな。
「で、私も呼ばれる事になった訳っすか。いやどういう事っすか?」
「悪いなイチカ、本当は俺が行けたらいいんだが、立場上厳しくてな。道中までは一緒に行くから許してほしい」
「答えになっていませんが。どうして私だけでは不安なのかと聞いているのですよ」
俺は後部座席から不満を呈すハスミに、どう答えたものかと口をモニョモニョさせる。
現在は俺の運転でゲヘナ学園にハスミとイチカを連れて行っている最中だ。服は制服ではなく正実みたいな赤黒のコート。
本来は正実の子が運転する予定だったのを、今日が俺の休日なのを良いことに替わったのだ。申し訳ねえ目隠れ正実ちゃん。
「いや〜、お前が冷静なのは百も承知だよ? 普段の正実の指揮も凄く頼もしいしさ」
「それは……嬉しいですが、ならば私1人で問題無いではないですか」
「ただ、そのな。お前スイッチ入ったらすぐ爆発するじゃん? そうなったらツルギのが何倍も冷静だろ?」
「……否定は出来ません」
普段怒らない人ほど、怒ったら怖いと言う。ハスミはその典型で、中学の時に一度キレた時はこちらがドン引くくらい怒り狂っていた。その上めっちゃ根に持つ。
今回の会議には正直不向きだ。ツルギが行くのは体裁的にも人相的にも不味く、俺も立場的に同様。なので次点に冷静で外交に富み、立場的に自然なイチカを一緒に行かせる事にしたのだ。
「先輩が怒ると怖いってのは分かりましたし、そのストッパー役として私が一緒に行くってのも分かりましたっす。けど、そんな心配する事っすかね? いくらゲヘナとは言っても、相手は生徒会でしょう?」
「そうです。 そこらの不良のような安い挑発を、そんな方々がするのですか?」
「…………しかねないんだよなぁ……」
俺もゲヘナの生徒会……
俺が懸念しているのは後者だ。この破滅的バカだと言う生徒会長がハスミの地雷を踏み抜いた際、条約そのものがオジャンになる可能性も出てくる。それは流石に困る。
ゲヘナ学園に着いたので2人を降ろし、入口で見送った。一般生徒がいなくて良かった。
「とにかく、何か起こったらすぐに呼べよ? ティーパーティーとしての体裁とかトリニティの代表としてとか、この際かなぐり捨ててそっち行くから」
「ティーパーティーの手を煩わせる事は致しませんよ。ご安心ください」
「親みたいっすねルカ先輩。心配せずとも、何か起きそうな時点で呼びますよ。無いのが一番なんすけどね」
「それはホントにな。それじゃあ俺は会議が終わるまでブラブラしてるよ」
「「問題は起こさないようにしてくださいね」」
「俺が言うことじゃないそれ? ただの散歩だよ?」
2人は俺を何だと思ってるんだろうか。
キヴォトス三大校の一つ、ゲヘナ学園は『自由と混沌』を校風としている。その字通りに型破り・自分勝手・喧嘩上等の三拍子が揃った上で他にも何拍子か揃っている生徒……噛み砕いて言えば『ヤベー奴』が多い学校だ。
具体的に挙げるとするならば、
飯が不味かったり、接客が悪かったりすると店ごと爆破する
許可も取らず、ところ構わずなりふり構わず、ありとあらゆる場所で温泉を開発する
後はまぁ、何かとデカイ騒ぎを起こすクセにいつも家計が火の車な何でも屋とかもいるが……これは少し例外だ。こっちはちゃんと見境がある……か? 前者2つに比べればある、無いことも無い。
とにかくこれらを筆頭に、大小様々な問題が絶えない世紀末な学校が、ゲヘナ学園なのである。
さてここで問題!
そんなゲヘナ学園のど真ん中で、俺のような翼持ちの男子生徒がほっつき歩いていたら、何が起こるでしょーか?
シンキングタイムは俺がゲヘナ生に因縁吹っ掛けられるまで。
はいスタート!
「おいアンタ、もしかしてトリニティのか? ちょっとツラ貸せよ」
はい終わりー!
答え合わせは必要ないよね?
「あ、すみません。ちょっと時間ないですー、あと俺待ってる人がいてツレもいて彼女もいるのですみませんー」
「ナンパじゃねえよ! なに勘違いしてんだ!」
「では俺は逃げるんでッ!」
「あっ! 待てっ!」
そして俺は脱兎のごとくその場から逃げた。
ただの興味本位だろうがカツアゲだろうが、面倒な事には変わりないのだ。逃げるに限るんだよこういう時は! これが過去何百回もこうなってきた男の教訓だ!
車は爆破されないようにゲヘナ郊外に置いてきた。この戦いには着いていけそうにない。
最初は数人だったゲヘナ生も、騒ぎを嗅ぎつけて数十人になっている。何人かは面白がってるだけだろ。笑ってるの分かってんだからな。
ハンターが増えたということで、このゲヘナ逃走中のルールを確認しよう。何も壊さず誰にも攻撃せず制限時間まで逃げ回れ! 以上!
と、俺が追ってくるゲヘナ生達に脳内で黒サングラスを掛けさせている途中で、早くも制限時間が来てしまった。
「…………ルカ、何でここにいるの?」
「おっしゃあ! 今日も賞金ゲットォ!」
「いや報酬は出さないけど」
「あ、こっちの話だから気にしなくていいよ、ヒナ」
このゲヘナ逃走中の制限時間とは、『風紀委員長が来るまで』である。
ちょーーど今日は風紀委員会の本部が近くにあり、且つたまたまヒナが外に出ていなかったのが功を奏したようだ。騒いだらすぐに来てくれた。
フワフワの白髪に低身長のゴツイ銃を持った少女、ゲヘナ風紀委員長の空崎ヒナが。
「まぁいい。取り敢えず片付けるわよ、あまり壊さないように」
「あいあいさ」
ヒナが来てくれると、後々の問題をどうにかしてくれるので、俺は気兼ねなく暴れる事が出来る。流石に穿撃針を使うと素性がバレるので、ライフルだけ使って暴れゲヘナ生達を張り倒すことにしよう。
「ここからは逃走中じゃなくて戦闘中だ。俺を倒して賞金でも身代金でも要求するんだな、ゲヘナの愉快な生徒たち!」
「だからさっきから何の話をしてるのよ」
統率も無く無鉄砲に突撃してくるゲヘナ一般不良達は、数では勝るものの質では正実の一中隊にも劣る。
俺はライフルを剣を握るように持ち、一閃で直線上にいる生徒をまず制圧。人混みのど真ん中まで切り抜け、内側から集団を瓦解させていく。
逆にヒナは外側から機関銃で殴る吹き飛ばすなぎ倒すで破壊していく。
風紀委員の生徒が駆けつける頃には、全員の鎮圧が完了していた。
「よし、終わったな。これからしょっぴくんだろ? 手伝うよ」
「大丈夫、後輩にやらせる。悪いわね、こちらの生徒の不始末を貴方に処理させてしまって」
「たまたまゲヘナにいた他校の生徒が、たまたま風紀委員長くらい強くて、たまたま親切にも仕事を手伝っただけだ。ついでにたまたま書類仕事も手伝ってやらんでもない」
「流石に他校の要人にそこまでやらせないわ」
ヒナは1年生の時、当時俺がまだ一般生徒だった時に会ったのが始まりだ。
ゲヘナに話題の喫茶店があると聞いて行ってみたら、その店が突然爆破された。その爆破犯を叩きのめしたところに話し掛けられたのだ。
『……貴方、トリニティの生徒よね。何で風紀委員が来る前に制圧してるの?』
『犯罪者は見過ごせないだろ。何か問題あったのか?』
『下手したら外交問題になるわ』
『許してつかぁさい!!』
『……ハァ……また仕事が増える。面倒くさい』
『本当にごめんなさい……』
まだ一風紀委員に過ぎなかったヒナには、それはもう多大なる迷惑をかけたと思う。それから俺がたまにゲヘナに行って問題事に巻き込まれる時は、ヒナが来るまで凌いで、ヒナが来たら一緒に鎮圧するというのがお決まりとなった。
そんな迷惑をかける代わりと言ってはなんだが、俺はヒナからのお願いは極力聞くようにしている。一緒にご飯に行きたいとか、買い物に行きたいとか、些細な事であるがヒナが嬉しそうなのでいいと思う。
去年から俺がティーパーティーとなり、ヒナが風紀委員長となり、互いに重役となった今でもそれはあまり変わらない。
たまに俺がゲヘナに来て、一緒に不良をぶちのめして、その後偶に一緒にご飯を食べに行く。
他校では1番交友のある友人だ。
「それで、どうしてここにいるの? また思い付きの日帰り旅行?」
「今日は半分仕事だ。エデン条約の擦り合わせで、うちの正実とそっちの万魔殿で会議があるから、その送迎」
「ティーパーティーの貴方がわざわざ?」
「もちろんミカ達には内緒でな。ちょっと心配事があってさ。バレたらロールケーキされるよ」
「そろそろその『ロールケーキされる』って言葉の意味を教えてくれない?」
「いつも言ってるけど文字通りだよ」
ヒナはむしろ糖分が不足してそうだから、逆に良いかもしれないな。口に詰め込むのは無しにして。今度お土産を持っていこう。
「ヒナはもう仕事か?」
「えぇ。今日は幸い比較的大きい事件は起きてないから」
「じゃ、委員会の本部に行くまで話そう。そっちの方が安全だし、ヒナと話したいからさ」
「! …… うん、分かった。そうしましょ」
気持ち髪のフワフワ感が増したヒナと共に歩いていく。学園敷地内では流石に突っかかられる事もなさそうで安心だ。
「最近1年生と話すことが多くてさ。皆良い子そうで安心なんだよ。風紀委員会の方はどんな感じだ? 」
「概ね順調よ。真面目に訓練に取り組んでくれてる。けど、突出した子はまだいないわね」
「ヒナレベルは兎も角、銀鏡レベルに化けそうな子もか?」
「今の所は、ね。戦力的には今後に期待。近々救急医学部から転部する子がいるから、後方支援は余裕が出るかも」
「へー救急医学部からか。じゃあ今度、うちの救護騎士団や正実と合同演習でもするか?」
「貴方はまたそうやって思い付きを……一応、アコに案は話しておくわ」
「よろしく〜」
緩〜く話しながらゆっくり歩く。
ヒナは仕事柄と性格のせいで、気が休まる時間というのが極端に少ない。寝る直前と寝起き直後くらいしかポケーッとしてる時間が無いんじゃないだろうか。
オンオフの切替は得意なのだろうが、オフの時間が無さ過ぎるのも考え物だ。俺みたいにオフみたいにオンしてるのも、同じく考え物だが。
そんなヒナなので、俺と話してる時くらいは気を休めて欲しいと思って、話すスピードや雰囲気は意図して緩くしていた。それもいつの間にか自然と緩くなっていっていき、今じゃ戦闘時以外はこんな雰囲気になる。
「この前正実と実践訓練したんだけど、風紀委員会でもやる? 喜んで行くよ」
「願ってもない申し出だけど、流石に無理よ。ティーパーティーをゲヘナに招いたりなんか出来ないわ。少なくとも今はね」
「ほー、
「……ニヤニヤしないで。分かってるでしょうに」
俺は雰囲気を少し変え、今日特に話したかった事を切り出した。
「エデン条約の推進、ゲヘナ側でやってくれたのはヒナだろ? 忙しい身なのにありがとな。おかげで円滑に事が進んだ」
「……別に。ETOが設立されれば、私の仕事もはるかに減る。そしたら引退も視野に入れられると思っただけ。まだまだ時間はかかりそうだけど」
「それはそれで別の問題が起きそうだな。行政官の子とか黙ってないだろ」
「そしたら黙らせるだけよ」
相変わらず行政官の子には辛辣。その子に会ったことはないけど。
前にヒナとご飯食べてる時にその子から鬼電が来たのを、死ぬほど面倒くさそうな顔してぶち切ったのを見た。本当に色々苦労している子だ。
「ともかく。無事に終わらせよう、エデン条約は」
「そうね。……けど、ルカ。貴方また面倒な事に首を突っ込んでない?」
「…………」
隈はメイクで隠してる。ミカにもナギサにもセイアにもバレてないはず。
俺がアリウスの現状を調査していて徹夜続きなのは、ちゃんと隠せていたはずだ。
苦労人シンパシーかね。寝不足な人は他人の寝不足も気付きやすいのか?
「貴方が貴方の大切な人のハッピーエンドを望んでいる事は百も承知。だけどその『大切な人』の括りに考え無しに色んな人を放り込むのは、正直な所どうかと思うわ」
「……取捨選択はしっかりとしてる。ただ、自分と関わった人がバッドエンドになるのは見たくない。それだけだ」
会ったばかりの人でも、名前も知らないような人でも。目の前で死なれれば目覚めが悪いように、手の届く範囲で傷つけば心配するように。
名前を教え合って、話して、何度か顔を合わせたサオリは、もう俺にとって他人では無い。
サオリも、俺にとってはもうミカやナギサ、セイア、もちろんヒナとも同じように、ハッピーエンドを迎えて欲しい人の一人なんだ。
心配するようにこちらを見上げていたヒナは、俺の言葉を聞きため息をついた。
「ハァ……どうせそう言うと思った。……深くは聞かない。でもちゃんと人を頼って。エデン条約なんて関係なしに、私は貴方の味方だから」
「ハハッ。あぁ、その時はよろしくな、ヒナ」
「えぇ。……それで、その……今度、休日を調整するから……」
ヒナが何か言おうとする直前、俺の携帯から着信が鳴った。
「ん、悪いヒナ。ちょっと待っててな。……は、イチカ!?」
「…………ハァ」
「もしもし? 何かあったか!?」
『あ、ルカ先輩。今から騒ぎが起こるんで来て欲しいっす』
「はい?」
俺が聞き返す前に、目の前の校舎が爆発した。
「……あそこ、万魔殿の本部があるところね」
「……へい、イチカ?」
『すんませんっす』
エデン条約への道は、まだまだ長い。
一つ、彼は唯一の男子生徒という事もあり、注目される事もナンパされる事も勿論ある。一人の時は適当にいなす。誰かといればその誰かが率先して潰している。
一つ、彼はご飯を食べに行く時は割とゲヘナに行く。某美食のヤベー奴らのおかげで質の良い店しか残っていない為。しかし大体1年せずに物理的に潰れる。
一つ、彼は温泉は好きだが温泉のヤベー奴らは好きじゃない。一度しっかりキレてしっかり半殺しにした所、そこの部長にヒナレベルのトラウマを植え付けた。
一つ、彼と最も共闘回数が多いのは実はヒナ。ヒナは自分と同レベルの戦力を持つのが彼しかおらず、彼も背を預ける安心感ならヒナが断トツだと言う。