その天使はハッピーエンドしか認めない   作:苦闘点

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 んー、難産!


熾宮ルカは彼女達に教えたい

 

 

 政治だの事務だの銃撃戦だの、たまに忘れがちになるが俺は高校生だ。銃撃戦に関してはキヴォトスではしていない学生の方が少ないので除外するにしても、前者2つは学生ではしている者は少ない。

 

 『学生の本分は勉強』なんてつまらない事を言うつもりはないが、どれだけ面倒くさくても学生は勉強しなくてはならない。それが後々役に立つか否か、定かではないにしても、だ。

 

 だから俺も、昔から勉強は程々にやってきた。勉強嫌いではあるが地頭は悪くないミカと、生真面目優等生で要領も良いナギサが一緒にいれば、頑張らざるを得なかったとも言える。

 加えて、生まれた頃から備わっている無駄に高い精神年齢のおかげで、幼少から経典を含む色んな本を暇つぶしに読んでいた。その甲斐あってか、文系教科ならナギサやセイアにも勝る成績を取っている。

 

 

 結局何が言いたいのか?

 

 『俺は勉強が出来る』

 

 以上。自慢かって? あぁその通りだとも。俺は事務仕事や戦闘に加え、勉強も出来る優等生だ。いぇい、ピースピース。

 

 

 

 

「……そんなつまらない事を言いに、わざわざ私を呼び出したのか」

 

「嫌なら他の生徒に頼めばいいじゃないか。毎回来てるのはサオリだろ? 俺はサオリがいいけど」

 

「私以外の仲間をお前に会わせられるか。悪影響が出る」

 

「人を教育に悪いみたいに言わないでくれない?」

 

 

 俺は今日も2日ぶりにカタコンベに来ている。もう10回は来ており、最近は立ち話もなんなので折り畳み式の椅子を2つ持参している。サオリは中々座ってくれない。

 そしていつもの通りサオリが応対してくれたので、軽く話していたのだが、うーんやはり塩対応。

 

 

「ちょっとした導入、アイスブレイクだよ。いつもやってるだろ?」

 

「馴れ合うつもりは無いと言った筈だ」

 

「じゃあ馴れ合うまで続けてやる。言っとくが俺は頑固なんだ。10年一緒にいる友達は、『何言っても紅茶と和菓子を一緒に食べるのが直らない』って半年で匙を投げたぞ。半年後のサオリがどうなってるか、今から楽しみだな」

 

「…………(チャキ)」

 

「実力行使は違うと思います!」

 

 

 無言で引き金に手をかけたサオリに、慌てて椅子から立ち上がる。撃たれても俺自身は問題ないが、服に傷が着いたらナギサやセイアにバレる可能性がある。それはマズイ。

 ただ、この流れも既に数回行っている。本当に撃たれた事は一度もない為、サオリの引き金の硬さは知っている。

 今回も銃に手をかけて睨み付けるだけで、すぐにそれは解いてくれた。

 

 

「フゥ。いい加減、その警戒解いてくれないか?」

 

「誰のせいだと思っている。いい加減は此方の台詞だ。…………それで、要件は何だ。熾宮ルカ」

 

「いつも通り、差し入れと雑談だよ」

 

「……例の雑誌は?」

 

 

 例の雑誌、というのは前回来た時に珍しくサオリからリクエストがあった品だ。エンジェル24でも売ってる普通のファッション雑誌。

 

 

「持ってきたよ。サオリもこういうの読むんだな」

 

「私ではない」

 

「へー、じゃあ誰?」

 

「言うつもりはない」

 

「そーかい」

 

 

 深く詮索はしない。やっても無駄というのもあるし、流石にこれ以上警戒されたくない。

 大方、サオリの友達か同級生だと当たりを付けているが、まあそれはいい。

 

 しかし、こんな何処にでも売ってるような雑誌をわざわざ頼まなくては読めない、差し入れの大半も食べ物なのでろくに食事も摂れていないのかもしれない。

 

 

「ほい、差し入れのご飯な。ひとまず10人分くらい。下に着いてある紐を引っ張ると温まるから」

 

「……待て、量が多くないか」

 

「これでも足りないくらいだろ。サオリが持ってける量を考えたらこのくらいになったんだよ」

 

「……まぁ、いい」

 

 

 本当なら、今すぐにでもアリウスに乗り込んで元凶を叩き潰してやりたいが、まだアリウスには不確定事項が多過ぎる。確実に出来る手筈が整うまでは、かえって状況が悪くなる可能性さえある。

 

 ……アリウスの生徒たちにこんな眼をさせた塵にも、それに何も出来ない俺自身にも、心底反吐が出る。

 

 

「それじゃ、雑談ターイム。さ、何時までも立ってないで座ってくれよ」

 

「話すことなどない」

 

「ほいっ」

 

「なっ!? ……これは?」

 

「どら焼き。せめてそれ食べ終えるまではいてくれよ」

 

 

 俺が投げ渡したのは、俺特製のどら焼き。冷めても美味しいとミカ達からも評判だ。サオリのは粒あん。俺のはこしあんだ。

 サオリは毒見のように小さく食べた後、普通にパクついてくれた。ホント、警戒が解かれるのは何時になるのやら。

 

 

「……そういやさ、うちに転校してからのアズサの話してなかったよな。サオリも気になるだろ」

 

 

 

 

‪✝︎ ‪✝︎ ‪✝︎ ‪✝︎ ‪✝︎ ‪✝︎

 

 

 

 

 アズサの転校が無事に終わり数日、アズサはある問題に直面していた。

 

 

 

「? ? ?」

 

「……宇宙猫になってないで、帰ってこーいアズサ」

 

 

 アズサから聞いたが、アリウスは分校と名乗っているものの学園としての機能はほぼ停止しており、学ぶと言えば専ら戦闘訓練を言うらしい。

 何故そのような歪んだ環境になったのか問い詰めたが、アズサは口を噤んで教えてはくれなかった。

 

 アリウスの真っ黒な現状をまた垣間見たが……それはさておき、そんな環境にいた為当然、アズサは高等教育どころか中学の勉強も怪しい状態だった。

 アズサは俺とミカの根回しで転校している為、編入試験は受けていない。しかし入学後は普通に2年生の授業を受けるので、変に勉強が出来ないと不自然になる。

 

 

 なので、最低限の授業に着いていけるくらいの勉強を俺が教えることにしたのだ。放課後、アズサに用意した寮の部屋で教えるのが最近の日課だ。

 

 現在中学二年生、数学。

 連立方程式に苦戦中である。

 

 

「?? ここは……昨日やった方程式の応用? …………??」

 

「落ち着いてやってみろ、アズサ。やり方は一つしかないから、覚えれば直ぐだ。それに連立方程式は日常生活でも使う場面が多いからな。頑張って、落ち着いてやってみろ。分からないとこがあったら、聞いてくれ」

 

「うん、分かった、ルカ。やってみる」

 

 

 そう言って真剣な眼差しで机に向かうアズサ。

 この子、勉強が出来るとは口が裂けても言えないが、性根が真面目で学習意欲も高い。積極的に質問してくれるし、教えた箇所はスポンジの如く吸収する。スポンジの如く吸収したものが漏れ出ていきもする。

 

 しかし、1週間でほぼ全ての教科で最低限中一の内容が終わったのは、素直にすごいことだ。俺も夜遅くまで予習した甲斐があった。

 

 

「ルカ、この一次関数というのは?」

 

「うーむそうだな〜。弾数と制圧人数で考えてみるか。弾5発で1人って計算してみると……」

 

「グレネードや閃光弾の考慮は?」

 

「数学にそういうメタは天敵だよ」

 

 

「化学反応式……これを覚えれば、催涙弾を自作できる?」

 

「ミレニアムにでも行かないと無理じゃないかな。つってもあそこは高校化学の範疇なんぞ遥か後方にあるだろうけど」

 

「ルカはミレニアムについて知ってるの?」

 

「あぁ。この前行った時、『誘導弾(ホーミング)はロマンだろう!』とか言ってニョロニョロ動く弾丸を作ったりしてた」

 

「誘導弾……!」

 

 

 こんな感じに、雑談を交えながら楽しく勉強した。その中でアズサの人柄がだいぶ分かってきた。

 この子結構天然入ってる。話していてもミリオタがちょっと入った愉快な言動が多い。

 

 ただ誘導弾に興味を示したのは少し危うい。あの弾丸、俺の銃に入れさせられたけどジャムり過ぎて暴発しそうになった上に、撃っても弾速が遅すぎて使い物にならないとかいう、マジのゴミだったからな。

 本当にあのロマンの探求者共は……ロマンは否定しないし俺も好きだが、最低限の実用性くらいは保証して欲しい。それで止まるくらいなら端から色んな発明品(ロマンの成れ果て)を生み出していないが。

 

 

 そしてアズサは勉強しながら、俺は片手間に仕事を済ませアズサの質問に答えながら、時間は過ぎていった。

 

 

「今日はこのくらいにしとこうか。この調子なら、来週には高一の範囲に到達しそうだな」

 

「もう終わりか。私はまだまだ出来るが」

 

「やり過ぎても体に毒だよ。……俺が言っても説得力が無いか」

 

 

 やる気があるのは大変素晴らしいが、もう4時間はぶっ続けで勉強している。ここいらが止め時だ。

 

 

「そうか……なら仕方ない」

 

「アズサは勉強熱心だな。そんな楽しいものでも無いだろうに」

 

「そんな事はない。新しい事を知ることは面白いし、今後の任務にも役立つ。それに、ルカとの訓練は楽しい」

 

「そう言ってくれて嬉しいよ……待って、今授業のこと訓練って言った?」

 

 

 軍人気質過ぎないかこの子。ただのミリオタではないのか? 楽しい訓練とは?

 俺の言葉にキョトンと首を傾げているのを見るに、アズサはマジでこの授業を訓練とか思ってるっぽい。

 ……アリウス、本当にまともな授業をしてこなかったのか。

 

 

「アズサ、前言ってたよな。『Vanitas Vanitatum et omnia Vanitas.』。誰に教わったとかは多分言えないだろうけど、一つ教えて欲しい」

 

 

 この一説は、経典にあるもの。その意味は直訳すれば、『空の空、一切は空である』。つまり、『すべては虚しい』ということだ。

 アズサはアリウスについて聞いた時こう答えた。コレがアリウスの全てであると。

 

 

「アズサは、コレについてどう思ってる? その通りだと思うか?」

 

 

 このようなニヒリズム的考えを学校で習った。いや、サオリを見るに擦り込まれたように思う。

 俺もこの文言については、絶対違うとは言えないが絶対に正しいとは口が裂けても言わない。

 

 俺自身、過去にそう思っていた。全て物語なのだから何をしても無駄だと。何をしようが虚しいだけだと。

 けど、ミカがそんな事は無いと教えてくれた。たとえ世界が虚しいものであっても、そこに生きる俺たちが諦めることには繋がらないと。

 

 じゃあ、俺のように教えてくれた人のいなかったであろうアズサは、どう思ってるのだろうか。

 アズサは俺の問にすぐに答えてくれた。

 

 

「うん。全ては虚しい……私もサオリ達みたいに、そう思ってるし、そう思うように言われた」

 

「……そうか」

 

「けど」

 

 

 アズサの答えに一度俯きかけた俺は、即座に返された否定にもう一度顔を上げた。

 

 

「それはただ()()()()()。たとえ全てが虚しいものだとしても、それは私が諦める理由にはならない」

 

 

 そう強い意志を宿した瞳を向けるアズサに、俺は少し虚をつかれた後、微笑んでアズサの頭を撫でた。

 

 ……良かった。この子は俺の心配していたような事は無さそうだ。

 

 

「ど、どうしたのルカ。少しむず痒い……」

 

「アズサは強いな。俺が一人で解けなかった問題に一人で答えられてる。俺よりもずっと強いよ」

 

「……そんな事はない。……ねえルカ、私からも質問してもいい?」

 

「あぁ、いいぞ」

 

「─── 虚しくても、足掻く事を諦めてはいけない。けど、私はその足掻き方を知らない。だからルカに教えて欲しい。……私は、どうやって足掻けばいい?」

 

 

 アズサのその問いは、昔の俺やセイアに通ずるものがあった。

 物語が、未来が、世界が、虚しくて恐くて、どうすればいいか分からなかった事が俺たちにもあった。

 

 だからこそ、俺はその答え……と言っていいかは分からないが、このアズサの問いには応えられる。

 

 

「アズサはさ、どんなハッピーエンドを作りたい?」

 

「? どういうこと?」

 

「もしもの話だよ。この世界が物語だとして、主人公はアズサとして。アズサはその物語を、どんな物語にしたい?

それが解れば、自ずと分かるはずだ」

 

 

 俺がそうだった。この世界(物語)をどう生きたいか、それが解ってからは物語をハッピーエンドにする為に、一直線に突き進んできた。

 だからアズサもそれが解れば、虚しい世界にどう足掻けばいいか分かると思った。

 

 

「……分からない。私にはその『ハッピーエンド』というのが何か、まだハッキリとしないから。……でも、いつか見つけてみせる。その時に、またルカに答える」

 

「そっか。じゃあ、待ってるよ」

 

 

 そう言ったアズサの目には、まだ迷いがあった。

 けれど、この子ならきっと大丈夫だ。足掻く事を諦めないこの子なら、きっと自分のハッピーエンドを見つけられる。

 

 じゃあ俺は、この子がハッピーエンドを見つけられるよう手助けをしよう。色々な事を教えて、沢山の事を知って、ハッピーエンドを見つけて欲しい。

 

 

 

 

‪✝︎ ‪✝︎ ‪✝︎ ‪✝︎ ‪✝︎ ‪✝︎

 

 

 

 

 ……と、いう話を断片的にサオリに伝えた。

 

 

「こんな感じだな。因みに最初のアイスブレイクはこの話をするって決めてたからだな」

 

「………………」

 

「……アズサは強い子だよ。だからサオリも、アズサをトリニティに送ったんじゃないのか? 任務だの何だの言ってたけどさ」

 

 

 サオリはずっと俯いて話を聞いていた。正直、途中で話を終わらされると思っていたのだが、案外黙って最後まで聞いてくれた。

 

 

「サオリはどうだ? サオリは、どんなハッピーエンドにしたい?」

 

「…………アズサは……見つけたのか?」

 

 

 サオリがか細く呟いた。

 俯いたサオリの瞳は、まだ帽子の影に隠れて見えない。

 けれどその声はとても弱く、迷子の子どものように聞こえた。

 

 

「…………教えてくれ、熾宮ルカ。……私は…………」

 

 

 そう言って俯いた顔を上げようとしたサオリだったが……その瞳を見せてくれることはなかった。

 言葉の先を紡ぐことはなく、帽子を深く被り直してサオリは踵を返した。

 

 

「…………いや、いい。これも、無駄なことだ」

 

「それは、聞かないと分からないんじゃないのか?」

 

「……すべては虚しい。そう、虚しいんだ。……虚しい、はずなんだ」

 

 

 サオリはまるで自分に言い聞かせるように呟く。

 ……何がお前にそうさせた。何故、そうまで世界は虚しいと思う。

 

 

「……サオリ。お前が何故そんなに全てを虚しいと思うのか、俺には分からない。だから教えて欲しい。サオリに何があったのか、何をされてるかを。俺からも、サオリがハッピーエンドを迎えられるように、色々教えるからさ」

 

 

 恩着せがましいとは思う。俺が教えるから俺にも教えてくれ、なんて。

 でも、サオリ達には居ないんだ。教えてくれる人が。たとえ世界が虚しくても、幸せをつかみ取れると教えてくれる人が。

 俺じゃなくてもいい。誰かが彼女たちに教えなくてはならないんだ。

 

 俺はサオリに手を伸ばしたが、サオリは終ぞこちらを向くことはなかった。

 

 

 

「………ハッピーエンドなど、私達にはありはしない」

 

 

 

 それが、俺が聞いた最後のサオリの言葉だった。

 

 その日から俺がカタコンベを訪れても、誰も来ることはなくなった。

 

 

 

 

‪✝︎ ‪✝︎ ‪✝︎ ‪✝︎ ‪✝︎ ‪✝︎

 

 

 

 

「(スっ、ススッ……)」

 

「……あぁ、ただいま。姫、ミサキ、ヒヨリ」

 

「お、おかえりなさいです、サオリ姉さん……あ! そ、その雑誌! 本当に持ってきてくれたんですか!? ご、ご飯もこんなにいっぱい……え、えへへ……私達、今日死んじゃうんでしょうか……」

 

「またこんなに……リーダー。そのトリニティの生徒、本当に信用出来るの? 逆に怪しさしか感じないんだけど……」

 

「……少なくとも、毒は無い」

 

「(ススッ、スーッ、スッ……)」

 

「……何も。心配はいらない、姫。…………みんな、マダムからの指令だ。

 

 

 ───1週間後、アズサに連絡の後、兼ねてよりの計画を実行する」

 

 

 

 

‪✝︎ ‪✝︎ ‪✝︎ ‪✝︎ ‪✝︎ ‪✝︎

 

 

 

 

「───え? ど、どういうこと? ルカ君……」

 

「ま、待ってください、ルカさん。何か……冗談、ですよね……?」

 

 

 

「…………本当の事だ。───昨晩セイアが何者かに襲撃され……

 

 ヘイローが、破壊された

 

 






 一つ、彼は文系教科が得意であるが、実家が製薬会社なので理科系もそこそこできる。しかし彼自身の薬への興味は無いに等しい。
 
 一つ、彼が最初にアイスブレイクを挟むのはミカの影響を受けて。おかげでカタコンベに来た時は、なんやかんやで2時間くらい話す。サオリは律儀に聞いている。

 一つ、彼はカタコンベに行く時は何かしらのお菓子を持参する。紅茶好きの幼馴染ではないので、流石にティーセットを持参したりはしていない。

 一つ、彼が導くハッピーエンドは、それを紡ぐ者がいなければ成し得ない。彼が目指すハッピーエンドは、誰しもが受け取る訳では無い。

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