その天使はハッピーエンドしか認めない   作:苦闘点

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大人はそういうものじゃない

 

 

 キヴォトス某所。とあるオフィスの一室。

 

 

「─── お待ちしておりました、先生」

 

「"うん、はじめまして。待たせたみたいで悪かったね"」

 

 

 先生の前に座る、全身黒ずくめの男、『黒服』。

 白くひび割れた口と目を笑ったように動かし、机の上に肘を着いた。

 対する先生も、いつもと変わらぬ柔和な笑みを浮かべている。

 

 

「クク……生徒が一人いなくなっても、その笑みは崩れませんか」

 

「"人聞きの悪いこと言わないでほしいな。それに奪ったのは君だろう?"」

 

「クックック……それこそ人聞きが悪いですね、先生。……一つ、ハッキリさせておきましょうか」

 

 

 黒服は目の前にいる男をよく観察する。

 連邦生徒会長が呼び出した者。オーパーツ『シッテムの箱』の主。連邦捜査部『シャーレ』の先生。

 他にもその類稀なる能力など、挙げていけばキリがないが……。

 まとめると、この先生は黒服にとって、決して無視の出来ない不可解な存在だ。

 

 自分達と同様に、この世界にとって異質な者。『外』からの来訪者。

 

 

「私は貴方と敵対する意思はありません。寧ろ協力したいと考えています。我々の計画にとっての一番の障害は貴方になると考えていますから」

 

「"へえ、それは光栄だね"」

 

 

 その後黒服は、先生に尋ねられその所属を明かした。

 

 『ゲマトリア』。観察者(オブザーバー)であり、探求者(シーカー)であり、研究者(リサーチャー)。ここでは『何の』の部分は省略したが。

 

 

「一応聞きましょう。我々(ゲマトリア)と協力するつもりはありますか?」

 

「"んー、無いね。一切無い"」

 

「……左様ですか。真理や秘義を手に入れられる提案を蹴ってまで、貴方は何を望むのですか?」

 

「"真理とか秘義とか、私そういうの興味無いんだよね。ていうか、今日此処に来たのはこんなつまらない話をする為じゃないんだ。……私はホシノを返してもらいに来ただけだからさ。早く本題に入ろうか"」

 

 

 ほんの少し、先生は目を細めて言う。

 

 それを見て、黒服は心の中で笑う。この建物に入ってから、先生の挙動は(つぶさ)に観察していた。そこで今、初めて彼は感情を出した。

 

 先生の腹の底が、少しだけ見えた気がしたのだ。

 

 

「クックック……本題ですか。そうは言いましても、小鳥遊ホシノは既に退部届けを出した。つまりは、もう貴方の生徒ではないということです。 ……生徒でなければ、先生である貴方はどうする権利も無い。違いますか?」

 

「"よく解ってるね。その通り。私は相手が生徒でなければ何も出来ない。退部届けが履行されて()()()、私じゃ

お手上げだったね"」

 

「…………ほう?」

 

「"と、いうわけでコチラをご覧下さい!"」

 

 

 そう言って先生は、ニッコニコの笑顔で懐から出した書類を黒服に見せた。

 その書類は、ホシノの退部届け。その左下には赤ペンで目立つように丸が書かれていた。

 

 

「"『担当顧問のサイン』……不思議だよねぇ。キヴォトスに先生は私しかいないのに、こんな欄作ってさぁ。もしかしたらアビドスには前に先生がいたのかな?"」

 

「…………」

 

「"ハハッ、痛いとこ突かれて気分を害したかな? でもお互い様だ。契約の穴を突くのは大人の常套手段だろう?"」

 

 

 先生は現在、アビドス廃校対策委員会の臨時顧問である。だから、退部届けが成立する為には、そのサインが必要。今のままでは、ホシノが一方的に辞めると言っただけだ。

 故に、小鳥遊ホシノは、まだ『先生』の『生徒』である。

 

 

「……なるほど、『先生』と『生徒』、ふむ……厄介な概念ですね。……しかし『契約』ですか。それを出されては、私も黙るしかありませんね」

 

「"物分りが良くて助かるよ。けど、君も『契約』でホシノを奪ったんだろう? 身柄を此方に寄越せばアビドスの借金をどーたら、みたいにさ。……ホシノの気持ちを踏み躙ってね"」

 

「ええ、確かに私は小鳥遊ホシノにそのように言い、騙し、彼女達の不幸を利用して己の利益としました。─── ただそれは、先程貴方の言ったように『大人の常套手段』。ルールの範疇であり、何者にも咎められる事はありません」

 

 

 黒服の言う通り、ホシノを奪った事、その過程等には何も問題はない。『定められたやっていい事』の中でやった事に過ぎない。

 勿論、その行いは善か悪かで問われれば、悪と言われるだろう。それは黒服だって自認している。

 

 たまたまアビドスは不幸の渦中にいた。それをすくい上げ、見返りとして己の利益の為に最大限利用した。

 ただそれだけの話。たまたまそうだったから、体良く活用した。ありふれた話だ。特別良心を痛める事でもない。

 

 

「持つ者は持たざる者から搾取する。それが社会というものであり、大人である貴方も知っている事でしょう?」

 

「"……そうだね。確かにそうだ"」

 

「そう……ですから先生。アビドスから手を引いてくださいませんか? 小鳥遊ホシノさえ手に入れば、アビドスやカイザーについては私の方で……」

 

 

 

「"──── けどね、黒服"」

 

 

 

 黒服の話を遮り、先生が声を上げた。

 

 黒服はそこで、先生の顔から笑顔が消えているのを見た。

 

 

「"君が言ったその『よくある事』っていうのはね、本来大人同士でやるべき事だ。無論、子どもを巻き込んではいけないなんて法は無いし、利用出来る物はするのが大人のやり方っていうのはよく知ってるよ"」

 

「"……子どもは何度も間違えて大人になる。それまでに、色んなことを経験して、沢山間違えて、ゆっくり大人になってくんだ"」

 

「"それまでは、大人が子どもの責任を取らなきゃいけない。大人が、子どもを守らなければいけない"」

 

「"『大人なら誰でも知ってるルール』……そう君は言ったけどね。それは『子どもはまだ知らないルール』だ。それを当てはめるのは、正当であっても正道じゃない"」

 

 

 

「……理解ができません。貴方は彼女たちの親でも何でもないでしょう? 責任? 守る? なぜ? 貴方の与り知る所ではないのですから、放っておいても何の問題も無いはずです」

 

「"断る。あの子達は、誰にも助けられなかった。あの子達には、責任を取るべき大人がいなかった。……なら、先生である私が取る"」

 

 

 黒服は先生の言っていることが、一切合切理解出来ずにいた。頭の中が疑問符で埋まり、思考が上手くまとまらない。

 

 

「…………先生と言っても、それは他人。保護者でも家族でもない。その『先生』というのが、彼女たち生徒を助け、取る必要のない責任を取る理由だと?」

 

「"別に、『先生』である必要は無いんだけどね。なんなら私である必要も無い。…………それは、『大人』がすべきことだ"」

 

 

 

 そこでようやく、黒服は先生の発言が腑に落ちた。

 

 

「……成程、解りました。要するに、大人とは『責任を負う者』だと? それは違いますよ先生。大人とは支配する者です。貴方だって、そうなり得たでしょう」

 

 

 言うなれば、責任を負わせる者。社会を支配し、ルールを決め、摂理を決め、世界の一切を決める者。

 

 現に、先生がそうなり得た。このキヴォトスの支配者に。

 先生が着任した日。『シッテムの箱』によりサンクトゥムタワーの行政制御権を戻していなければ、先生は事実上のトップになれた。一時的にとはいえ、そう出来るピースが先生の手の中にあった。

 

 それを先生は何の迷いもなく、一瞬で手放した。

 

 

「全てを得られたかもしれないと言うのに、何故ですか! そのような無意味な選択を、何故!」

 

「"……『無意味』ね。……そう思ってるうちは言っても解らないと思うし、多分一生考えても解らないよ"」

 

 

 そこで二人の間に沈黙が流れ、互いに目線が交差する。

 

 黒服はその時点で、先生とのこれ以上の会話は平行線であると判断した。

 

 

「……いいでしょう。交渉は決裂です。……残念ですね、私は貴方を買っていたのですが」

 

「"アッハハ、勝手に買っておいて失望かい? 迷惑クレーマーみたいだね"」

 

「クックックッ……失望などしておりませんよ。むしろ貴方への警戒は高まりましたから」

 

 

 そこから黒服は、ホシノの居場所を正直に話した。途中で実験内容やらシロコも狙っていたやら、いらない事を話していたが先生の興味はもう離れていた。

 

 

「ということですので、精々頑張って生徒を助けるといいでしょう」

 

「"なんか拗ねてない?"」

 

「クックッ、まさかまさか。……あぁ、それと忠告を二つほど」

 

 

「貴方が持つ『大人のカード』。それの使い方はよく考えた方がいいでしょう。いくら生徒が大事と言えど、それは貴方の時間を奪っていきます。ゆめゆめ、それを忘れないよう」

 

「"驚いた、まさか気遣いとは思わなかったよ。……まぁ、ちゃんと場面を見て使うさ。私が必要だと思った時にね"」

 

「……先の会話で貴方の腹の底が見えた気がしましたが、依然としてその意味は解りませんね……」

 

 

 これは善意もあるが、『先生』という不可解な対象がいなくなっては困るという打算もあった。

 

 しかし、次のは完全に善意からの助言だ。

 

 

「それと、私のような『悪い大人』が狙う生徒は、小鳥遊ホシノだけとは限りません。どうか頑張って生徒を守ってくださいね、先生」

 

「"……この前生徒に散々『胡散臭い』って言われたけど、君も中々だねぇ黒服。私とキャラが被ってるから、ちゃんとした悪にジョブチェンジしようか"」

 

「クックックッ……ヒドイ言いがかりですね」

 

 

 そうして、先生はその場を去った。

 

 これが、先生が熾宮ルカに救援要請の電話をする一日前の出来事である。

 

 

 

 

‪✝︎ ‪✝︎ ‪✝︎ ‪✝︎ ‪✝︎ ‪✝︎

 

 

 

 

 アビドス砂漠の何も無いはずの場所。

 アビドス高校の面々と先生は、ホシノを奪還する為にカイザーPMCの兵を片端から薙ぎ倒していた。

 

 今も前方から迫っていた敵兵を確認したようだ。

 

 

「─── 砲手、支援を」

 

 

 その敵兵は、俺の号令と共に発射された砲撃で汚い花火となった。

 うーん、良い眺め。砲手の腕も良いね。流石ナギサのお墨付き。

 

 俺はヒフミに通信用機器を渡し、その先にいる先生たちと繋げさせた。

 

 

「え、えっと……だ、大丈夫ですか?」

 

『あ、ヒフ……』

 

「ち、違います! 私はヒフミではなくファウストです!」

 

「その手下のジェイソンでーす」

 

 

 通信の向こうで驚いてるのが伝わってくるな。先生は伝えていなかったのかな。

 俺とヒフミはいつかのたい焼きの袋を被ったファウスト様とジェイソンさんだ。阿慈谷ヒフミと熾宮ルカとは全くの赤の他人なので、悪しからず。

 一応念の為、保険はかけておこう。

 

 

「その、このL118はトリニティの牽引式榴弾砲と同型ですが……トリニティとは一切関係ありませんので! そこはよろしくお願いします!」

 

「関係ないのでカイザーだろうが何だろうが関係なく砲撃ぶっぱなすんで、命が惜しくば大人しくファウストにひれ伏すがいいー」

 

『ルk……ジェイソンさんは以前よりもノリノリですね……』

 

『ん、いきいきしてる』

 

 

 そうかなぁ、そうかもなぁ。嫌な奴を大義名分の元にぶん殴るのは楽しいだろう?

 

 

「わ、私たちから出来るのはこれくらいなので、申し訳ありません……えっと、皆さん頑張ってください!」

 

「早いとこお前らの先輩取り返して来い。んであわよくばカイザーぶっ潰してこい!」

 

『言われずともそうするわ!』

 

『はい! ありがとうございます、ファウストちゃん、ジェイソンさん!』

 

 

 そうして俺たちは通信を切り、アビドス組がいる方へと目を向けた。

 ここからの距離を一度確認した後、俺は個人の携帯で連絡をいれた。

 

 

「もしもし、ヒナ。そっちは大丈夫そうか?」

 

『えぇ、今一個大隊が来てるけど、あれくらいなら問題なく対処できるわ』

 

「さすがヒナ。キツそうだったら、ジェイソンさんが助っ人に行くから何時でも言ってくれ」

 

『は? ジェイソン?』

 

 

 今回先生がいれた救援要請は、ヒナも受け取ったらしい。ヒナの方は借りが一つあったため、快く了承したそうだ。

 ついでに反省文をチャラにして、他の風紀委員のメンバーも連れてきたらしい。奥の方から声がする。

 

 

『委員長? 誰とお電話を?』

 

『え、あぁ…………ジェイソンさんよ』

 

『ジェイソン!? 誰ですかそれ!?』

 

『はぁ!? 委員長そいつですか! そいつが委員長を誑かす悪漢ですか!?』

 

『男、生徒……あぁ、何となく察しました。委員長、私の方からもその方によろしくお伝えください』

 

『……とにかく、こっちは大丈夫だから』

 

「賑やかそうな部活だな、風紀委員会は」

 

『もう少し落ち着いてくれると嬉しいんだけど……。それじゃあね』

 

 

 ヒナとの通話を終え、俺はこちらを信じられないものを見るような目で見るヒフミに顔を向けた。

 

 

「ヒナ……風紀委員会……え、ルカ様、ゲヘナの風紀委員長とどういう関係で?」

 

「ヒフミは何も見てないし聞いてない。いいな?」

 

「あ、あうぅ……なんだかナギサ様の苦労が分かった気がします……」

 

 

 今俺の中のイマジナリーナギサが「分かってくれますか、ヒフミさん……」と涙を流している様が浮かんだ。実際は加えてミカもいるから、胃痛の元は倍増しだな。

 

 さてと、ヒナの方は大丈夫らしいし、先生の方に加勢しようかな。榴弾砲でチクチク花火大会するのも良いが、やっぱり直接アイツらをぶち抜いた方が気持ちいいし。

 

 

「よし、ヒフミ。お前はここに待機してカイザー共に追撃を…………」

 

「? ルカ様、どうかされましムグッ!」

 

 

 俺はヒフミの口を塞ぎ、意識を地面に集中させた。

 

 ……これは、ちょっとマズイかな。

 

 

「前言撤回だ、ヒフミ。今すぐ全速力で部隊を市街地へ後退させろ。カイザーへの追撃もいい。ひたすら今来た道を戻るんだ」

 

「え、え? どういうことですか?」

 

「悪いが説明してる暇はない。急いでくれ」

 

 

 ヒフミは驚き、少し怯えたように黙ったが、すぐに榴弾砲部隊の方に通達して後退してくれた。

 ちょっと怖がらせたか。あとで謝っておこう。

 

 俺はヒフミやヒナ、先生達とは逆方向に走り、数キロは距離を取った。

 

 俺が立った場所が僅かに揺れている。その揺れも段々と大きくなり、俺の目の前の地面が目に見えて分かる程にズレた。

 瞬間、クジラが海を跳ねるように現れたそれは、オレンジ色に光る目をこちらに向け、咆哮した。

 

 

 

 OOOOOOoooooo!!!!

 

「……デカイ蛇くらいなら良いなとは思ったけど……限度があるっての」

 

 

 俺は紙袋を脱ぎ捨て、ため息をつきながら銃を抜いた。

 

 

「今先生は、ホシノのハッピーエンドの為に必死なんだ。邪魔はさせねえよ」

 

 

 

 

‪✝︎ ‪✝︎ ‪✝︎ ‪✝︎ ‪✝︎ ‪✝︎

 

 

 

 

 

「─── 正直に言うと、私はあなたに然程興味が無かったのですよ。確かにその身に宿す神秘は強力ですが、小鳥遊ホシノ程ではない。これと言って特異な物も見られない」

 

「しかし、あの()()が我々に協力を求めるとなると、私も少し興味が湧いてきました。なので、少々抜け駆けになりますが、見定めさせてもらいます」

 

 

「今あなたの目の前にいるそれは、『預言者』。セフィラの最上位に位置するもの、その名をビナー(Binah)

 

「……先生にああ言ってしまったので、ビナーが完全にあなたのヘイローを破壊する前に回収しなければいけないのが面倒ですが……これ以上先生の不況を買いたくないのでね」

 

 

「─── さあ、熾宮ルカさん。()()()()()()()の主。天使達の真なる長。あなたの神秘の輝きは、新たな神の神秘にも比肩しうるものなのか」

 

 

「……是非、見せてください」

 

 






 一つ、先生の黒服への第一印象は、「割れた黒たまごみたい」。シリアスな雰囲気をアッチが出していた為、口に出すのは自重した。

 一つ、先生は黒服のやり方は大嫌いだが、間違ってはいないと思っている。良好な関係を築くのは無理そうだが、今度もう一度話してみたいと思っている。

 一つ、先生は生徒に手を出す者が大人であれば、どうあろうと容赦はしない。その感情が何処から来るものなのか、何に由来するものなのか、生徒が知ることは恐らくない。


 一つ、彼の神秘は、小鳥遊ホシノのようにキヴォトス最高と言える物でもなく、目に見えて分かるものでもない。それがゲマトリア、いや、黒服の私見である。

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