突然だが、俺はトリニティ総合学園に所属している。学園都市キヴォトスきってのお嬢様学校であり、三大校と言われる学校の一つである。
その学園でいわゆる生徒会という立場にあるのはティーパーティーと言うのだが、俺はそこで『監査』という役職を貰っている。いや、貰ったというよりは強引に押し付けられたのだが。
トリニティには大きく3つの分派が存在し、その派閥の首長がティーパーティーを担う事になっている。
俺の実家である熾宮家はキヴォトスでもそこそこデカイ製薬会社なのだが、うちはどこの派閥にも所属していない。両親に聞いてみると、昔の先祖が「面倒くさくなった」と言って永世中立を宣言したらしい。何言ってんだと思ったが同時にナイス!とも思った。俺も派閥争いとか面倒だと思うし。
その熾宮家の人間である俺が、何故ティーパーティーなんかに所属しているのか、その元凶の一人は今俺の目の前で書類と睨めっこしている。
「う〜……あーもうつまんない! こんなの部下の子にやらせればいいじゃん!」
「その部下の子が頑張ったからミカの分はそれだけ減ったんだよ。目を通してハンコ押すだけでいいんだから、ほら頑張れ頑張れ」
「何でそんな意地悪するの〜……」
「残念だったな、俺をこの役職に置いたのはお前達だ」
ミカ、ナギサ、セイアが各分派の首長に決定した時、当然と言うべきか彼女達は俺に勧誘をかけてきた。
自分で言うのもなんだが、俺は仕事がそこそこ出来て戦闘もそこそこ出来る。そんなフリーの人材を野放しにしておいて貰えるほど、ティーパーティーの仕事に余裕は無いらしかった。
ただ、家的にどこの派閥にも入る訳にはいかないのでどうしようかというところで、ミカが言ったのだ。
『じゃあさ、いっその事新しい役職作っちゃおうよ。どうせ私たちがトップなんだから誰も文句言えないよね?』
なんてイカれた事思いついているんだ。そしてそれに「その手があったか!」という顔をしたナギサとセイア。職権濫用を諌める奴が居なくなれば会社は終わりだぞ。諌める側だろ君ら。
そして、普段真面目に仕事しないミカまで本気で根回しを実行し、俺は不本意ながらティーパーティーに所属することになったという事だ。
俺の『監査』という役職は、学園のトップである三首長の事務及び行政業務の監督。及び三首長の越権行為の監視。また傍聴会での裁判長である。言わば完全中立の独立権力。仕事盛りすぎだろ過労死させる気か。
三派閥は三権分立のように互いに監視し合う体制を取っているが、そこが共謀した時のストッパー役を設ける、というのがナギサの用意した建前である。
職権濫用により生まれた役職が職権濫用を止める仕事とか、皮肉が効いてるな。
「ずっと見てるくらいなら、ルカ君も手伝ってよ〜」
「何のための監査だ。お前がやったのを検閲するのが俺の仕事なんだよ」
「大丈夫だよ、バレないって!」
「そういうのを見張る為の監査なんだよな〜」
と言っても、ナギサとセイアは真面目に仕事をするから、普段は主にミカのお守り的な仕事なんけどな。そのせいで他2人も最近仕事を雑にするようになってきてるのは、流石に気のせいだと思いたい。本末転倒過ぎるぞ。
辞書くらいの厚さの書類の束に頬杖を突きながら、ミカはいつかの日のように頬を膨らませている。
ぶっちゃけスゴく可愛いから手伝ってやりたいが、この前も折れて手伝ってしまった。今回こそは心を鬼にして耐える。
「……」
「ジ〜〜……」
……心を、鬼に……
「ジ〜〜」
「…………ハァ〜。少しだけだぞ」
ジト目から反転してパァーっと顔を明るくするミカ。それを見て「やれやれ」って思ってしまう俺は、きっと次もやってしまうんだろうな。自分の決意の弱さにため息が出る。
「まったく、後で何か奢ってくれよ?」
「っ! もっちろん! 最近美味しいカフェ見つけたんだ! タルトがスゴく美味しくてね……」
そうやって、他愛のない話をしながら仕事を進める。
それがちょっとした楽しみになっているのは、本人には言わないでおく。
私、聖園ミカには幼馴染が2人いる。
1人はナギちゃん。初等部に入る前からの、私の1番始めで1番大切な親友。
2人目は、ルカ君。今私の目の前で真剣な顔をして書類を見ている男の子。
私はこの顔が結構好きだったりする。あ、真剣な表情がって意味だよ? もちろん普段の顔もカッコイイけど……それはいいとして! 実はこの顔を見るためにお手伝いをねだっている節もある。本人に言ったら、確実にもう手伝ってくれなくなるから、絶対に言わないけど。
フフっ、それに今日はデートに行く約束までしちゃった☆ またナギちゃんとセイアちゃんに何かお小言言われるかもだけど、今回はルカ君が奢ってほしいからそれに行くだけだもんね! 私は無罪!
そんな事を考えながら顔を見ていると、手を止めたルカ君からジト目が飛んできた。
「ボーッとしてるなよ。もう午後だし、時間かかったらそのカフェ行けなくなるぞ」
「え、もう2時!? 早く終わらせないと!」
折角ゲットできたチャンスを流す訳にはいかない! 書類仕事は見てるだけで体調が悪くなってくるけど、頑張るしかない!
……最終的に、頭から煙を出しながらも仕事は終えられた。ルカ君は結局少しだけと言いつつ半分くらいやってくれた。なのに私より早く終わってるの、毎回思うけどどうやってるのかな? なんかズルしてない?
「頭グラグラする〜」
「お疲れ様。糖分取りに行くか」
「行こ行こっ! この時間なら、お菓子にちょうどいいしね!」
執務室を出て、私たちは並んで校内を歩く。
すれ違う他の子達がこちらを見て、何やらコソコソ話したり顔を赤くしたりしてるけど……これどう見えてるのかな? もしかして付き合ってるとか思われたりしてるのかな? ンフフー。
「……やっぱり1年には見られるな。毎年の風物詩だなコレは」
「男の子だもんね。それにしては、あんまり気にしてないね。男の子なのに」
「初等部からずっとこんななのは、ミカも知ってるだろ?」
「アハハ、年取るごとに気にしなくなってるもんねー。お爺ちゃんかな?」
「イケおじと言いたまえ」
おじさんならいいんだ。なら今度呼んじゃおっかな。
幸いにもナギちゃんやセイアちゃんに見つかることはなく、私たちは無事に校外に出られた。見つかってたら2人きりのデートじゃ無くなっちゃうからね。
そこから程なくしてカフェに到着し、待つこともなくお店に入ることができた。
「ここにカフェなんてあったんだな。知らなかった」
「この前ナギちゃんと遊びに行った時に見つけてさ。紅茶に凄く合うんだよね」
私はフルーツタルト、ルカ君は苺のタルトを頼み、早めに来た紅茶を飲む。
お、目がちょっと動いた。あれは気に入った時の顔だ。少し微笑んだ表情が可愛い。
「紅茶も美味しいな。後で茶葉聞いとこうか」
「フフ、ナギちゃんとおんなじ事言ってるね。もう聞いてあるから、今度お願いしてみよっか」
「さすが俺以上の紅茶狂。抜かり無いな」
ルカ君は紅茶というか、お茶全般好きだからね。私たちにもたまに旅行先のお茶をくれる。百鬼夜行の苦い緑のお茶とか、山海経の黒いお茶とか。苦いお茶飲んだセイアちゃんの顔面白かったなー。
「ねえねえ、今度百鬼夜行行ってみない? またあのお茶飲みたいなーって」
「……セイアに飲ませたいだけじゃないのか?」
「ギクッ……そんな事ナイヨー?」
「お互い様のところはあるけど、歩み寄らないとそのまんまだぞ」
「分かってるけどさぁ……」
「セイアには、ミカと話す時はなるべく簡単で直接的な言葉を使うように言っとくからさ」
「私のこと馬鹿だと思ってる?」
セイアちゃんもだけど、ルカ君もちょくちょく刺してくるよね。昔からだけどさ。
言い返そうとしたところで、ちょうどタルトが来た為一旦矛は収めた。
一口タルトを口に運ぶと、優しい甘さが広がって機嫌も同時に直っていった。
「!」
「……フフ」
紅茶の時よりも分かりやすく反応してるルカ君を見て、思わず口許が綻ぶ。
ルカ君は美味しいものを食べると、まず目が動く。ピンクダイヤモンドみたいな瞳がパッと開く。次に翼。特に美味しいと、腰に着いた私より大きな翼がパタパタとはためく。
その反応が本当に可愛い。カッコイイところと可愛いところ両方あるとか、最強じゃない?
「何かろくでもないこと考えてないか?」
「ンフフー、なーんにも? ただ、昔に比べて表情も豊かになったなーって」
「何年前の話だよ」
昔というのは、今から10年以上も前の話。
私がルカ君と出会った時だ。
初等部になって早々、ナギちゃんとクラスが離れちゃって。学校にいる間はあんまり会うことが出来なくなった。それでも友達はいたのだが、そこで一人だけポツンとした子を見つけた。
右半分は暗い朱色で、もう半分は綺麗な白髪。あんまり見ない髪色だなって思った。
そんな変わった髪で、入学式の日にも見ていて皆の前で自己紹介もしたはずなのに名前が出なかった。しかも男の子だったのにだ。
気になったから、話しかけてみた。ちょうどお父さん役を探してたから丁度いいと思って。
でも、最初は断られた。おままごとだからかな? それともお父さん役が嫌だったのかな? 分からなかったから、とりあえず二回目も誘ってみた。次も断られた。
ずっと表情を変えないまま、二言三言だけ言われてすげなくそっぽを向かれる。3度目くらいでなんかムキになってきて、どうにかしてこの子の表情を変えたいと思うようになった。
とりあえず見つけたら声をかけるようにして、反応を引き出そうとした。
段々返してくれる言葉が増えてきてたと思ってた時、なんと彼の方から話してくれる事があった。
『……お前はさ、この世界が物語だって知ったら、どうする?』
よく意味が分からなかったから、思ったままを話した。今ではちょっと恥ずかしいけど、あの時は子供だからセーフだ。
そしたら、今までにないくらい彼は感情むき出しで声を上げた。虚しいとか、決められてるとか、私には分からなかった。今でもよく分かってない。
ただ……ルカ君の顔が辛そうで、悲しそうだったから、私もなんか悲しくなった。
それからちょっとだけ喧嘩みたいになって、急に俯いたと思って慌ててたら、顔を上げた彼は笑っていた。
それが本当に嬉しかったから、さっきまでの悲しい気持ちが嘘みたいに心が明るくなった。
『そう言えばさ、名前を聞かせてくれよ』
そうだった。結局名前聞いていないんだった。というか私の名前も言っていないことに今更気付いた。もっと早く気付いてれば距離が縮まるのも早かったかもしれない。
何はともあれ、私は笑顔を見せるようになった彼に名乗った。
『私は聖園ミカ! 君は?』
『俺は、熾宮ルカだ。よろしくな、ミカ』
それが、私とルカ君の出会いで…………
─── 多分、私の初恋の話だ。
「あ〜、美味しかったな。今度はティーパーティの面子で行こうか」
「行ってくれるかな。特にセイアちゃんとか」
「3人で頼めば、色々言いつつも来てくれるだろ。あれでセイアも甘いもの好きだしな」
カフェからの帰り道。お店に入ったのは3時過ぎだったのに、もう空はオレンジ色になっている。たくさんお話出来て楽しかったなー。
まあ、話題は大体ナギちゃんかセイアちゃんの話題なんだけどね。デートなのにそれでいいのかと思うけど、ルカ君はなんとも思ってなさそうだし私も楽しいから問題ない。
「……なぁ、ミカ」
「なぁに?」
「ミカは、今幸せか?」
ルカ君は、たまにこういう事を聞いてくる。
多分、昔喧嘩した時の『物語』がどうとかが関係してるんだろう。普段も何かと『ハッピーエンド』という言葉をよく使うし。
今幸せか? そんなの決まってるでしょ!
「─── うん! 私今、最っ高に幸せだよ!」
「……そうか。なら、良かったよ」
だから、そんな不安そうにしなくてもいいんだよ?
まだ不安なんだよね。あの時から笑顔は見せてくれるようになったけど、まだ何か抱えてるんだよね。
だったら私が、一々確認しなくてもいいくらい幸せになるよ。君が言うハッピーエンドを、君に見せてあげる。
「さ、帰ろっか! 早くしないと門限になっちゃうよ!」
「焦らなくてもまだ時間はあるよ。だから手は引かなくていいぞ、めちゃくちゃ目立つからなコレ」
「いいじゃん! あんまり人もいないしさ!」
「だから目立つんだけど……まぁ、いいか」
……もちろんそのハッピーエンドは、ルカ君も一緒にだよ?
ルカ君が言うように、この世界が物語なら。
私は、ルカ君と一緒にハッピーエンドを掴み取る物語を作ってみせるよ。
「「昨日はお楽しみだったようですね/ようだね」」
「何でバレたのかなぁ!?」
「だから目立つって言ったろ!!」
一つ、彼の髪は赤白の半々。轟くんの左右逆バージョンである。火傷はない。
一つ、彼の瞳は桃色。ちょうどミカの髪と同じ色。ミカはその事に気付いてない。彼の瞳の方が綺麗だと思ってる。
一つ、彼は翼持ち。羽先が赤くグラデーションになってる白い翼。大きさはミカ以上ハスミ未満。滞空程度ならできるし、頑張ればちょっと飛べる。
一つ、彼は甘党。そして無類のお茶好き。トリニティでは紅茶しか飲まないが、実は百夜堂の抹茶が月一で通うくらい好き。