前世モーレツ系だった僕は今世でも懲りずに爆走する   作:メダカにジャム

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剣学二次流行れと思いつつ流行るどころかこの原作のSSが投下される気配もないので初投稿なれど推定ファーストペンギンとして逝くものなり


受験前の潜伏期
貧乏子爵家令嬢の従者


 リカルド・キサラギ。ある歴史家は、彼をユグリア王国王立学園史上最も奇怪な一人と呼ぶ。そんな彼の異様さは、幼少期からある意味で際立っていた。

 

 ユグリア王国において、通常の王立学園生、即ち同世代で最も優秀な百人とほぼ等号で結ばれる子供たちとは、兎に角生来の周囲よりも突出した才能が良くも悪くも目立ってしまうものである。しかし彼は、そうした注目、脚光とはほぼ無縁の幼年期を過ごした子供であった。大貴族達による王立学園への入学候補者予想の為の調査では、調査の初手で弾かれる手合である。

 

 彼の生家であるキサラギ一家は、ほぼ家族ぐるみでロヴェーヌ家に仕えていた。当時のロヴェーヌ家はユグリア王国において千を超える数の子爵家のうちの一つでしかなかった。

 

 かつてドラグーン地方を襲った魔餅病による凶作の際には、ドラグーン侯爵家に他の有象無象共々免税及び魔餅病耐性品種の開発費の陳情をしてそれが通った。そんな程度の決して豊かではなく、交通の便も悪い辺鄙な田舎の町を運営している子爵家がキサラギ一家の仕えるロヴェーヌ家である。

 

 伝統的に家訓通り謙虚で堅実な統治により、領民の定着率の高さは王国でも突出して良好であると言う美点も、王国の上位の権力者がその気になって調べなければまず気づかれない、ロヴェーヌ家の本人達も自覚し得ない特徴である。

 

 後に王国自然遺産第一号、王立公園に指定されるクラウビア山林域の価値も認識されておらず、ひいてはその秘された価値が加速度的に認知される切欠、後世でもなんであんな田舎に怪獣軍団が揃ってしまったんだと言われる傑物達が揃いも揃って潜伏し、王国に雷名を轟かせていない当時。社交の場において、ロヴェーヌが話題に上がることなど、ご近所さんのムーンリット男爵家とのやり取りなどを除いては皆無である。

 

 総括すれば、当時のロヴェーヌ家とは、凡そ社交において注目を集めることなどあり得なかった文字通り無名、一山幾らの田舎の下級貴族である。

 

 そんな下級貴族に仕える従貴族でもない平民の従者一家の子供が王立学園に入学できるほど突出した能力を持っているならば、優秀な人材を求めた周囲の伯爵・侯爵家に抱き込まれて、結果それを輩出した木っ端貴族には手切れ金程度の分だけ残るというのがユグリア王国では割とよくある話であった。

 

 そういったよくある話にならなかった理由は、当の本人がヘッドハンティングを忌避し、その優れた才覚を隠蔽工作に費やしていたからである。筆記試験の点数は態と低めに抑え、才能を分かりやすく証明する魔力測定の際には魔力枯渇した状態で測定して低い値を出すという、それで利益を得る場合が殆どあり得なかったからこそ誰も想定していなかったグレーゾーンギリギリの徹底した潜伏ぶり。子供たちと接する際も、基本的に身体強化は切っていたため、潜伏していた彼に身内以外が気付くのは最早無茶と言う他ないだろうと、後世の歴史家達は結論付けている。

 

 そんな貧乏子爵の従者一家の長男は、僅か5歳の時にロヴェーヌ子爵家令嬢、ローゼリアの従者となった。本人も魔道具研究に興味があった上で、要領も悪くなかったから魔道具研究者を志していた彼女の小間使いになった。周囲からはその程度の認識しかされていなかったし、本人の徹底した潜伏によってそれが潜伏行動中に覆ることはなかった。

 

 そんな彼は9歳の頃からドラグーン侯爵領領都ドラグレイドのスラム街のはずれにあるジャンク屋でバイト店員として勤務していた。彼の主人、ローゼリア・ロヴェーヌがドラグーン領の貴族学校に入学し、彼女の研究の助手として仕える彼もまた同行しようとしたものの、彼女の学生寮に住み込むわけにも行かず、ロヴェーヌの遠い親戚のやっているジャンク屋に住み込みで働く事になったと言うわけである。勤務態度は謹厳実直の一言に尽き、丁寧な仕事で評判となっていたという。

 

 そんな彼が徹底した潜伏を辞めて浮上する切欠になった出来事があったのはこのタイミングではないかと後世の歴史家達の一部は説を立てている。

 

その説に明確な根拠は提示されていない。しかし、それを類推する根拠として、ある人物との密やかな交流が示唆される取引履歴が存在していた。

 

「やあ、バイト君。繁盛しているかい?」

 

店のドアベルを鳴らしながら入って声をかけてきたのは、最近店の常連になった猫のような目が特徴的なリカルドと同い年の人物である。

 

「あんたか。まあ、ぼちぼちだ。あんたこそ、そろそろ予算をケチる必要もなくなってきたんじゃないか?」

 

その人物が何者であるかをリカルドは理解した上で伝法な口調で視線を上げることも無く手元の作業を続ける。

 

「まあね?でも君を一本釣りするにはまだまだ予算不足だよ、トホホ...」

 

お手上げといった仕草でため息を吐く常連客にリカルドは視線を向ける。

 

「交渉する相手が違うだろう。お嬢に言ってみたらどうだ?」

「やだよ、僕にエンデュミオンの二の舞を演じろって言うの?」

 

肩をすくめて、リカルドのお嬢様ことローゼリア・ロヴェーヌのステゴロ百人抜き伝説を引き合いに出して一笑に付す常連客。諦めの悪い姿に根負けしたリカルドは諭すように言う。

 

「幾らパンが美味しそうだからって、収穫前の小麦畑に口空けて突っ込むバカがいるか。ちゃんとパンを買えよ。*1予約券ぐらいはくれてやる」

 

途端、キラリと常連客の目が猫じみた爛々とした輝きを帯びる。その目は言質を取らせてくれるのかと実に貴族らしい欲望に満ちた目であった。

 

「本当?」

「こっちだって、美味しそうにパンを食う(技術の価値を分かっている)やつを優遇してやりたいと思うのは当たり前だ。少なくとも見栄で買ってカビさせるような馬鹿(見る目の無いあんたの政敵ども)には売りたくない。お嬢も同じお考えだ。少し待て。規約をまだ完璧に詰めきっていないからな。んで、注文はなんだ?」

 

 その後のやり取りは魔道具の部品を発注する常連客と受注する店子の取引に終止していた。常連客からすれば、リカルドはこちらが作りたいものを丁寧に聞き出して、設計を軽く書き起こし、要点、時には自分の盲点すらも鋭く指摘してくる凄腕の魔道具士である。

 

 そのコンサルティングフィーは本人が無学歴の子供だから激安で済んでいるだけで、実力だけを参照して値付けするならば、こんなスラムの外れのジャンク屋に来るような客層では絶対に買えないレベルの値段になると評価している。それを再確認し、王立学園に彼が進学した時の事を考えて、ふと常連客の思考が立ち止まる。

 

そう言えば、彼の進退を全く聞いていなかったな、と。

 

「ねえ、リカルド。確かここへはお嬢様の付き添いとして付いてきたんだよね?」

「ああ。……こちらの方が宜しいですかな?お客様」

 

リカルドの気配がガラリと変わる。伝法な口調の幼いながらも一端の職人としての迫力を感じさせるものから、鞘に収めた刀のような静かで鋭い気配の従者へと。

 

「っ、そうだね」

 

一瞬気圧される。やはりだ、自分の見立てに間違いないと常連客は腹を決める。

 

「君のお嬢様がドラグーンの貴族学校を卒業したら、君はどうするのかな?」

「お嬢様は特級魔道具研究学院に進学されるお積もりですので、合格すれば王都の子爵邸で引き続き従者をやっていますよ。多分合格すると思いますが」

 

 十数年に一人出るか出ないかという王立学園外からの特級魔道具研究学院合格と言う狭い門をリカルドはまるでそこら辺の勝手口の扉か何かのように話す。その言葉に彼自身の事は何もなかった。

 

「……君の進学は?」

 

 リカルドはドラグーン領領都ドラグレイドの幼年学校の一つに転校していたものの、その成績は常連客からすれば明らかに低く抑えられている事が分かる代物であり、事情があるのだと察していたからこれまで余計な藪は突かなかった。しかし、そうも行かない。

 

「特に考えていませんね。必要になったらそこら辺の魔道具関係の専門学校にでも行こうと考えていますが」

「……は?」

 

 予想していた中でも最悪の答えに流石にこれはまずい、まずすぎると常連客は内心悲鳴を上げつつも勿体ないと義憤じみた怒りが湧いてくる。

 

 第一に、王立学園の受験生の中に、自分を相手にして、ローゼリア・ロヴェーヌの論文を筆頭とした魔道具のことに関して微に入り細を穿ち、それでいて幅広い見識を要求する様な議論が出来る人が他にいるかどうかすら怪しい。

 

 第二に、間近での観察から推察される魔力量はどう少なく見積もっても二千以上。彼の受験において、魔力が足切り要因として足を引っ張ることはあり得ない。

 

 第三に、魔道具士としての手先の精度即ち身体強化のセンスにおいては多分一生勝てないと思わされるほどの格上。

 

 そんなAクラスも普通に視野に入ってくるような怪物的な天才が王立学園を一顧だにしない、貴族学校への進学すら考えていないとは、最早才能の不法投棄以外の何物でもない。王国の貴族のほぼ全員が秒で達するだろう結論に常連客も至る。

 

「王立学園は?君なら行ける」

「興味ありませんね」

「君のお嬢様を蹴り出したから?君も知っている通り、あの事件はエンデュミオンがやらかしたことで、再発防止策として騎士団が入学試験を警備している」

「自分が踏み潰した虫けらの模様なんてお嬢様が覚えている訳ありませんよ。僕も蒸し返してくるようなバカでもいない限り気にしません。王立学園はローゼリア・ロヴェーヌにとって無価値なものだったからあっさり捨てた。それだけの話です。故に、この話にお嬢様はほぼ無関係です」

 

 慌てた常連客を窘める様に、リカルドは淡々と常連客をはじめ、王国のまともな貴族*2にとっては最早異形と言って良い価値観に基づく見解を語る。それは常連客にとって正しく異次元の価値観だった。王立学園合格はそもそもの大前提、B以下でも苦しく、D以下はほぼ詰みと同義。それが常連客にとっての進学プランである。

 

「……君のお嬢様にとって王立学園入学に価値がないからって、君にとっても入学の価値がないってのは早計にも程がありすぎるんじゃないかな?」

 

 それでも食い下がる常連客にリカルドは内心溜息を吐く。いつになく、とことん意固地になってしまっている。もう納得する理由を言わないと諦めないだろう。そして食い下がる理由の主成分が本人の善意であるとは理解できてしまうが故に。リカルドは本当の事を少しだけ話そうと決心する。

 

「なら、他言無用とお願い申し上げた上での話ですが。僕に王立学園の受験資格はありません。三親等以内に重犯罪者等がいる者は王立学園への受験資格を持たない。これに引っ掛かるのですよ」

 

 国家の中枢を担う人材を輩出する王立学園として、幾らずば抜けて優秀だと言っても流石にテロリストが産み落とした卵を孵す訳には行かない。そんなごくごく当たり前の国防上の理由からの身元チェックに引っ掛かってしまうから論外なのだとリカルドは言う。どうしようもない壁の存在に常連客はとうとう折れて肩を落とした。

 

「……それじゃ、帰るよ」

 

 その週、現ドラグーン侯爵の孫、フェイルーンは相も変わらずその政治的背景の弱さゆえにいないことにされていたものの。珍しくその感情を隠す笑顔の仮面は割れて、不機嫌オーラ丸出しで周囲を悪意ある無視の上から圧殺して回っていたのを、同じ幼年学校に登校していたリカルドは遠巻きにチラ見した。

 

 それからというものの、常連客(フェイルーン)は特に進学の話題を出すこともなく、ただの取引相手としてその頻度を少し減らしながらも交流を続けていた。

 

「この前の論文のここだけども……」

「そこか。何か追試して失敗でもしたか?だとしたら補記の3の条件で見落としていると思うが……」

 

 リカルドの主人、ローゼリア・ロヴェーヌはドラグーンの貴族学校にて基礎研究の発表を頻繁に出している。それに興味があったものの、迂闊に直接呼び出して接触する訳にも行かない常連客(フェイルーン)がリカルドにその話題を振れば、リカルド自身が共同研究者兼窓口として詳細に答えてくれた。

 

 時には発表に至らなかった面白い失敗談も教えてくれるという学術の徒にとっては至れり尽くせりな附属サービス。件の常連客(フェイルーン)はお茶代と称してバイト代の何倍ものフィーを払う始末である。リカルドはそのまま全部懐に収めるわけにも行くまいと、普段の主人への給仕でもまず扱わないような高い予算での茶菓子の用意に慣れてしまった程である。

 

 そんな奇妙なバイトとバイト目当ての常連客(フェイルーン)の交流の日々は、リカルドの主人であるローゼリア・ロヴェーヌの特級魔道具研究学院への合格、及び貴族学校の卒業によって一旦幕を下ろすこととなる。

 

「今日がバイトの最終日、だったよね」

「よく来られたな。そろそろ受験勉強の追い込みじゃないかと思っていたが」

「まあね」

「さて。お客様の王立学園Aクラス合格の前祝いとして、一つ裏話をしましょうか。『ローゼリア・ロヴェーヌは特級魔道具研究学院に進学を果たしたものの、やはり王立学園の名だたる俊英と比べると分が悪く、落ち零れている』我が工房、一世一代の猿芝居でございます。その時はどうぞ一緒に踊る馬鹿どもをご笑覧あれ」

 

 自分達で自分達を貶めるように自演するという狂気以外の何物でも無い所業の予告。これに常連客(フェイルーン)は顔を顰めて不機嫌を丸出しにする。

 

「何をやらかすつもりなのかな?」

 

 猿芝居をやることそのものは非常に腹立たしい。が、それがそうまでして隠れなければならない程にとんでもないことをやらかす犯行予告であることが分からないほど、愚かではない。

 

「企業秘密ですってアッーーー!?」

 

 ニッコリ得意気な笑顔で答えたリカルドの頬を摘んで強めにぐにぐにするだけで済ませたのは、誰が何と言おうと温情であると下手人は言い切るだろう。

 

「いたた、真面目な話、知らない方が良いと思いますよ。お宅は何も知らずに我々の工房に出資した。出資者への最低限の義理として、将来への投資を円滑に遂行する安全確保策として、潜伏のための猿芝居をすることを報告された。潜伏中は何をやらかすつもりだったのかは皆目知らなかった。無論、例の出資予約スキーム*3に払った金を返せという事であれば、そっくりそのまま返しますよ?まだラボへの投資の目処が付かず、全然手を付けられていなかったお金ですので」

「いいよ、そんなはした金。君が言ったことでしょう?『ベンチャー企業への投資なんてものは、十個種を蒔いて、数年待って、一個花開けばそれで取り返せるから良しとするような投資でしかない』」

 

 常連客(フェイルーン)は、リカルドから工房の価値を最大化するという出資された側の義務*4を一時的に放棄するとも取れてしまう禁じ手を打ってしまった賠償として、出した金を払い戻すかという問いかけに否を返した。

 

 ここまで切れ者である彼が自腹を切る隠蔽工作が必要だと言い切り、仮にもほぼ出資者に近い立ち位置の自分にすら厳重に隠す案件である。次期侯爵としてはほんのはした金を惜しんで自分の見込んだ天才二人の株が大暴騰する機会をつかみ損ねるぐらいなら、山師に騙されたふりをする程度は必要経費として考えるべきだろう。

 

 それに、リカルドと契約した出資予約スキームにて、実際に出資に踏み切るまでの期限はあと五年と定められている。少なくとも、そこまでには何らかの成果、あるいはそれを期待させてくれるようなものを出せるという見込みが立っている筈だ。

 

「あと五年以内に、僕が出資できるほどの案件が育つ。その見込みはあると思って良いよね?」

「大当たりなら、一千万リアル*5ぐらいは余裕で頂けますね」

 

 余人同士のやり取りならば聞いた側が発言者を酔っていないかを確認した上で一笑に付すか、ふざけるなと殴り飛ばして許されるような物言いに常連客(フェイルーン)はそれでこそ、リカルド・キサラギであるとニヤリと笑みを浮かべる。

 

 フェイルーン・フォン・ドラグーン*6は新株予約権の行使により、ローゼリア・ロヴェーヌとリカルド・キサラギのコンビが営む魔道具工房リッキーローズの株式の10%を取得した。

 

 後に他の高位貴族の多くが喉から手が出したディールを行うための権利を取得したタイミング、出資予約スキームの開始時期が、リカルド・キサラギがバイトをしていたタイミングであった。この事実こそが彼の潜伏を辞めさせる何かがあった証拠ではないかと後世の歴史家達の一部は言う。

*1
直接ヘッドハントじゃなくて貴族らしくちゃんと収穫が期待できる所で上前をはねろ

*2
ドスペリオル地方除く

*3
リカルド曰くなんちゃって新株予約権

*4
出資予約スキームの際に明文化して定めた

*5
作中世界の通貨。国際共通通貨かは不明。一リアル百円程度と原作主人公のモノローグに記載

*6
貴族家当主はミドルネームにフォンが付く




リカルド・キサラギ:本作主人公。前世での死因は乱射事件に巻き込まれたこと。南九州出身の剣道少年から留学し、ベンチャーキャピタルに就職。スタッフの流出入の問題で本来は技術系の専門職だったのが、仕方なく職掌外の雑務も副業として引き受けることがままあった。
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