前世モーレツ系だった僕は今世でも懲りずに爆走する 作:メダカにジャム
王立学園一年Bクラス、リカルド・キサラギの朝は早い。主人のローゼリア・ロヴェーヌの朝の支度を簡単に終わらせられるように最低限の補助をしつつ、それが終われば私服であるベアレンツ群島国サツマの民族衣装、アレンが見れば大正ロマンスタイルなどというそれを纏い、鍛錬用の重黒檀の一本歯下駄*1の軽快な音を響かせながら王立学園まで走って登校、そのまま王立学園の外周をアレンと同様に一周するというルーチンを組み立てたが、その日は珍客がいた。アレンと一緒に走ろうとして脱落した王立学園一年Aクラスの面々である。
「嘘だろ、何だその靴!?そんなんで走れるのかよ!?」
「実家の伝統的な鍛錬具、重黒檀の一本歯下駄です。嵩張るので若様は多分持ってきていていないと思いますが、お嬢様も若様もこれで地元を走り回って鍛えたものですよ」
「ま、マジか……」
「では、お先に失礼」
そうして超重量級一本歯下駄と言う苦行アイテムにドン引きする脱落者達を余所に坂道へ差し掛かる。そこには切り株に腰をつけて悔しそうに坂道全力ダッシュを見送るライオと楽しげに坂道を爆走するアレンがいた。
「若様、これで宜しいので?」
「ああ、別に付いてきてくれだなんて頼んだ覚えは無いからな。明日にはちゃんと自分の分を弁えるだろうさ」
「臍を曲げるのも程々にされては?まあ、この程度で折れる有象無象しかいないのであれば、若様が王立学園に通う価値というのも知れていると言われればそうなんですがね……」*2
リカルドも坂道を使って自分なりの鍛錬をする。全力で数歩踏み出しては降りつつ魔力を溜め戻す。
「……凄まじい最大出力だな」
「魔力過剰圧縮体質。うちの母曰く、先天性魔力器官肥大症に適応した形質らしいですが、名前の通り魔力を圧縮しすぎてしまう体質です。軽症であれば、体外魔法の魔力の溜めを省略できる、総魔力量が増えると便利な代物ですが、重症になると体内で魔力を薄めないとまともな出力では身体強化出来ず、結果として高出力域での運用に支障をきたします。そして、この体質と付き合ってきたキサラギ家はいわゆる臨死怪力*3、肉体の自壊と背中合わせかつ一歩で魔力が溶け過ぎて気が散りそうになるぐらいの劣悪な燃費と引き換えに通常ではあり得ない出力を引き出す身体の反応を意図的に引き出す手法を開発し、ある程度適合出来ました*4。僕の場合は自分の活動限界を七歩から三歩までの間で調整して臨死怪力にある程度幅を持たせて運用できます」
そして語られたのはリカルドの特異体質に基づくトンチキ身体強化魔法。聞くだけでもそれが捨て身を前提にそれでも敵を斬って死線を掻い潜る修羅の技だとライオは理解する。
「……アレンも臨死怪力を引き出すことは出来るのか」
「引き出すだけなら出来るとは思いますが、使いこなすことは難しいかと。精神を一新するまでの若様は高出力の反動で肉体が自壊しないように地道に基礎を鍛えるなんて真似は苦手とされていましたので。幾ら精神を一新したところで、修行の遅れを取り戻すのは一筋縄ではいかないでしょうね。それでは、失敬」
ライオの質問に答えつつ、魔力を溜め戻したリカルドは再び走り出し、ライオはそれを見送る。その背中は想像よりも遠く感じられるものであった。体質の差もあるとは言え、あのアレンですら鍛錬不足を突き付けられる世界がある。まずは井の中の蛙から脱却せねばと思いを強くするライオであった。
「そう言えば今朝、一年Aクラスは殆ど全員が遅刻したのは御存知ですか?」
「……そうなる現場に居合わせた、と言うことでしょうか?」
「ええ。若様の朝練に同席しようとして、魔力切れで全滅でしたね。皆様このままでは終わらせないというお顔でしたよ?」
「そう言う貴方は……」
「王立学園の外回り一周を若様においていかれないぐらいのペースで完走するぐらいは行けますよ?体質の問題で若様がやっている坂道の全力疾走での駆け上がりにはついて行けないので自分なりのやり方で別の修行をさせてもらっていますが」
リカルドは世間話とばかりにAクラスの惨状を話せば、アリス・マスキュリン含めたクラスメイトの過半が食い付いてきた。
「因みに、薄々でも察していらっしゃるとは思いますが。僕の見立てでは若様の朝練についていくには皆様まだまだ修行不足と申し上げる他無さそうですね。気になるならば毎朝5時に走りますので顔出ししてみます?」
翌日、顔出ししたBクラス生全員が魔力切れで遅刻したのは言うまでもなかった。尚、リカルドは事前に話を担任に通してあり、了解をもらっていた。その際にゴドルフェンはリカルドにこう問いかけた。
「お主はアレン・ロヴェーヌの鍛錬を他のクラスの生徒にも共有するつもりかの?」
「若様の尻を追っているAクラスはこのままだとBクラス以下と決定的な差を付けかねないと踏んでいます。それでは面白くないでしょう。今年の一年生は、例年ならばAクラスで卒業できる逸材が一世代に有り余りすぎてEクラスにまで溢れてしまっていた。なんてオチを目指すことは、僕にとってもやる意味のある効率の良い投資ですので」
その言葉に、職員室の教職員達の視線が集まる。王立学園が伝統的に超えられなかった壁を踏破するとの物言いは、王立学園の伝統を受け継ぐ講師陣への宣戦布告とも取れなくもない言葉だ。ゴドルフェンは好々爺然として笑う。騎士団の伝統相手に臆さなかった彼がこの程度で怖気づくものか、と。
「やってみるが良い。元々あのプロジェクトでお主が他者を導く才も有ることを自ら証明してのけたからこそ、儂もお主を王立学園に捩じ込む算段を付けたのだ。王立学園からより優秀な人材が供給されれば、お主の望み通りあのプロジェクトを手放すのも早くなろうとも」
ゴドルフェンは躊躇いなく征けと言い放つ。目の前の妖怪小僧ならば、自分では思いもよらぬ方法で何事かを成し遂げていくれるかもしれない。少なくとも、今現在、リカルドの手元に王立学園に在学する意味というものが殆ど存在しないことをゴドルフェンは理解している。彼は単に彼の溺愛する弟妹の道を舗装しているだけなのだ。無事に卒業して特級魔道具研究学院に進学できればEクラス卒でも全く問題ないと言い切るだろう彼に必要なものはやる意味を見出だせる仕事である。自分が欲しかったのはあの地獄の現場の最前線を爆走していた仕事の鬼、その狂気を全開にしていた姿なのだ。三年間も有給休暇を与える為ではない。彼がそれを仕事と定義している以上、こちらが仕事相手として振る舞う限りは手綱はどうとでも取れる。ならば、走らせるべきだ。
時は戻り、Bクラスがアレンの朝練の過酷さを思い知った日の放課後。リカルドはアレンを追った結果、職員室に辿り着いた。
「おお、丁度いい所に来たの。リカルドよ」
ニヤリと笑ったゴドルフェンはアレンを探しに来たリカルドに坂道部、後の王立学園裏必修科目と呼ばれる名門部活動が設立された経緯を軽く話した。*5
「お主の目的にも、この部活動は丁度いいと思っての」
「そう言うことでしたらこのリカルド、若様の青春に助太刀しましょうぞ」
「……何が狙いだよ」
「若様とて、部活運営の細かい雑務に手を取られたくありますまい?心配せずとも利益はこちらで勝手に掘り起こして回収しておきます故」
「そうかい。んじゃ、俺監督やるからお前部長な?」
「拝命しました。一応代行を名乗っておきましょう」
リカルドがなんか企んでいるなあとは感じたが、探る気にもなれない。自分が好き勝手やるのを咎めない一方で、好き勝手に暗躍するのがこの幼馴染だ。かくして、後の王国史に王立学園坂道部初代部長は誰かという問題でリカルド・キサラギと引っ掛けられて泣く子供達が続出する未来が確定するのであった。*6
「んじゃ、俺は坂道部を立ち上げて監督としてお前らを見てやることにしたから宜しく。後の細かい事はこの初代部長」
「代行です」
「どっちでも良いだろ、兎に角、リカルドの奴が細かい雑用を取り纏めてくれるから、任せた」
「部長代行のリカルド・キサラギです。取り敢えず、簡単にうちのルールの草案を書いてみましたので、皆様ご査収いただければ」
そうして一年Aクラス一同に渡されたのは、後の王立学園部活動の部則において雛形とされる条項を複数盛り込んだ部則であった。端的に言えば、部外の上下関係を部内に持ち込むこと、逆に部内の上下関係を部外に持ち出すことを自粛すべしという紳士協定、及び王立学園外周という厳密に言えば王立学園外である公共区画を走るにあたってのマナー、そもそも部則の扱いをどうするかなどを纏めた代物であり。草案にはこれを草案として通した旨が顧問ゴドルフェンと監督アレンのサイン付きで用意されていた。
「成る程な、こちらとしては異論はない。己を高めるべく部活動に参加するのだから、純粋にそれに集中すべきだ。ザイツィンガーの名にかけて王立学園創立の精神に倣いこの紳士協定を尊重すると署名しよう」
「僕も同感だね」
「私も署名します!」
高位貴族三人が揃って家名付きで部員名簿に署名したのを機にAクラスの生徒達が署名していく中、一人だけそれを躊躇った者がいた。
「済まん、ちょっと猶予をくれないか?……署名はしたいが、俺の独断でやったとなるとそれはそれでトラブルになりそうなんだ」
「あくまで現状では努力目標として制定した代物です。強制力を持たせるかは皆様次第といった感じになりますし、それこそ半年待たされても僕は平気ですよ?」
「そこまで待たせたら俺が怒られるわ!」
Aクラスが次々と入部する中で、王立学園一年Aクラスの一人、ダイヤルマック地方出身者、ベスター・フォン・ストックロード*7は己の複雑な立場故に待ったをかけ、仮入部として処理された。それは全く本人の意図しないところで一つの落とし穴を掘ることになる。
「と言うわけで、これが若様の朝練に皆でついて行こうと言う話から立ち上がった坂道部ですね。僕の個人的な見立てになりますが、Aクラスの大半が坂道部の二軍落ち、皆様も入部したとすれば同様でしょうね。入部するしないはさておき、この先を漫然と過ごせば仲良く負け犬確定でしょうとも」
「……この部活の面倒を見る貴方達の狙いは何かしら」
「若様は特に無いと思いますよ?一人で走るより皆で走る方がモチベーションを維持しやすいぐらいの狙いしかないかと。僕個人としては基本的に期待だけの皆様と違って既に実績を評価されて報酬を頂いている身ですので、今更自分への期待を篤くする為の王立学園での相対評価上げをやっても全然利益にならないのですよ。寧ろ皆様が此処から成長して手抜き無しの僕を下のクラスに蹴落とすぐらいになってくれる方が余程後で儲かるってものです」
放課後、リカルドはBクラスの一同を情報交換会として夕食の席に誘って、坂道部がどのようなものであるかのプレゼンを行っていた。アリスが代表して他意を尋ねるも、リカルドは王立学園のクラス昇格降格争いには無頓着どころか是非とも蹴落としてくれと挑発的に言う始末。*8この言葉にBクラスの生徒達の目には火がついていた。淡々と冷めた目つきで自分達を歯牙にもかけない様子のスカしたチビに一泡吹かせたい。そう書いてあった。
ユニコーン世代における王立学園のBクラス以下は、例年の王立学園のBクラス以下とは一線を画す群雄割拠の魔境として後世に名を残している。『ユニコーン世代にDクラス以下は実質存在しなかった』とはその魔境ぶりを端的に表した言葉である。その始まりは一つの噂であったと言われている。王立学園一年Aクラスのアレン・ロヴェーヌが坂道部を立ち上げて自身の朝練を共有物として提供している。あのライオ・ザイツィンガーですら十倍以上の魔力量の差を運用効率の差で圧殺し返し、修行不足と嘲笑う王立学園始まって以来の達人の業を何処まで盗み己の肌に染み付かせることが出来るかで、今期の王立学園生の序列は半ば決まるであろう、と。
「なあ、リカルド?お前、部員増やし過ぎじゃね?」
「若様も分かっていますよね?あの子達は来年の新入生ですよ?」
その影で、ゴドルフェンに師を紹介して貰うべく、坂道部を立ち上げたアレンは、課題の対象をどんどん増やしていくべく動いているようにも見えるリカルドに苦言を呈すも、来るべき大惨事を提示されて黙らされた。リカルドが溺愛する双子の弟妹、サクヤ・キサラギとグレン・キサラギ。二人が来年王立学園に突っ込んでくる未来は、兄のリカルドにとっては無論のこと、二人の幼馴染でもあるアレンにとってもほぼ決まったような話である。筆記さえ事故で落とさなければ通るのはほぼ確定。そうなれば、王立学園生すら踏み潰しかねないのがあの二人である。圧倒的な才能が周りの芽を枯らして大凶作世代になる現象など、王立学園の外で王立学園に隔離出来なかった生徒がたまに引き起こす現象なのだが、肝心の王立学園で同じことを起こされては関係各所からの恨みを買うにもほどがあるし、アレンの自由で快適な生活にも差し障りが出てしまう。
「成る程、強くなる機会はこっちから与えていたのにふいにした連中が悪いって話に持っていくのか……お前も苦労性だなあ」
「日々の基礎鍛錬を通じて己の限界と真摯に向き合わせれば、あの子達と対面しても折れにくいとは思いますので。どうしても、我々は人種が違いますからね。とはいえ、それで若様に手間をかけるのも違いますので、部長代理として一軍から次期部長候補として副部長を選任しましょうか。成果次第では僕がゴドルフェン翁を説得しますので」
「良いさ、そいつは俺の課題だ。横取りするんじゃねえぞ?」
「左様で。御心がままに。それはそれとして、若様。お嬢様からお届け物です」
次の瞬間、アレンを強烈な音撃が打ち据えた。内臓も含めて全身をガチガチに固める魔力ガードを間に合わせてダメージを最小限に抑えるアレンだが、肉体の可動性を潰すレベルの硬直を強いられる代物であるがゆえに離脱は遅れる。そして。助走をつけたグーパンが体勢を立て直しきれていないアレンの頬を全力の局所魔力ガード越しに打ち抜いた。
「フェイちゃんは私の可愛い後輩なんだけど、その子の渾身の力作をその場の勢いで壊しちゃうなんて幾らやんちゃでも程があるからリッキー代わりに叱っておいてね」*9
姉の声で告げられた伝言に、突如の襲撃に目を白黒させていたアレンはそれかと冷や汗を流す。
「一応僕も彼女の弟弟子で、彼女がバイト先のジャンク屋に来て僕のコンサルティングサービスのヘビーユーザーになってくれたから魔道具工房リッキーローズの今があるわけですし、今では株式一割を持っている大株主様、取引相手ですので。皆には内緒ですけど。彼女の若様への執着に介入する気はさらさらありませんが、それはそれとして不義理のケジメはつけていただきます」
その後、頬に殴られた痕をつけながらもフェイに無礼を頭を下げて謝罪した光景にフェイすらゾーラの朝食*10を食べすぎてついに狂ったかと動揺していたが、最低限通すべき義理はある、そこを違えたケジメはつけろとリカルドに叱られたとアレンは告げる。フェイだけは何か納得した様子であったが、他の皆はアレンだけでなく、リカルドについても測りかねていた。騎士団仮団員になった経緯も不明、主家の寄親であるフェイに公然と生ゴミらしき何かを渡したと思えば、坂道部にて部長代行を名乗り、円滑な運営をするべく音頭を取り、別け隔てなく精緻な技術指導をする。その姿は、任務、役目の類にとことん忠実な人物なのだろうとは推察できるものの、彼を動かす任務とやらの正体が全く読めないのだ。そもそも彼がどれほどの魔道具士であるかをきちんと認識できている人物すら、現状ではフェイとアレンだけであるため、無理もない話であった。驚天動地の真相が明かされる日はすぐそこまで迫っていることを知るのは本人とゴドルフェンのみである。