前世モーレツ系だった僕は今世でも懲りずに爆走する 作:メダカにジャム
ルーデリオ・フォン・ダイヤルマックは所謂勝ち組、勝つことを当たり前としてきた人間である。生まれはダイヤルマック地方を統べる侯爵家という高貴故の責務を多く背負うもの。幼少期より侯爵の嫡子としてその優秀さは突出しており、久方ぶりのダイヤルマック家が輩出する王立学園Aクラス生として勝利を積み重ねてきた彼にとって、敗北とは無縁のものであった。
そんな彼には当然、ダイヤルマック地方を導くものとしての自覚がある。侯爵家当主の座を父より受け継ぎ、王立学園にてより多くの利益を確保し、地方に還元する責務がある。その責務を背負う最中で障害が現れた。従貴族家ストックロードの傍系の子、ベスター。不遜にも己の玉座を虎視眈々と狙う初の政敵であり、同時に自分と同様にAクラス合格を果たした強敵である。他地方との交流を任務として与えられた彼が身を置くという、王立学園では珍しい有名無実ではない部活、坂道部。率いるは、アレン・ロヴェーヌと言う話題性の塊たる奇怪な天才と、リカルド・キサラギ、官吏コースなのに王国騎士団仮団員最年少記録更新者という正体不明の存在。習慣化が難しい基礎鍛錬を組織的に積み上げていくという坂道部はこの先伸びていくものであり、同時にお互いが大変な基礎鍛錬を共に超えたという連帯感を与える。この部活は政治的に極めて強固な地盤たり得るものだとルーデリオは目を付けた。
このまま座視することは出来ない。ベスターが創部以来の古参としてダイヤルマック地方の新入部員達を前に自分よりも大きな顔を出来てしまう。それは、許されない敗北だ。王立学園生達の指示を取られては、自分のダイヤルマック地方を統べる者としての基盤が瓦解してしまう。坂道部を己のものにするのは、ルーデリオにとって最早急務であった。しかし、その目論見は儚く潰える。アレン・ロヴェーヌは折角の自分の導きを嘲笑を以て袖にした。田舎貴族如きが、ダイヤルマック地方を統べる自分に勝てる筈が無いというのに。その翌日、坂道部部長のリカルド・キサラギがこちらにアポを取って来た。成程、監督は兎も角部長の方は頭があるようだ。ルーデリオは勝者として自分の率いる部活である『ROAD TO GLORY』の部室へ鷹揚に迎え入れることにした。
「失礼します。坂道部部長代行、リカルド・キサラギ、参上致しました」
「君は主人と違ってどうやら事の道理を理解しているようだね、結構」
丁寧な腰を斜め45度に曲げる立礼、アレン・ロヴェーヌが持ち込んだとされるお辞儀を受け、彼は気分を良くした。彼の主人の無礼とは別格の風格ある礼儀にともすれば自分が取り立ててやってもいいかとすら思う。
「できれば、内密のお話をお伺いしたく」
「いいだろう」
人払いを低い物腰で依頼され、どんな話があるだろうかと思いつつも平部員達は下がらせた。周囲を固めるのはダイヤルマック地方出身者、『ROAD TO GLORY』の幹部達であり、坂道部の次期幹部予定者となる精鋭達だ。
「成る程。そちらの方々は側近、という事で宜しいのでしょうか」
「ああ、我がダイヤルマック地方が誇る優秀な王立学園生達だとも。田舎貴族の君達とは違うのだよ」
「では、率直に。ベスター・フォン・ストックロードから侯爵閣下への連絡を妨害した者がいるとすれば、即刻切る事をお勧めします。ベスター殿よりもルーデリオ殿にとっては余程深刻な脅威、無能な味方と言うものですので」
「は?」
リカルドの意外な言葉に思考が空白で埋められた。まさか、彼はベスターの手先だとでも言うのか。警戒しようと身構えた所でリカルドの言葉の剣が再びその意識を縫い留める。
「ベスター殿曰く、ルーデリオ殿がベスター殿からの問い合わせの中身を知っているわけがない、だそうですので」
確かに知らない。だが、ベスターの王立学園における任務はダイヤルマック地方外の勢力との交流である。そこで父に相談せねばならぬほどの譲歩をいきなりするなどあり得ない話ではないかと思う。そんな下らぬ話、門前払いされて当たり前ではないのかと。自分の手の者が父を煩わせぬためにと牽制をかけるのも自然な話の筈だ。それを知っているわけがないとは、バカにするのもいい加減にしろ。
「やはり知らぬようですね。魔力操作も思った程お上手では無いようで、内心の動揺が僕には透けて見えますよ?この程度で坂道部を上から導こうとは笑止千万だと言うのが率直な第一印象ですが、僕とて人に教え伝えるには足らぬも多き未熟者、体内の魔力が透けて見えるからと相手の底まで知った気になるのは愚の骨頂ですし控えましょう。こちら、坂道部の部則及びその部則に賛同した者の名簿。ベスター殿の問い合わせの正体たる署名の可否を問う対象であります」
愚弄の言葉にカッとなるも、魔力の乱れでこちらの心を見抜けるぞと釘を刺され、迂闊には動けないとルーデリオは警戒するより他にない。そしてとうとうリカルドは全ての発端となった二つの書類を恭しく差し出す。
「部外秘というわけではありませんが、部員以外に見せる理由はあまりありませんのでベスター殿の問い合わせの中身を探らぬ限り知らぬも無理はありますまい。どうぞ、ご査収あれ」
部則を読み込み、ある条文で思考が釘付けにされた。部外でいかなる関係であろうとも坂道部の中においては単なる一部員同士として振る舞い、その事情を持ち込むこと、そして部内でいかなる関係であろうとも、部の外にその関係を持ち出すことも、王立学園設立における志に則り自粛すべし。強制力はない、紳士協定としてしか存在し得ない文面だ。
しかし部活動が廃れ、内部での政治力を目当てに己やドラグーンのように当主の位を名目とはいえ受け継ぐなどと言う手管が当たり前に存在する王立学園において、そのような主導権争いの空白地帯を意図的に作ろうという紳士協定は極めて異色のものだ。紳士協定の実際の威力はそれを誰がどれだけ守るかで決まる。名簿には、それを尊重するとライオ・ザイツィンガーが、フェイルーン・フォン・ドラグーンが、ジュエリー・レベランスが、他坂道部の正規の部員達、更には顧問であるゴドルフェン・フォン・ヴァンキッシュまでもが己の家名付きで署名している。その意味が理解できぬ程、ルーデリオは愚かでは無かった。
成る程、あの場にいた侯爵家令嬢二人の哀れなものを見る見下した視線とはそういう意味であったのか。これを知らなかったとは、絶対にやってはいけなかった大失敗である。足元が崩れ落ちるような感覚をルーデリオは覚えた。尚、実際にリカルドは足元に可聴域外の音源を音魔法で設置し、微かな振動をルーデリオの足に加えている。
「此処だけの話ですが、僕は近々ダイヤルマック侯爵と顔合わせする予定がありまして。先方は特にご存知ないとは思いますし、特に予定調整していただく類の話ではないのですが、このままベスター君が問い合わせのお答えをいただけず困っているようなら、ちょっとその予定の合間に閣下に直接聞いてみるのもありかなあと考えているところでして。その場にはドラグーン侯爵閣下始め他のお歴々の方も揃っていらっしゃる場なのでちょっとどうかなあと迷ってはいるのですが、僕は代行とはいえ坂道部の部長を預かる身、部員の為なら覚悟を以て突っ込むより他に無いなとも思っています」
まずい、まずすぎる。嘘だと思いたいが、仮に本当にやられてしまった場合、ダイヤルマック侯爵は他の地方の侯爵達も揃っている中で公開処刑も同然の仕打ちを受ける。配下からの重要な報告を内紛で遅らせてしまい、対応が遅れるばかりか遅らせた側がその中身も知らずに独断専行で本来取るべき対応とは真逆の事を仕出かしてしまっているなどダイヤルマック侯爵家の長い歴史上でも類を見ない大スキャンダルだ。嘘だとしてもリカルドの胸先三寸どころか、どこからでも簡単に漏れかねない話、そうなれば、自分は一発廃嫡すらあり得る。
「しかしながら、そちらが自分ならば坂道部をもっとよりよく導いていただけると挙手されたのも事実。それを気に入らぬの一言で排斥してはその先に未来など無いとも思いますので、素人としては一度試しをお願いしたく。ルーデリオ殿、そしてこの場の皆様に本当に坂道部を率いる器があるのか、ズバリ、その走りを以て証明していただきたいと考えますが、如何なものでしょうか」
そんな中で一発逆転のチャンスを相手から差し出されては、罠だと思っても藁にも縋る思いで掴むより他になかった。そこで勝って己はその器だと証明してやれば、この程度の逆境など乗り越えてみせたと箔が付く。
「良いだろう、この僕は君如きが測れる器では無いことを証明してやる」
だが、リカルドは何処までも容赦しなかった。眠れぬ夜を過ごさせたその翌朝、一同を坂道部の朝の通常活動に招き入れると、自分も重黒檀の一本歯下駄を履いているからと、挑戦者達の足に1キロの重りを括り付ける。天候は彼らにとっては不幸極まることに雨天であった。余計な重量をつけられた状態で追い立てられるようにリカルドに追走され、更に坂道部の部員達に抜かされては、雨天と言う最悪の天候と相まって、身体強化で魔力を消耗する速度は上がろうと言うものだ。次々と無理な負荷と距離設定を与えられたルーデリオの側近達、坂道部の幹部予定だったものが脱落して行く。それでも、ルーデリオは走り抜く。恵まれた魔力量と、今までの底意地と積み重ねた鍛錬が彼の足を坂道まで運ぶことに成功させていた。だが。坂道部の部活動は、単なる王立学園外周の持久走だけではない。小石も多い坂を全力で駆け上がり、魔力を溜め戻しながら降りてはまた駆け上がることを繰り返す地獄のサーキットメニューを此処でこなす事がもう一つの主題である。アレンに合わせてノルマは十往復である。ルーデリオは、二往復目の途中で盛大に転んだ。その横でアレンは雨天でも平然と十往復を熟していた。
「くっ、くうぅぅぅぅぅ……くそっ、くそおぉぉっ!僕は、僕は一体何処で間違えたんだ!」
一夜にして突如目の前に迫ってきた廃嫡へのプレッシャー、雨天のランニングという慣れぬ環境での鍛錬、過酷な負荷、リカルドからの『ベスター殿ならもう少し走れるのでは?』と言う煽り。敗北とは無縁だったルーデリオは肉体も精神もあっという間に限界に追い込まれ、泣きながら何故自分は敗北したのかと自問する。自分は、生まれながらの勝者であった筈だ。勝者であるに足る才を以て生まれ、正当な努力を以て勝利し、才を証明してきた。誰もが自分を勝者だと讃え、期待を寄せてきた筈だ。何故だ、何故自分はたった一晩でこうも惨めな敗北の泥を食う羽目になっている?
「……先輩」
「くっ、僕を嗤いに来たか、アレン・ロヴェーヌ」
「嗤いませんよ。今の先輩は、いつかどこかの俺でもある。他人事とは思えませんね」
アレン・ロヴェーヌは思う。今のルーデリオ・フォン・ダイヤルマックの姿は、かつての自分への後悔と重なって見える。周囲から期待されていた勝利への道筋のままに進み続け、その果てに価値観の全く違う世界、袋小路へと辿り着いてしまった姿だ。無論、その過程で積み上げた勝利の数はかつての己に比べルーデリオの方が比べようもなく多い。だが、もしもかつての己が両親の期待通りに一流大学をいい成績で卒業できていたとして、舞台は変われど、後悔に至るまでの結末、そしてかつておかした過ちの本質は変わらなかったのではないかと思う。
「俺の家庭教師、ゾルドはこう言いました。『もうこれで満足だという時は、すなわち衰える時である』*1今は先輩が失敗できる最後のチャンスかも知れませんよ?」
そう言い残してアレンは走り去っていく。リカルドは無言で背中に背負っていた折り畳み式の担架*2を開き、近くに来ていたライオに声をかける。
「ライオ殿、怪我人です。迅速に保健室に運び込みましょう」
「ああ……」
ライオの表情は意図的に固められた無であった。これから何が起こるのかを知っている彼はただ邪魔をしてはいけないと思いつつ、全てのシナリオを書いたリカルドを恐ろしいと思うより他になかった。
ルーデリオが走る前々日。アレンがルーデリオを煙に巻いて去った後。リカルドはフェイルーンとジュエがルーデリオを迎撃しようという手前で割って入る。
「お二方、熱意は大変ありがたいのですが、僕も代行とはいえ坂道部の部長、若様から預かっている僕の仕事を取らないでいただきたい」
「了解、大変失礼しました、部長殿♪」
「大変失礼しました〜♪」
リカルドの執り成しにフェイルーンは楽しげにお辞儀を披露して矛を収め、そうする姿を見たジュエはお手並み拝見と同調する。Aクラスの侯爵家令嬢二人にお辞儀をされて後を任される、凡そ平民のBクラス生という看板が全く参考にならぬことを一目で読み取りつつ、ルーデリオはリカルドと向き合う。
「坂道部の部長代行を務めております、リカルド・キサラギと申します。うちの監督と部員達が失礼しました。突然いただいたお話に我々も混乱しておりますので、一晩打ち合わせのお暇をいただきたく。その結果を翌日の夜、この坂道部の部長がそちらにお持ちしましょう」
「良いだろう、僕の寛大さに感謝するがいい!」
「はい、それはとても」
低姿勢で、混乱している坂道部をいきなり手中に収めるよりも秩序だった移譲の方が良いだろうと暗に言われたと理解したルーデリオは自分の面子にもいい話だからと一年Aクラスを去っていった。瞬間、リカルドの恭しい態度が豹変する。どう考えてもルーデリオの喉笛を食い千切ると宣言しているような目で静かに一同へ語りかける。その殺気はゴドルフェンの威圧に少し慣れそうな一年Aクラスですら背筋を冷たくさせるものだ。
「と言うわけで、坂道部幹部一同及び有識者としてそこのお二方とベスター殿、申し訳ありませんが緊急会議です。ベスター殿は胃薬を飲んで覚悟を決めて頂きたく」
その抜刀寸前という迫力に全員が圧倒されつつ、緊急会議は急遽始まるのであった。
「さて、先に大まかな結論から言いましょうか。ルーデリオ2年生は斬りますけど殺したい訳じゃありません」
「ええ?多分だけどあの部則を把握していないよね?そうでなければあんなに高圧的に仕掛けてくる訳無いだろうし。そうだよね、ベスター?」
「……ああ、恐らく配下の独断で俺の手続きが遅くなってしまっているだけで、本人は何もご存知ないだろう」
「だったとしてもここまでやらかしたら廃嫡一直線だよ、ねえ?」
「レベランスとしても同意見です。素早い決断を阻害する様な粗忽者を部下に置いておくなど管理がなっておりません」
「あれは流石に駄目だ、上に立つ者としては致命的な誤りであり、放っておく手は無いぞ」
最初に出された結論に、一度は矛を納めた侯爵家令嬢二人がそれで済まされる失敗ではないと反論する。ライオも潰さなくてはならないのではないかと剣呑な雰囲気を醸し出す。
「では、ベスター殿。ルーデリオ殿を廃嫡に追い込んだとして、その先に待つ者は貴方の望む未来ですか?」
「……俺は、将来学者になって、学問を極めていきたいと思っているんだ。侯爵家の後継になんて向いていないし、興味もない。でも、ルーデリオ様の首が落ちたら、多分、俺がダイヤルマック地方を率いるより他に無くなる。一応は、ルーデリオ様のスペアで、ルーデリオ様にこうして敵視されてしまうくらいには評価されているからな」
「ならば、やはり潰し切るという選択肢は無いのですよ。坂道部の育成計画はあくまでも部員達の自己実現に依拠すべきもの。部の為にベスター殿の夢を轢き潰してしまうなど、若様が許すわけありますまい」
リカルドの問いかけにベスターは三度深呼吸をして、己の思う丈を正直に述べた。リカルドは満足気に頷き、若様が許さないぞとこの場を制する一言を吐く。
「だけど、この話がダイヤルマック侯爵の耳に入るのも時間の問題だろう。そうなったら、どのみち廃嫡じゃないか?」
ステラは坂道部が動かなくてもルーデリオの廃嫡はほぼ差し迫った話だと一歩離れた視座から指摘する。
「そもそもこの話はルーデリオ殿の他にもう一人、責を問うべき者がいます。ベスター・フォン・ストックロード、貴方もまた、その立ち回りは間違ってはいなくとも最善でも無かった、その差の裏目が今回出てしまった以上、責任を取ることになります」
「な……何を……」
唐突にリカルドから責任の話を振られてどうなるのかとベスターは顔色を悪くしてガタガタと震え出す。
「簡単な話です。今回の件について、どちらも先に責任を取って自分で自分を処分してしまうのです。世間からは軽すぎると非難されない程度に、しかし実態としては致命傷にならないように。所謂敗戦処理って奴ですね。当主の位の自主返上なんて、丁度いいとは思いませんか?」
当主の位を王立学園入学前、或いは在学中に受け継ぐとは、王国の中枢の未来に直結している王立学園内部での政治力を当主候補以上のものとする意味がある。名目上の位とはいえ、それを在学中に喪う事の政治的な痛手は凄まじい。それを自ら返上するなど、生半可な覚悟で出来る話ではない。位を移譲した側の面子も当然潰す行為である。平時ならば、完全な自殺行為として検討の俎上にも上がらなかっただろうが。今回は決して平時ではない。
「成る程な、対外的には極めて重いと見られる処分だが、内々での扱いそのものは話が別、加えて言うならば対立候補のベスターも同じ処分を受けることでダイヤルマック地方内部の勢力の相対的な力関係への影響は抑えられると言うことか」
ダンも納得したと声を上げる。元は海の男の卵であった彼は、生家の凪風商会にて、多少の損を呑んで被害を抑えるといった判断を強いられる局面を経験しており、その経験の差が反応の速さの違いであった。
「……そういう責任の取り方であれば、俺は仕方ないと呑もう。元々俺の夢には然程価値ある当主の位でもないし、他にダイヤルマック地方内部の勢力図の混乱を最小限に抑える解決策もすぐには組めないからな。だが、あのルーデリオ様がこんな屈辱的な敗戦処理を呑むのか?」
「その前に言い訳の出来ない決定的な敗北で叩きのめせばいいだけの話ですよ。ルーデリオ殿はどう見ても負けた経験がろくにない部類の方々ですので、初めての致命的な敗北が差し迫る重圧と言うのは殊の外効くでしょう。他の方々も割と似たようなものだと踏んでいます。廃嫡、そして共倒れをチラつかせて眠れない夜を過ごさせた所で、最後のチャンスと称して真に坂道部を率いるに相応しい器、ひいては実力を持ち合わせているのかを、若様を基準に丁寧に徹底的に測定して差し上げれば良いだけです。若様は不調でも平気で重りを片足1キロつけた上であのメニューを熟していますので。少なくとも坂道十往復をきちんとこなしてほしいものですねえ。」
要するに、言い訳の出来ない実力不足による敗北をこれ以上なく突き付けるのだとリカルドは宣う。初見でアレンと同じ負荷をかけてやれとは拷問以外の何物でもない。一同はリカルドを怒らせたら、こうやって詰め将棋を組まれてしまうのだと改めて慄きながらも認識した。
「さて、というわけで副部長の御三方。ケイト殿。ダイヤルマック地方からの新入部員がこれから増える予定ですので御対応の程、宜しくお願いしますね?オブザーバーとしてご参加いただいたフェイ殿もジュエ殿もこの施策であればあの名簿にご署名いただいた事への面子を潰す話にはならないと思いますが、如何でしょうか?一応、僕もダイヤルマック侯爵殿御本人と顔合わせする機会がこの先ございますので、少しお話をすればご納得いただけるのでは無いかと思っています。異論がなければ坂道部の皆様はこれにて解散で結構。フェイ殿とベスター殿は別途相談事がありますので残っていただければ」
非常に気になる話であるが、深入りすれば自分達も危ない、そう思った他の皆はそそくさと逃げるように散っていった。
「……僕を残したってことはつまり、そういう事?」
「恐らく、ご想像の通りかと。原因は元からしっかり切除した上で、手間賃をいただきたいものですので」
「て、手間賃?」
一体何が始まってしまうんだとベスターはカタカタと震え出す。
「今回の件が終わった後、曲がりなりにも責任を取る形となった訳ですが、ベスター殿はすんなりとダイヤルマックの混乱に巻き込まれずに己の夢を叶える算段がありますか?」
「……すぐには立たないだろうな……」
「将来の夢について、学者として学問を極める、とありましたが、何をやるのかはまだ考えていない、色々目移りしてしまうと取りますが、違いますか?」
「違いません……」
その身構えに反して、中身そのものは何処までもベスターの将来を気遣うものであった。ベスター自身はここまで自分に配慮されたルーデリオの暴挙への対応に文句はない。強いて後悔を言うなら巻き込まれた婚約者、カノン・ケーンリッジ、ルーデリオの件があるにも関わらず、近々坂道部へ入部し、自分についてきてくれる予定の彼女に貧乏籤を引かせてしまった事ぐらいだ。
「では、ベスター・ストックロード。貴方の広範な興味を活かせる学問の最前線に興味はありますか?最先端の物理学理論、それを活かした最先端の魔道具開発、そして魔道具を売り捌く市場を王国の未来ごと創り出す鉄火場、我らの魔道具工房RickyRoseは人手不足です」
「工房へ出資して所有権の一割を買っている僕としてはこの人事案に文句は無いよ。何なら君の婚約者を一緒に連れてきてくれても構わない。魔道具を売り捌く市場を王国の未来ごと創り出すという謳い文句に嘘偽りが無いことは僕がドラグーンの名にかけて証言する」
「カノン殿の雇用についても応相談です。この話に緊急性はありません。強いて言うなら、僕が侯爵と顔を合わせるまであと一週間ですので、それまでに決着が付くと綺麗だとは思いますが」
「……ちょっと待って、あと一週間ってまさか……ベスター、一週間以内の回答を強くお勧めするよ」
「……明後日まで、待ってくれないか……?」
「勿論です」
あと一週間。祖母の予定を知るフェイは一週間という言葉から何が起こるのかおおよそ当たりをつけ、顔色を失くす。笑顔の仮面は剥がれ、リカルドを恐ろしいものをみる目で見ている。その様子に動揺しつつもベスターは機会を逃すリスクが極大であると判断して、それでも慎重に賭けに出る為に、猶予を希う。
かくして、ルーデリオ・ダイヤルマックの暴挙に端を発する一連の騒動は、張本人の全く意図せぬ所でその末路への筋書きが組まれていた。そして時は現在に戻る。王立学園の保健室に運び込まれたルーデリオは、リカルド・キサラギと一対一で対面していた。ライオは人を大急ぎで安定した動きで運ぶという変則的だが面白い訓練が出来たことに満足しつつ、その後の事は我関与せずと朝の鍛錬へ戻っていった。
「さて。それでは後始末と参りましょうか、お互いに」
「くっ……ううぅぅ……」
終わった。自分が積み上げてきたこれまでの人生は、たった一つの見落としを前に無残に崩れ落ち、全ての栄光はダイヤルマック地方の面汚しと言う汚名に塗り潰され、忘れ去られて消える。リカルド・キサラギは死刑執行人にしか見えなかった。判決文が読み上げられる。廃嫡に向けて断頭の一撃が振りかぶられ。
「昨今の国際情勢を鑑みるに、坂道部として部員が朝の時間を費やすからにはその時間は生半可な鍛錬に費やされて良いものではない。よって、ルーデリオ・フォン・ダイヤルマックは王国の一翼を担う高貴なるものの義務として、破天荒な登場のみで確たる実績を持たぬアレン・ロヴェーヌと衝撃的な肩書きだけで実態が不明瞭すぎるリカルド・キサラギを無条件に信頼することは出来なかった。二人が率いる坂道部がきちんと運営され、王立学園生達を導くことができるか否かは確認されるべきである。そのように考えて、いざという時は己がその責務を代わりに背負うべしと思い立ち、二人の器を試した」
「……は?」
断頭の一撃となる筈だったそれは空を切っていた。何だそれは。自分のなした行動が、正当化されている……?ルーデリオは敵対していたはずのリカルドの言葉に思考を漂白された。
「しかし坂道部は既に二人に頼らざるとも自ら道を決めることが出来る組織へと予想外の速度で成長しており、更にはその強固さに比して己の鍛錬を筆頭とする不足を露呈する結果となってしまった。かくなる上は心機一転して己を一から鍛え直すべし。それ故ルーデリオ・フォン・ダイヤルマックはダイヤルマック侯爵家当主の座をここに返上し、ただのルーデリオとして頭を丸めて坂道部と言う場を借りて修行に打ち込ませて頂く」
自分のやってしまった失敗が、歪曲され、矮小化されていた。坂道部でやり直せという慈悲だろうか。
「そして、一年Aクラスにして仮入部とはいえ坂道部に所属していたベスター・フォン・ストックロードも適切な情報伝達を行うにあたって不備があり、それが多方面に多大な誤解を招く事態となった以上は同じくストックロード家当主の座を返上し、一から己を鍛え直すべく坂道部に正式入部して自己研鑽に徹する」
「……え?」
そればかりか、今回の件でダイヤルマックを自分の代わりに率いることになる筈だったベスターにまで責が及ぶとはどういうことだ。自分程では無いにせよ、ストックロードの当主の位の返上とは政治的には凄まじい痛手の筈だ。
「ベスター殿は自分の夢が侯爵家を継ぐことにないにも関わらず、当事者達を説得出来ずに事態をここまで拗らせて、僕らに余計な仕事を増やした責任がありますからね、しっかり落とし前はつけて貰いますとも。自分で言っていた通り、学者として学問の道を究めようと言うのならば、僕らの魔道具工房は一つ良い修行場となりそうなのでそこで働いてもらうとかして僕が動いた分の手間賃を返していただこうかと考えております」
リカルドの言葉の意味をルーデリオは一瞬で理解した。リカルド達はこの件をルーデリオの廃嫡とならない形どころか、結果的にダイヤルマック地方の次世代の後継者争いへの波風を最小限にし、禊を終えた自分が再び返り咲く形で決着付けようとしている。解せない。そんな手間をかけるメリットなんて何処にもないはずだ。
「……なんでだ、お前に、僕へ情けをかける理由なんか無いはずなのに……」
「了承という事で宜しいですね?」
それでもこの条件を呑むより他に無い。首は力なく縦に振られた。
「無論、貴方の首を此処で落とすほうがこの瞬間の僕は楽です。ですが、坂道部において、個々の生徒達の育成方針とは、その夢の自己実現のために組まれるもの。ダイヤルマック地方にはベスター殿以外に有力な頭目のスペアもいらっしゃらないのでしょう?部のためにベスター殿を次期侯爵に据えてその夢を潰すことになっては本末転倒と若様に怒られてしまいますからね。それに、僕の個人的な目的のためには、所詮若気の至り程度の話で地方ごと沈まれても困るのですよ。*3侵略戦争で普通の民を無闇に殺さないのと一緒と言えばご納得していただけますかね?それとも、ルーデリオ君がたった一度の敗北で心折れて無様に散る十把一絡げの凡人未満の器の持ち主が分不相応な力を生まれ持った結果であるのならば、話は全く別なのですが……」
リカルドもアレンも、最初から自分のことなど敵としてすら見ていなかったのだとルーデリオは悟る。これでは自分はとんだ道化だ。首を落とさない理由も、そうする価値すら認められなかったのだと失意に心が沈む。が、最後の煽りの言葉にルーデリオの中で消えかけていた心の火が灯る。そうだ、自分はこんな所で終わって良い程安い男ではない。いつか、絶対に見返すと決意した。
「その心配は無かったようですね。良かったですよ」
そう言いながらリカルドは背嚢から一つの魔道具を取り出し、それが動作音を鳴らし始める。それは、所謂バリカンであった。唐突に出された場違いな魔道具にルーデリオは茫然とした。
「はい、それじゃあ念の為に頭を魔力ガードしてくださいね?」
「……な、何を?」
「こういう時にピッタリの髪型がございまして。それに頭を丸め修業に打ち込むと今了承していただいたじゃないですか?僕も今更そちらに好かれようなどとは思っておりませんし、是非とも鏡でその屈辱を思い出し、精進を続ける糧としてください」
「ま、待ってくれ、話をしようじゃないか……待て待て待て」
保健室に少年の悲鳴が響く。暴れようとするも接触により体内に撃ち込まれた音撃が頭皮以外の全身を痺れさせ、疲労と共に抵抗を鈍らせて止める。そして、少年と同様に力尽きながらも保健室にあとからやってきた少年少女達も同じ運命の轍に轢かれた。ROAD TO
「宜しいのですね」
「ああ、カノン共々宜しく頼む、副所長」
「微力ながら、ダイヤルマック地方の混乱を未然に防いでいただいた恩はしっかりと返させていただきます。ベスター君が副所長に払うべき手間賃は私の負債でもありますので」
「ようこそ、我らが魔道具工房、RickyRoseへ」