前世モーレツ系だった僕は今世でも懲りずに爆走する   作:メダカにジャム

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一応書籍版だと5巻ぐらいだろう部分のネタバレも含まれるので警告をば






最前線とは往々にして地獄なり

 魔道具工房リッキーローズの本社として子爵邸の門を潜ったベスター・ストックロードとカノン・ケーンリッジが最初に目にしたのは、雇用契約書であった。曰く、雇用体系は王国騎士団における王立学園生のインターンシップのそれに準じ、基本的には時給プラス成果給の待遇とするシステムである。薄給で扱き使われてもある程度はと覚悟していた二人には少し安堵できる話であった。そして、そんな二人を出迎えた子爵邸の主人、ローゼリア・ロヴェーヌ。その姿は端的に言えば寝癖爆発芋ジャージ干物女の誹りを免れられない。子爵家令嬢としての体裁をどうせ平民落ちするし知るかとあっさり放り捨てた惨状であった。

 

「所長、僕が採用した新人が来るって連絡しましたよね?それでその芋ジャージでお出迎えは奥様に報告案件っすよ?そんなんだから若様が寮暮らしでなかなか帰ってこないのでは?」

「わー!?ちょっとタンマ、今のナシ!ね?ね?あの後ちょうどいいアイデアが浮かんでつい徹夜しちゃって……」

「まあ、研究に熱中したお嬢様がそうなるって噂は皆様御存知なので分かっては貰えるかも知れませんが、礼儀としてはサイテーですよ」

「うー……ごめんなさい」

 

 研究に没頭するあまり寝食はおろか入浴すら疎かにしてしまうという憤怒のローザの噂を鑑みれば、噂通りの醜態を新人である自分達に晒す程度のことは二人にとっては些細なことであった。問題なのはその翌日、工房の秘密の取り扱いについての誓約書に拇印を押した後である。リカルドの案内で謎の行程を通っていった先に待ち受けていたものであった。其処には、ベスターの担任、ゴドルフェン・フォン・ヴァンキッシュが待ち構えていた。

 

「ご、ゴドルフェン先生……」

「ふぉっふぉっふぉっ、此処では顧問と呼ぶように。機密の取り扱いに関しては、業務提携先のものにも従うべしと有ったであろう?」

 

 ベスターの顔色が悪くなる。今までの人生で最大の賭けとしてリカルドについていく選択はした、しかしいきなりこんな物々しい雰囲気の場所に案内されて何をさせられるのか。

 

「何も言わずに連れてきたのかの?」

「ベスター君は学者として学問の道を極めて行きたいからルーデリオ2年生の首を皮一枚でもいいから残しておいてくれと僕に頼むぐらいの熱意がある方*1ですので、それならば、実際に本当の最前線をご案内してさしあげるのが宜しいでしょう」

「……ふむ。カノン・ケーンリッジは異存無いかの?」

「有りません。私はベス君の問題について何も出来なかった事を悔やんでいます。石に齧りついてでも、この化け物にベス君と付いていき、ベス君を支えることをケーンリッジの名にかけて覚悟します」

「……婚約者に此処まで言われて芋を引くほど俺も男を捨てたつもりはありません。一歩ずつでも食らいついて前に進みます」

 

 ベスターの熱意を語るリカルドの言葉に誇張が過ぎると言いたげなベスター、対してベスターの婚約者であるカノン・ケーンリッジは目が据わっていた。実家のケーンリッジ伯爵家はダイヤルマックのこれからを率いる有望な跡取り候補二人が揃って当主位を返上したという事態に混乱する事だろう。だが、政略的に始まった婚約とはいえ、これだと確信して見初めた男をその程度で手放してなるものか。そんな婚約者の決意に呼応してベスターも覚悟を決め直す。アレンがルーデリオに宣った通り、まだチャンスは残っているのだから、掴みに行くより他にない。

 

「ふぉっふぉっ、若いの。じゃが、確かに此処は学問の最前線も兼ねておる。挑む甲斐に不足はなかろう。そうでなければ儂らも此奴によるお主らのスカウトを認めておらぬ」

 

 そんな若者らしいやり取りに微笑ましいものを感じつつも此処に来た目的を果たすべく、ゴドルフェンは懐から2枚の紙を取り出し、声を張り上げる。

 

「辞令!王立学園一年Aクラス、ベスター・ストックロード、及び王立学園一年Dクラス、カノン・ケーンリッジを王国騎士団と魔道具工房リッキーローズの業務委託契約に基づき、王国騎士団特務第七隊の仮団員に任ずる!以後、特務第七隊隊長、エディ・ドスペリオルの指揮下に入り、学業に支障なき範囲で魔道具工房リッキーローズからの出向者としての業務を遂行せよ!王国騎士団騎士団長、オリーナ・ザイツィンガー、代読、ゴドルフェン・フォン・ヴァンキッシュ」

「か、仮団員!?俺達が!?官吏コースなのに!?」

「……特務第七隊、隊長がエディ・ドスペリオル……軍団内部でも行うことの出来ない極秘の軍事研究……なのでしょうか?」

 

 突然の仮団員任命に思考が空白に染まり目を点にする二人。官吏コースの自分達は騎士団仮団員任命とは程遠い筈だ、そうなる実績など欠片も積んでいないし、そんな実力もないはず。そもそも特務第七隊と言うものの存在が意味不明すぎる。そんなものが騎士団にあるという話など与太話以上のナニカとして聞いたことはない。いや、まさかそういうことなのかと二人はリカルドの方を向く。

 

「これが僕の騎士団仮団員最年少記録のからくりです。要は、この職場への通行証ですよ。第一軍団という看板も僕が王立学園に合格したことで先方が便宜上後付けしたものでしかありません」

「此奴は特務隊に出向しているとはいえ、ここでの仕事柄あちこちの軍団に出入りしているからの。残念ながら特務第七隊は公式には存在しない事になっておるので、騎士団員としてのマントの支給はなし、仮団員であることを名乗ることも不可じゃ。公的にはお主らはリカルドに弱みを握られて傘下でこき使われている事にしておいた方が良かろう。侯爵以上は、もうじき此奴の正体を知ることになり、無用な誤解は然程招かぬじゃろうが。ではの」

 

 ゴドルフェンは何処かへ去って行った。リカルドはそのまま二人をある一室に案内し、ノックする。若い男性の許諾の声が聞こえた所でリカルドは扉を開ける。

 

「失礼します、隊長。先日連絡した我が工房の新人二人です」

「ああ。ここを預かる隊長のエディ・ドスペリオルだ」

 

 まさかのドスペリオル侯爵家の御曹司の登場に予告されていたとはいえ、どうしても身構え怯む二人。

 

「そこの彼みたいに最初から開き直れとは言わないが、私程度に怯んでいるようではこの先困ってしまうぞ?ここは我々でもうっかり文字通り忙殺されかねない地獄だが、同時に王国の未来が産み出されようとしている最前線だ。君達がここに挑むその覚悟に報いることの出来る戦果を持ち帰ることをこの場の責任者として君達に期待しよう。全く、軽い訓示を一晩で考えろとは上司遣いが荒い奴だ。副所長を名乗るとはいえ部下を持つのは初めてなのだろう?少しは労り大切にしたまえ。では、下がってくれ、頼んだぞ、我らのエース」

「はっ!預かった夢の重みに恥じぬ働きを以て返礼致します。では、隊長、失礼しました」

 

 対してエディ・ドスペリオルは極めて柔和にエールを送り、リカルド率いる新人二人を歓迎した。慌ててリカルドに倣い辿々しい敬礼をし、お辞儀をして隊長室を辞去する二人。その後案内されたのはRickyRoseと表札が付いた部屋であった。

 

「済みませんね、流石に二人の席はまだ手配が間に合わなくて。そこの会議スペースにかけてください。お茶を出します。我々の仕事の正体も此処で明かすとしましょう」

「……とんでもない研究をやっている工房に入ってしまったと言うことは何となく理解したし、あのドスペリオルがここの隊長をやっているのは驚いたが、それにしてはあまりにも規模が大きすぎないか?特務隊なんて最早ホラ話の域の存在だったのに……」

「そうですね……他の軍団からも切り離されて特務となる理由が読めません……」

 

 そして、リカルドは二人にお茶を出して机に資料と謎の魔道具を置く。魔道具を操作して暫くすると、其処から声が聞こえる。

 

『はーい、こちら魔道具工房リッキーローズ、所長のローゼリア・ロヴェーヌだよ?』

「副所長のリカルドです。新人二人にこの工房の副業について紹介する為のデモとして掛けました。用件は以上です」

『はいはい。何だか妙に膨れ上がってしまって私にも訳が分からないことになっているから殆どリッキーに丸投げしているうちの副業だけど、リッキーも見かけ通りの体格なせいか体力無いからお手伝いさんが増えるとありがたいんだよ、改めてよろしくね、二人共』

 

 ガチャリと音がして声は途切れる。何が起きたのかを理解してしまった二人は驚愕を顔に貼り付けていた。ローゼリア・ロヴェーヌは子爵邸にいたはずだ。その声がここまで届き、会話ができる?二人の世界の常識が破壊された瞬間だった。

 

「と言うわけで、これが我らが工房の現在の売掛金の大半を占める代物、無線魔導通信機及びその安価な量産技術等関連の魔道具と、その導入支援サービスですね」

「はは……もしかして、特務第七隊の存在理由って……」

「ええ、導入支援サービスの提供先として急遽用意された実験場ですよ」

「スケールが違いすぎます……ベス君は兎も角、Dクラスの私を呼んで良かったのですか?」

 

 この場所が王国の秘密の国家プロジェクトの会場であると知り、今までに経験してきたダイヤルマック地方内部の社交等の政治の世界とは次元の違うスケールの大きさに圧倒される二人。特にカノン・ケーンリッジは自分が呼ばれた理由がベスターの婚約者であるという理由以外に思いつかず、場違いではないかと素直に思った。その不安が二人きりの時の愛称を引き出していた。

 

「立場が人を作るとも言います。人が足りているなら確かに呼びませんでしたが、隊長も仰ったとおり猫の手も借りたい現場なので、やる気のある王立学園生だったら大歓迎ですよ。教師の許可をいただいての採用なのでいきなり無茶ぶりをする気はありません」

 

 現場で成長してみせろ。多少は加減してやる。そう言われて自信が無いと返せるほど、二人の王立学園生としてのプライドは安くない。きつくてもやるしかないと覚悟を決める。

 

「当工房の基本的な経営方針は作って特許だけ取ったら次の発明へと移るのが基本ですが、こればかりはそうもいきませんでした。その理由を騎士団の組織体系と関連付けて考察してください」

「えっと、王国騎士団の組織体系……有事の際には侯爵家の私設騎士団を中心に編成される軍を統括する、会話が成立するほど短い時差で通信できる場合……報告が溢れかえって整理できなくなる?」

「そもそも、量産できたとしてどうやって各地の地方軍と連携を?声を何かに変換して送り届けるという事は、同時に複数の通信が入る場合はどうなるの?」

 

 いきなり考察問題として出題された、魔道具工房が騎士団の特務部隊に出向してまでサポートしなければならない理由。魔鳥よりも遥かに速い通信速度が何を齎すのかを想像して、二人の顔色が悪くなる。あれ?これ、技術としては凄いけど実際に使おうとなると結構多くの問題が噴出してしまうのでは?

 

「結論から言います。今お二人が思い浮かんだ課題に解決策がないわけではありません。但し、それには無線魔導通信機の原理、即ち学会には未発表の物理学・魔法の理論を前提としたそれを理解した上で、使い易くなるような改良を魔道具の側でも運用する人員の側でも組織構造の組み方でも重ねていく必要があります。それを支援できる技術面の専門家は当時において僕とお嬢様の二択で、運用者のやりたいことを辛抱強く、それこそ自覚できていない望みすら聞き入れて、魔道具の改良すべき仕様に落とし込むなんて事が得意なのは僕の方なのですよ」

 

 二人はここに来て漸く納得する。開発者以外にとっては酷すぎる無茶ぶりが改良に必要なのだ。確かにこんな事情ならば、リカルドという怪物を頼るより他にこの技術の利益を素早く消化していく手段がない。

 

「おかげであれやこれやと頑張っていたら、次の御前会議では何故か僕が王国の未来を最も見据えられる専門家として会議の発表者兼進行役何ですよねえ?おかしいと思いません?まあ、仕事ならやるんですけど」

 

 それはそれとしてリカルドが愚痴る大抜擢は当然ながら頭のおかしい横紙破り以外の何物でもない。王立学園生といえど、基本的にはその才気故に将来性を期待され、国を挙げて手塩にかけて育てられているだけの雛鳥だ。それが、騎士団の特務隊という明らかに普通の軍団ではない別組織でエースをやっていて、おまけにいきなり御前会議の主役を張る?何の冗談だ、吟遊詩人だってもう少し遠慮する。余人の話であれば百人中二百人以上が寝言だとする*2話に目を回す二人だが、お茶を飲みながら混乱する思考が整理される中で一つの悍ましい可能性に至る。

 

「……ま、ま、まさか、副所長、御前会議の合間でルーデリオ様を吊し上げる気だったのか……!?」

「後継者同士を競わせるのは構いませんが、それで僕の仕事の邪魔になるなら退けと言うしかないので偶々使えそうな機会を見つけたらそうすると言うのはおかしなことですか?」

「……廃嫡どころか家系図から抹消されるレベルの公開処刑ですよ、こんなもの……!」

 

 確かにリカルドはルーデリオの件に関して、非常手段として侯爵達が集まる場を使って侯爵本人に直訴して相談するとは言っていた。だが、幾ら何でもこれは酷すぎる。リカルドが主役になってしまう御前会議の目的は大陸史を変える大発明の王国上層部へのお披露目なのだろう。そうなれば、リカルドに恩を売りたい者など寄親のドラグーン侯爵を筆頭に幾らでもいる。そんな場が加熱している所にリカルドからの雑談として侯爵家の内部統制不備の糾弾が入ったら、ダイヤルマック地方は火の海もかくやとばかりの大惨事になる。それを無機質に机の上のゴミを捨てるが如き単なる事務の一環として引き起こそうという神経の悍ましい異質さに二人は総毛立つ。

 

「ルーデリオ殿は救いようのない塵屑では無く、きちんと話せば分かっていただいて柔軟に対応していただける気の良い御仁であった。ですのでこのお話はここで終わりですよ」

「「アッハイ」」

 

 強引に話の脱線を押し戻されつつも、話題は無線魔導通信機の事に戻る。リカルド達が何をやってきたかを御前会議に使う資料を通して説明された二人はその異常なまでのスケールの巨大さと展開速度に圧倒される。通信速度を向上させるこのプロジェクトは騎士団においての早急な実用化を第一に強行軍を進めてきたが、大局的には通信速度の向上は全てを変えてしまう。魔道具の正体及び運用法開発の経緯を聞くことで、二人は此処が学問の最前線と言う意味を理解させられた。王国にとっては原理も使い方も使おうとしたらどうなるかも、まさに何もかもが未知との遭遇そのものなのだ。

 

 同時にこの幾らでも王国国内での成り上がりが見込めるような大事業に対して、リカルドとローザが不本意な副業だと称する理由もベスターには少しだけ分かってしまった。全ての起点となる魔道具の開発陣にして交渉能力を兼ね備えた一番の専門家だからという理由で、こんな大事業の外部顧問に採用されて、仕方なく流れで現場のエースをやらされる。そんな事態は自分が何らかの学者だとして冗談ではない。それはそれとして実際にエースとして運用されて直近に王立学園受験という本来ならば余力など残らない筈の課題をBクラス合格という十分以上の結果でこなし、その勢いのまま御前会議に突っ込んでしまうのは頭がおかしいという感想しか湧いてこないが。

 

「その……副所長、実は余人には見分けのつかない四つ子のお一人だとかそういう話は」

「たった二人の零細工房が業務委託でやれる仕事量じゃないって話ですか?受験勉強は筆記で足切り食らわなければそれで良しと妥協しただけですし、お嬢様についてはまあ、お嬢様を甘く見過ぎとしか言いようがありませんね。そのうち分かりますよ。心配しなくても、王立学園の教師陣公認のスカウトなのでお二人へ待遇面での無体は出来やしませんよ」

 

 カノンが思わずそんな世迷言を言ってしまうほどに魔道具工房リッキーローズの副業は巨大であり、生半可な王立学園生ならばその一生を容易く呑み込む無限にも等しいフロンティアだ。

 

「……フェイルーンはこれを知っているのか?」

「知りませんよ?そもそもこの件は王国の高位貴族の中では一番最初に知り得るだろう近衛軍団の軍団長のランディ閣下ですら、特務に人を寄越せと言われて御子息を出して以来、ほんのつい最近まで何が起きているのかどころか御子息が特務隊の隊長になったことすら全く把握していらっしゃらなかったぐらいなので。言ったでしょう?たかが一侯爵家風情が手出しできる案件ではないと」

 

 密かに出資していたフェイルーンですら知らないのは最早詐欺だろうと思いつつも口を噤むベスター。たかが一侯爵家風情が手出しできる案件ではない、全く以てその通りだ。侯爵家の領分はあくまでも地方一つの範疇にほぼ留まる。王国の全勢力が地盤ごと押し上げられる形で利益を得て強化されるかという時に一つの侯爵家が抜け駆けなどしたら、分け前が減ると他に袋叩きにされるだろう。リカルドが横紙破りを重ねてこの件をお披露目する御前会議の発表者兼進行役を務めると言うのならば、高位貴族ほどリカルドに頭が上がりづらくなる。それぞれの勢力の長として配られる利益があまりにも膨大過ぎて、きちんとそれを自勢力に還元する為にも逆らえないのだ。発表に使うという資料の一部を見せられて、御前会議の場を乗っ取りリカルドが何をしようとしているのかを、何故か侯爵より先に知ってしまう事態となったが、兎に角スケールが狂っている話ばかりだった。そんな事態にベスターは静かに笑っていた。その笑みにカノンは真っ先に気づく。

 

「ベス君?」

「アレンの態度の理由が、少しだけ分かった気がする。この仕事、責任は今までのものよりずっと重いけれども、それ以上に面白そうだよ、ノンちゃん」

「ふふ……なら、二人で頑張ろうね!」

 

 面白い。面白いぞこれは。ベスターが混乱から立ち直っていく中で一番に抱いた感情は畏怖などではなく、歓喜であった。思い起こせば自分が漠然と学者になって学問を究めていきたいと思った理由は何だったか。坂道部の活動の中でアレンに自身の目標をヒアリングされた際に考えながらもどこか核心を欠いていた思考が纏まりだす。確かに、学問を通じて新しいことを知って知的好奇心が満たされることを楽しむ思いは自分にもある。しかし同時にそれは、生まれてから王立学園生の幼少期によくある目立ちすぎる好成績によってダイヤルマック侯爵に見いだされ、その手で入れられたルーデリオのスペアという鳥籠からの逃避でもあった。王立学園にやってきて、アレンが好き勝手に楽しそうに飛び回る姿を眺めるしかなかった籠の中の鳥は、ここに来て借りの清算と言う名目で鳥籠から連れ出され、初めて無限に広がる大空を目にした。生涯でも恐らくここしかない、見渡し果て見えぬ絶界に挑む自由。性分の都合上、自分は他のAクラス生のようにその才覚に任せて飛ぶように進むことはできず、一歩一歩、地道に確実に進むことしか出来ないのだろう。だが。それでいいのだ。

 

 

 時は戻り、魔道具工房RickyRoseの所長室にて。その一角に額縁で飾られた言葉を二人は見つけた。

 

『天才の百歩より凡夫の一歩』

 

「……この額縁は?」

「うちのラボの理念だよ。限られた優秀な人が百歩先を行けるようにする道具よりも、普通の人達が一歩先を行ける道具を作ろう。魔導レーザー加工機はそういう理念の下にリッキーが組んだ傑作だよ」

 

 魔導レーザー加工機?と聞いた瞬間は思ったが、それ以上にあまり考えない話だった。王国、否、この世界の風土に常識として染み付いた感覚とは真っ向から反する言葉。才能による個体差が激しいこの世の中においてはどうしても意識しにくい概念である。

 

「リッキーの受け売りだけどね?自分が出来ることを増やす方法の一つは、自分がやらなければいけないことを自分でやらなくていい事にしてしまうことだって話」

 

 普通の人が出来ないことを出来るようになったことで、天才はその分だけやらなくていいことが増えて、結果的にやれることが増える。成る程納得だ。社会が発展する方向性は後継者がいるかも分からない天才の百歩先よりも、どこにでもいる凡人の一歩先にこそある。ベスターの感性にはしっくりくる言葉であった。

 

 無限のフロンティアを前にして、自分は他の天才たちのようには飛べない、一歩一歩足下を念入りに固めて進むことしか出来ないという自覚から劣等感の棘が抜ける。どこにでもいる人の一歩先に必要なのは飛躍ではなく着実な前進だ。道とすら呼べない足跡を道に変えろという話ならば、自分の十八番にできる。

 

 ユニコーン世代の官吏コースの偉人と言われた際に、縁の下の力持ちとして真っ先に名が挙がる存在、『博覧強記』ストックロード夫妻。彼らは己のファーストキャリアである、魔道具工房リッキーローズの職員としての稼業について後にこう語る。

 

「王国でも一番自由な学問の最前線であり、そこに道を作っていく楽しさを教えてくれた場所。それはそれとして二人じゃなかったら途中で十回は死んでいた地獄。半分くらいは学問の最前線をナメていた自分達の自業自得であることは認めるが、自由の対価として背負う責任の規模が侯爵家ですら手に負えないレベルまで肥大するケースもたまにあるとか勘弁して欲しかった」

「これ以上ないくらいに豪華なファーストキャリアをくれた地獄です。夫がいなかったらそもそも来られませんでしたが、それはそれとして扱いを間違えたら伯爵家の2つや3つは普通に消し飛ぶ案件も全く珍しくない地獄を、手元に必要以上の利益を残さない保身術一つで平然と歩く所長と副所長が私達凡人の理解の外にいる生き物だと思い知らされました」

 

 二人がリッキーローズの職員であるという事の価値は暴騰し、地獄の釜の蓋が開こうとしている。副所長の御前会議への突撃という爆弾じみた情報から朧気にその予兆を察知していた二人は、それがどれほど大変なことなのかをまだ理解しきれていなかった。無理もあるまいと、アレンやリカルドならば思うだろう。通信、即ち情報を司る事業の途方も無い成長性を実感できる実例など、このロンディーヌ大陸史に置いては絶無であるのだから。

 

 しかしながら、異形の智慧を持つ少年が開発の当初から向き合い続けてきた一つの王国存亡の危機となる問題は容赦なく若き二人の官僚の卵の前に立ちはだかる事となる。

 

 無線魔導通信システムを真に統御可能な組織・勢力はユグリア王国国内においては王家も含めて存在しない(・・・・・・・・・・・)

*1
ベスターは全力で首を横に振っている

*2
寝言は寝て言え+目覚ましビンタ連発で二百超え余裕




ベスター・ストックロード:原作5巻(推定)では学者になりたいと表明しているが、その理由に絶対に後継者争いから逃げたいから実権を握りようがない進路を選ぼうとしているんだなと本作では解釈。
カノン・ケーンリッジ:原作5巻ではダイヤルマック地方でAクラスながら冷や飯を次期当主に食わされているベスターを健気に支え続けたことが分かっているDクラスの現在名前だけモブ。本作では芯の強い官吏コースの女の子として肉付け。
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