前世モーレツ系だった僕は今世でも懲りずに爆走する 作:メダカにジャム
アレン・ロヴェーヌはロヴェーヌ家武術指南役のツバキ・キサラギの弟子である。武芸百般を極め、セシリア・ロヴェーヌやチェルシー・キサラギ相手にも指南ができるツバキの鍛錬方針は、基礎能力を徹底的に鍛えなければ土俵にも上がる資格なしと言う方針故に本質こそ奇を衒ったものではないのだが、飽き性のアレンが飽きずにそこそこ続けられるようにと色々な事をやっていた。その成果が王立学園の授業でも如実に出ていた。
「ふむ、魔力ガードの精度が凄まじいの、アレン・ロヴェーヌ?」
「はん、この程度欠伸が出るぜ」
「ほう?」
王立学園入学より三週間目、魔力ガードの精度向上を目的とした授業。実演で圧倒的な耐久術を披露したアレンに対し、ムキになったゴドルフェンがあの手この手で追い詰めにかかっても、アレンはしぶとくのらりくらりと耐えてのける。
「しぶといのう」
「ハッハー!この程度、うちの武術指南役やっている婆さんや師範代のおっちゃんの扱きのほうが十倍キツいぜ!うおっとぅ!?ほいっと!」
ゴドルフェンが土魔法で足場を崩しても、一切動揺せずに立て直し、最小限の崩れで済まし、投石で容赦なく目を狙い魔力ガードした瞼で弾かせた間に脱出する姿は驚異的だった。アレン・ロヴェーヌは異様なまでに劣勢に慣れている。
「ほっほっほ……あいも変わらず手癖が悪いのう、小僧!」
「この程度でくたばるならさっさと隠居しやがれっての!」
それでもムキになったゴドルフェンに鎮圧されるのはいつものことだが、鎮圧までの秒数は日に日に伸びていた。そして、クラスメイト相手に魔力ガードの安定化を目的とした組手をする際も。
「なあ、勘違いじゃなきゃ、アレンの魔力ガード、態と安定させていない、いや、使い分けているのか?」
「んあ?あー、お前らだって、受け止める、逸らす、弾く、耐えるで構えを使い分けているだろう?それと一緒だ」
「小僧のはちと極端じゃがの。読み違えれば半ば無防備を晒すが、見切って使えば一、二段上の効力を発揮する。熟達した騎士ならばある程度は使い分けておるよ」
相対したダンが手応えの差から普通は中々そこまでやらない魔力ガードの使い分けを指摘すれば、アレンは普通の事のように熟達者の何となくの高等技術であるそれを語る。熟達者もアレン程露骨に性質を特化させる形で切り替える例は珍しいのだが、危なげなく使いこなしている辺りに場数の違いを感じさせる。
「地元だと修行相手の攻撃力が軒並み高過ぎて普通の魔力ガードじゃ全然物足りないんだよ」
「ロヴェーヌ領は一体どういう人外魔境なんだ……」
「別に普通のド田舎だよ。強いて言うなら、偶々来た流れ者が何が気に入ったのかそのまま居着いているだけだ」
アレンの言葉を信じた者は誰もいなかった。絶対に何か隠された真実があるに違いない。とはいえ、フェイルーンがそれとなくリカルドの逆鱗間近だから姉弟子として近しい自分でも怖くて触れないと警告して回っているため、深追いする者は皆無だった。
「さてと……」
「来い……」
授業は進み、アレンが攻めの手番に回り、ライオが受けの手番に回って相対する。爛々と目を輝かせ、防御を抜かれまいと構えるライオにアレンはやれやれとでも言いたげに息を吐くと、瞬間、強烈な殺気がライオに叩きつけられる。緩い雰囲気とは似ても似つかぬ二面性、キサラギの薫陶を受けたサツマ風味のアレンがその凶暴性を解き放つ。流れるような拳打がライトに食らいつく。
「ぬぅぅっ!?」
アレンを前に授業の演習とは言え受けに回らされるときつい。アレンの攻撃には相手に魔力ガードされることを前提に体勢を崩す目的と思われるやけに重い攻撃が混ざっており、耐えきれなくなればあっさりよろけさせられてアウト。受け止めるだけではなく、受け流すことも要求され、苦心しながらもどうにか耐えるライオ。
「そこだな……あ、やべ」
「がっ!?がああああああ!!」
「どわっ!?」
だが、一度スイッチが入り、後に巷で血も涙もない喧嘩魔動機と恐れられるに至るアレンの戦闘思考は冷徹にライオへの詰めの一手を選択する。容赦なく繰り出された曲がる刺突がライオの魔力ガードで固めた腕をすり抜けて無防備な鎖骨を砕く。呻き脂汗を流すライオだったが、その目にはド根性が宿っていた。自分の背負うものはとても多い。例え模擬戦であれ、こんなところであっさり負けてなるものか。ザイツィンガー公爵家の御曹司として育てられたが故の底意地、生来の負けず嫌いの性に火が付く。激痛を噛みしめて繰り出された渾身のタックルが炸裂し、アレンは後ろに飛び、更にバク転して勢いを殺す。
「わりい、やり過ぎた」
「謝罪は聞かん……手を抜くな……アレン・ロヴェーヌ!」
「治しますね。良いですか?」
「無論。ぬかったの、小僧」
「地元だと聖魔法士が三人もいたから感覚が狂うぜ……、ありがとよ、ジュエ」
「すまない」
「いいえ」
すかさずジュエがゴドルフェンからの許可を貰って古代ラヴァンドラ語の呪文を唱え、ライオの折れた鎖骨を治す。一方、治療を受けているライオは目礼でジュエに礼を言いながらもアレンの謝罪を受け容れない。ここで謝罪されて手心を加えられるようでは、何故王立学園に入学したというのだ。その修羅じみた強さこそ、今の自分に足りないものであり、向き合って取り入れるなり対策を組むなりせねばならない。
「先ほどの曲がる突きは……」
「ああ、うちの武術指南役の婆さん、槍も使えるんだが、その強烈な突きに混ぜる曲がる刺突を見様見真似でやったら偶々上手くいっただけだな。本来は最低でもパーリ君並みに鋭い突きを撃てるのを前提としてそれとほぼ同じ構えで相手を二択に嵌める業だし。そんなことも出来ないから今回は初見殺しとしてつい使い捨てちまったけど」
ライオの問いかけにアレンはあっけらかんと使い捨ての初見殺しだと答える。そんなものを入学したての王立学園生Aクラスが手札として持っていることが異様であると、ライオはじめこの場のAクラスの大半はすぐには気付けなかった。王立学園生とは、尋常の域を超えた天才鬼才秀才が不断の努力を重ねた存在である。周囲の子供達とは、最早同じ人種とは思えないなんて感想が飛び出しかねない程に隔絶した力の差が発生する。そんな彼らが、小手先の技を必要とする場面など、まず存在しない筈なのだ。同年代は相手にならない。年上の大人ならば、小手先の技に頼って基礎を疎かにすることは厳しく咎められる筈だ。基本的に王立学園生に至ろうかという英才の卵はその将来性に期待する大人たちの手で手厚く守り育てられる筈であり、そうでなければ王立学園入学試験に通る筈など無い。
(改めて、よくあの地獄で生き残ったものじゃの、アレン・ロヴェーヌ)
だが、例外はここに存在する。ゴドルフェンはロヴェーヌ家の天才二人に武を叩き込んだ存在を知っている。ツバキ・キサラギとムラマサ・キサラギ。『屍山血河』の討滅などという自殺行為紛いの目標を立ち上げ、武者修行と称して賞金首狩りに挑み、時には仇当人と相対して尚、五体満足で生き残り続けた流浪の傭兵親子。リカルドの騎士団入りに伴って蒐集した情報によれば、その武術指南は、王国ならば二十年に一人でも尚足りぬほどの決戦戦力の育成を念頭に置いたもの。流派としてすら成立するか怪しい常軌を逸した執念の塊。リカルド本人に言わせれば末っ子のグレン・キサラギ以外の誰もその執念の全てを継ぐ器では無かったというが、例え全てを継ぐに足りぬ器であっても、提供される指南は間違いなく大陸最高峰の一角。彼らの扱きが自分のそれの十倍きついとは、単なる事実だろう。
そして、アレン・ロヴェーヌですら足りぬ領域に至れるとされるリカルドの弟、グレン・キサラギ。そんな怪物相手にアレンは百連敗以上を重ね、それでも尚挑むという。常軌を逸した精神力の為せる所業であり、王立学園生ではまず持ち合わせない小手先の技の数々と、劣勢での異常なまでの粘り強さがその証明だ。己の失着だろうと躊躇いなく認めて次に生かそうという感想戦を聞きながら、自分が彼の入学試験の筆記試験不正疑惑における局面でアレン・ロヴェーヌをAクラスに迎え入れる事で得ることを期待した以上のリターンが帰ってきているとゴドルフェンは実感していた。アレンの影響は、坂道部を通じて一年Aクラスのみならず、全校に広がりつつある。ルーデリオ・ダイヤルマックの目論見もリカルドの転ばぬ先の杖に足を取られ、完膚なきまでに叩き潰されてその影響力の一部に取り込まれている。
今、目の前で新しい時代を紡ぐ若者たちが新たな一歩を踏み出そうとしている光景を見て前途洋々を想起し、ヨシと内心頷くゴドルフェン。老兵は知らない。アレン・ロヴェーヌの真に恐るべきは、決して小手先の柔らかさでもしぶとさでも常軌を逸した精神力でもましてやその才気煥発でもない。それら全てを以て当たらなければ己をも容易く喰らう程に苛烈で奇想天外な運命を引き当てる説明不可能なナニカである。