前世モーレツ系だった僕は今世でも懲りずに爆走する 作:メダカにジャム
リカルドが王宮の御前会議にて無線魔導通信システムの紹介を各方面にした翌日。王立学園の講堂にて、特別講義の時間が設けられていた。王立学園の全校生徒三百名のうち297人が集められてのものである。そして、残る三人のうち一名は壇上にいた。
「本特別講義の講師を承っております、リカルド・キサラギです。何故僕が此処にいるのか、疑問に思われる方は多いでしょうが、うちの魔道具工房が開発元となり、僕がアフターサービスをずっとやっていた案件ですので。これもアフターサービスの一環です。……では早速、始めましょうか」
リカルドが五百を超える視線もものともせず淡々とそう言った瞬間、講堂内の緊張が一段と高まった。彼の声には、かすかに響く自信と余裕があった。周囲が期待するのは当然だ。彼は王国騎士団仮団員最年少記録の更新者であるが、その正体の核心、王国騎士団仮団員最年少記録の更新者ならば死ぬほど目立つ筈の活動の実態は杳として謎に包まれていた。そこに迫る重要なチャンスがここなのだと、分からぬものは誰もいなかった。
「演壇の前のこの機材。これが、今回の主役です。遠隔の相手と通話を可能とする魔道具。そして、各地に点在するそれらが情報のネットワークを織りなすことを可能とする無線魔導通信システム。我々魔道具工房RickyRoseが王国騎士団と共同開発した王国の最先端技術です」
そして、投下された爆弾情報にアレン・ロヴェーヌ以外の全員が度肝を抜かれる。情報の素早い伝達が何を齎すのか、王立学園生としての知性を以てしても、出来ることが多大過ぎて想像が追い付かない。全校生徒の過半を占める騎士コース、そして三割近くの魔法士コース、合わせて八割、王国騎士団への入団、或いはそこと連携する形での仕事をする可能性が高い彼らにとっては特にこれは死活問題であると瞬時に理解させられた。何せ、既存の戦術体系全般が根幹からひっくり返る。官吏コースにとっても、汎用性が高すぎて社会を抜本的に変えてしまう技術であることは自明に近い容易さで分かる話である。一瞬で全員が理解した。リカルド・キサラギの王国騎士団仮団員最年少記録更新の真実は、間違いなくこれだ。
「……うっそだろ……こんなちゃぶ台返しありなのかよ……」
騎士コースの三年生の一人がそうぼやく。戦術家で名を馳せようとしていた彼はその前提を根本から粉砕されることになる。同情の目を向ける余裕は周囲の同期には無かった。こんなものは最早無差別テロにも等しい革新だ。
「百聞は一見に如かずと言います。実際に使って見せましょう。ざわつくのは勝手ですが、通話先にも筒抜けになることをお忘れなきよう」
無論、どこに繋がるかも分からない通話先を前に騒げるバカはいない。リカルドは機材を操作し、特有の呼び出し音が鳴って拡声の魔道具越しに講堂に響く。ぷつりと呼び出し音が止む。
『こちら王国騎士団中央幕僚室窓口』
「王立学園試験回線一号より、リカルド・キサラギです。アポイントメント通りそちらにかけました」
『……王立学園における講演での技術実演か、承知した。では繋ぐぞ』
本当に中央幕僚室、王国騎士団の中枢に繋がったというのか。皆が瞠目する中、再び呼び出し音が鳴る。ぷつりと止んだその先には。
『……こちら王国騎士団中央幕僚室、エディ・ドスペリオルだ』
「王立学園試験機一号より、リカルド・キサラギ、予定通り技術実演のためかけました」
『確かに着信を確認した。改めて、王立学園の諸君、エディ・ドスペリオルだ』
王国騎士団の中央幕僚の窓口から、近衛軍団の若手エース、王国の建国以来の盾たるドスペリオル侯爵家御曹司、エディ・ドスペリオルに直接繋がった。騎士コースを中心に息を吞む声が聞こえる。情報をきちんと集めている者ならば分かる。繋がる場所に対して応対する人物がおかしい。エディ・ドスペリオルは任務中の負傷により、長期療養中というのが専らの噂であり、また近衛軍団の若手エースとはいえ、間違っても中央幕僚にかけてそこから繋がる相手ではない。幾ら出世頭候補の一角といえど、圧倒的に格がまだ足りない筈なのだ。
『諸君の中には何故私が出たのか疑問に思う者もいるかも知れないが、私はこのシステムの開発チームの騎士団側のメンバーの一人だ。今は中央幕僚への橋渡し役の一人をさせてもらって……父うっ!?……も、申し訳ありません、お、お戯れが過ぎるのでは?』
違和感の答えは本人の口から語られる。特務第七隊と言う表向き存在しない部隊の部隊長であることは伏せられ、あたかも大事業の歯車の一つかの如く名乗る彼であったが、突如扉が開く音が聞こえる。その人物を呼ぶ声は父上と呼ぼうとして言い淀み、明らかに噎せて途切れる。無礼を謝罪しながらも困惑した物言いに、父上ことランディ・フォン・ドスペリオルを連れてやって来た乱入者は予想外の人物なのだろうと一同は身構える。
『折角の技術実演じゃ、ただ事務的なやり取りをして終わるだけと言うのも、先日態々御前会議で余を巻き込んでの小芝居をやってのけたというのに面白くないじゃろうて。余も正式にこの事業の所有者達の一人となったからには、これを有効利用せねばのう?』
予期せぬ乱入者の言葉遣い。まさかと脳裏によぎった可能性に多くが固まる。一年Aクラスを中心に一部の生徒がライオの方を恐る恐る見てみれば、完全に真顔で石になっていた。
『……突然だが通話先の諸君、総員、傾聴。国王陛下からのお言葉である』
『王立学園生諸君、突然の乱入になるが、余がパトリック・アーサー・ユグリアである。我が国ではこうして便利なものがリカルドはじめ多くの者の尽力によって、僅か一年足らずで実用化されようとしている。おかげで余の今年の晩酌代は足りぬ予算を寄越せとリカルドに分捕られてすっからかんじゃがの。諸君らがこれに触れてどう使いこなすか、或いは何を新しく作り出すのか、王立学園生諸君らの自由な創意工夫と研鑽に余は大いに期待しておる。ではの』
『ありがとうございました、陛下。通信は以上だ。後は頼んだぞ、リカルド』
ぷつりと通信は途絶え、かくして、開幕まさかまさかの玉音ゲリラライブテロは炸裂した。娘にして副理事長のムジカは頭を抱えている。
「今まさに、陛下がこれの有効利用法の最たるものの一つを御自ら実演していただきました。会うことは難しくとも、声を届けたい先に声を送る。その価値は説明不要でしょう。そして、予期せぬ内容が伝わる事故の危険性についてもご実演していただきました。言っておきますが、流石にこれは仕込みではありませんよ?先生方に渡している台本に陛下なんて一言一句無いですからね?」
国王陛下自らの激励の言葉に高揚する一方、王立学園生としての明晰な思考が確かにこれはとんでもないと理解する。そんな衝撃的すぎる開幕の後、リカルドからは改めて無線通信魔道具とそれによる無線魔導通信システムの説明が入る。内容そのものは御前会議に比べて大幅に簡略化されており、何が出来るのかと、どうやって作るのかに焦点が置かれていた。
「因みに、去年の僕の仕事の四割は錆と黴と伝統の区別もついていなかった騎士団の尻を蹴りまくる仕事でした。一番の急患であった王国騎士団は既に少しずつ再編され、既に魔物災害の早期対処などの効果を出せていますが、地方軍に関しては全くの手つかずです。皆様、三年生も含めて、この先無線魔導通信システムの存在を最初から分かって動ける大型新人としての期待が待ち受けていますので、どうかお覚悟を」
全てが変わる革新的な技術への興奮も束の間、騎士団が相手だろうと呵責なく歯に衣着せぬ物言いに慄く一同。そして、新技術の導入に際してはそれに最初から適応した王立学園生の需要は高まると改めてリカルドの口から宣告され、卒業まで一年を切っている三年生達の顔色がサーッと青褪める。卒業後の進路にいきなりこんな新発明の登場に適応出来るか否かと言う評点が追加されてしまった。国王陛下自ら期待していると宣ったし、技術そのものが凄まじい応用性を秘める以上、配点は当然ながらかなり重いだろう。他の大体の話ならば、その程度王立学園生ならば屁でもないと笑い飛ばすことができた。だが、相手は全く未知の技術。騎士コース、魔法士コースであれば、既存の戦術の大半が通信速度の暴力を前にひっくり返され、官吏コースであっても通信速度の暴力でひっくり返らない盤面の方がむしろ珍しいかも知れないほどだ。王国騎士団がこれに適応するために急ピッチで再編される、というのが一番の最前線である以上、分かりやすい既存の正答など存在しない。各々がそれと向き合い、己なりの答えを出して、国王陛下の期待通り、或いはそれを超える結果を出せるか否か。言うまでもなく、極めて困難な課題である。
「まだ猶予があると思っていらっしゃるかも知れない一二年生の方々も、関係者として実情を申し上げますが王立学園の教育カリキュラム適応はまだまだ全然追い付いていませんので、基礎能力が腐らないとはいえ、何も考えずに学園に甘えるのは現時点では賢い選択とは申せませんね」
そして、王立学園の伝統と実績も流石に今この瞬間には間に合わないと言い切られることで一二年生の脳裏にも焦燥のチリつきが迫る。これまで積み上げてきたものは、そのままでは通用しない。坐して待つなと言うことである。
「ですが、同時にこれはチャンスでもあります。何が起こるか分からない、誰もが進化に追いついていないということは、一発大当たりを引く目も手つかずで残されているということです。そこに挑戦するもよし、うちのバイト君二人のように、別の挑戦者が持ち帰ってきたものをきっちり洗って磨き、利益にするもよし。道は敷きました。その先の何処にあるかも分からぬ勝利を掘り起こし、掴み取るのは皆様一人一人のお仕事です。我々が提供するものは、所詮はただの便利な道具と使うための最低限のルール。使う側が何かを為そうとしない限り、何も起こりません。高位貴族の方々は特にこの点をご留意していただきたいですね。何でもいいからなんか良い感じに新しいことをやれ、なんて脳味噌を何処かに放り捨てたような甘ったれた文句は一切通用しませんので」
だが、同時にピンチはチャンスなのだから活かせと檄が入り、一同の目に火が灯る。欲しいチャンスが与えられて掴み取りに行く気概の薄い者に門を開くほど王立学園は甘くない。かくして、一度目の特別講義は終わる。最後の二人、ベスター・ストックロードとカノン・ケーンリッジは放送事故は全力で見なかったことにして、存在しない筈の玉音訓示だけは胸に刻み、無事に特別講義が終わったことを裏方として胸を撫で下ろすのであった。これにてリカルド・キサラギの真価が王国上層部及び王立学園で周知され、同時にその下のバイト君こと自分達の株価も暴騰していることから目を逸らしつつ。
翌日。魔道具工房RickyRoseの職員は全員揃って特級魔道具研究学院の講堂にいた。
「じゃ、今日は三人とも宜しくね!」
そう明るく部下三人に告げる所長のローゼリア・ロヴェーヌ。特級魔道具研究学院にて落ち零れの仮面を被り続けていた真の天才はとうとう偽装を解き、真の才覚を露にする。あのリカルド・キサラギが主と仰ぐ事がどういう意味なのか、出席者達は否が応でも分からされた。
「ああ、漸く君は自分の人生を取り戻したのか……良かった……」
ローザの親友、フーリ・エレヴァートはローザの勇姿にうっとりと感涙に咽ぶ。自分を庇って王立学園の入学試験を放り捨てた後、苦節四年。長い雌伏の時を経て、遂にその向こう側から天を突き抜け凱旋してきた親友の姿に感無量である。王立学園第一一八八期総元*1という、本来空位であるべき筈のそこに座る資格のあるものはローゼリア・ロヴェーヌただ一人と、彼女の自己犠牲に救われた当人としての責務を以て今まで同期を蹴散らしてきた。重い荷物がようやく肩から降りる。同期の生徒達は唖然としている。格の違い、同期の王立学園総元のフーリ・エレヴァートですら足下にも及ばない真正の天才性。教授達からの質疑応答の猛攻にも淀みなく答え、更には未検証と称しながらも次々と新しい学説を一定の確信をもって吐き出す姿がその証明であった。落ち零れの看板など、ここまで一気にぶっ飛ぶための偽りの仮面でしかないというのに、それに踊らされた凡夫たちのなんと滑稽な事か。
「今日は引率ありがとうございます、エミー先生」
「ん、王立学園生で魔道具士志望ならこの発表会には是非とも出るべきだった。世界が変わるこの瞬間は見逃せるものじゃない」
特級魔道具研究学院で行われた発表会そのものは、基本的に学院内部に閉じられた研究成果の発表会であり、王立学園生であっても聴講は難しい。だが、学長のサイモン・ユグリアはエミーが顧問を務める王立学園の魔道具研究部にその門戸を特別に開いた。フェイルーン・フォン・ドラグーン、やがてドラグーンの魔道具工房を統べる彼女にとって、生産技術の革新、新たな理論は必ずや必要になると目されており、また彼女の実力が発表会のレベルに対して食らいつける水準にあると判断されたからだ。少なくとも一人、きちんと利益を消化出来るものがいる。ならば、彼女に続く部員にチャンスを分け与えても構わないだろう。そうした発想での許可であった。
魔導レーザー、無線魔導通信。どちらも画期的な大発明であり、恐るべきは何故これらが動作するのか既存理論では説明が付かないからと物理学、魔力学では類を見ない仮説が用いられていることである。その中身は、王立学園生や特級魔道具研究学院の生徒達ですら、完全には初見での理解が追いつかない。だが、同時に発表された論文を読めば数々の実験結果が、魔力とは粒子であり波でもあるという、既存理論に不足を突きつける結果を叩き出している。即ちこの瞬間に、物理学と魔力学は強制的に時計の針を早回しさせられた。招集された学会の権威たちは目を剥いて素人質問バズーカを乱射しているが、ローザは如才なく捌いてのける。その怪物性に学者志望であったベスターは真顔でドン引きしていた。
「……姉弟子として、情けないところは見せられないね……随分と先行されてしまったけど、此処からだ。フェイルーン・フォン・ドラグーンは必ず君たちに、そしてアレンに並び立つよ」
そして、フェイルーン・フォン・ドラグーンの胸には情熱の炎が滾っていた。リカルド・キサラギは同じ隠者の魔道具士に師事した同門の弟弟子ではある。だが、現時点での功績の質量においては既に魔導レーザーの開発を成し遂げたリカルドが遥か先を行っている。汎用性が極めて高い、加工精度及び生産効率の大幅向上手段。魔道具士のレベルを数段引き上げる技術の恩恵は、特級魔道具研究学院は無論の事、魔道具産業が発達したドラグーンに対しても膨大な利益を齎すだろう。その利益の推定質量は、全方位無差別ばら撒きの分け前だけで尚、自分を次期侯爵に押し上げるのに必要だったそれを上回って余りある。かつて二人を敵に回さないように命乞いをした自分の判断は間違っていなかったことを確認させられるが。一番足を引っ張っていた政争が大体終わった以上、このまま黙って後塵を拝する理由がない。アレンへの思いとは異なる、しかし大事な名前のつかない心の欠片がそれを許さない。
かくして、魔道具工房RickyRoseは知る人ぞ知る王国最先端技術の担い手として一挙に名が知られる事となり、同時にローゼリア・ロヴェーヌは知る人ぞ知る若手魔道具士の真の女王として君臨することとなった。もっとも、当の本人達はそんなことなど知ったことかとばかりに好き勝手やるのも平常運転であり、とばっちりがいったベスターとカノンが七転八倒するのも別の話である。
ローゼリア・ロヴェーヌ:リカルドが持ち込んだ異界科学の智慧を余すことなく吸収し、魔道具開発に応用しているやべー大天才。量子力学の理論が魔力関連にもある程度通じるという実感を得ている。
フェイルーン・フォン・ドラグーン:リカルドとローザに脳を焼かれた魔道具士。魔道具士としての格は異界科学の智慧を抜けばリカルド以上。ドラグーン地方の工場長としての実力はリカルドとローザに余裕の圧勝。国家プロジェクトを技術面でぶん回す腕前はリカルドに負ける。というか地位が邪魔になって身軽なリカルドに勝てない。
パトリック・アーサー・ユグリア:玉音ゲリラライブテロをやらかした後、ムジカにめっちゃ怒られた。
リカルド・キサラギ:秘密主義なのだが、予想外にプロジェクトがガリガリ回りすぎて、隠しきれない秘密が多くなっているため、本当にヤバい秘密以外は順次げろげろする予定。