前世モーレツ系だった僕は今世でも懲りずに爆走する 作:メダカにジャム
Bクラスがネームドモブしかいない……!
ユグリア王国王立学園において、クラスの序列とは何か。一言で言うのなら何となくあって、結果的には大体あっているから罷り通るもの、と言えば有識者の大多数が是を唱える。しかし、総合成績を二十刻みで区分していることは千年続く伝統であっても、管理の都合以上の大した理由は存在しない。よって、例外は常に必要とあらば考慮しなければならない。その最たるものこそ、ユニコーン世代である。
ユニコーン世代のクラス序列について、誰もが口を揃えてアレは例外だと言う。後に謳われて曰く。兎に角雑にブチ抜けて凄いのがAクラスで、嵌まれば爆発するのが他四クラス。間違ってもユニコーン世代のBクラス以下を歴代の他の同名クラスと同じ生き物として評価するな。クラス詐欺横行世代である。などなど。この群発的な飛躍の契機となったのは他ならぬ『平民大公』リカルド・キサラギであった。彼の手元に殆ど権益を残すことなく、王国の国益の総量を伸ばすことに専念する立ち回りは、この時はまだ、「こうすることで柵に殆ど囚われずに動ける」という理屈は分かるが「なぜそのようにそこまでコストをかけて手許の利益度外視で立ち回るのか」理解は出来ない謎の行動特性として多くからは認識されていた。
「進路研究会を始めます。趣旨はシンプルに、無線魔導通信機という技術革新が発生した今、自分達がどう将来を描くべきか、です。技術革新は、既存の常識そのものを壊します。万人に対して、事実上の不可能を安く容易く可能に変えるもの。例えば百年前の王国騎士団が百年後の何処かの伯爵家の私設軍相手に技術力の差で練度の壁をすり抜けられてボロ負けする、そんな未来を見越して僕は未来を描こうとしています」
リカルド以外の余人が口にしたならば、胡散臭いの一言で一蹴され、そこら辺の誰かにも鼻で笑われる言葉だ。だが、言ったのは現在王国を密かに揺るがすパラダイムシフトの仕掛け人当人。言葉の重みが違い過ぎる。自分たちの将来の仕事の意味そのものを根本から捻じ曲げかねないその暴れぶりは容赦なく王立学園の上も下も揺るがす。不安はそこはかとなく蔓延しつつあった。
「この研究会を主宰するに辺り、僕個人はこの学園の教師と同等の行動制約を受けています。極端に言えば、レベランス出身の魔道具士志望の方へ、優れているからとドラグーンの次期当主肝煎りの魔道具工房の話を紹介するようなことはやれません。今貴方がやれそうな事を提示した結果、それに必要な部材を安定して買えるのがドラグーンからだけだったとかいうオチにならないとは流石に申せませんが。その進路、技術の方向から攻めてみませんか?無論、必要とあれば手許のコネは使い倒しましょう」
そのような中で、意訳すれば念入りに刃引きしてやっているのにそれでも挑めない臆病者かと言われれば、飛び込む王立学園生は何人もいた。そうして羽化したユニコーン世代の雄、その一角として有名な者はやはり、『雲散霧消』セレン・アスピーダ*1であろう。個人の魔法士による敵軍船の撃沈数134という時流と奇才が噛み合いすぎた結果、誰も触ることすら不可能な狂った大記録を叩き出した多湿環境最凶と畏れられた魔法士。そんな彼女の第二の産声は、今となっては笑い話に等しい恥辱と共に始まった。
「か、風魔法を習得しろと!?あのスカートめくり魔法を⋯⋯!?」
「不幸な偶然による風評被害とはままならないものですね。先祖返りかは分かりませんが、貴女にはその適性があります。逆に問い掛けましょう。貴女が性別による有利不利以外でアルドーレ・エングレーバーやルドルフ・オースティンに勝てる所をこの先作れる自信がありますか?」
一通り状況を整理したところで、リカルドから飛んできた破天荒すぎるアドバイスがセレンの意表を突く。そして畳みかけるようにリカルドが容赦の欠片も見せずに提示した比較対象はセレンにとって意地が悪いにも程がある人選だった。
セレンと同じ水属性を持ち合わせているAクラスに所属する二人。即ち、今年の魔法士コース水魔法専攻のハイエンドにして、体外魔法研究部の部長と副部長である。平たく言えば、今のセレンの上位互換。水魔法持ちであることを踏まえた上で、片や大魔力に加えて希少な氷魔法の適性を有する麒麟児、片や炎、土、光も含めた希少極まりない四属性の使い手にして器用万能。体外魔法研究部での活動を通して、セレンは二人と自分の差を否が応でも実感せざるを得なかった。
一般的な評価基準に照らし合わせれば、セレンが水魔法の他に持ち合わせているものと言えば、ドル以上アル未満の魔力量と、変換効率が明らかに市井のそれよりも劣後し、王立学園入試基準で魔法士としての加点は見込めない出来損ないの炎魔法の適性。そしてAクラスになれずBクラス止まり程度の学力。
同じグラウクス地方出身の括りで比べてみると、真っ先に立ちはだかるのは騎士コースにして学年次席のダニエル・サルドス、坂道部でもライオに次いで早くに一軍入りし、坂道部二年を担当する副部長として、騒動で落ち目気味とはいえかのルーデリオ・ダイヤルマックと部の同輩として部活動に関する話のみとはいえ、対等に渡り合えているグラウクス地方きっての大エースだ。
セレン・アスピーダに世代の覇を唱えることが出来る目など、どこにもない。Bクラスに入れたのも上出来なくらいである。実家の皆も口を揃えてよくやったと褒め称えつつも、Aクラス候補の歴々を見ての諦観はその態度の陰にあった。だが。ムカつくものはムカつくのだ。物足りぬ期待も、その程度の期待しか呼べぬ己にも。
「別に僕の手を取らずとも、貴女が程々に勝ってそれで満ちるタイプの方なら退室していただいて結構ですよ。アスピーダ家の異端児さん」
残酷な言葉の刃が彼女の自尊心を深く抉る。全て彼女が表面的には立ち向かいつつも手詰まりになったからと半ば目を背けていた事実であった。アスピーダ家は火魔法の魔法士及び水軍軍人を輩出してきた家である。かつては敵の帆船を火魔法で攻撃して沈めるなんて活躍もして来た歴史があるが、帆船が時代遅れとされ、身体強化持ちの水夫達によるオール漕ぎが軍船の動力として主流となった今は、屈強な水軍軍人を主軸に身を立てている、そんな家だ。そこに生まれたセレンは、当主の妾の子であり、カラッとした家風故にさほど冷遇はされなかったものの、その身に宿す才能はどこまでも生家のそれとは似つかわしくなかった。身体強化の腕はある。が、小柄で可憐、敏捷性に優れる身体特性に家族相手に力負けする程では無いにせよ、本来アスピーダ家の王立学園行きとして期待されるような屈強さの影は無い。そして水魔法の才能と、明らかに欠けている申し訳程度の火魔法の才能。力量の絶対値の高さ故にアスピーダ家史上二人目の王立学園入学をBクラスにて果たしたものの、上のAクラスにはアルドーレ・エングレーバーとルドルフ・オースティン。格上の水魔法使いが二人もいて、水魔法に限っても勝算は無い。火魔法についてはDクラスの魔法士コース下位の面々にも劣る才能ですらない味噌っかす。行き詰まりは感じていた。憤る思いはあるが、それだけに染まるほど愚鈍ではない。
「……貴方が私の立場なら、逆らえるとでも?」
「逆らうのは貴女です。そこを間違えてはならない。しかし、僕はその相談に乗り、貴女が何者かになるための知恵を貸すことができます。良い感じのコネも最近無駄に思えるほど増えていますし」
「そこまでやる理由が分からないわ」
「一つにはうちのビジネスが王国そのものの繁栄によって儲かる仕様になっていること。そしてもう一つはこのまま放っておいたら、性能だけのつまらない雑魚に成り下がりそうな王立学園生が思いの外多そうだなあと思いまして。当然、詰まらない連中ばかりの学園生活など詰まらないので、それならば、面白くしてやると言うのも良いでしょう」
何となくではあるが、そのつまらないとはBクラス以下の事であると理解出来てしまった。坂道部の部長代行を名乗る彼は、鍛錬用一本歯下駄などの走行負荷を上げる処置を行ってまで、二軍の面倒をずっと見ている。部員全員の足音を聞き分けて、走りながらでもアドバイスをしている。何のために走るのかを自分の中ではっきりさせろ、などなど。
「このまま放っておいたら、Aクラスは若様に釣られて面白い連中の溜まり場になり、岩盤の天井になるでしょうから。それをつまらないと言うならば、自分達が面白くなるより他に無いのですよ。それに、世間の人々は王立学園のクラスの間には世代を超えて共通する格の差が存在すると、結果論として大体あっていそうな勘違いをされていますが。我らの世代がその例外となって、何が悪いのですか?この世代のBクラスは上に二十人いただけで実質Aクラスだと言われるようになったら面白いとは思いませんか?」
「私がAクラスに上がれるとは言わないのね。良いわ。毒を食らわば皿まで、よ。それで、貴方は何故私に風魔法を学べと言うのかしら」
「存在が未だ実証されていない新属性、仮称『蒸』。我がロヴェーヌ領の名物家庭教師ゾルド・バインフォースは元々体外魔法研究者崩れですが、その存在をノートの片隅にて予言しておりました。そして今、この目でそれっぽい実例を見てしまいましたので」
その言葉にセレンは怒りをこらえつつも苛立たし気な目で睨む。幾ら名物家庭教師ゾルドの説とはいえ、昔取った杵柄どころかその木屑をお前の技術屋としての鑑定眼を担保に当てにしろとでも言うのか。嘗めているにも程があるぞ、と。
「体外魔法の分析に関して、魔力を直接視認可能な僕の眼ほど便利なものはありません。この目が、貴女の言う出来損ないの火魔法に色濃く水属性が宿っていることを見て取りました。そして、その現象が仮設の実例であった場合。貴女の風魔法、即ち体外魔力循環の練度次第では、貴女は海戦最強になれる。そうでなくても、体外魔力循環を鍛える事は貴女が他の二人と差別化を狙う上で重要な論点です。近づかれて殴り合いになったら結構困ってしまうと言う貴女自身の弱点を補完するためにも、射程の長さは重要ですから」
「……良いでしょう。丸め込まれてあげます。代案もありませんし。体外魔法の練度向上そのものは普通に利益になります。但し、私の風聞が損なわれる点についてはフォローぐらいしてくれますよね?」
「ええ、ご実家にも、グラウクス侯爵閣下にも一筆書いてさしあげましょう。体外魔法の射程延伸技術に関しては、僕も色々と試してみたいことがありますし」
ちょっと胡散臭いが、ここから上に上がる道を考えると手詰まりなのも事実である。寄り親や実家から仲良くしろと言われているし、失敗しても彼本人が風聞をある程度補填してくれる以上は損は無し。ノッておこう。リカルド本人は王立学園での成績に全く興味が無い、既に結果を出してそれが認知されているので皆のように期待を稼ぐ必要が無いからいい成績を取る利益がないのだと公言している。悪意を以て蹴落とされる心配は無いのだろう。かくして、セレン・アスピーダ、後のユニコーン世代を代表する偉人の一人、『雲散霧消』はその前人未踏への一歩を女子属性持ちの風魔法修行という倒錯した変態的性癖を疑われかねない奇行によって踏み出すこととなった。そして、セレンが行き詰まっている状況を変えたいなら悪くない一手かも知れないと口コミをしたことを切欠に、挑戦の輪は静かに広がっていく。
これが、ユニコーン世代のBクラス*2の躍進の始まりであったと後世の歴史家達は語る。『雲散霧消』セレン・アスピーダから始まり、『生殺与奪』ウィルフレッド・ラスター、『飛鷹走狗』エルミナ・ブランシャール、『堅忍不抜』ジャック・フォン・パーシング、『群狼』コーネリウス・フォン・バルタザール、『疾風迅雷』ルディオ・マクアリスター、『変幻自在』アリス・マスキュリン。それぞれが特定状況下においてユニコーン世代のAクラスすら凌駕するパフォーマンスを発揮し、ユニコーン世代はAクラスさえ警戒していればと気を抜いた他国の横っ面を大惨事にしてやった恐るべき伏兵達である。
因みにリカルド以外のBクラス全員の現在の実力はフル武装したうえで武装なしの超人グレン・キサラギと相対しても、屋外だと初手バカ魔力の水土混成性質変換による超広域泥沼化からの水魔法と土魔法の応用技で沼地に即席の足場を作って消費魔力ほぼゼロで素早く駆け回る絶技のクソコンボで数の利が機動力ごと死滅させられ、木人未満になった死に体×19をボコるで2分もかからず全滅します。