前世モーレツ系だった僕は今世でも懲りずに爆走する   作:メダカにジャム

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無線魔導通信システムという特大のバズーカをぶちかまされた直後なので、ロヴェーヌへの警戒度は原作より非常に増しています。あくまで平民とはいえ、元レベランスの若大将だったチェルシーという爆弾を丸呑みにする覚悟を決めてキサラギ夫妻にメリア自ら直筆の招待状を書いてロヴェーヌへ送りつける程度には。


ドラグーン地方総会 前編

 ユグリア王国ドラグーン地方。王国に九つある侯爵家の一角、ドラグーン侯爵家が一帯の寄親として君臨するその地域では、半年に一度の頻度で定期総会が行われる。侯爵領領都のドラグレイドに勢力下の貴族達が一斉に集結し、社交を深めるとともに、地方の重要人事や公共事業の調整を行う。自家の権益に直結する事項も多い為、春の王都での社交と異なり、男爵、子爵といった末端の下級貴族の出席率も高い。本来春季の総会は入学から一月空けての開催が通例だったが、王国全体の軍備増強等の戦略上重要な会議で主催者たるドラグーン侯爵が王都を離れられず、一ヶ月以上延期されていた。

 

 ドラグーン侯爵領領都ドラグレイドの街並みは南方特有の建築様式で統一されている。石と煉瓦作りの街並みは鉱業の街として発展してきたこの地の伝統を感じさせるものであった。

 

 ロヴェーヌ家当主ベルウッドと妻のセシリアは付き人としてキサラギ夫妻を連れて総会の当日朝にドラグレイドに到着した。常ならばもう少し早く現地入りしてドラグレイドの隠れ家的な良い感じのお店でディナーを楽しむつもりであったが。トラブル回避の為には滞在時間を最小限にせざるを得ないという世知辛い事情である。

 

「今回の総会は気が重いの……アレンがEクラス合格だけで済んでいたなら、肩をいからせ鼻高々に出席できたのにのぅ?」

「それで良いでは有りませんか。アレンの大金星ですよ」

「そうですよ、うちみたいに三代揃って実質Aクラスなんて頭のおかしい家系が隣にいるから感覚が狂ってしまうかも知れませんが、七百年の悲願が漸く果たされようと言うのです。どうせ我々の内情はあの子がドラグーンにそれとなく話を通しているでしょうし、凱旋気分で宜しいかと」

「……お館様。倅とお嬢様は刃を抜く事を選び、見事成し遂げられました。お館様も刀を抜かぬは結構でございまするが、抜かせるなと呼び掛けることはお館様の御役目として必定でござりましょう」

「帰りたいの……とほほ」

 

 馬車の中で鍔鳴りがごとく静かに威圧感を放つ武闘派三名の姿にベルウッドは祈るような気持ちで白目を剥きたいのを堪えるばかりだった。頼むから本当にうちの暴れん坊どもの地雷を誰も踏んでくれるな。不幸中の幸いは、ドラグーン侯爵家には自分達が子供達を好き勝手にさせているという事情が筒抜けであることだろうか。リカルドのおかげで通常の貴族らしいかと言われれば、百人中二百人が首を横に振る実態を説明する手間がある程度省けているだけでも相当楽になっているのであると思いたい。リカルドがいなければ、娘のローゼリアの無線魔導通信の開発は遅れに遅れてこんなに早く頭角を現すことも無く、ドラグーンの目に留まるのはアレンだけで済んでいるのかも知れないが。

 

 時に千を超えるドラグーン地方の総会参加者一同を収めるドラグレイドの迎賓館は、装飾の豪奢さ、広さ共にドラグーンの威信を雄弁に語っていた。その迎賓館の車寄せに馬車を止めてベルウッドは何とか今日を平和に終わらせるべく、『謙虚・堅実』と家訓を念仏のように脳裏に唱えて降りた。

 

 ベルウッドが馬車を降りた所に、重厚感ある甲冑に身を包み、右目に刀傷のある大男が立っていた。ニックス・フォン・アベニール伯爵、槍の名門アベニールの当主にして、ドラグーン地方軍の三人の将軍の一人。ドラグーンの一番槍を体現したその人の出待ちにベルウッドの胃は悲鳴を上げる。初っ端からこんな大物が出迎えては、うちの暴れん坊三人を刺激してしまう……!

 

「貴様がベルウッド・フォン・ロヴェーヌか。……お館様から貴様の案内を承っている。さっさと受付を済ませて来い」

「かしこまりました、皆もわしについてまいれ」

 

 ベルウッドの額には、じっとりと冷や汗が滲んでいた。しかし、冷や汗を流したのは彼だけではない。待ち構えていたニックスもである。本来ならば、ニックスはここでベルウッドに多少なりとも威嚇をするつもりだった。

 

 だが、そのつもりは馬車から先に降りていたキサラギ夫妻、その片割れ、チェルシーの視線が凍結させた。武人として、ドラグーンの将としての直感がこれ以上威嚇したら危険だと告げていた。相手は自らその座を放り捨てて消えたとは言え、かつて世代の頂点に立った女傑。相手取るに、己では不足であると改めて痛感する。

 

「ロヴェーヌ領の町医者、チェルシー・キサラギです。此度はBクラス入学を果たしたリカルドの親として夫妻共々ロヴェーヌ子爵の露払い役も兼ねて参りました。お久しゅう御座います、アベニール伯爵閣下」

「……貴様程の人物がロヴェーヌに仕えると言うのか」

「嫌ですわ、所詮は我が儘一つで実家を吹き飛ばした、貴族としては論外の愚かな小娘の成れの果て、お陰様で長閑な余暇を満喫させていただいておりますわ」

 

 メリア・ドラグーンの直衛として、かつてヴァリアシオン、ドラグーンとバチバチにやりあっていた頃のレベランス地方の若大将であった頃のチェルシーと相対した事のあるニックスは違和感が拭えない。幾ら貴族としての自分を自ら殺して平民に降りた彼女と言えど、ロヴェーヌの格はそれを従えるにはまるで足りない筈なのだ。対して当人は当然のようにベルウッドに率いられ彼について行く。

 

 最初の対面にて、ニックス・フォン・アベニール含め、居合わせた一同は気付けなかった。未だ抜かれていない刀はまだ二本残っている。地元の暴れん坊達が王国を基準にしてもどれだけヤバいのかを専門家であるアゼリアに口を酸っぱくして言われていたベルウッドはどうか妻とムラマサという妖刀二振りが抜かれない事を祈るばかりであった。

 

 チェルシーは元レベランス侯爵家継嗣筆頭として、矢面に立って見せ札として振る舞うすべを心得ており、経歴と相まってとても目立つものの、応対そのものは本人に丸投げできるからまだいい。問題なのはチェルシーの旦那のムラマサと自分の嫁のセシリアだ。どちらも決して無駄に敵を作るタイプではない。だが、二人は仮にも武門育ち。王国の盾ドスペリオルと、ベアレンツ群島国の戦闘民族ことキサラギを背景に持つ二人は、侮りだけは絶対に許すなと言う苛烈さが共通している。確かに嘗められてはならぬと言う力ある貴族の鉄の掟そのものはベルウッドも理屈としては理解している。が、その結果うっかり二人に喧嘩を売ってしまった有力者をぺしゃんこになどという事態になれば自分の器ではどうやっても後始末が出来ない未来がありありと見えるのだ。

 

 よしんばリカルドならばどうにかしてくれるかも知れないという発想は脳裏によぎるも、流石に幾ら自分より貴族としての力量が遥かに優れているとは言え、大人としてそれは面目が立たないし、そのような甘えはここに連れてきた誰も許しはしないだろう。退路なし、捌ける器量なしで大問題など勘弁してくれというのがベルウッドの悲哀であった。

 

「受付を済ませたな。ならば来い」

「閣下ほどの方がわしのような木っ端貴族を案内とは恐縮ですな。チェルシーも今やただの町医者、わしらはいつも通り、勝手にその辺で飯をつまみながら話を聞いておりますゆえ、伯爵はお構いなくご自席へ。体面に関わりますぞ?」

 

 受付を済ませてクロークに形だけのサーベルを預け、妻とキサラギ夫妻がそれぞれ愛用する野太刀、剣鉈、刀を預けるのを見届けたベルウッドはアベニール伯爵に導かれ、大ホールに入りつつ逃げの口上を述べる。立食形式のこの総会は近しい貴族や利害関係者と歓談の後、侯爵からの挨拶と重要事項報告、その後陳情を兼ねた挨拶回りであり、侯爵と寄子の伯爵八家にのみ席がある。ベルウッドの言葉は彼がただの子爵ならば全くの正論であった。

 

「そんな言い訳が通用するわけ無いだろう、馬鹿者が!お館様は完全な特例として平民のキサラギ夫妻に招待状を直筆されたのだぞ?……王国中を揺るがず超新星三つを輩出しておいて、幾ら全員完全に放任状態らしいとは言え、そんな物味遊山気分が許されるわけなかろう!」

「ふぉっ!?……仰る通り、わしは将来のことは優秀な子供たちに全部任せる方針ですゆえ、わしにあの子達のことで何かを聞いても何の意味もございませぬのに……リカルドはわしも爪の垢を煎じて飲みたくなるぐらい、口達者でわしなどよりよほど皆様を納得させてくれるかと」

「お館様、めぼしいパンを揃えて参りました」

 

 と、そこへムラマサがいつの間にかトレイにベルウッドが好きそうなパンを揃えて現れ、言い訳に使おうと思っていた流行りのパンを食べたいという文句を封じられた事実に肩を落とす。

 

「相変わらずムラマサは気が利くのう、とほほ……」

「そもそもあの子達が放し飼い状態であることを先方が把握している時点でリカルドの根回しは済んでいますよ。お館様はビビり過ぎ」

 

 チェルシーに事前の根回しの存在を指摘され、いよいよ退路がなくなったベルウッドはしょぼくれながら雲の上の人であったドラグーン侯爵の待ち受ける卓へと向かった。

 

 そして、メリア・ドラグーンはベルウッドを見るや否や、立ち上がり、次席への着座を促した。これに上位貴族の当主達は仰天した。当主の地位こそ孫娘のフェイルーンに譲っているとは言え、侯爵当人が他の侯爵や侯爵家に輿入れする家の当主へ主に行う対等の相手への礼法を示したのだ。

 

「久しいの、ベルウッド。そちとこうして直接話をするのは、十年前の飢饉の折、税の納付猶予申請をした時以来か。その後は恙無く領地を経営しているようじゃの、結構結構。さ、そこにかけるが良い。夫人も、キサラギ夫妻もその横にの?そうそう、聞けばそちはパン屋巡りが趣味じゃそうじゃの?」

「へ、へぇ。総会の折はドラグレイドでの流行りのパンをいつも楽しませていただいております」

「それはそれは重畳じゃ。当家の料理人達もその噂を励みにいつもより腕によりを利かせておった。その成果がムラマサの持っているトレイの上じゃな。しっかり味わいながら気軽に聞くが良い」

 

 此処まで本気でもてなしているんだから逃げるんじゃねーぞと副音声が聞こえてきそうな凄みたっぷりの出迎えにベルウッドはしおしおと次席に大人しく座る。本来ならば領主のベルウッド一人が末席に座ることさえ、王立学園合格祝いとしては十分な待遇なのだが、夫人と平民の夫妻も座らせることはまさに下に置かぬ破格の待遇であった。

 

「そう嫌そうな顔をするでない、私の乙女心が傷つくではないか。さて、ニックス。ロヴェーヌの出迎えを頼んだが、やけに神妙そうな顔だねえ?何かあったのかい?」

「……少々噂のベルウッドの小手調べをやろうとしましたが、チェルシー・キサラギに阻まれまして、とても隠居していたとは思えませぬ……」

「小手調べと言われましても、私はガーデニングが趣味の文官コース上がりの田舎子爵、そちらに調べていただくような小手の持ち合わせなど有りませんわい。元レベランスの若大将として、チェルシーのことはわしよりも寧ろ皆様の方がご存知ではないかとは思いますが、威嚇されればそりゃやり返すでしょうなあ」

 

 このやり取りにどよめく周囲。侯爵の一番槍を退けておいて、この呑気な物言い。自分はキサラギ夫妻の手綱など握っていないと公言しているようなものである。いや握れるかと問われれば渋々首を横に振りそうな者がこの場の大半であったが、それはそれとしてロヴェーヌ子爵の振る舞いは凡そAクラス合格者を輩出した家の当主のそれではなかった。

 

「……一体どんな手品を使ったらAクラスとBクラスに一人ずつなんて押し込めるんだ?」

 

 こんなぼやき声に代表される思いの者が大半を占める中、構わずメリアはニコニコと話題を切り出す。

 

「さて、そう言えばそちは飢饉の翌年に小麦の品種改良の研究費を申請しておったな?噂では風味以外は中々面白い所まで来ているらしいが……どうなんだい?」

 

 瞬間、ベルウッドは真剣味を上げながらも困った顔になる。

 

「はっ、肝心のパンにして焼いた時の香りの膨らみに欠けておりまして」

「で、作物としては?」

「魔餅病への耐性の獲得には成功、収穫量は毎年3%ほどですが向上しております」

 

 この言葉に長席の中程に座っていた鉤鼻の男は鼻で笑う。

 

「はっ、前年比3%増とは流石は王都にその名を轟かせるロヴェーヌ家、全く恐れ入る。今年で研究から九年目ということは収量は三割伸びた計算になりますな。平野部が少ないドラグーン地方での慢性的な小麦輸入依存の懸案を解決できる数字だ。更には南国であるドラグーン地方を悩ませていた魔餅病への耐性も兼ね備え、それで言うに事欠き、新種の欠点が香りの膨らみだけだと!?馬鹿も休み休み言え、3%程度、天候に恵まれて素人が誤った統計をやれば簡単に誤魔化せる数字だわい!お館様から予算をせびる為にほらを吹くか!」

 

 あんまりな言い様にベルウッドもどうしたものかと思案を巡らせるも、それより先に一瞬でブチ切れた嫁とキサラギ夫妻をどうしようかとその顔色は悪くなり、鉤鼻の男はその様子を図星かと鬼の首でも取ったかのような顔になる。怒れる三人は周囲に何の気配も放っていないが、ベルウッドはそれが相手の急所を一撃でぶち抜くための溜めのようなものであると長い付き合いで分かっている。

 

 鉤鼻の男の言いがかりを聞くメリアは内心配下の暴走に頭を抱えたくなるが、一旦堪えた。リスクを取って一手様子を見ることを選択する。言いがかりそのものは、税収の記録を突きつければ、すぐに鎮火させられる程度の小火だ。しかしそれではロヴェーヌの正体が掴めない。

 

 アレン・ロヴェーヌだけならば、鳶が鷹を生むこともあるかと流せる話だ。しかし、ロヴェーヌ領はひと時にローゼリア・ロヴェーヌとリカルド・キサラギを輩出している。ともすれば総元を狙う事すら出来たらしい女傑にして孫娘を凌駕しかねない天才魔道具士とその快刀にしてアレンと並ぶ王立学園における特異点。合わせて三人を輩出したとなれば、その理由を名家庭教師ゾルドと母娘二代で総元級の才覚を発揮したキサラギの母系の足し算に求めるだけでは足りない。世の中それで奇跡を三連発できるほど甘くない筈なのだ。

 

 無論、現在見えていない事情が分かった所でそれを踏まえて総合的に観てもあの三人の輩出はどう考えても出来すぎだと言われれば十中八九はその通りだ。しかし折角馬鹿が藪を突いてくれたのなら、一手待って藪に何が潜むかを覗いてみる価値はあると言うものだ。

 

(ったく、逸ったもんだねえ。税収の記録がちゃんとあることぐらい、考えればすぐに分かる事だろうに。さて。お手並み拝見だ)




因みにニックスがチェルシーの威嚇を乗り越えて自慢の槍でベルウッドへの威嚇に踏み切った場合、伯爵の知覚外からムラマサが「木っ端子爵家に相応しいお粗末な護衛が槍を振り回されたことに驚いてうっかり反射的に刀を抜いてしまって」伯爵の槍を切り落としていました。
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