前世モーレツ系だった僕は今世でも懲りずに爆走する 作:メダカにジャム
リカルド・キサラギがやっていることは王国で上に行けば行くほどに、訳が説明されているからこそ迂闊に止められない。迂闊に止められないまま、膨大な利益の塊になるものを開発しては、最後まで面倒を見る気が無いからと捨て値で売り捌いてその処理を寄り親含め王国の上層部に押し付けて、では次の開発だと暴走を続ける。王国の工房長ことサイモン・ユグリアが無線魔導通信システムの開発で動けないならばとリカルドがフェイルーンに捨て値で売り捌いたフリーズドライ技術もその一例だ。フリーズドライを成立させる技術もまた王国の戦略を根幹からひっくり返すとんでもない爆弾である。
「ああ、そうそう。入学初日にフェイへの入学祝いとして半年前の作り置きと言う菓子をレシピ付きで差し出したという噂はこの場にいる多くが知っているだろうが」
当然、大半が知っている。表面的には喧嘩を売っているのかと言わんばかりの態度だが、フェイルーンが静観を命じ、メリアが異を唱えなかったことで、その真意は何だったのか分からず、皆が手をこまねかされている話だ。そうこうしているうちに、坂道部の件やダイヤルマックの騒動があったりと言ったところなので大本営発表は渡りに船であった。
「それそのものは一切の偽りなく、フェイは半年前の作り置きのお菓子をレシピ付きで受け取ったよ。但し、その意味をまともに理解できるのは後でネタばらししてもらった私らだけさ。そこに何かを読み取ろうにも、前提となる情報が致命的に欠けているのに、それを無理やり解こうとすれば王立学園のAクラス生だろうが当たり前に間違える。私の学生時代もジゼルにそうやって出し抜かれて臍を噛まされたものだよ」
過去の年配層しか心当たりあるものがほぼいない、彼女の学生時代の苦い思い出を交えつつ、メリアはRickyRoseからの奇怪な贈り物の正体が、あの場に居合わせたドラグーン出身者以外の王立学園一年A組の17名全員を対象とした初見殺しのペテンであるとネタばらしをする。あの時の目撃者達は、受験の余韻も冷めやらぬ時分。努力が報われ己の才能が認められたと高揚している瞬間だ。そこにそもそも解こうとすること自体が間違っている無理難題を突きつけることで、答えをどうにか出そうとそれぞれが尤もらしい答えを捏造させられ、まさか天下の王立学園生達が揃いも揃って間違っているわけがあるまいと、それを参考に各方面が動いてしまう事でどうしようもなく初動が遅れてしまうのだ。無論、そんな一発芸をやるからには、その遅れがきちんと利益になる目論見があるのだが。
「もしかして、アレですかのう……?」
「多分それで正解だよ」
「アレは扱いに困るとリカルドがこぼしていたのを思い出しましてな?そちらの下に渡ったならば死蔵もありますまい、良かった良かった」
周囲が王立学園一年Aクラスの皆、国一番の天才たちの賢さをわざと空振りさせて悪用した初見殺しの詐術などという大胆不敵すぎる手口に戦慄する中、噂の真相に心当たりがあったベルウッドは発明の内容を伏せつつも、個人的な研究において試作品の恩恵に預かる身としてその技術が実用化されて引き継がれていくことに安心したと零す。尚、フリーズドライを実現するのに必要な技術が有する危険性については、チェルシーとセシリアから口を酸っぱくして言われていた話なので、流石のベルウッドも伏せる。
「……この話は私からフェイへの試金石として預けているよ。本人の実力も、大貴族としての器も両方が問われる良い試金石だった。ドラグーンとしては此処まで成果を出している研究家としてのロヴェーヌには今後も投資していくつもりだよ。リカルドがフェイに諭して曰く、最先端の研究なんて十個種をまいて一個芽吹けば儲けと思えとの話だから、そのつもりで私の懐からも出してやるよ。臆さず気軽に使い潰しな」
フリーズドライ技術とは、加圧・減圧による液体の沸点操作技術という極めて汎用的な技術の応用の一例でしかない。食品中の水分を低温低圧環境で凍結・昇華させて保存すると言う技術はなるほど、食品保存の新たな地平を切り開く技術だ。スープの水分を凍結乾燥させ、風味を損なわずに水で戻せる干物として保存する技術は成程目新しく、保存食に彩を加える代物だ。
だが、そんなことよりも。加圧・減圧による液体の沸点操作技術が実現するものはそれ即ちヒートポンプ。動力を用いて熱を一方から他方へ汲み上げる技術。同じ宇宙にあるかすら定かではないとある惑星の文明における冷却技術の基本原理そのもの。即ち、氷属性の魔石という希少な資源に依存しない低コストの冷却を可能とする技術である。主食である小麦をはじめとした、食糧の大規模な冷蔵・冷凍保存の実用化。食糧の保存可能期間が大きく延びることが実験的に証明されつつも、氷属性の魔石への依存、即ち冷却コストの問題で諦められていたことが実現する。
この事態に於いて技術を秘密裏に買い取ったドラグーンが利益を最大化するには、他所の動きは多少鈍っていた方が都合が良い。王国全体の利益を鑑みても、王国の工房長、サイモン・ユグリアはじめ王都の有力な魔道具士を中心に産業界が無線魔導通信インフラ特需を処理するのに全力な中では、食糧の大規模な冷蔵・冷凍保存技術を試せるのは、魔道具の技術水準的にドラグーンを置いて他にないのは客観的な事実である。それはそれとして扱うものが大き過ぎて各方面から振り程度ではあろうが文句が上がるだろうことも確実であるが。
各種戦略における食糧確保という大きな制約が著しく緩むこの技術は、下手をすると開発元が帝国の最優先攻撃目標、長期戦になって食糧保存技術の有無の差によって持久力に致命的な差が露呈して詰む前に叩き潰すべき標的になりかねない。そんな地方壊滅の危機すら孕む代物を丁寧に開発していく為には、幾ら同じ国の臣民同士といえど、開発初期にそれを察知されて甘い汁を啜りたいと余計な茶々を入れられて騒ぎにされては困るのだ。無論、技術がある程度確立されれば、食糧の冷蔵・冷凍保存庫や、冷蔵・冷凍保存技術を取り入れた生鮮食品の運輸技術がドラグーンの新たな輸出商品となる。現在、フェイルーンは食品の冷蔵・冷凍技術について、秘密裏に技術の咀嚼をしつつ、アレンへの恋慕に託つけて設立したドラグーン未来魔導具専門研究所の一角にて食糧の長期保存のノウハウを蓄積する段階だ。
「お館様!?お考え直しを!」
「……このロヴェーヌ領の税の記録を見てあんたがまだ寝言をほざくつもりなら私も止めやしないよ。ムーンリット、一昨年ロヴェーヌから種を譲り受けたそうだね?どうなんだい」
「はっ……!試験的に育てて効果が見られたので、先頃収穫した秋まき小麦より種を全て入れ替えております。収量三割増は真かと」
鉤鼻の男にロヴェーヌの小麦の税の記録を投げ渡して、鉤鼻の男が目を通しながら顔色を悪くする中、メリアは隣領のムーンリット子爵に話を振ればムーンリット子爵も収量増加を肯定する。
「リカルドが喧伝して曰く、所長のローゼリア・ロヴェーヌの研究者としての力量は父親譲りだそうじゃないか。そんな一研究者としてはお墨付きのベルウッドをその専門分野で侮るなんて真似は私にゃ怖くて出来ないね。で、その香りの膨らみとやらはあと何年くらいで満足行くんだい?」
「……過分な褒め言葉でございますが、そうですな、今年も含めあと三年頂ければ盤石かと」
「取り敢えずその件は予算を倍つける、代わりに半年ごとに詳細な報告書を出しな!」
「はっ!」
「ところで。ロヴェーヌは結婚相手は各自勝手に現地調達、当人以外の発言権はほぼ皆無と言う冗談みたいな話をリカルドからフェイ経由で聞いたのじゃが」
「事実に相違ありません。いやはや、リカルド本人は工房への露払いをしているつもりなのでしょうが、お館様にまで根回しする手腕はわしも爪の垢を煎じて飲みたいぐらいですわい」
切り替わった話題の中身に周囲が悲鳴をあげる。婚姻政策のこの字も無いおよそ貴族の家とは思えない在り方は異次元過ぎて、当のメリアもリカルドの言葉でなければ戯言と切り捨てていたと言わんばかり、マジかお前と言う呆れた視線がベルウッドに向けられていた。
「今うちの孫のフェイはお前の倅、アレン・ロヴェーヌに懸想して、一億リアルほど使い込んでいる、まあそれ自体はうちの投資判断だからそっちに全く思うところはないが、お前が二人の結婚への賛否を唱えた所で殆ど何の意味も無いって理解であっているね?」
「相違ありませぬ。アレンが今この瞬間に何処かの誰かと結婚していたとしてもわしはさっぱり驚けませんわい。わしの子供たちは皆わしより優秀ですからの、将来のことは任せております」
「……だとしたら、今ローゼリア・ロヴェーヌにあのライオ・ザイツィンガーが懸想しているなんて噂も」
「ほへっ!?は、初耳ですなぁ」
流石のベルウッドもとんでもない玉の輿の話が持ち上がって困惑している。領民からはコスモスのお姫様なんて呼ばれている娘だが、実質的には平民。妻の育ちの良さを多少引き継ぎ、魔道具士としての腕前がリカルドが惚れ込むほどの超一流であることを加味したところで、ドスペリオル侯爵家の分家のお姫様です、とは流石に通らないだろう。リカルドの協力があれば通せるのかもしれないが、本人がどこまでやる気を出すことやら。
「ザイツィンガーはそもそも平民出身の現王国騎士団長オリーナを平民のまま娶った実績もあるし、二人の仲にまで嘴を挟んで馬に蹴られる気は欠片も無いけど、輿入れに便利そうならうちはドラグーンの名を貸して手伝う用意はあるよ」
「それは……大変光栄に存じます」
頭痛が痛いという表情だが、最低限、ローゼリア・ロヴェーヌがザイツィンガーに嫁ぐならば、身分に下駄を履かせてやるべく養子として受け入れて名前を貸す用意はあると言い切るメリア。横紙破りも甚だしい大盤振る舞いぶりに皆が目を剥きっぱなしであった。無論、そうする必要のある機微があるのだということを傘下に説明しておかないと余計なことをする馬鹿が少なくないだろう。
「……皆にもこれだけは言っておこうか。リカルドからこんな相談を受けていてねえ。今ロヴェーヌ領ではリカルドの妹と弟がゾルドを家庭教師に受験勉強に励んでいる。ロヴェーヌが注目を浴びて余所者騒がしくなるのはある程度は仕方ないが、受験勉強の邪魔になる程過剰であれば、どこまで理性が持つか分からないとな。加えて彼らが重要視するクラウビアの森は余所者の臭いに敏感、それこそ建材にすらケチを付けるほど。おまけに酷く臍を曲げれば大海嘯*1すら起こしかねない為、煩くなり過ぎないように配慮をお願いする、だそうだ。クラウビアの性質は事実かい?ベルウッド?」
「全く相違ありませぬな。森との付き合いで喧嘩腰は厳禁でございますし、仰った通り外から建材を取り寄せるだけでも徒に刺激してしまい良くないでしょう。大海嘯と巷で言われるようなレベルの魔物災害も森の逆鱗に触れた際には覚悟せねばなりませぬ」
話が地元の森の話になった途端にベルウッドはそれまでのぬぼーっとしていた姿は何だったのかと思うほどにしゃきっとして強い眼差しでメリアに向き合う。
「そうかい。ま、私らも未開の森に喧嘩を売るほど暇じゃないよ。ただ、今や伝説の家庭教師、ゾルド・バインフォースの次の教え子がリカルドの妹と弟二人、兄が兄だけに今更それくらいの身内贔屓は大目に見られるだろうが、実際の所、どれほどなんだい?幼年学校の成績、特に魔力量なんて、魔力枯渇寸前での計測を続けることで誤魔化したリカルドの前例があれば信用ならないからねえ」
「…………わしにはさっぱり」
「んん?」
瞬間、さっきまでのしゃっきり感が何だったのかとなるほどに萎むベルウッド。やっぱりこの話題からは逃げられなかったかとシワシワであるが、メリアに容赦はない。渋々とゲロするより他に無かった。
「……二人とも王立学園志望。筆記対策以外は不要だそうで。魔力量測定に関しては仰る通り、二人とも無駄な注目を避ける為に誤魔化していたようですのう」
「筆記対策が上手く行けばどうなんだい?チェルシー」
グダグダしたやり取りなど面倒だ、一度問いかけて面目は保たせたからいいだろうとばかりにメリアは母親のチェルシーを睨む。もうこの一家に世間の血統の常識など説いても仕方がない。二度あることは三度ある、王立学園への関門を容易く蹴破れる理不尽極まりない何かがあるのだろうと直感していた。
「Aクラスは楽勝だと思いますよ。リカルドはうちで最弱だったからこそああなったのですから」
その言葉に周囲がどよめく。あのリカルドが最弱?今日日演劇でももう少し脚色を抑えるものだと言うのに。嘘をつく理由が特に無さそうな以上は本当なのだろうと考えざるを得ない。
「坂道部の部長代行であることを皆に認めさせて尚、最弱かい。……まあ、確かにリカルドの実力は実質Aクラス、王立学園の長い歴史を紐解いても上から探した方が早いほうだろうけども、立ち回りの性質そのものはどちらかと言うと下位クラスのそれ、自分の実力に割り切りをつけたそれに近いと言うチグハグなものがあったからねえ、納得だよ。どちらにせよ、こっちもキサラギ家自称最弱にうっかり手を嚙まれようものなら、とんでもなく腫れて政務も学業も全然覚束なくなりそうなのが目に見えているからねえ。そんなうっかりは私もフェイもごめんだよ」
過程が理不尽極まりないのは兎も角、リカルドが魔境ロヴェーヌの天才たちの中では相対的な弱者であるという結果そのものは、これまでリカルドと相対してきたメリアの観察眼も肯定を返せる話だ。それはそれとして呆れんばかりの性能インフレ一家めとでもぼやきたい気分はどよめく傘下の一同と大差ないが。ともあれ、傘下にロヴェーヌ家が下手に手出しすると大火傷する危険物であることは周知して最低限の義理は果たしただろうとメリアは矛先をロヴェーヌから逸らすのであった。
かくして、ドラグーン地方の定期総会はロヴェーヌが皆の想像をぶち抜くほどのゲテモノ魔境であり、クラウビア山林域特有の性質と相まってドラグーン侯爵ですら慎重な対応を強いられる相手であると大半が理解した上で幕を閉じる事となった。