前世モーレツ系だった僕は今世でも懲りずに爆走する 作:メダカにジャム
定期総会の後、迎賓館から侯爵邸へと場を移したメリアは、付き従っている家令に指示を下す。
「ジルドとニックスを呼びな。終わったらリカルドにかけな」
程なくして二人が現れたのち、メリアはロヴェーヌ夫妻に関する半ば役立たずと判明した調査報告書を握り潰しつつも家令が無線魔導通信システムの創設者への直通回線にかける操作をして繋がる。主人に現物付きで紹介されるまで、想像だにしなかった新しい仕事を前に拙い手つきながら、無事に目的の所に繋がって家令は息を吐いた。
『はい、魔道具工房RickyRose、カノン・ケーンリッジが承ります』
「こちらドラグーン侯爵家です。リカルド・キサラギ氏はいらっしゃいますか?」
『代わりますので少々お待ちください…………通話代わりました、こちらリカルド・キサラギです』
応対に出たのは遅くまで工房に残って勉強をしていたカノンであった。かつて偉い人からの通話であたふたしていたのももう昔の話であり、手慣れた様子でカノンは呼び鈴を鳴らして通話を転送する。
「私だよ。さて、リカルドや。ちょうどこっちは地方の定期総会を終えた所なんだが……。セシリアの事、隠していたね?あと二十年早く見つけていたらどんな手を使ってでも養子にとって私の後釜に据えていたよ」
『そのもしもが成り立っていたなら、奥様はロヴェーヌに来ないか死んでいるかの二択です。縁がなかったと諦めてくださいませ。確かに奥様はうちの母チェルシーの友人が務まる武闘派ですけれども、恐らくはそちらが調べていただいた資料に書いてある通り、旦那様の鞘で抜かずの剣として寝ていることに一切不満が無いお方ですので』
単刀直入にセシリアを隠していたことを咎めるメリアだったが、リカルドも使い物にならない巡り合わせだから諦めろとバッサリ強弁する。匂わせてきた裏の事情にメリアは猫のような目を向ける。
「ほーう?まあ、確かにあんたの言う通りもう過ぎたことだ。文句もこれくらいにしておこうか。その口ぶりだと、本気で隠していたわけでは無さそうだね?」
『どうせお嬢様や若様が脚光を浴びればそのうちバレる事。奥様はそう見切りをつけていらっしゃいました。そして、隠す理由そのものの大半は陛下に奏上して無事潰せてしまいましたからね。無用な騒ぎを呼ばないように大っぴらにはしていない、その程度の話ですよ。周りが煩くなったらお館様との時間が減って奥様がヘソを曲げてしまいますのもありますし、あれでも一応持病の薬が切れたら死ぬ病人ではいらっしゃいますので』
「…………成る程ねえ。……ニックスや、武人として、ロヴェーヌからの客人たちをどう見た?」
「……当主のベルウッドは事前情報通り本人の戦闘能力は皆無、しかし強者達のじゃれ合いに慣れた結果、危険察知能力は高めと見ます。……リカルド君。総会に出た君のご両親とロヴェーヌ夫妻。ベルウッド・ロヴェーヌの次に弱いのは母君のチェルシーだな?」
『僕もそう思いますよ。母はあれで戦闘員としてはあくまで聖魔法士の域を出ませんし本職は町医者ですから。奥様は他に鍛えるものも無かったからとキサラギの門下で斬り合い一筋の親父をライバルに只管単体戦闘能力を鍛え上げた方ですので』
改めてチェルシーが武闘派勢の中では弱い方だと言われて肩を落とすアベニール伯爵。自分はその弱い方に威嚇されて動きを封じられていたというのに、それ以上に強い怪物があの場には二人いて、侯爵の盾としては全く機能していなかった状況であったのだ。
『あの場で単純戦闘能力なんて全く意味のある話じゃなかったと愚考しますが。我々程度は、一噛みしてその汚毒で手をパンパンに腫れさせることが出来れば御の字、その程度のネズミでございますよ』
「その手がパンパンに腫れそうな一噛みが致命の一手として通る状況を作れる相手を侮れるほど私も耄碌しちゃいないよ。取りあえず、ロヴェーヌ自体もそれなりの自衛は出来るって事で良さそうだね。相も変わらず手がかからなくて助かると言っておこうか」
セシリアについての追加情報はこれ以上掘っても仕方がない。持病の薬で生き永らえる病人という事は、公的には死人とみなされている可能性を考えるべきだ。そして、今の境遇に満足しているという話から、彼女が生家をむやみに頼るような真似は無いだろう。生家の側が奇跡の生還を果たしたと思わしきセシリアに手を出そうとも、此方を蔑ろにはしないだろうとメリアも理解している。
「さて。改めてベルウッドから地元の森が相当に気難しいと言う話は聞いたが、そんな森の傍で受験勉強をして王立学園Aクラスなんか楽勝らしいというあんたの妹と弟。あんたから追加で言いたいことはあるかい?」
『ふむ。……では僕が運悪く死んだときの遺言でも。奨学金をご一考お願い申し上げます』
特記事項で真っ先に遺言を持ち出す狂気じみた物言いに慄く侯爵の部下たちをよそに少年はよどみなく言葉を繋いでいく。
『僕は自分が必ず王国中枢で一旗揚げられる、などと確信しているほどおめでたい事を考えていたわけではありません。賭けに負けて自分が消える可能性は常に頭にありました。それでもあの子達がちゃんと生き残れるように手を打っていたのですが、お恥ずかしながら、こうも早く、あの子達をAクラスに突っ込むのが間に合うレベルで大勝して凱旋できるとは露とも思っておりませなんだ』
淡々と自分が死んだ時の事を語る姿に悲壮感はなく、ただ魔道具のように無機質に、落とし穴を埋めようとする姿がそこにあった。流石に自分が大成功しすぎた時のことを考えていない辺りは人間味を感じさせられる部分もあるのだが、その我の出し方は、只管に目的の完遂に振り切れていた。欲が無い者は大成しないとはメリア・ドラグーンの持論であるが、自分はおろか、王国すらも魔道具の部品として平然と組み込んで回しに行くような狂気の持ち主の尺度とするには不足である。そして、同時に。リカルド・キサラギは自分が死ぬことを実にあっさりと受け容れ過ぎている。そんな心境に至るにはあまりにも若過ぎると言うのに。
「年寄りの忠告だがね、もう少し生き汚くなってみたらどうだい?そんだけ可愛がっている妹や弟の行く末、気にならないわけじゃないだろう?」
『死なんと戦えば生き、生きんと戦えば必ず死するものなり。父が聞いた武人の教えですが、どうにも肌に合いすぎているようでして』
通話越しのメリアの息遣いが明らかに納得したそれではないとリカルドは悟る。
『……頭の片隅程度にですが、僕は僕の同類が他国に現れる事を危惧しております』
「なんだって?」
『現れた同類相手に確実に勝つ手段はただ一つ、より多くより広く予め手を打っておくこと。凡夫も含めて全員を先に十歩進めることが出来れていれば、たかが異形の天才一人が幾ら悪足掻きをしようとも、まず追いつけない。無論、通り一遍程度の天才達であったとしても、帝国の風俗そのものが枷になって同様に。それが、僕が此処まで生き急ぐ理由の大きなものです』
誇大妄想だ。これまでの常識に従うならば、メリア・ドラグーンはこれをそう一笑に付す事が出来た。だが。自らの理で常識を上塗り出来る空前絶後に近い怪物に相対する為の心得は、自分のこれまでの侯爵としての経験を浚って見ても心当たりなど全くない。だが残念ながら対リカルド或いはそれに類するものへの危機管理能力においてメリア・ドラグーンはド素人もいいところであり、孫や当人の方が余程信頼できると言うことを承知している。
「難儀なものだねえ。……うっかり死ぬんじゃないよ?王立学園への入学が認められた以上、あんたらの血に流れるという罪人の血も雪がれたと王国が認めたことになる」
『……ご忠告、忝く。しかしながら、人は理屈のみによって生きられるものでは無いと心得ております。奴の孫と言えど、気になる方には酷く臭うでしょうね』
完全に根拠のない直感であるが、メリア・ドラグーンは罪人の正体が自分自身の怨敵であるような気がしてきた。これで素直にリカルドの後ろ盾として盤石の立ち位置を確保できるほど、上手く行き過ぎる訳が無いと言う直感である。さて、侯爵以上の高位貴族達を、大所帯の主として組織力学上嫌でも従うしかない構図に捉えて掌の上で転がして来たこの妖怪小僧が、侯爵である自分の感情を信頼できないとするのならば。そこまで酷い怨敵は、自ずと最低最悪たる『奴』しかいなくなる。そう理解した上で、かつて肉親同士で侯爵の座を奪い合い、また後継者達にもそれを半ば強いてきた彼女としては、最悪極まる怨敵の血を引く事への感情的な反発は然程ない。血族だろうと、敵ならば食い合うことがあるし、敵の敵を味方にすることなどごく自然な事と言う感覚が染み付いている。だが。それを配下、他の侯爵家一族にまで徹底できるかと言われれば、話は別である。
「その罪人の正体を、私はまだ知るべきでない。あんたはそう考えているね?」
『流石のご慧眼』
メリア・ドラグーンは罪人の正体に気づいた上で知らんぷりをしてくれることに同意した。リカルドはそう判断した。無論、彼らの祖父が彼女にとっては仇敵であることに変わりはない。フェイルーン・フォン・ドラグーンから見れば亡き伯父。王国騎士団の出世頭にして、次期軍団長候補筆頭だった彼がただの巻き藁として通りすがった厄災に切り刻まれ、空の白木の箱になって帰って来た、たまによくある惨劇に対する恨みの炎が消えているわけが無いのだ。多少対応が理性的になるだけで、その根底にあるものが変わらない以上は無警戒は迂闊だろう。そうリカルドは頭の片隅に書き留めた。通話は終わり、メリアは改めて集めた一同に向き直る。
「詮索はやめておきな。彼にも言ったように、彼に流れる罪人の血は彼自らの手で雪がれたと他ならぬこの国が認めている。仮にどこかの愚か者が今更反感を掘り起こしたところで、それを向ける正当性は欠片もないし、フェイルーンを始めそれを許さない者なんて幾らでもいるだろうよ」
実物を見なければ酔っ払いの寝言以外には解釈できない程の、天元突破した暴利を以て全てを真っ向から覆した怪物。その地元という事でドラグーンはそれとなく膨大な配当を貰っている。今頃はあの時御前会議に出席していた諸侯が技術及びそのリテラシーの差でどれだけしてやられたのかを理解して歯噛みさせられていることだろう。
キモは無線魔導通信機の量産に必要な魔導レーザー技術。魔道具士界隈におけるもう一つのゲームチェンジャーとなる新技術を取り入れて、産業として回していく。口で言うのは簡単だが、実際にやってのけるのに必要なものを一言で言えば、総合力である。各部品、製造環境を整えるための部材、その他諸々。全てのサプライチェーンを一気通貫で賄うことができるのは現状ではドラグーンのみである。
勝因は始祖たる伝説の魔道具士、ムーン・ドラグーン*1の威光に脳を焼かれ、喪われた遺産を追い駆けてきた建国以来の歴史の積み重ねと、最新技術の登場に即応して大鉈を振るうことができる