前世モーレツ系だった僕は今世でも懲りずに爆走する 作:メダカにジャム
それは、職場でのふとした雑談から発覚した話だった。
「受験勉強、はて、なんの?……王立学園ですか。普通に書類審査で落ちますし、他に通いたい学校も無いから何もしていませんが?」
リカルド・キサラギ、学歴社会である王国において、圧倒的なまでの実力と気骨のみで正規ルートとは比較にならないほどに過酷な裏ルートから王国騎士団仮団員最年少記録を更新した怪物。彼はその出自の問題に起因する書類審査落ちを理由に進学に一切の興味を示していなかった。
特務第七隊は、無線魔導通信技術への期待の高さ故に、隊の結成当初から大量の予算と補助人員が投入されていた。それ故に、プロジェクトの主力となる騎士達にかかる労務負担は尋常なものではない。
予算と人員は出すから全く未知の技術体系を持ち込み実用化しろという難題に対し、騎士団に出航する形で細やかな対応が出来て、更には周囲の人材にも最低限把握すべきことを纏めて使える人材に変えてしまう技術者が細かい理屈など踏み潰して現場の大エースに抜擢されるのは当然の流れであり。その小さな身体で騎士団にもきっちり最低限付いていくパワフルさもあって、誰もがリカルドが王立学園入学試験を受けられる年の子供であることなど、すっかり頭からすっぽ抜けてしまっていたのだ。受験資格が無いと言う言葉に引っ掛かりはするものの、ゴドルフェンが経歴を洗ってあるけど詮索無用であると言い切っていることで、それ以上探ることも出来ないリカルドの同僚達は、一先ず話を隊長のエディ・ドスペリオルに回すことにした。
部下からの陳情を聞き、流石に進学への興味0は幾ら仕事がきついとはいえ、彼の将来の王国への貢献の期待値を鑑みれば滅茶苦茶が過ぎないだろうかとエディ・ドスペリオルは極めて常識的な判断を下した。
以て特務第七隊の隊長、エディ・ドスペリオルは定例報告にてその話をゴドルフェンに持ち込んだ。話を持ち込まれたちょうどその時、ゴドルフェンの手許にはある案件が舞い込んで来ていた。
王国の仇敵、ロザムール帝国の開戦気運の高まり、それに呼応するかのような、西の大国ジュステリア帝国の不穏な動き。特務第七隊に異常なまでの予算が投下された理由でもあるそれは、ゴドルフェンに王立学園への底上げ施策としての理事及び教師としての赴任の打診も伴う代物であった。
王立学園の底上げという勅命。底上げの手段は様々だが、やはり分かりやすい施策としては、強力な競争相手が欲しい。かつてEクラス配属という逆境から這い上がった己の経験に照らし合わせて、最も強力な要素の一つとなる事は疑いようが無いとゴドルフェンは断じる。
翻って、リカルド・キサラギという王立学園への道がその血統一つで鎖されている人物は強力な競争相手としてどうか。血統の問題を無視すれば、120点の解答ではないかとゴドルフェンは考える。
文の能力は普段の仕事ぶりから王立学園卒業生にも引けを取らない事がわかっている。そして武においても、本人の武力とは関係ない所で騎士団仮団員になった身とはいえ、仮団員を名乗るに足る実力を多少強烈なクセはあっても備えている事が自衛能力の測定により分かっている。それはそれとして、本人に受験する暇が有るのだろうかと天秤にかけてみると、極めて怪しいと言わざるを得なかった。
ゴドルフェン自身も実感していることであるが、リカルド・キサラギの騎士団における活躍は案件に要求される技術的な専門知識もあるとはいえ、明らかに新人のそれを大きく超えている。保身なき突撃がデフォルトで言うべきことを言うのが職責であると言い張り、自分とも既に掴み合いの口論を何度か繰り広げた暴走魔道列車は、プロジェクトを素早く効率的に前進させる為には欠かせない要素になってしまっている。そして何より、既に受験の準備をするまでの時間は半年もない。
そして、脇に置いておいた血統の問題。三親等以内の重犯罪者等の存在。よりにもよって、彼の祖父は重犯罪者等の中でもぶっちぎりで最悪の部類。もし此処で生半可な特例を許せば、感情的な反発の百や二百は容易く呼び込み、王国の結束そのものが揺らぎかねない。
感情的問題が酷すぎて、この場凌ぎの為の取ってつけたような特例は使えない。ならば残された道は既に前例のある裏道。三親等以内の者による王国への著しい貢献による、功罪の相殺しか残っていなかった。その方向で検討をし、リカルドの家族のこれまでの経歴を洗い直してみても、功罪相殺の計算上、どうやってもリカルドの祖父のやらかしがあまりにも重すぎた。普通ならば此処で諦めて、間が悪すぎたと人知れず折られるのが世の常であったが。
話を聞きつけた事情を知る一人、ユグリア王国国王、パトリック・アーサー・ユグリアからの鶴の一声が、固く鎖された門に蟻の一穴を空けた。
『リカルド本人の功績はどうかの?』
これにゴドルフェン、及び話を持ちかけられていた王立学園理事長のミハル・シュトレーヌは唸らされた。三親等以内の重犯罪者等の存在による受験資格の剥奪に対し、同じく三親等以内の者による王国への著しい貢献による功罪の相殺を認める制度。元々はやらかした身内の罪を残りの親戚の功績で相殺する恩赦じみたものとして設計されている抜け道であるが、そもそも三親等以内の重犯罪者等の存在による受験資格の剥奪が適用される例がほぼ皆無に等しい。抜け道は用意するだけ用意したものの、特に整備せず放置しても実害がないからと放っておかれたカビの生えた代物である。
ましてや本人の将来性が期待されるから特別に王立学園への入学資格を認めるという趣旨の制度なのに功罪の相殺を受験生本人の功績で埋めるなど、規則の文面上確かに問題はないがそんな馬鹿なことが起こる訳が無いと放置されていた抜け道である。余人ならば論外の一言で一蹴されて然るべき話であった。
しかし、リカルド・キサラギはそんな馬鹿話を現実にしてしまうだけの実行力があった。もう一つ、更に頭がおかしいと言う他無い馬鹿を重ねれば王立学園への鎖された門を蹴破る事が出来てしまうというのが、ゴドルフェンとミハルの結論である。
「……本当に本気ですか、翁?こんな馬鹿な無茶を彼に頼めと?」
「分かっておる。じゃが、こんな馬鹿な無茶をやらかしてそのまま成功を掴みかねないのがあの小僧という生き物なのじゃ。それにのう?もしこの条件で小僧が勝てば、誰も文句など言えぬじゃろうて。駄目でも老骨の耄碌で済む話よ、ほっほっほ!」
ゴドルフェンが立てた計画とすら言えない子供の落書きと同義のものを提示されて正気を疑うミハルに、道理を引っ込める無理を押し通せる狂人の話であると断じるゴドルフェン。その目には三徹故の隈がシワと共に刻まれていた。
リカルドはゴドルフェンに呼び出された。
「うむ、急な呼び出しになってしまったがの、儂からも改めて聞かせて貰うぞ?王立学園に、本当に興味は無いのかの?」
ゴドルフェンは己の出自を知った上でこう問いかけている以上、書類審査云々の話は一旦脇に置かれるのだろうとリカルドは悟る。ならば、本音を言えばいいだろう。
「僕個人としてはさして魅力を感じませんね。既に特級魔道具研究学院のサイモン学長からいただいております推薦状にて、僕に対しては学歴0でも無線魔導通信技術の開発と実用化への寄与を以て受験資格を認める事ができるといただいております故。ですが。ロヴェーヌの領民、及びキサラギの長男としては、受験のお許しをいただけるのであれば、謹んで機会を承る次第です」
「……お主に利益がなくとも、お主がその席に座ることで主家や家族に利益が出るなら、か。お主にとって大変不愉快な話ではあるが、お主の受験はある一定の条件下でならば認められる。その条件とはこうじゃ……」
その条件を詳しく説明されたリカルドの気配は酷く凪いでいた。要約すれば、受験資格の有効化に必要な自分の功績と祖父の罪の相殺に関して、自分の功績の側の評価が現状では目新しすぎてその功績の質量を査定する手段が存在しないため、プロジェクトを回していく中で未知の可能性を成果に落とし込み、必要な評価点を受験当日までに稼ぎきれという無理無茶無謀以外の何物でもない代物だった。
「なるほどなるほど……分かってはいましたが何処までも我々の前に立ちはだかりますか、忌まわしいクソジジイめ……良いでしょう。もとよりうちの可愛いサクヤとグレンの道は僕が切り拓くのだと覚悟を決めておりました。少し、スケジュールがタイトになるだけの話です」
普通の少し腕に覚えのある騎士が今の激怒したリカルドを見たら、絶対にその一足一刀の間合いには入らないだろう。彼の得意中の得意、初手必殺の居合抜きが炸裂する数瞬前と言った風な、静謐な激昂。怒りのままに抜刀しても無意味だという本人の賢さのみが爆発を押し留めていた。もっとも。リカルドはギリギリ表面上激情を撒き散らさない程度に我慢できているとは言っても、相方が我慢できるとは誰も言っていない。委細を聞いたローゼリア・ロヴェーヌはその理不尽さに激怒した。
「何それ。仕事の手は緩めるな、でもやっぱりそれはそれとして王立学園の他の入学者達の為にも受験は頑張ってくれ。どう考えてもふざけているとしか言いようが無いよ。そんな馬鹿丸出しの無茶振りにリッキーが付き合う理由がない」
「ご心配ありがとうございます、お嬢様。そこまで酷い無茶でも無い気がしているというのが正直な感想ですが……お嬢様には、必要があれば話してくれとお館様からいただいておりますが、それは今なのかも知れませんね」
「……どういうこと?」
ゴドルフェンから王立学園への裏口受験を通る方法として提示されたものは、要約すれば無線魔導通信機の開発によって殆ど受験勉強が出来ない状態のまま、王立学園入学試験に突っ込んで合格を勝ち取って来いという、無理無茶無謀以外の何物でもないと百人中二百人以上が言い切るような道なき道であった。それを押し通る価値があるのだとリカルドは言う。
「サクヤとグレンの未来を切り拓くだけならば、このまま受験をせずに今の出向先での仕事をやりきることで凌ぐことも出来るでしょう。ですが、その先。キサラギ家にとってもロヴェーヌ家にとっても極めて重大なある問題の解決は、このままだと間に合わない可能性が十分に有り得ると考えています」
「それが、必要なら私に話せってお父様がリッキーに託した話?」
「お嬢様。……魔破病を御存知ですか?」
「先天性の不治の病、発症すれば成人までは生きられない病気、だよね?」
「お嬢様は魔破病患者でした」
「……え?」
従者が告白した真実の衝撃にローザの怒りは驚愕に塗り潰される。自分が、不治の死病の患者だった?
「同時に、恐らくは有史以来初の特効薬による完治事例一号でもある。それこそが、奥様がドスペリオルの出身、現当主ランディ閣下の妹でありながら、ロヴェーヌに半隠居状態で暮らす理由そのものです」
「……クラウビア山林域の原生林の中に特効薬が、有るんだね?」
「天然資源量は極めて少なく、現状では二人に奇跡を齎せばそこで確実に打ち止めです。お館様が人工栽培の試みをしており、同じくかつては魔破病の末期患者として御屋形様に出会っていた奥様は治療薬の被検体として自らの魔破病を完治させることなく、今も静かにお館様と共に治療薬開発の最前線で戦っておられます」
両親の出会いの秘話が唐突に明かされ、困惑するローザ。リカルドは静かに話を続ける。
「ですが、御屋形様はまだ人工栽培技術を確立させておりません。研究の腕そのものは、お嬢様にも負けていない御屋形様が領主としての仕事や、魔餅病の耐性品種の開発の傍らとはいえ、二十年近くかけて、です。実験の継続のため、希望を未来に繋ぐ為にも、クラウビア山林域の天然資源の保護は必要です。しかしながら、我々力自慢の若手たちが名を上げるのもまた、本人が望む望まざるに関わることなく差し迫る未来です。その際には、有象無象がロヴェーヌ領に群がり、そして誰かがクラウビアの天然資源という手付かずの金鉱脈に目を付ける。乱獲による天然資源の消滅を防ぐには子爵による紳士協定では全くの力不足、可能な限り早く王家による庇護を受けなければならない。その為ならばクラウビア山林域の領土の返納、そして降爵すらも已む無し。それがグリム様が決め、御屋形様も奥様も承諾されたロヴェーヌが進むべき未来でございます。無論、この話はお嬢様達と同様にドスペリオルの血を引く我らキサラギ家にとっても他人事ではありませぬ」
「だから、王家を動かすだけの発言権を手に入れるためにこんな無茶を押し通したいって言うの?」
「……お嬢様。お忘れやも知れませんが。王立学園を受ける際に、魔道具以外の話なんて興味なーい!と宣うお嬢様のモチベーション維持の為に一緒にゾルド殿に師事し、二人三脚で筆記対策をしていたのが一体どこの誰だったとお思いですか?」
「あ」
ローザは思い出す。そうだ、目の前の相棒は自分が物心ついたときには既に今と変わらぬ異形の知性を持ち、自分が研究者として育つのを見守り続け、そして自分の才能を信じてここまで二人三脚で来た相棒なのだ。彼にとって、本当に必要な受験勉強の大半は、三年前に自分と一緒に終わらせている。必要なのはちょっとの錆取りだけ。王立学園の入学試験における筆記五科目*1のうち、物理学と魔法理論に関しては、今更勉強する必要は無いだろう。余人にはまず想像できない話であるが、王立学園の入学試験というものは、受ける事さえできてしまえばリカルドにとっては割とざると言える選別だ。
「……そこまで言うなら止めない。但し、条件が二つあるよ」
「何でしょうか、お嬢様」
「一つ、リッキーがあまりにも無理しているようなら、仮にも所長である私が責任をもって治療院送りにしてでも止める。二つ、部下がこんなに頑張ろうとしてくれているのに、私も同じぐらい頑張らないのは筋が通らないから……ここから先は私も全力で頑張るね」
「……御意」
早まってしまったか、とリカルドは内心で一抹の後悔を抱く。研究時に修羅場に突入した自分の主人は、クラウビア原人と呼ばれても全く文句を言えない有様になる。可愛い娘がそんな醜態を晒さないようにという親心から、彼女の母セシリアからはその辺の面倒も見るように言われているものの。流石に、そこまで余裕はない。
かくして、リカルド・キサラギの受験願書は、その受験資格の適格性の査定をギリギリまで引っ張る形で秘密裏に受理された。セシリアからの娘の淑女としての体裁を何とか保てという依頼を果たすためにサイモン・ユグリア経由で家政婦を特務第七隊の予算で呼び、プロジェクトはローザが特級魔道具研究学院の成績なんて知ったことか、別に成績不振でドロップアウトするのも上等だという勢いで全力疾走しはじめたため、その勢いにつられて暴走魔列車もかくやと言う勢いで回り始めた。後世の技術史の専門家達に言わせれば、運と才能と予算任せに何故か成功してしまった強行軍である。