前世モーレツ系だった僕は今世でも懲りずに爆走する 作:メダカにジャム
夏休みの自由研究
夏休み。それは王立学園をはじめとするユグリア王国の多くの学園で、前期四ヶ月間の修学を終えた後に二ヶ月間与えられる休暇期間である。普段は学園の壁に厳重に守られている王立学園の生徒たちにとって、この夏休みは外部との接触が最も容易になる機会でもある。そのため、多くの生徒は外交関連の行事でスケジュールが埋め尽くされるのが通例だが――。――Aクラスに燦然と君臨するアレン・ロヴェーヌは、その例外であった。アレン・ロヴェーヌは、そのスケジュールを意図的に白紙で埋め、自らハプニングに飛び込んでいく気満々の「大馬鹿者」だったのである。
担任による夏休み前の訓示を終えて、三年生のリアド・グフーシュがアレンに探索者としての依頼を持ち掛け、意気揚々とアレンが教室を去った少しあと。リカルドはAクラスに来て一連の話を聞き取り、こう告げた。
「どうせ他に言う人もいないでしょうし、厳しく申し上げましょうか。間抜けが。フェイ様も再従姉妹殿も若様の虚像に踊らされる程度の有象無象と変わらないとは嘆かわしい」
「「はうっ」」
フェイルーン・フォン・ドラグーンとジュエリー・レベランス。それぞれの侯爵家が久しぶりに輩出したAクラス生であり、両地方の至宝と呼べる二人が心底呆れた調子のリカルドに冷徹に一刀両断されて崩れ落ちる。無駄な深読みをした挙げ句、再三のスケジュールを空白で埋める宣言の真実を求めた結果がこれである。そのやり取りを聞いていた他のAクラスの面々も、自分たちもまた「有象無象」の一員ではないかという自覚があるのか、表情を曇らせた。
「若様が『予定は未定の風任せ』と称して空白で埋めた意味は単純です。行き当たりばったりの気分次第の徹底。若様ご自身の美学以上の意味はありません」
そこに世間の人が勝手に見出すような真実はどこにも無いのだとリカルドは断言する。
「一桁の足し算を何も言わずに見せられて、わざわざ自然数の定義に議論を遡らせますか?」
きちんと考えることそのものは間違っているとは言わない。だが、勝手に簡単な問題を難しくした挙句、迷走する様は無様の一言に尽きると言わずとも語っていた。
「上に立たれる方として、若様が風任せと宣うならば自分の所へ面白く風を吹かせるぐらいの気概は持って欲しいと思う期待は過剰でしょうか?」
貴族的に裏を読んで先読みを幾らやった所で、対応の本質そのものは初動が素早いだけの受け身である。アレンと並び立つならば、風向きを手中に収めようとする積極性が必要だろうとリカルドは強弁する。王国に大嵐を呼び込み、王国旗が盛大に荒ぶる暴風を御している怪物本人からの言葉とあって、恋する侯爵家令嬢達へは効果覿面である。
「……なら、リカルドは今のところどんな風が吹くと思っているんだ?」
二人が死体蹴りでも食らったかの如く崩れ落ちたままピクピクしているのを横目に一歩引いたところで見守っていたダンがリカルドに問いかける。
「天気を占う程度の話ではありますが……存外、潮風やも知れぬとは思っていますね」
尚、ユグリア王国において天気を占う方法は経験と才能任せである。予報を可能とする通信速度、気圧の概念、その他諸々が半年前まで王国にはほぼ欠けていたのだから。
「潮風、ねえ?まさか、うちに来るとでも?」
「無いわけではない、とは思いますよ。当たった所で、どうなるかなんて分かりっこ無いですが、バカ騒ぎに乗って一緒に賽を投げる愚かしさが奇貨になることもありましょう」
ダニエル・サルドスの真の出身はソルコースト、サルドス伯爵領の海に面し、ベアレンツ群島国との交易の玄関口ともなる港町であった。とはいえ、潮風と言う特徴的な表現に対して、当たったとしても何が起こるか分からないと言われては、単なる社交辞令以上の何かだという解釈をすることは出来なかった。その裏付けとなるアレンのスシ欲の話をリカルドがしなかった以上は仕方のない話であるが。休み明けのダンが本当に潮風が吹いてきたと真顔で宣って全員の度肝を抜くのはまた別の話である。
「……潮風、ね。ちょっと僕も浴びに行ってみるのはアリかもね。君に出された宿題の答案は漸く一枚目が仕上がりそうなんだ。二枚目以降を仕上げるにはグラウクス侯爵ともお話が必要だし」
フェイルーンの言葉に周囲が彼女に視線を向ける。
「ああ、そうだ。サイモン閣下に僕からの宿題の話をしたら笑っていましたよ。手が塞がって動けない状態じゃなかったら直ぐに最優先で取り掛かっていた、と。取り敢えず、宿題の答案一枚目が仕上がったということは全国展開まで道筋が立ちそうだと言う段階かと見ますが、違いますか?」
「その認識で合っているよ。全く……そろそろ皆にもネタばらしをしようか。リカルドからの宿題の正体は、魔道具による閉空間内の気圧制御技術の実用化だよ」
その言葉に真っ先に反応したのは、バイトとして彼らの発明品の意味をよく知っているベスターだった。
「……そういうことか」
「ベスター、どう考えても聞き逃したらまずい予感しかしないんだが」
ライオの顔には冷や汗があった。社会を変えるような技術力の革新で後れを取ることが領土ではなく利権で食っている公爵家にとってどれほど致命的な事態か、嫌と言うほど実体験で思い知っていたからだ。
「閉空間内の気圧制御技術の実用化、言い換えれば、食糧等の低温保存におけるコストの大幅削減技術の実用化だ、違っていて欲しいんだが」
「正解。食糧保存に必要な氷属性魔石の消費を通常の動力に置き換えられるから、王国の食糧流通網そのものの再編問題でもあるよ」
「……だよなぁ……」
この話にほぼ全員が食いつく。食糧品流通網がより保存性能を増して再編される?軍事的にも経済的にも影響が大き過ぎて全容がまるで掴めない規模の話だ。
「ちょっと待て、それって、氷室用の氷雪の需要はどうなるんだ?」
「そこまで変わらない、と言うのが俺の仮説だ。氷室は殆ど他の資源を消費せずに大規模な貯蔵を可能にする利点があるが、氷雪は運搬に向かん。まずは、貨物列車とか高速運搬できる乗り物にそう言うのが追加されると考えるのが自然じゃないか?」
アルが雪国の貴族としての懸案事項を思わず口にすれば、ベスターは中核となる物流網の整備が先になるだろうと返す。
「……交通網依存、ですか。そりゃそうですよね……」
そう零すのはララだった。彼女の所領であるリアンクール男爵領は、ドスペリオルの領都ラベルディンからルーン川を渡って南はドラグーン、ファットーラ王国まで延びる旧道であり、整備が追いついていないような田舎の一角、七槍連峰の中にある。交通網と言う意味では厳しい立地だ。尤も、交通網が厳しいと言う意味ではアルはじめ全国津々浦々の田舎者達も似たようなものだし、当のロヴェーヌに至っては極まった奥地だが。
「おや?天下の王立学園Aクラス生の割には何とも弱気ですね。リアンクール嬢。旧道に鉄道を敷いてドスペリオル・ドラグーン間の取引を増やして、話を纏めた手数料でちょっと地元近くまで畜産物運搬の為の支線を敷いてやるぐらいの野心はあってもよろしいのでは?」
確かに王立学園卒業生が故郷に開発案件を持ち帰って錦を飾ると言うのは界隈では良くある話だ。だが、侯爵領を跨ぐ鉄道の新しい路線を敷設しようなんて発想は、普通の田舎貴族のする発想ではない。ましてララの地元はドスペリオル地方、ドスペリオル宗家が王立学園受験者ゼロで独自路線を貫くが故に、王立学園の威光も全く意味がなく、彼女の扱いは外国の名門っぽい学校からの帰国子女みたいなもの。木っ端男爵家を継ぐ田舎娘がドスペリオル全土を変えに行こうなどとは考えにくい。無論、田舎の木っ端子爵家の従者から出るような構想でも無いが、今更だ。
「妙だね?こういう話はうちにすら申し訳程度のオマケをつけるぐらいで中立的に立ち回るのが常の君が贔屓目を出す?」
じっとりしたフェイルーンの視線が刺さってララは悲鳴を飲み込む。そうされる心当たりなど無いというのに。
「ドンコ村の薬師ムーはご存知で?」
「ムー婆さ?ゴホン……はい、今も健在ですが」
「奥様……ロヴェーヌ子爵夫人はかつてムー殿の治療によって命を救われ、その恩義を返すべく、一月程ドンコ村に滞在し、居着こうとしていた逸れの地竜を追い払った。そのように奥様と付き人だった者から聞いております」
「……その件ならば村長やムーからよく聞いておりますわ。危機を救われたのは寧ろドンコ村の方ですし、私の方からも是非とも御礼を申し上げたく……」
アレンの母親がまさかの昔ドンコ村に来てその危機を救ったお姫様の正体だと言う話にララは目を白黒させる。すわ地方の頭ことドスペリオル宗家のお姫様か、ともされる存在がアレンの母親?加えてアレンの魔力操作のセンスは、まるでドスペリオルのような……。連想は回り、ララの顔から血の気が引いていく。
「わだすの記憶が間違っていなかったら、ロヴェーヌ子爵夫人の御名前は確か……」
幾ら田舎男爵家の娘と言えど、かつてドスペリオル宗家からあの病によって零れ落ち、今尚親世代の者たちに昏い影を落とす巨星、セシリア・ドスペリオルの話を知らぬ程ララは蒙昧でも世間知らずでもない。
「まあ、そういう事です。過去はどうあれ、今はご夫婦で仲睦まじく森番をしていらっしゃいますので、どうか、余計な騒ぎは持ち込むことのないようにお願いしますね?既に奥様のご実家の方々とも話はつけてありますし、うちの秘宝は全て陛下の御手にお返ししてありますので」
「……ロヴェーヌの森はロヴェーヌにとってもキサラギにとっても正に逆鱗みたいだから、迂闊に触ろうものなら僕でも無事では済まないと理解しているよ」
ロヴェーヌの森が今や王国有数の政治的禁域と化している事に慄きつつも、それはそれとして、ロヴェーヌ子爵夫人の正体に思い至ったララの反応から、他の皆も十中八九ドスペリオルの誰かではないかとはほぼ確信するのであった。
(ロヴェーヌ四兄弟がセシリア様の御子だとバレたら大騒ぎだべ)
無論、全部分かってしまったララの心中は穏やかではない。片やその日築いた友誼の為に王立学園入試をエンデュミオンの嫡子ごと蹴飛ばし、ドラグーンの貴族学校での雌伏から無線魔導通信機を以て凱旋を果たした当代一の大天才魔道具士、坂道部でも併走員として顔を出した時には圧倒的な走りで同年代の総元たる親友フーリ・エレヴァートを一蹴した裏の総元、ローゼリア・ロヴェーヌ。片や前代未聞の破天荒、我が道を爆走する王国騎士団仮団員、一年にとっては王立学園Aクラス生ですら困難な登竜門をどういう訳か正面突破したアレン・ロヴェーヌ。
かつてドスペリオルから零れ落ちた巨星のあり得ざる御子が四人。うち二人も王国を揺るがす超新星となる姿にどれだけドスペリオル地方が熱狂してしまうか、想像がついてしまう。一時の名声など何処吹く風、やるべきをやると言う意味ではドスペリオルの質実剛健な在り方そのものな当の本人達に、そんな気はさらさらないと言うのはここ半年弱の付き合いで分かってはいるが。
尚、そんな悩める田舎男爵の彼女に突如として彼女の勉学の後ろ盾を務めていたネルソン伯爵の名義で呼び出しが入ったと思ったら、実際には伯爵に名義を借りてのドスペリオル侯爵からの秘密の呼び出しだったという大事件が待ち受けているのだが、それは別の話である。
「さて、話を戻しましょうか。鉄道の敷設についても、実の所、王立学園発の技術革新によってコストが大幅に削減されると個人的に見込んでいます。昔の様に王家が旗持ちになって王国の総力を挙げて休み休みチンタラ百何十年もかけてやらないと回らないような話ではなくなるでしょう。はい、何故でしょうかベスター君」
「……地理学研究部による地図の精緻化、だな?王国の鉄道の建設史を紐解くとその大半が敷設ルートの暗中模索とその場での土壇場修正だ。それをほぼ省けるなら、王国の総力を挙げるまでもない話になる。今後は地図の完成を待ってから各地に鉄道路線が敷かれて行くのだろうが……俺達がジジババになる頃ぐらいには、交通網の整備度合いの格差に起因する経済格差の問題から領地持ちの伯爵以下の貴族の統廃合問題が見えてくるだろうな」
話を振られたベスターの未来予測に目を白黒させる一同。Rickyroseのバイトとして積んだ王国の進化の最前線での経験は彼を一回りも二回りも成長させていた。
「……ココさんは最初からそんな未来を想定していたのですか?」
「まさか。こっちは良い地図があればもっとやりたい事を好き勝手出来たのに、それが無いから自分達で作ろうってのが始まりだよ。アレンは……うーん、想定の範囲内でもおかしくはないけどあんまり興味はなかったんじゃないかな?」
王国の形を知ることで王国の形が変わる。そんなダイナミクスを突き付けられ、ジュエに真意を真顔で問われて尚、ココは小揺るぎもしなかった。
「どっちにしても、やることを変える必要はないし、焦っても何にもならないからね」
「それは僕にも言える事なんだよね……アレンの行方や潮風が気になるのも事実だけど詰まらない所で足下を疎かにしてすっ転ぶのも馬鹿らしいし。……何より、リカルドの弟と妹が王都に遊びに来るらしいからね。受験勉強よりも合格した後の事を見据えて覚悟を決めさせる方が優先すべきだから招くとは剛毅だねえ」
後ろ髪を引かれると言った様子で食糧品の流通網の再編の話は一旦後回しにすることにしたフェイルーン。それはそれとしてリカルドが可愛がっているという弟と妹が王都に遊びに来るという最新情報を話題に出すのであった。
「まあ、あの子達は余程こっ酷く事故らない限りはAクラスほぼ確定なので。兄としては寧ろ上下二世代合わせて五世代全部ぺしゃんこに踏み潰して王立学園に暗黒期を作らないか心配ですよ」
「俺達が、踏み潰されると?」
「そうならないように場は整えました。具体的には、坂道部を通じた王国国民病とすら呼べる安易な比較への依存からの脱却」
比較への依存という言葉にケイトが深く頷く。
「比較への依存、ね。確かによく理解できる話だわ。そもそもリカルド、あんただって、比較に依存する王立学園生、特に官吏コースにとっては史上最悪の天敵みたいなものでしょ。今だから言うけど、もう少し色々なタイミングがズレていたら、私だって多分ちょっと折れていたからね?」
良い評価を受ける以外に己を肯定する手段を持たない輩、特に王立学園生のようなそうされて当たり前の優秀さを持ち合わせた者にとって最悪の天敵とは何か。良い成績を取ると言うこちらの土俵の一歩目を完全に無視して、どうやっても無視できない結果を出してそれに巻き込んで来る化け物だ。
なまじ優秀だからこそ、王立学園生にはリカルドの巨大な爪痕が全貌に近い形で見えてしまう。ただの魔道具士ならば、同業者でもない限り何も怖くなかった。そう言うものを作れてしまう、別天地の天才として敬意を持てた。だが。リカルドは新しい技術のみならず、それを王国が使いこなすという結果をもたらす為に王国そのものを変えに行った。
無論、そう変わることを望んだのは王国そのものの意志、陛下の是認と共に関係者全てに汎く形成された合意に他ならない。環境と時流が全て追い風になったというのは理解出来るが、そんな奇跡のようなチャンスが転がって来た程度でこうは成れないと王立学園生には理解出来てしまう。
個人の卓越した才能?否、そんな簡単なものではない。恐らく源流にあるのは狂気或いはそれと区別できないものだ。そんなものに比較の文脈で土俵を無理矢理共有しようとしてまでまともに付き合ってなんかいられないのだ。
本人やアレンが勧めてきたように、己がどう生きるべきかを自問自答して己の道を歩む姿勢を取らない限り、目の前の山や谷として雄大と言って良い規模で存在するリカルド・キサラギの巨大すぎる爪痕を相手取ることは出来ない。
まして当の本人はまるでやりたいことの五合目にすら到達していないような顔をして王立学園生になっても爆走を辞める気配が無いのだから、官吏コースの生徒達は前に進むにはまず己の道を探しに行くところから始めなければならなかった。皮肉な話ではあるが、そうするように心を建て替えるのが早かった者からクラス、コースを問わずどんどん成績が伸びていった。
「まあ、何にせよ、うちの所長と副所長が始めた馬鹿騒ぎはまだまだ続くことは見えている。俺自身、ただバイトに甘んじるだけでなくて、最新技術で何が出来るのかを自分でも模索し、その上で出来るようにしようとするために何をどうするべきかの思考実験を続けている。……そうだ、もしよかったら、夏休み明けに最新技術をテーマに討論会をやってみないか?一般寮の雑談のネタの一つとして提案した程度で忘れてもらっても構わない」
皆が一斉にリカルドの企みかと視線を向けるが、当人は首を横に振る。
「完全にベスター君の思いつきですね。ですが、そうですね。議事録は取りますのでやれそうならば是非お呼び下さい。まあ、大した期待はしていませんよ。若様の抜けたA組って、炭酸の抜けたエナドリみたいなものですし、王立学園のいい成績は答えのある問題に対する回答能力を担保してくれるものであっても、答えのない問いに素晴らしいものを出してくれる保証では全然ありませんからね」
ピシリ。見え透いた挑発だと言うのは流石に分かる。分かるが、ここまで嘗められて絶対にやり返すと言う気概を持てないような負けん気の弱さでAクラスには入れないのだ。Aクラスの課題に夏休みの自由研究が追加された瞬間であった。